偽りの婚約者は、幼馴染の仮面を脱いだら甘くて執着深い

由香

文字の大きさ
4 / 6

◆第四話 嘘から始まった同居生活


 その日の夜。
 エリシアのもとへ届いたのは、フェルナンド伯爵家からの緊急の使いだった。

「……公爵派の圧力で、伯爵家の屋敷が監視され始めた?しばらく外部の安全な場所に移れ、ですって……?」

 母の震える声に、エリシアは息を呑む。
 伯爵家が公爵派に狙われているのは知っていたが、まさかここまで露骨になるとは。

 しかし、エリシアの動揺とは対照的に──隣にいたノアは顔色一つ変えなかった。

「うん。だから、僕の家に来て」

「え……?」

「リンドブルム家なら、公爵派はうかつに手を出せないよ。父さんは魔術師団の副団長だし、兄さんは本職の外交官だし。それに──僕が守れる」

(でも、同居なんて……)

 伯爵家として、世間体として、そして“偽装婚約中”として。

 問題は山ほどある。あるはずだった。

「エリシアが傷つけられるくらいなら、僕が全部背負うよ」

 真っ直ぐにそう言われた瞬間、胸の奥に張り付いていた反論は全て消えていた。

「……ノアがそう言うなら」

 気づけば、承諾してしまっていた。



 リンドブルム家は、貴族街の中心にある清廉な白い屋敷だった。

 広い庭園、魔力防壁、厳重な警備魔術。
 入口で身体検査の魔術を受けながら、エリシアは胸が締め付けられるのを感じる。

(ノアは……ずっとこんな場所で……)

「エリシア」

 振り返ると、ノアがいつもの柔らかな笑みで手を差し伸べていた。

「荷物は僕が持つよ」

「そんな、大丈夫よ」

「僕に持たせて。エリシアは“お客さま”なんだから」

 その言葉に、胸が跳ねる。

 部屋に案内されると、驚くほど広く、清潔で、魔法で温度まで調整されていた。

「ここは……?」

「僕の部屋の隣」

「となり……?」

「うん。エリシアが怖がったらすぐ行けるように」

 さらりと言うその一言に、体温が一気に上がった。

「ノ、ノア……そんな、紳士ぶらなくても……」

「紳士じゃないよ」

 ドアを閉め、ふたりきりになった瞬間。
 ノアの目つきが変わった。

 昼間、公爵を威圧したときと同じ“本気の目”。
 その瞳は、逃がす気など微塵もなかった。

「僕はエリシアの婚約者なんだから。隣どころか……同じ部屋でもいいくらい」

「な、何を──」

「冗談じゃないよ」

 ノアはエリシアの頬に触れた。
 ふわりと優しく、けれど芯は揺るがない強さを感じる指先。

 距離が、近い。

「エリシア。僕はずっと言ってるよね?偽装婚約なんかじゃない。僕は本気だよ」

「……ノア……」

「君のこと、ずっと前から好きだった。小さいときから、ずっと」

 胸がきゅっと締め付けられた。

 幼馴染の頃のノア。
 いつも無邪気で、笑っていて、エリシアの後ろをついてきた。

(あの頃から……ずっと……?)

