37 / 41
14-3
しおりを挟む
浜島は動揺したまま、それでも尚澄を家に上げてくれた。
こたつが撤去されて広くなった茶の間に通され、番茶を出されると、五ヶ月も前にたった一週間やそこら過ごしただけの家なのに、なにもかもが懐かしく、尚澄は少しばかり切なくなる。
浜島はなにから訊いたものかと迷ったようで、とりあえず汚れた作業着を脱いでくる、と、一旦部屋に下がった。
その間に尚澄も、どこから話すべきかを組み立てる。
戻ってきた浜島も似たようなことを考えていたのだろうが、彼はかえって本題を遠ざけるかのように近況を聞いてきた。尚澄もついそれに答えてしまい、会話の糸口を見失う。
勇斗の墓参りに行けたことやその妻子と会ったこと。
東京で再就職したこと。
浜島は尚澄の身に起きたいい変化を、表面上喜んでくれているように見えた。
尚澄からも近況を問い返し、道行きで会ったフミから聞いた、彼の祖母の容態なども気にかけた。
祖母は長年の農作業で足腰を鍛えていただけに、慣れた雪道で骨折したことが堪えているのだと浜島は気遣わしげな顔で説明した。「歳を取るとどうしても治りが遅いから、自信がどんどんなくなってくみたいだね」と、一見他人事の口ぶりだったが、彼が祖母を気にかけているのは表情や声色で伝わってくる。
深刻な話題になってしまったせいか、やはり尚澄の存在自体が気にかかるのか、浜島の口はいつもよりも重たくて回りが悪い。
はたと沈黙が落ちたあと、結局彼は覚悟を決めたように、本題に切り込んできた。
「霜澤さん……それで、さっき云ったこと、間違いじゃない? 取り消す気は、ないの?」
切り込む角度が奇妙で、尚澄は無意識に眉を寄せていた。
「取り消すって、なにを?」
浜島にしては回りくどい言葉選びだと思った。
自らが話す内容に乗り気でないとき、浜島にはしばしばこういうことが起こるような気もする。
ハッテン場で尚澄を拾った、と説明したときからそうだったし、尚澄の告白を拒絶したときもそうだった、かもしれない。
「その……、俺のことが好き、って話」
「なんでそんなこと訊くの? 取り消すわけない」
逆に尚澄は、普段長考する癖が、なりをひそめていた。
浜島のおずおずとした問いをすぱりと切り捨てながら、怒っているときのほうが自分は頭が回るのだろうか、とどうでもいいようなことに気がつく。
尚澄は、怒っていた。
感情的になっていた。
「あれからいろいろ考えたんだよ。おれ、あんたのことを元彼の代わりにしようとしてたのかな、とかそういうことをさ」
一旦その攻撃的な気持ちをなだめてため息を吐き、尚澄は、これまでの考えを言葉にした。
「勇斗さんの……、元彼のことは、墓参りして、ちゃんとけじめをつけられたつもり。もう引きずってないし、寂しいとはたまに思うけど、……けじめつけたおかげで、あんたのことが恋しいのは、まったく違う次元の話だなって判ったんだ。おれは浜島さんのこと、浜島さんとして好きなんだなって」
断られてなお執着しているのだからみっともないしおこがましいとも思うが、それでも尚澄は、浜島に、判ってもらいたかった。
「だってなにしててもあんたの顔がちらつくんだ。いろんなことあんたと話したくて、会いたくてたまんなくて……、向こうで再就職しちゃったし、ひとりでやってくことも考えたよ。でも、もう年末からずっとそんな調子でさ。そしたらこんなのもう、認めるしかないだろ。自分が本気なんだって。本気であんたのこと、好きになっちゃったんだって」
自分の気持ちに嘘がないことを、自分が彼のことを好きなことを。
そういう想いを乗せて、つたないながらも尚澄は、必死に喋った。「だから、取り消すわけないよ。間違いでもない。おれは、あんたのことが好き」
今までになくきっぱりと断言する尚澄に、浜島はわずかに息を呑む。それから小さくかぶりを振って、「そっか」と呟きを落とした。
「……ごめん、そうだよな。疑ってたわけじゃないんだ……ただ」
浜島はうつむいたまま、重たく言葉を絞り出す。
「前も云っただろ。俺、自分に自信がないんだ。あんたがこんなふうに、わざわざ俺を訪ねて来てくれたのは本当に嬉しい。幻覚でも見てるのかと思うくらいだ。こんなに好きだって云ってくれる人、今まで会ったことないよ。きっと、あんたと一緒にいられたら、幸せなんじゃないかって思う。でも俺……」
「ねえ浜島さん。自信がないって、なにに自信がないの? おれの気持ち? おれと長続きしないこと? それとも、あんた自身の気持ちの問題?」
尚澄は浜島のためらいを遮って、まるで詰問でもするかのように立て続けに問いをぶつけた。
また感情が激化してきているのを感じる。
冷静でいられなかった。
「……あんたの気持ちは、もう疑ってないって。でも、それ以外は全部、かな」
尚澄と目を合わせ、ふと疲れたように浜島は苦笑を漏らし、それから彼は視線を手許の湯飲みに移して、苦しげに言葉を紡いだ。
「だって……、そもそも現実的に考えてさ、どうやったら一緒にいられるんだよ。あんたは都会の人で、俺は田舎から離れる気がなくてさ。別にあんたの再就職をどうこう云うわけじゃないよ。俺はあんたにこっちに来て欲しいとも思えないもん」
──多分そうされたら、俺もあんたも傷つくことになりかねないってのは、判るだろ。簡単に想像できるだろ?
