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花火大会2

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 段取りとしては、氷朱鷺が私の足に着けたGPSを足掛かりに強盗役の男達がなだれ込み、物盗りという茶番を演じつつもどさくさに紛れて氷朱鷺を刺し殺す、というもの。上手くいくかは分からないが、私は強盗役らによって氷朱鷺から引き離され、最終的には杉山さんの邸宅へと確保される予定。
 ヒュルヒュルヒュルヒュルヒュル…………
 ドォーーーーーーーーンッ‼
 花火大会開始を知らせる1発目の1尺玉が夜空に大輪の金の花を咲かせる。私達は氷朱鷺の持参した敷物に並んで座り、それを下から見上げていた。
「この、最後に柳の木みたいに消えていくやつが好きなんだよね」
 氷朱鷺が夜空を見上げ、次々に打ち上がるカラフルな花火に目を細める。
「花火大会にはよく行ってたんですか?」
「まさか、一緒に行くアットホームな家族もいなければ遊んでいた友達もいなかったから、テレビで見るだけだったよ」
 そうだった、氷朱鷺の家庭環境は複雑なんだった。悪い事を聞いてしまった。それにしても花火をテレビで楽しむなんて、花火の良さが半減するどころか逆に悲壮感まで漂う。そうまでして花火を見ていたって事は、それに強い憧れがあったんだろう。なんか悲しくなる。
「凄いね、音がこんなに心臓に響くんだ。それにこんなにでかくて色鮮やかなんだ」
 氷朱鷺の興奮した横顔が赤青黄……様々な明かりによって照らし出された。
 子供みたいにはしゃぐんだな。
「私も花火をここまで近くで見た事がなかったので驚いています」
 着火音まで聞こえるなんて凄いな。花火が爆発した瞬間なんか、昼間みたいにそこらが明るくなるんだ。それにこうしてほぼ真下から花火を見上げると首が痛くなる。
 でもこの色鮮やかで儚い芸術が今の私をえらく感動させる。

 万里に見せてあげたかったなあ……

 花火大会に感動すればする程、その想いは強くなった。
 この後の展開もあるし、素直に楽しめないなあ。
「海上で船から打ち上げるパターンも初めて見た。双眼鏡で船を見てごらんよ。打ち上げる花火師達を見れるのも近場ならではだよ」
 そう言って氷朱鷺は背中に背負っていたリュックから双眼鏡を取り出すとそれを私に預けた。
 誰よりも花火大会を楽しみにしていた奴が、自分よりも先に私に双眼鏡を譲るんだな。
 双眼鏡を覗くと最初こそ真っ暗で何も見えなかったが、瞬間瞬間にくる花火の明かりを頼りに船を見つけた。
「そうですね。花火の明かりで一瞬だけ船上の人達が見えます。せわしなく花火を打ち上げてますね」
 あんなに遠くの海から打ち上げているのに、打ち上がった花火はほぼ真上にあるように感じる。
「というか、花火を見に来たのに変なところに着眼しますね」
 双眼鏡を覗き込みながらつい吹き出してしまった。
「花火大会の全てをエデンと楽しみたいんだよ。それにさ、その先も見てみてよ」
『その先』と言って隣の氷朱鷺が前方を指差した気配がする。
「船のその先ですか?」
 暗くて何も無いように見える。
「うん、一瞬だよ、小さい島が見えるだろう?」
 花火が打ち上がるタイミングで氷朱鷺が『ほら』と言うと確かに一瞬だけ緑の小さな島が見えた。
「あ、あぁ、はいはい」
「普段は日中でも霞がかってよく見えないんだけど、花火大会の今なら割とハッキリ見えると思ってさ」
 日中、よくあの小島を見ていたって事か?