「気づいてなかったでしょ」

「だって……ノアは誰にでも優しくて、笑っていて……」

「誰にでもこんな顔するわけないよ」

 囁きと同時に、ノアはエリシアの腰に手を添えた。

 柔らかいはずなのに、逃げられないように固定する力がある。

「僕はエリシアだから優しいし、エリシアだから……こんなにおかしくなる」

 ぐっと距離が詰まり、息が触れあうほど近くなる。

 心臓が暴れるように脈打ち、全身が熱かった。

「ノ、ノア。少し離れて──」

「いや」

 短く、即答。

「やっと隣で眠れるのに。離れるわけないよ」

 ベッドの縁に腰かけていたエリシアを、ノアがそっと押し倒した。
 柔らかな寝具の上に背中が沈む。

 ノアの顔がすぐ上にあって――
 優しい表情のまま、逃げる隙を与えない。

「エリシア」

 甘く呼ばれるだけで震える。

「怖くない?」

「……怖く、ないわ」

 本当に怖くなかった。
 むしろ、望んでしまっている自分がいた。

 そんな自分が怖かった。

「よかった」

 ノアはエリシアの前髪をかきあげ、白い指が頬をなぞる。
 その仕草はまるで、壊れものを扱うように優しいのに──
 表情は少しも穏やかではなかった。

「これから、エリシアは僕の隣で寝るんだよ。公爵なんて、誰も君に触れられない場所で」

「ノア……」

「君が眠るまで、手を握っていたい」

 その声は柔らかくて、けれど熱があった。

 エリシアはゆっくりとうなずき、ノアの手を握り返した。

 するとノアは、どこか満足げに微笑んだ。

「うん……好きだよ、エリシア」

 囁きに、心が揺れる。

(私……どうしてこんなに……ノアに……?)



 夜。

 同じベッドに入ることは、結局ノアが今日は我慢すると言い出して避けられたが──

 ノアは言った通り、エリシアが眠るまでずっと手を握っていた。

「エリシア。眠っても、僕はここにいるから」

 その声に包まれながら、エリシアはそっと目を閉じた。

 手の温もりが、心の奥まで染み込む。

(この生活が……続けばいいのに……)

 そんな願いが胸に浮かんで消えた。




感想 0

あなたにおすすめの小説

幼なじみは今日も私を抱きしめたまま

由香
恋愛
主人公・美月の幼なじみ、陽斗は距離が近すぎる。 家では当たり前のように後ろから抱きしめてきて、 頬をすり寄せる。 学校では肩に顎を乗せ、退屈そうにほっぺをつつく。 「このほっぺ好き」 「意味わかんないんだけど…」 幼い頃からずっと一緒だったせいで、美月はこの距離に慣れてしまっていた。 けれど文化祭の日。 「美月、他の男に触らせないで」 幼なじみの静かな独占欲が、ついに本気を見せる。 これは―― 距離ゼロの幼なじみが、恋人になるまでの甘すぎる物語。

嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

【完結】大好きなあなたのために…?

月樹《つき》
恋愛
私には子供の頃から仲の良い大好きな幼馴染がいた。 2人でよく読んだ冒険のお話の中では、最後に魔物を倒し立派な騎士となった男の子と、それを支えてきた聖女の女の子が結ばれる。 『俺もこの物語の主人公みたいに立派な騎士になるから』と言って、真っ赤な顔で花畑で摘んだ花束をくれた彼。あの時から彼を信じて支えてきたのに… いつの間にか彼の隣には、お姫様のように可憐な女の子がいた…。

年下幼馴染皇太子が溺愛してくる

由香
恋愛
平民薬師アリアと幼馴染の少年・レオン。 再会した彼は、幼い頃の泣き虫ではなく、世界で最も強く、甘く独占欲に満ちた皇太子になっていた。 「アリア、もう離さない」――身分差を超えた初恋が、宮廷で激しく、甘く、そして切なく燃え上がる。 逃げても逃げられない、溺愛ラブストーリー。

疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど

くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。 貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。

花言葉は「私のものになって」

岬 空弥
恋愛
(婚約者様との会話など必要ありません。) そうして今日もまた、見目麗しい婚約者様を前に、まるで人形のように微笑み、私は自分の世界に入ってゆくのでした。 その理由は、彼が私を利用して、私の姉を狙っているからなのです。 美しい姉を持つ思い込みの激しいユニーナと、少し考えの足りない美男子アレイドの拗れた恋愛。 青春ならではのちょっぴり恥ずかしい二人の言動を「気持ち悪い!」と吐き捨てる姉の婚約者にもご注目ください。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

Short stories

美希みなみ
恋愛
「咲き誇る花のように恋したい」幼馴染の光輝の事がずっと好きな麻衣だったが、光輝は麻衣の妹の結衣と付き合っている。その事実に、麻衣はいつも笑顔で自分の思いを封じ込めてきたけど……? 切なくて、泣ける短編です。