浜島の不安は十二分に理解できる。彼の云う「現実的な問題」は、尚澄がここに来る前に散々考えて、答えが出なかったようなものも、はらんでいた。
杞憂だと打ち捨てることはできないのだ。
「十分な覚悟がないまま付き合って、お互いに嫌な思いして終わりになるって、……そういうのが、怖いんだ。たぶん……、今は」
消えていく浜島の語尾に、尚澄もしばし考えを巡らせる。
自分がなにに感情を揺さぶられているのか、その根っこを尚澄は掴んでいた。
浜島の態度のなにが、自分を怒らせているのか。
「……あんたが、おれのことなんとも思ってないっていうなら諦めもつくよ、浜島さん。でもさ⋯⋯あんたが怯えてるのは、環境とか生活とか、そういうハードルのことだよな? それって確かに現実的な問題だよ。怯えるのも判る。でも、どうにかしようと思えば、どうにでもなるかもしれないだろ。なのに今からその心配だけで、それが越えられそうにないから駄目だっていうなら、おれ、あんたのこと諦められないよ。ねえ、⋯⋯ねえ、浜島さん」
──あんたはおれのこと、どう思ってるの?
尚澄の問いかけに、浜島は泣きそうな目をする。そこが核心なのだと、おそらくお互いに判っていた。
浜島が尚澄を拒絶する理由はどれも、周囲の問題なのだ。本人の気持ちは控えめに添えられるだけ。そう云ってくれるのは嬉しいけど、と。
彼が尚澄のことをどう思っているのか、好きだとか嫌いだとか興味ないとか、率直な言葉はまだ一度も、聞かれなかった。
「……そんなの……」
呟く声も泣き出しそうなほど震えていて、散々ためらってから、浜島はその震える声のまま、感情を吐き出す。
「好きだよ。俺だってあんたのこと、好きだ。あんたが俺のこと好きだって云ってくれたの、ずっと忘れられなかった。あんたがいなくなってから、前みたいに誰彼構わず寝ようとも思わなくなった。でも……好きだけど、……好きだから、苦しめたくないんじゃないか。ただでさえ男と付き合うなんか面倒なのに、俺みたいな悪条件の男じゃ……」
「じゃあ、……じゃあ、一緒に考えてよ」
浜島の逡巡を再び遮り、尚澄はほとんど叫ぶように、願いを口にした。
浜島は泣きそうな顔をしたまま尚澄を見、それからとうとう、大粒の涙を一粒こぼした。
「おれとあんたがどうしたら一緒にいられるのかをさ、おれと一緒に、考えてよ。おれだってひとりじゃなにも思いつかない。あんたが云うことも判るよ。田舎とか都会とか、生活とか偏見とか、問題がいっぱいあるって云われたら、確かにそうだなと思っちゃう。でも、……なんとかして、どんなに時間がかかっても、一緒にいたいんだ、おれ、あんたと。だから……」
一気に心情を、願望を吐露して、尚澄の言葉はそこで途切れる。気持ちが高ぶって言葉が喉に詰まった。
尚澄の言葉にぽろぽろと涙をこぼし続ける浜島につられるように、尚澄自身も、気がつけば泣いていた。
「……そんなふうに、云ってくれるの?」浜島は尚澄の言葉の空白に、涙声で弱気な問いかけを差し挟んでくる。「俺、こんなんなのに……、あんたは俺のこと、諦めないでいてくれるの?」
「当たり前だろ。おれ、あんたのこと本当に好きなんだよ。前は諦めるなんて云っちゃったけど、あんなの嘘だ。気の迷いだった。だから浜島さん、……お願いだから、おれと一緒にいたいって、云って……」
くしゃり、と表情を歪め、その顔を隠すように、そして懇願するように頭を垂れて、尚澄は絶句した。
一緒にいることを、どうか望んで欲しい。
こんなにも気持ちが一致しているはずなのに、そうしないとスタートラインにも立てないことが、尚澄には悔しくてたまらなかった。
浜島は尚澄を泣き濡れた目で見ていたが、やがてためらうように腕を伸ばし、尚澄の身体を、強く抱きしめた。
「ほんとに……、変なとこで頑固だな、霜澤さん」
