ゆきかかり、果ての月

芹埜鍋

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 一旦気持ちを落ち着かせ、軽く食事を摂ったあと、以前のように浜島が先、尚澄があとという順番で湯を浴びた。
 玄関の鍵をかける浜島を尚澄が見届けて、ふたりはこれも以前のように、二階の浜島の部屋で抱き合った。

 尚澄は煎餅布団の上で、服を脱ぐ間も惜しんで彼にキスを落とした。
 今までしたくてもできなかった分を取り戻すように浜島の薄い唇を吸い、角度を変えて深く口づける。
 隣り合ってキスをするのが不自由に思えて、尚澄はいつしか浜島に跨がるような姿勢をとる。浜島もそれに応えるように尚澄の唇を食み、舌を絡ませて、腰を抱く。
 あまつさえその手のひらが、尚澄のスウェットの隙間から潜り込んで、尾てい骨のあたりをゆるゆると撫でさすりさえする。
 温度の高い手のひらから浜島の欲情が伝わってくるようで、撫でられた肌からじわりと湧き出た熱が、尚澄の腹の奥にわだかまっていった。

 五月の夜は十二月のそれとはまったく様変わりしていて、蛙や虫の鳴き声で騒々しいほどだった。
 窓も開けていないのに、あまりにも近く聞こえる初夏の夜の空気に、唾液を交換する水音や、互いの吐息が混じり合う。
「ん……、」
 唇を啄まれたかと思えば口の中をねぶられ、やがて尚澄の喉から小さなうめきが漏れる。息苦しいほどのキスに、それよりももっと下が、苦しさを覚えている。
 気がつけば彼の腰のものが張り詰めて、スウェットの布地を押し上げていた。
「服、脱ごっか?」
 尚澄の膨らみに目をやり、浜島は少し身体を離して苦笑した。
 互いに上衣を脱ぎ去り、ズボンごと下穿きまで剥ぎ取る。浜島の身体が冬よりも日に焼けてより引き締まっているのを目の当たりにし、その逞しさに尚澄の下肢が淫らな期待を抱いてしまう。
 対する浜島も、尚澄の生白い肌を眩しそうに目を細めて見つめていた。
 彼の欲望も既に小さく火を点し、黒々とした下生えから伸びるそれには芯が入りつつあった。
 お互い裸体を晒すと、先程までと同じように、煎餅布団にあぐらをかく浜島の上に跨がって、尚澄はキスを続けた。
 もともとキスが好きなのもあって、焦がれていた彼の唇をいつまでも味わっていたいような気分だった。
 けれど、互いの身体が次第に、そんな悠長さを許さなくなってくる。

 浜島の手のひらがより欲望を滲ませて、尚澄の腰や背中を撫でていく。
 尚澄も高まってくる自らの熱に耐えきれず、腰を小さく揺らしてしまう。
「んっ……、んン」
 背中側から這ってきた浜島の手が、脇腹から滑り上がって、胸元を大きく撫でる。
 小さな尖りをその指に柔らかく押しつぶされて、尚澄の喉が鳴った。
 反応があったことに気を良くしたのか、浜島の指がそこに意図的に触れてくる。親指で両方の突起を捏ね回され、甘い刺激に、尚澄はキスを続けていられなくなっていく。
 離れた唇から、尚澄の震える吐息がこぼれた。
「や、だ……」
 思わず拒絶の言葉が出たのは、羞恥と罪悪感からだった。
 乳首で感じるようになったのは、もとをただせば勇斗のせいだった。
 彼は行為の最中そこを弄るのが好きで、最初はなにも感じなかったその器官は、いつの間にか性感を得るようになっていた。
 そうしたことをどうしても思い出してしまって浜島に申し訳なかったし、それに、物慣れた身体を彼に晒すことが、今更ひどく恥ずかしい。
「嫌? 気持ちよくない? そうは見えないけど」
 尚澄の躊躇を知ってか知らずか、浜島は片側の乳首から指を外し、先程より膨らんだ尖りに唇を寄せた。ちゅ、と音を立てて吸われると、口腔の熱と刺激に尚澄の肌が跳ねる。
 肉厚の舌に舐め回され、もう片方の乳首は指先で弄ばれて、小さな器官が伝えてくる籠もった快感に、尚澄の下腹が疼く。
「ん……んぅ、ん……っ、」
 感覚を逃がしたくて尚澄の腰が更に揺れる。背が仰け反って、かえって浜島に胸を突き出すようなかたちになってしまう。
 その背中を浜島の腕に抱き留められ、くすぐるように背筋を撫で下ろされると、ぞくぞくと身体の芯が震えた。
 堪らず浜島の頭にすがりついて、尚澄は浅い吐息を繰り返す。