 そう言えば氷朱鷺と出会ったのはここよりもう少し先の海岸だ。ここには子供の頃によく来ていたのかもしれない。
「確かによく見えますけど、あの島が何か?」
「あれは無人島で、俺も行った事は無いんだけど、辛いことがあった時はここでこうしてあの島を眺めながら、自分の本体はあちらで幸せに暮らしているんだと思い込むようにしてた。そうしたらどんどん意識が乖離していっているような──まあ、とにかく、俺の夢の島なんだ」
 辛い事か、気になるというか引っ掛かるというか……でもそれでいて詳細を聞いて氷朱鷺に同情してしまったらそれこそ本末転倒だ。例え氷朱鷺を闇に葬り去れても間違いなく後悔だけが遺される。
「不思議だよね、日中はよーく目を凝らしてもなかなか見えないのに、夜、花火大会でしかハッキリ見えないなんてさ、まるで花火大会の時にしか現れない幻の島みたいだね」
「……」
 私は黙って双眼鏡を氷朱鷺に戻した。
「あの無人島でさ、エデンと2人で暮らしたいなって」
「止めて下さい、そんな冗談」
 王配様が、笑えない。
「冗談、じゃないけど、現実的な話でもないか」
 私が冷たく返すと、氷朱鷺は自嘲しながらそう言った。
「今、何時ですか?」
 私は時計やスマホを持っていないので時間の確認はおのずと氷朱鷺を通す事になる。
 氷朱鷺は左手首にしていたアナログの腕時計で時間を確認した。
「7時半だね」
「そうですか」
 7時半か、強盗役の男達は花火大会佳境のクライマックスに乗じて犯行を決行する予定になっている。そうなると花火大会終了の9時前に氷朱鷺を襲撃、という事になるが……
 ゴクリ……
 緊張のせいか喉が渇く。
「デート中に時間を気にするもんじゃないよ」
「え、ああ、すいません」
 デートか、そうか、氷朱鷺にとってはこれがデートになるんだっけ?
「献上品の基本だろ?」
「そう、でしたね」
 氷朱鷺はあと1時間ちょいの命なんだな。あと少しで氷朱鷺は刺し殺される。今になっても私の気持ちは嬉しいのか悲観しているのかさっぱりしない。
「俺がエデンから習っていた事を今度は俺がエデンに教えるなんてね」
「え、まあ……」
 氷朱鷺はご機嫌で私に話し掛けてくるが、当の私は時間が気になって上の空だった。
 海風が磯臭さから火薬臭いものに変わり、ふと戦場での記憶が甦る。
 人を殺した後はいつもこの匂いがしていたな。だから私はこの匂いが嫌いだった。
「ねぇエデン、左腕を出して」
「え?」
 何を藪から棒に。
 私が困惑していると、氷朱鷺が勝手に私の左手首を自分の方へと引き寄せ、いつの間にか外していた自分の腕時計をそこに装着した。
「はい」
 装着し終わった氷朱鷺は満足気に私の左腕を元の位置に戻す。
 いや『はい』じゃなくて。
「何?」
「あげる」
「え、でも、これ……」
 改めて腕時計を見ると、シンプルな見た目に反し文字盤にはダイヤがあしらわれ、優雅で高級感のあるハイブランドの物だと気付いた。
 テレビでしか見た事が無いブランドの、とびきり高いやつじゃないのか?
