王女への献上品と、その調教師

華山富士鷹

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計画実行

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「さっきからずっと時計を気にしてるけど、もう帰りたい?」
 チラチラ時計を盗み見る私に気付き、氷朱鷺がそう切り出した。
「いえ、綺麗な時計だからつい目がいってしまって」
 この状況だとこう弁解するしか無いだろう。寧ろ変に誤解されて帰宅するはめになってもいけないし、こうなってはもう後戻りも出来ない。
「他の女から貰った物だから怒った?」
「いえ、別に」
 だって誰も欲しいなんて言ってなかったじゃない。
「俺にはまだ何も無いから、もっと力をつけて高い地位に上がったらそれより全然良い時計をあげるから待ってて。それまで預かっててよ」
「私は何も……」
 その場しのぎで時計を褒めたものだからハッキリ『だからいらないって‼』とは言えなかった。
「あの小島ってさ、無人だけどこの国の物なんだってね」
「そうなんですか」
 やばい、時間が気になって氷朱鷺の話も花火の爆発音も耳に入らない。
「昔は失脚した王室の人間があすこに島流しになったそうだけど、今はウミネコの繁殖地だとか」
「へぇ……」
 花火大会はクライマックスに突入したけれど、まるで水中にいるみたいに重怠くて音がこもってる。
「あの島をどうにか俺の物にしたいなあ、なんて」
 氷朱鷺が目を輝かせて未来の展望を語る程に、私はどんどん胸が苦しく潰れそうになってきた。
 そろそろなんじゃないか?
 連発する花火がまるで私を煽るように次々爆発していき、それに呼応するように私の鼓動も速まる。
 杉山さんの配慮で強盗役は氷朱鷺から私を引き離した後に彼を刺し殺す事になっているけれど、それでも復讐する側なのに重い十字架を背負う気分だ。
 ヴーヴーヴーヴーヴーヴーヴーヴー
 氷朱鷺の方からスマホが唸る音がして、彼の胸ポケットが点滅する。
 ヴーヴーヴーヴーヴーヴーヴーヴーヴー
「出ないんですか?」
 鳴り止まない着信に、氷朱鷺は画面も見ずにスマホの電源を落とした。
「多分ヤサカからだよ」
「じゃあ尚更出ないと」
「今日は出ない」
「いや、駄目でしょ」
 王女の夫と言っても氷朱鷺はマスオさんに過ぎないのだ。立場は圧倒的にあちらの方が強い。向こうの気分次第では氷朱鷺は簡単に捨てられる。
「何処に誰と行くかなんて言ってなかったから気になるんだろ」
 まるで他人事みたいに言うな。
「心配してるんじゃないですか」
「だろうね」
「だろうねって……」
 夫の帰りを待つ妻、もしその愛する夫が今日を限りに帰ってこなかったら……ヤサカ王女はきっと悲しみの淵に立たされる。王女に関しては万里の死に一枚噛んでいるところはあるけれど、彼女もまた王室の闇や氷朱鷺の策略に踊らされた1人だと理解しているつもりだ。
 そうか、私が殺そうとしている相手にはちゃんと家族がいて、愛されているんだ。
 無意識に考えないようにしていたけれど、これじゃあやりにくくて仕方が無い。
「ちゃんと話した方がいいんじゃあ……」
 だってこれが最後になる。
「今は不倫中なんでしょ?ならわざわざ電話に出たりしないよ」
 そう言って氷朱鷺が笑い飛ばした時、突然その時はきた。
 私は、花火の爆音に紛れて背後に忍び寄っていた強盗役の1人からいきなり羽交い締めにあい、引き摺られる様に氷朱鷺から離された。
「エデンッ‼」
 氷朱鷺が立ち上がって私を守ろうとするも、彼は3人の屈強な男達に囲まれ揉み合いになる。断続的な花火の明かりによって絡み合う男達の様子がまるでストップモーションのように見えた。
「エデンッ‼」
 私は、3人の男達からあちこちナイフで切りつけられながらも血だらけで私を助けようとする氷朱鷺から目が離せなくてその場から動けずにいた。
 この期に及んで私の心配をするなんて、馬鹿な男。
「おい」
 私を羽交い締めにしていた男から耳元で促され、氷朱鷺をおいてその場から離れようとすると、男達の群れから飛び出した氷朱鷺に浴衣の袖を掴まれた。
「氷朱鷺──」
 白い袖先が氷朱鷺の血によって赤く染まる。そして氷朱鷺の背後から1人の男が頭上高くナイフを振り上げた。

 あ、終わる。

 そう思った時──
「妹がどうなってもいいのかっ!」
 氷朱鷺が怒声をあげ、その場にいた誰もが動きを止めた。
「え?」
 私の理解が追い付く前に氷朱鷺が矢継ぎ早に言う。
「エデン、エデンの妹を献上品として預かってる」
 私は『待って待って』と氷朱鷺に言いながら男達に向けて静止するよう目配せした。
「な……んだって?」
 私の妹ミクを献上品として預かってるって?
 なんで?
 いや、その前に、今、氷朱鷺がその話を引き合いに出したって事は──
「俺を殺す気だったんだろ?」
 氷朱鷺は私の袖先を血まみれの手で引き寄せ、男から私を奪い取る。
「バレてたんだ」
 計画が失敗に終わってがっかりしたと言うよりも、自分の不甲斐なさに腹が立った。
「男達に切りつけられながらそうだと直感したに過ぎないよ」
 氷朱鷺は殺されかけたという割に喜怒哀楽の無い無のテンションで話していて、それが逆に不気味で怖かった。
「じゃあなんでミクを事前に人質にとってたの?」
「保険だよ。こちらの手の中にミクがいればエデンは俺から離れられないから」
 確かに、悔しいけれどミクが人質に取られては迂闊に動けない。私の弟を殺した男だ、私の妹まで殺してもおかしくない。
 完敗だ。
「杉山さんにも俺の切り札の事は伝えておいた方がいい」
 当然、この男達を手配したのが杉山さんである事も察している訳だ。
「分かりました」
 私が目配せすると男達は肩透かしをくらったように顔を見合わせて帰って行った。
 それにしても──
 同情の余地も無い程、この男は狡猾で非道だったって事か。
「がっかりした?」
 満面の笑みで氷朱鷺が私の顔を覗き込む。
 苦々しい。
「でもさ、1つ疑問があるんだけど」
「……」
「なんでエデン本人が俺に手を下さなかったの?」
「……」
 この余裕の笑みを見るに、私が自分を殺せないだろう事は承知済みだろうに、白々しい。
「杉山さんの協力や実戦経験もあるエデンなら簡単に俺を殺せた筈じゃない?俺に色仕掛けでもして油断させてさ」
 氷朱鷺はそう言いながら人差し指で私の胸板をトントンと叩いた。
 厚かましい。
「色仕掛け?反吐が出る。自分の手を汚したくなかっただけだよ」
 そう言って私が乱暴に氷朱鷺の手を払い除けると、逆に彼はその手を捕まえ力を込めた。
「いたっ」
 手首が軋む程痛んだ。
「帰ろっか、今度は絶対にこの手を放さないから」
 氷朱鷺の、笑っていない目がとても怖かった。
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