温かな腕。厚い胸板。力強い鼓動。
過去にも何度も感じてきた浜島の存在を改めて感じ、尚澄は夢中でその身体を抱きしめ返す。
「……一緒に、いたいよ。離したくないよ……」
すがる尚澄の耳に触れるほど近くで、浜島は切実な囁きを落とした。
彼の真摯な吐息と熱が耳朶を打って、尚澄の涙はなお一層溢れた。
嬉しかった。
浜島の頬も濡れていて、彼も嬉しいと思ってくれていると判るような気がした。
涙を拭うように頬を擦り合わせて、そのうち唇が触れあった。
涙のしずくが口に入って塩辛いが、キスをしているうちに気にならなくなる。
やっと通じた想いを確かめるように、何度も何度も角度を変えて、互いの唇を啄んだ。
冬、別れた日以来のキスだった。気持ちが満たされていくような心地がした。
やがてどちらからともなく唇を、顔を離して見つめ合う。どちらの頬にも涙の痕跡が残っていて、それがなんだか滑稽なような気がして、尚澄は「ふふ」と笑う。
浜島も同じようなことを考えたようで、「二人して泣いてたら、なんかバカみたいだね」と、ようやくいつものようなからりとした台詞を吐いた。
「だな。おれもあんたも、バカだよ」
尚澄は同意すると、再び浜島の唇に自らのそれを重ねた。
キスをすればするほど気持ちは満たされるようだったが、もっともっと、浜島でいっぱいになりたかった。
こたつが撤去されて広くなった茶の間に通され、番茶を出されると、五ヶ月も前にたった一週間やそこら過ごしただけの家なのに、なにもかもが懐かしく、尚澄は少しばかり切なくなる。
浜島はなにから訊いたものかと迷ったようで、とりあえず汚れた作業着を脱いでくる、と、一旦部屋に下がった。
その間に尚澄も、どこから話すべきかを組み立てる。
戻ってきた浜島も似たようなことを考えていたのだろうが、彼はかえって本題を遠ざけるかのように近況を聞いてきた。尚澄もついそれに答えてしまい、会話の糸口を見失う。
勇斗の墓参りに行けたことやその妻子と会ったこと。
東京で再就職したこと。
浜島は尚澄の身に起きたいい変化を、表面上喜んでくれているように見えた。
尚澄からも近況を問い返し、道行きで会ったフミから聞いた、彼の祖母の容態なども気にかけた。
祖母は長年の農作業で足腰を鍛えていただけに、慣れた雪道で骨折したことが堪えているのだと浜島は気遣わしげな顔で説明した。「歳を取るとどうしても治りが遅いから、自信がどんどんなくなってくみたいだね」と、一見他人事の口ぶりだったが、彼が祖母を気にかけているのは表情や声色で伝わってくる。
深刻な話題になってしまったせいか、やはり尚澄の存在自体が気にかかるのか、浜島の口はいつもよりも重たくて回りが悪い。
はたと沈黙が落ちたあと、結局彼は覚悟を決めたように、本題に切り込んできた。
「霜澤さん……それで、さっき云ったこと、間違いじゃない? 取り消す気は、ないの?」
切り込む角度が奇妙で、尚澄は無意識に眉を寄せていた。
「取り消すって、なにを?」
浜島にしては回りくどい言葉選びだと思った。
自らが話す内容に乗り気でないとき、浜島にはしばしばこういうことが起こるような気もする。
ハッテン場で尚澄を拾った、と説明したときからそうだったし、尚澄の告白を拒絶したときもそうだった、かもしれない。
「その……、俺のことが好き、って話」
「なんでそんなこと訊くの? 取り消すわけない」
逆に尚澄は、普段長考する癖が、なりをひそめていた。
浜島のおずおずとした問いをすぱりと切り捨てながら、怒っているときのほうが自分は頭が回るのだろうか、とどうでもいいようなことに気がつく。
尚澄は、怒っていた。
感情的になっていた。
「あれからいろいろ考えたんだよ。おれ、あんたのことを元彼の代わりにしようとしてたのかな、とかそういうことをさ」