 ブランドに無頓着の私でも解る、高いやつ。
「特注品でさ、この世に1つしか無いらしいよ」
『らしいよ』でピンときたが、もしかしたらこれ──
「王女から貰ったやつじゃ──」
「まあね」
「いや、駄目だろ」
 思わず口から本音が出た。
 人から、ましてや王女から貰った贈り物を他人にやすやすとあげてしまうのはいかがなものかと思いますけど。
 氷朱鷺の奴、献上品の時に何を習ったんだ。
 私が腕時計を外そうとすると、氷朱鷺がその手を捕まえて地面に置いた。
「ジタバタしない」
「でも……」
 こんな物、貰えない。欲しくない。だってこれを貰ってしまったら、これが氷朱鷺の形見になる。
 ゴクリ……
 凄く喉が渇く。なのに氷朱鷺に握られた手には汗が。
「別に結婚指輪をあげた訳じゃないんだ」
「そういう問題じゃないですよ──というか指輪は?」
 花火で照らされた氷朱鷺の左手の薬指に光る物は無い。
「外してきた」
 徹底してるな。
「まるで不倫中の旦那だな……」
「気付いてない?エデンと会う時はいつも外してるよ?」
 初耳だけど、やはり徹底している。変な気遣いは無用だけど。
「エデンは杉山さんと会う時でもそれを外しちゃ駄目だよ。ずっと着けてて」
「重っ」
「俺は王配だからエデンに指輪は贈れないけど、エデンが正式に俺の愛人になったら、その時は改めて特注品のネックレスを贈るつもりなんだ」
 そうして花火を見上げた氷朱鷺の目はカラフルな花火以上にキラキラしていて、私の罪の意識を増幅させた。
 これが俗に言う死亡フラグというやつか。
「首輪の間違いでしょ」
「ブレスレットの方が良かった?」
 氷朱鷺から笑いかけられ、私はその笑顔が眩しくてそっぽを向いた。
 あと40分の命なのに。
 押し付けられた腕時計はまるで氷朱鷺の余命を告げているようだった。
 繋いだ手から私の緊張が伝わりそうで怖い。
「チョコバナナでも食べませんか?」
 私がそう提案すると氷朱鷺の手は自然と離れていき、ナイロン袋をガサガサ漁ってチョコバナナを2本取り出す。
「たこ焼きと一緒にしちゃったから少し溶けた」
 そう言って氷朱鷺はあまり溶けていなかった方を私に差し出した。
「ありがとうございます」
「城じゃないんだから、別に無理して敬語を使う事も無いのに」
「最近、やっと慣れてきたんで、これでいいんです」
「そう。チョコバナナは好き?」
「食べた事無いですけど、味の想像は出来ますから、きっと嫌いじゃないです」
「俺も」
 私達の境遇は似ているからなんとなくそうだと思った。
「いただきます」
 私はペコリと頭を下げ、可愛らしくトッピングされたいちご味のチョコバナナに齧り付く。口の中がカカオといちごとバナナのフレーバーでごちゃ混ぜになったが、各々がうまく調和してなかなかに美味しい。
 万里が好きそうな味だな。
 万里がいたらとても喜んだだろうに。
 ──そう考えると目の奥がギュッと締め付けられて何も味がしなくなった。
 パッと見上げた花火がやや滲んで見える。幻想的で凄く綺麗だけど、哀しい輝きだ。
「美味しい?」
 私は氷朱鷺の方を見ないように黙って頷く。
「俺のは王道のやつだけど食べてみる?」
 私は黙って首を横に振った。
 万里を殺した奴と変に思い出を作りたくなかった。
「そうだ、夜の海はきっと寒いと思って温かいお茶を淹れてきたんだ」
 氷朱鷺は手付かずのチョコバナナを袋へ戻し、リュックから水筒を取り出して私にお茶を提供してくれた。
「ありがとう、ございます」
 喉も渇いていたし、確かに肌寒くて温かいお茶は身にしみる。
 氷朱鷺が弟を殺していなかったら、こうして良い関係でいられたのに。
「上着もあるけど?」
「大丈夫です」
 本当に、はたから見たら完全にカップルだろうな。
「じゃあ、寒くなったら俺にくっついていいよ」
 だから、思い出なんか作りたくないんだってば。
 勝手な話だけど、苛立たしささえ感じた。
 あと何分だ?
 腕時計に目をやると8時半を少し過ぎていた。
 時間が無い。
 何故か私は焦っていた。
 別に私はただ流れに身を任せていればいいだけなのに、刻一刻と削られていく氷朱鷺の余命に理解不能の焦燥感を抑えきれずにいる。
「ちょっと食欲が無くて」
 私はお茶を飲み干し、水筒のカップと食べかけのチョコバナナを氷朱鷺に戻した。氷朱鷺はそれを普段と変わらぬ様子で片付け、また私の右手を握った。
「じゃあ、帰ったら一緒に食べよう」
 私はこの言葉に頷く事さえ出来なかった。
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