ゆきかかり、果ての月

芹埜鍋

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 祝日の昼、尚澄は小岳平に来てはじめて外出した。

 集落をひとつふたつ下ったところにあるスーパーに買い物に行くという浜島に、「路面の感じも見てもらいたいし、霜澤さんも一緒にどう」と誘われて、ついていくことにしたのだ。
 路面状況はともかく、いつも浜島がどういうところで買い物をしているのか、興味もあった。
 目的のスーパーは車で二〇分やそこら、といったところらしい。軽トラックの助手席に座ると、そのシートの固さ窮屈さが妙に懐かしく思えた。
 浜島の家に来てから、ちょうど一週間が過ぎていた。

 その日は隣家である三好家の長男が、妻子を連れて帰省してくる予定だった。
 なにしろクリスマスイブの前日である。世間的には少し早いが、子連れで帰省するなら悪いタイミングでもない。
 三好家と家族ぐるみの付き合いのある浜島は、その長男とも小さい頃によく遊んだらしい。年齢は一〇ほど年上とそれなりに離れてこそいるが、いわゆる幼馴染みと呼んでもいい間柄だった。
 浜島が都会にいた頃には必然的に疎遠にしていたものの、今では毎年、彼の帰省時には夕食に招かれているそうだ。
 そうしたわけで、買い出しの目的は、三好家への手土産になる総菜や菓子、それにまだ幼い長男の息子への、やや早いクリスマスプレゼントなどを買い求めることだった。

 車中から外景を目の当たりにすると、雪解けにはまだほど遠いのがひと目で判る。
 集落内のいたるところに雪捨て場であろう小山ができあがっているし、車窓の外を流れていく景色にしても、尚澄にはいまだ真っ白に感じられるのだ。
 とはいえ、昨日浜島が云っていたように、主要な道路の除雪は済んでいるようだ。浜島の慣れた運転から考えても、確かに山を下りるのは不可能ではなさそうだ。
 と、安心するそばから道が細く、路面が荒くなってきた。集落を外れたのだろうか、除雪云々の前に、道が悪い。
 軽トラックは起伏の多い道をガタガタとことさらに揺れながらゆっくり走っていく。泥酔していたのにこの揺れでよく吐かずに済んだものだと、尚澄が初日の夜を思わず振り返るほど、堪える振動だった。

 浜島は涼しい顔をして運転していたが、その横顔を盗み見る尚澄の視線には気がついていたらしく、「気分悪い?」と率直に訊ねてきた。
「ちょっとね。乗り慣れないから……」
 尚澄も素直に答えると、バツが悪そうに眉根を寄せ、浜島は苦く笑った。
「ごめんな。根雪があって路面も悪いし、どうしても乗り心地が悪いんだよな、こいつ。もうすぐ着くから、もうちょいだけ我慢しててくれよ」
 その言葉どおり、軽トラックはほどなく、やや拓けた集落に出た。
 今までよりもはるかに道路状況がよく、走行する車の数も、それに家屋や建物の数も小岳平周辺よりずいぶん多い。
 今までの景色と比べても、いかにも「人の住んでいる町」という雰囲気だった。

 たどり着いたスーパーも、尚澄の想像以上に人出があった。
 古びた建物のこぢんまりとした店舗だったが、それなりに広い駐車場は車でごった返している。ホームセンターが隣接しているのも理由のひとつだろうが、浜島によれば、この時期は三好家同様「祝日に孫や子どもが里帰りしてくる」といった層に、特に需要があるのだろう、とのこと。
「そうでなくてもこのへんの人間は買い出しと云えばここだから、まあ、それなりにいつも混んではいるかも。俺も飽き飽きするほど来てるけど」
 さほど迷いもなく店内調理の惣菜を中心に商品をカートに放り込んでいく浜島は、言葉どおり店に慣れた様子だった。
 一方の尚澄は見慣れない品揃えに目を奪われ、気になるものがあればつい手に取ってしまい、買い出しという観点ではまったく戦力外。
 しまいには「霜澤さん、子どもみたいだね。なんか気になるやつ買ってあげよっか?」などと浜島に笑われる始末だった。
 しかし尚澄にも意地はある。気になる商品を買ってもらうどころか、「世話になっているからこれくらいは」と強固に主張した尚澄の支払いで、ふたりは大きなビニール袋ふたつ分の買い物をした。

「どっか他に見たいところある?」と一応は問われたが、そもそも冷蔵や冷凍の商品をいくつか買っていたので、すぐ小岳平に戻ることになった。
 尚澄もまた夕食に招かれていて、準備しておかなくてはならないことがあったのだ。
 浜島の都会時代の友人が来ている、という嘘の説明が、既に三好家の長男(俊樹というらしい)まで伝わってしまっていた。それで、「賛の都会での暮らしぶりを聞いてみたい」と興味を持たれてしまい、よければ一緒にどうですかと、浜島経由でお誘いいただいたというわけだ。
 むろん、当初は断るつもりだった。
 なにしろ前提条件が嘘なのだ。
 尚澄は浜島の過去などたいして知らない。彼から聞いているのは、大学進学を機に上京したことや、銀行に勤めていたことくらいで、どちらも掘り下げて話したわけでもない。
 しかし、断るよりも早く浜島に「ちょっとだけでもいいから顔出してくれないかな。たぶん話はそんなにしなくていいと思うから」と気まずそうに頼み込まれて、尚澄は考えを改めた。

 尚澄がこの夕食会に不参加を決め込んでしまうのが、浜島の立場を悪くする結果に繋がるのは、なんとなく想像ができた。「浜島の友人が長く滞在していたが、まったく愛想のない男だった」という印象を、三好家を通じて集落の人間に与えてしまうかもしれない。尚澄に対する不興が「ああいう男と友人でいる浜島もどうなのか」と変化するのかどうかは定かではなかったが、もしそういう可能性があるのなら、避けるに越したことはない。
 それに、もともと尚澄は愛想がないと云われて育ってきた人間だから、「愛想がない」と見知らぬ人々に判断されるのが、単純に嫌だったのだ。それは尚澄の想像の中のことでしかないが。
 ともあれ、そうした気持ちで浜島の頼みを承諾すると、彼は「ごめん、俺がしょうもない嘘ついたせいで」と申し訳なさそうにしていた。
 その嘘にしたって尚澄の存在を怪しまれないようにするための方便だったには相違ない。そうやって浜島は最初から、尚澄のことを守ろうとしてくれていた。そんな彼を自分が守ろうとするのは、特段おかしな考えではない。
「でも、おれ浜島さんの都会時代の話をそんなに知らないから、ある程度話合わせられるように今から打ち合わせておいてくれる?」
 だから尚澄はそう提案した。
 小岳平に戻ったあとにやるべきことというのは、その打ち合わせ、つじつま合わせに他ならなかった。
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