一旦その攻撃的な気持ちをなだめてため息を吐き、尚澄は、これまでの考えを言葉にした。
「勇斗さんの……、元彼のことは、墓参りして、ちゃんとけじめをつけられたつもり。もう引きずってないし、寂しいとはたまに思うけど、……けじめつけたおかげで、あんたのことが恋しいのは、まったく違う次元の話だなって判ったんだ。おれは浜島さんのこと、浜島さんとして好きなんだなって」
断られてなお執着しているのだからみっともないしおこがましいとも思うが、それでも尚澄は、浜島に、判ってもらいたかった。
「だってなにしててもあんたの顔がちらつくんだ。いろんなことあんたと話したくて、会いたくてたまんなくて……、向こうで再就職しちゃったし、ひとりでやってくことも考えたよ。でも、もう年末からずっとそんな調子でさ。そしたらこんなのもう、認めるしかないだろ。自分が本気なんだって。本気であんたのこと、好きになっちゃったんだって」
自分の気持ちに嘘がないことを、自分が彼のことを好きなことを。
そういう想いを乗せて、つたないながらも尚澄は、必死に喋った。「だから、取り消すわけないよ。間違いでもない。おれは、あんたのことが好き」
今までになくきっぱりと断言する尚澄に、浜島はわずかに息を呑む。それから小さくかぶりを振って、「そっか」と呟きを落とした。
「……ごめん、そうだよな。疑ってたわけじゃないんだ……ただ」
浜島はうつむいたまま、重たく言葉を絞り出す。
「前も云っただろ。俺、自分に自信がないんだ。あんたがこんなふうに、わざわざ俺を訪ねて来てくれたのは本当に嬉しい。幻覚でも見てるのかと思うくらいだ。こんなに好きだって云ってくれる人、今まで会ったことないよ。きっと、あんたと一緒にいられたら、幸せなんじゃないかって思う。でも俺……」
「ねえ浜島さん。自信がないって、なにに自信がないの? おれの気持ち? おれと長続きしないこと? それとも、あんた自身の気持ちの問題?」
尚澄は浜島のためらいを遮って、まるで詰問でもするかのように立て続けに問いをぶつけた。
また感情が激化してきているのを感じる。
冷静でいられなかった。
「……あんたの気持ちは、もう疑ってないって。でも、それ以外は全部、かな」
尚澄と目を合わせ、ふと疲れたように浜島は苦笑を漏らし、それから彼は視線を手許の湯飲みに移して、苦しげに言葉を紡いだ。
「だって……、そもそも現実的に考えてさ、どうやったら一緒にいられるんだよ。あんたは都会の人で、俺は田舎から離れる気がなくてさ。別にあんたの再就職をどうこう云うわけじゃないよ。俺はあんたにこっちに来て欲しいとも思えないもん」
──多分そうされたら、俺もあんたも傷つくことになりかねないってのは、判るだろ。簡単に想像できるだろ?
浜島の不安は十二分に理解できる。彼の云う「現実的な問題」は、尚澄がここに来る前に散々考えて、答えが出なかったようなものも、はらんでいた。
杞憂だと打ち捨てることはできないのだ。
「十分な覚悟がないまま付き合って、お互いに嫌な思いして終わりになるって、……そういうのが、怖いんだ。たぶん……、今は」
消えていく浜島の語尾に、尚澄もしばし考えを巡らせる。
自分がなにに感情を揺さぶられているのか、その根っこを尚澄は掴んでいた。
浜島の態度のなにが、自分を怒らせているのか。
「……あんたが、おれのことなんとも思ってないっていうなら諦めもつくよ、浜島さん。でもさ⋯⋯あんたが怯えてるのは、環境とか生活とか、そういうハードルのことだよな? それって確かに現実的な問題だよ。怯えるのも判る。でも、どうにかしようと思えば、どうにでもなるかもしれないだろ。なのに今からその心配だけで、それが越えられそうにないから駄目だっていうなら、おれ、あんたのこと諦められないよ。ねえ、⋯⋯ねえ、浜島さん」
──あんたはおれのこと、どう思ってるの?
