ゆきかかり、果ての月

芹埜鍋

文字の大きさ
8 / 41

4-2

しおりを挟む
 翌朝には体調はすっかりよくなり、熱も下がっていた。

 外の景色は変わらず真っ白で、雪もしんしんと降りしきっている。
 時計を見ると午前七時の少し前といったところだった。昨晩は九時前には眠ったような気がしていたので、おおよそ十時間ちかく眠っていた計算になる。早朝に雪かきの音で一瞬目が覚めた以外は、よく眠っていた。
 茶の間に行ってみると、浜島がこたつに入って新聞を読んでいた。部屋の隅にあるテレビも点けられていたが、音量が絞られている。新聞を読むのに集中しているのだろう。
 彼はすでにおそろいのスウェット姿ではなく、ざっくりした編み目のセーターなどを着ている。ストーブの近くに吊るされた分厚いジャンパーも心なしか湿っていて、未明の雪かきはやはり現実のことだったのだと、尚澄は妙な実感を持った。
 おはよう、と尚澄が声をかけると、浜島は新聞から顔を上げる。
「おはよう。早いね、霜澤さん。もう起きていいの?」
 すでに一仕事終えている人間に「早いね」などと云われては処置なしだ。尚澄は苦笑しながら、おかげさまでもうすっかり元気みたい、などと返事をする。
 浜島はその返答に「そいつはよかった」と嬉しそうに笑った。
「ま、元気になったところで今日もごらんのとおりなんで、まだじっとしててもらわなきゃなんないんだけどさ。天気予報じゃそろそろ雪も止むらしいから、もう少しの辛抱だとは思うけど」
 浜島の視線の先にあるテレビでは、ちょうどローカル局が天気予報を流しているところだった。
 尚澄も画面を見てはみるが、ここが何地方に該当するのか判らない。ただ確かに、県内全域にわたって晴れまたは曇りという予想になっている日がある。
 尚澄が天気予報を眺めていると、浜島は不意に「そういや朝飯食うだろ、ちょっと待ってて」と云い置いて、こたつから抜け出していく。
 あっという間に茶の間からいなくなった彼を慌てて追いかけ、尚澄は紐のれんで廊下から仕切られた台所に入った。
「浜島さん、おれもなんか手伝うよ」
 冷蔵庫を覗く後姿に声をかける。浜島は振り返り、「別にいいよ。病み上がりなんだからゆっくりしててよ」と笑うが、尚澄は食い下がった。
「なんだかほとんど初対面の人によくしてもらってばっかりで、ほんとに申し訳ないんだ。それに昨日すごくよく寝たから、十分ゆっくりできたというか……だから、できることがあればやりたいと思って」
 拾われた経緯から今までのことを考えると、浜島が世話好きな男なのは察しているが、それにしても世話になりすぎている。控えめに云っても厚遇が過ぎるのだ。
 最終的には金銭かなにかを支払うことも考えてはいるが、まずはなにか手伝えることを探したかったし、自分の身の回りのことは自分でしたほうがいいのではないか、とも尚澄は思っていた。
「そう? 別に気にしなくていいんだけど……、気になるっていうなら、じゃあ配膳でも手伝ってもらおうかな」
 浜島も尚澄の気持ちを汲んだのか、それ以上断ることはしなかった。
「俺としてはさ、話し相手がいるってのがけっこう助かってるんだよ」
 指示をもらって盆に漬物などを並べていると、味噌汁の味を見ていた浜島が、ふとそんなことを呟いた。
 尚澄が顔を上げると目が合って、彼は少しはにかんだ表情をする。
「冬は田んぼも畑もたいしてやりようがなくて暇だし、まあこうやって山からも下りづらくなるし。俺、基本的にはお喋りなたちだからさ、いつもちょっと寂しくってね。雪かきの手伝いとかでムラの人とは喋るけど、みんな基本的には年寄りだろ。あんたみたいな若い人と喋れるのがけっこう新鮮で、嬉しくてさ。だからほんとに気にしなくていいんだ」
 逆につい構いすぎちゃってたらごめんね、と浜島は言葉を結んだ。
 彼の言葉は真実らしく思えた。浜島はたしかに口数も多いし、尚澄と話しているとき、それに尚澄の世話を焼いているときも、苦ではなさそうに……というか、どことなく楽しそうにすら見えていたからだ。
 もともと社交的な性格なのだろう。くるくると変わる豊かな表情や、せっかちそうな割に押しつけがましくない空気感などから、そういう推測が容易に成り立った。

 そんな社交的で年若い男が、どうしてこんな雪深い山奥で暮らしているのだろうか。尚澄は浜島の暮らしに疑問、あるいは興味を抱き始めていた。


 その疑問、興味がますます深まったのは、このすぐあと、朝食を摂っているときだった。
 目玉焼きと納豆、漬け物と具の多い味噌汁、それに白飯、といった簡単だが十分なメニューの朝食をふたりで摂っている最中に、来客があった。
 その男は、チャイムを鳴らすでもなく玄関の引き戸を開け、「賛おるかあ」と大きながらがら声で呼びかけてきた。
「あれ、岩雄いわおさん?」
 浜島は慌てた様子でこたつを抜け出し、こちらも大きな声で返事をしながら玄関へ向かっていく。
「八時半からの予定じゃなかったっけ?」
「んだけんじょも、今朝方から降っとるもんだから。とっとと出たほうがえかんべと思ってな……お、例のお客さんか? なんだ、飯時に邪魔してりな」
 浜島が玄関まで出迎えに行っている間も大声で交わされる会話の内容を聞くに、雪かき仲間と云ったところだろうか。
 茶の間に姿を現したのは、防寒着をがっちり着込んだ、声の調子に違わぬ厳つい初老の男だった。
 彼、三好みよし岩雄は隣家……といっても、「坂ひとつふたつ下ってちょっと行ったところ」にあるというので、隣接しているわけではないようだが……に昔から住んでいる、農家の男だった。
 尚澄の予想通り「年寄りの家の雪下ろしとかを手伝う」側の人間で、ほかにも何人か「わけえの」が、手分けして除雪作業に当たっているという。「若えの、つってもみんな五十路だの還暦過ぎだのだけどね、俺以外は」と浜島が笑うと、岩雄も「んだな」と豪快に笑った。
「で、こっちが俺の、……都会時代の友達の、霜澤さん」
 岩雄の紹介をしてもらったあと、浜島は尚澄を、そう紹介した。
 都会時代の友達。
 一瞬面食らって浜島を見れば、彼の視線に意味ありげな目配せを感じる。その意味ははかりかねたが、尚澄は「霜澤です」と名乗るだけ名乗って、様子を見ることにした。
「風邪引いてたんだべ? 災難だったな、来さって早々」
「あ、はい。もうだいぶいいんですが」
「霜澤さんは俺と違って線が細いからな。こっちの寒さは堪えるんだよ」
 なあ、と同意を求めてくる浜島に曖昧に笑いながら、尚澄は彼の視線の中に、確かに謝罪の意を感じたような気がした。
 すぐ着替えるから中で待っててよ、と声をかける浜島に、「飯食ってからでええ。俺、外さ行って待ってっから。まずした」と岩雄は屋外へ出て行く。
「俺もせっかちだけどあの人は輪をかけて気が短いんだよなあ」と独りごちながら浜島は朝食を中断して、
「いろいろあれで申し訳ないけど、とりあえずあんたはゆっくり飯食ってて。そのあとは悪いんだけど、また留守を任されてくれる?」
 と、懇願するような目を尚澄に向けてきたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21) ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

処理中です...