 浜島の舌は執拗に尚澄の乳首を舐り、時折唇が強く突起を吸い上げる。身を捩ったところで唇からも指からも逃れられない。
 刺激が強まるたび尚澄の喘ぎが、恥ずかしいほど甘くなった。
 舌先と指先が素早く動いて乳首をはじくと、尚澄はすすり泣くような声を上げて身を震わせた。
「浜、……島さん、っ、も、そこやだ……、挿れてっ……」
 焦れて勝手に揺れる尻を、尚澄は浜島の半ば勃ちあがりつつあるものに擦りつけた。
 既に十分に熱を持った肉棒が尻肉に触れると、浜島の眉根がわずかに寄る。
 彼は尚澄の胸から顔を離して、小さく濡れたため息を吐いた。
「かわいくて頭おかしくなりそう……」と苦しげに毒づいたあと、浜島は尚澄をなだめるように、やんわり彼の身体を引き剥がす。
「腰少し上げて、霜澤さん……それじゃ慣らせないから」
 尚澄の身体を自らの肩口にもたれかけさせ、浜島は潤滑剤を手にした。尚澄も意図を飲み込んで腰を上げ、浜島の背中にしがみつく。
 その腰に浜島の手が触れ、しばし下半身を撫でさすったあと、尻肉を拡げるように掴む。
 潤滑剤にまみれた手のひらのぬるりとした感触に、尚澄は息を飲んだ。

 浜島の指はしばらく肉蕾に潤滑剤を馴染ませるように浅いところを弄んでいたが、やがてつぷり、と肉縁を貫いていく。
 久々の異物感に、尚澄の身体がわずかにこわばる。意識的に呼吸をしてそのこわばりを抜きながら、尚澄は自らの中を探る浜島の指を、知らず知らず締めつけていた。
「そんなことされたら俺、我慢できなくなっちゃうよ……」
 弱り切ったような台詞を、浜島は獣欲を滲ませた声で吐く。
 その声に耳を冒されるようで、尚澄はますますとろけていく。
 浜島が早く欲しくて堪らなくて、指を抜き差しされるたび「んん」と鼻から抜ける甘ったるい呻きが、ひとりでに喉から漏れた。

 過去の行為より、明らかに感じていた。

 冬にしたときも浜島との行為はちゃんと気持ちがよかったのに、今はそれに加えて、多幸感があとからあとからこみ上げてくる。
 好きな男にちゃんと受け入れられてするセックスがこんなにいいものだということを、尚澄はすっかり忘れていた。
 浜島も過去より性急に尚澄の中を拡げていく。彼に求められているようで嬉しくて、尚澄の身体はどんどん高まっていった。
 浜島の三本の指が苦もなく肉蕾を出入りできるようになった頃、尚澄の陰茎はすっかり上を向いて、とろとろ淫液をこぼしていた。
「浜島さん、もう……、っ……、いい?」
 既にある熱と、これから訪れる快楽への期待で朦朧としながら、尚澄は浜島に跨がったままそう囁いた。
 ねだるように無自覚に揺れる尚澄の腰に、浜島はごくん、と喉を鳴らして唾を飲み、「待って」と短い返事をよこす。
 彼は自らの芯を確かめるように何度か軽くそれを扱くと、手早くゴムをかぶせ、「いいよ」と再び短く言葉を発した。
 尚澄は待ちかねて、その切っ先を自らの窄まりに触れさせていく。
「っ……、んっ、ッ……ぅ」
 自らの肉蕾を浜島の燃えるように熱い屹立がこじあける感覚に、尚澄は喉を引きつらせる。過去に感じたそのままの彼の質量に、期待と欲が弾けた。
 張り出した箇所までをそのまま埋め込めば、それだけで息苦しいほどの圧迫感がある。
 尚澄は息を喘がせながら、はやく、と急き立ててくる自らの欲望に従って、勢いを殺さず腰を落とした。
「ッ、あッ……ぁ、あ゙ぁっ!」
 一気に深いところまで貫かれて、全身がひくひく痙攣する。
 高い声でよがって、尚澄は浜島の身体にもたれるように抱きついた。耳元で浜島の荒い息が聞こえる。
 汗の湿りと雄の匂い、それにその吐息に、脳髄までとろけるような心地がした。
「平気? 無理したんじゃない?」
 続けて尚澄の耳に吹き込まれる男の囁きは、あくまでも労るような調子だった。尚澄はその声にわずかばかり理性を取り戻し、「ちょっと……」と返事をする。
 浜島は尚澄の身体を支えるように腕を回し、あやすような調子で背中をとんとん、と軽く叩いてくれた。
「馴染むまで、このままでいなよ」
 優しげな言葉に尚澄は頷き、浜島の身体を抱きしめなおして目を閉じた。
 視覚が遮断されると、皮膚の感覚が鋭敏になる。肌も粘膜も浜島と密着して、同じくらい高い体温で、溶け合うように抱き合って、気持ちがいい。
 柔らかな尚澄の肉に、隙間なくみっちりと浜島が埋まっている。
 その柔肉に自分とは違う鼓動を感じるのも、自分の中が浜島でいっぱいになっているのを実感できて、本当にひとつになっているみたいで、嬉しかった。
 不意に、勇斗とはじめてしたときのことを思い出す。
 あのときは肉体的な快感はこんなにも大きくなかったけれど、精神的には今くらい充足していた。今と同じように、身体の内側まで勇斗でいっぱいに満たされて、優しく抱きしめられて、「好きだよ」と囁かれて、嬉しくて堪らなかった。

 ──違う。今は……。

 ほかの男に抱かれているときに過去の男を思い出している自分を認識して、尚澄の気持ちに薄く靄がかかる。
 相も変わらずおれは、と自分にあきれるような気持ちを散らしたくて、尚澄は浜島の身体に強くしがみついた。
 今は、彼の身体を感じたい。彼のことだけ考えていたい。

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