尚澄の問いかけに、浜島は泣きそうな目をする。そこが核心なのだと、おそらくお互いに判っていた。
浜島が尚澄を拒絶する理由はどれも、周囲の問題なのだ。本人の気持ちは控えめに添えられるだけ。そう云ってくれるのは嬉しいけど、と。
彼が尚澄のことをどう思っているのか、好きだとか嫌いだとか興味ないとか、率直な言葉はまだ一度も、聞かれなかった。
「……そんなの……」
呟く声も泣き出しそうなほど震えていて、散々ためらってから、浜島はその震える声のまま、感情を吐き出す。
「好きだよ。俺だってあんたのこと、好きだ。あんたが俺のこと好きだって云ってくれたの、ずっと忘れられなかった。あんたがいなくなってから、前みたいに誰彼構わず寝ようとも思わなくなった。でも……好きだけど、……好きだから、苦しめたくないんじゃないか。ただでさえ男と付き合うなんか面倒なのに、俺みたいな悪条件の男じゃ……」
「じゃあ、……じゃあ、一緒に考えてよ」
浜島の逡巡を再び遮り、尚澄はほとんど叫ぶように、願いを口にした。
浜島は泣きそうな顔をしたまま尚澄を見、それからとうとう、大粒の涙を一粒こぼした。
「おれとあんたがどうしたら一緒にいられるのかをさ、おれと一緒に、考えてよ。おれだってひとりじゃなにも思いつかない。あんたが云うことも判るよ。田舎とか都会とか、生活とか偏見とか、問題がいっぱいあるって云われたら、確かにそうだなと思っちゃう。でも、……なんとかして、どんなに時間がかかっても、一緒にいたいんだ、おれ、あんたと。だから……」
一気に心情を、願望を吐露して、尚澄の言葉はそこで途切れる。気持ちが高ぶって言葉が喉に詰まった。
尚澄の言葉にぽろぽろと涙をこぼし続ける浜島につられるように、尚澄自身も、気がつけば泣いていた。
「……そんなふうに、云ってくれるの?」浜島は尚澄の言葉の空白に、涙声で弱気な問いかけを差し挟んでくる。「俺、こんなんなのに……、あんたは俺のこと、諦めないでいてくれるの?」
「当たり前だろ。おれ、あんたのこと本当に好きなんだよ。前は諦めるなんて云っちゃったけど、あんなの嘘だ。気の迷いだった。だから浜島さん、……お願いだから、おれと一緒にいたいって、云って……」
くしゃり、と表情を歪め、その顔を隠すように、そして懇願するように頭を垂れて、尚澄は絶句した。
一緒にいることを、どうか望んで欲しい。
こんなにも気持ちが一致しているはずなのに、そうしないとスタートラインにも立てないことが、尚澄には悔しくてたまらなかった。
浜島は尚澄を泣き濡れた目で見ていたが、やがてためらうように腕を伸ばし、尚澄の身体を、強く抱きしめた。
「ほんとに……、変なとこで頑固だな、霜澤さん」
温かな腕。厚い胸板。力強い鼓動。
過去にも何度も感じてきた浜島の存在を改めて感じ、尚澄は夢中でその身体を抱きしめ返す。
「……一緒に、いたいよ。離したくないよ……」
すがる尚澄の耳に触れるほど近くで、浜島は切実な囁きを落とした。
彼の真摯な吐息と熱が耳朶を打って、尚澄の涙はなお一層溢れた。
嬉しかった。
浜島の頬も濡れていて、彼も嬉しいと思ってくれていると判るような気がした。
涙を拭うように頬を擦り合わせて、そのうち唇が触れあった。
涙のしずくが口に入って塩辛いが、キスをしているうちに気にならなくなる。
やっと通じた想いを確かめるように、何度も何度も角度を変えて、互いの唇を啄んだ。
冬、別れた日以来のキスだった。気持ちが満たされていくような心地がした。
やがてどちらからともなく唇を、顔を離して見つめ合う。どちらの頬にも涙の痕跡が残っていて、それがなんだか滑稽なような気がして、尚澄は「ふふ」と笑う。
浜島も同じようなことを考えたようで、「二人して泣いてたら、なんかバカみたいだね」と、ようやくいつものようなからりとした台詞を吐いた。
「だな。おれもあんたも、バカだよ」
尚澄は同意すると、再び浜島の唇に自らのそれを重ねた。
キスをすればするほど気持ちは満たされるようだったが、もっともっと、浜島でいっぱいになりたかった。
0
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる