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戸惑い
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二足のわらじと言ったら、何か勤勉でストイックなイメージだが、性別を使い分けてスミレやミリと付き合う俺は、とても不純なような気がした。
二股ってやつか?
放課後、俺はミリと街をブラブラしながら罪の意識に苛まれる。
こんなにかわいい娘、俺じゃなくても引く手数多だろうに。
「ミリ、甘いもの好き?たい焼き食べる?買ってあげるよ?」
俺は二股の負い目から目に入った真新しいたい焼き屋を指差した。
「え?いいの?じゃあ、餅いちごのたい焼きにする!」
こんな事で二股(?)の罪滅ぼしにはならないだろうが、当のミリは嬉しそうに口元で両手を合わせ、ウキウキと体を縦に揺する。
「餅いちご?たい焼きって、あんこだけじゃないの?」
「弥生、古いね。今は色んな味があるんだよ。ホイップされた、とても歩きながら食べられそうにないようなノスタルジックなたい焼きだってあるんだから」
ミリに『へへーんだ』と胸を張られ、俺は目からウロコを落として壁に貼られたたい焼き屋のメニュー表に目をやる。
「へぇ、揚げたい焼きとか、モッフルたい焼きとかもあるのか、今風だな。どうりで学生が多い訳だ」
タピオカ屋に並んでいたような女性達が、今度はここに並んでいると見える。
女子ばかりの人だかりはちょっと気が引けるが、ミリが嬉しそうにしていたので、俺は彼女の手を引いて姦しい女子グループの最後尾についた。
「俺はツナサラダたい焼きにしようかな」
ミリが嬉しいと、自然と俺も嬉しくなって笑顔になれる。
こうしていると、スミレとのギクシャクが少しは忘れられた。
「え、弥生ってさ、そういうとこあるよね?」
「は、何が?」
ミリが腕を組んで不敵に笑い、俺はポカンと口を開けた。
てか出会って1週間しか経ってないし、その間に数日一緒に下校しただけで、ミリは俺の何を知ってるって言うんだ?
「弥生って、クレープ屋でもツナサラダ頼んじゃうタイプでしょ?」
「まあな」
何がいけないんだ?
「ハンバーグが美味しいお店でサイドメニューのピザ頼んじゃうタイプじゃない?」
何故か横からミリに責められているような形になっているが、何か変な事でも言ったか?
「食べたい物頼むよ。駄目なの?」
「そういうとこ、好き」
ガバッとミリに腕を抱き締められ、その肘に彼女の張りのある胸が当たり、俺はちょっと体を離した。
「馬鹿言ってんな」
以前の俺なら興奮して顔を赤くしただろうが、女体に馴染みのある俺には日常的な刺激だった為、存外クールでいられた。
女体に慣れすぎると女の子にドキドキしなくなるもんなんだな。
あぁ、でも、スミレとは男同士なのにドキドキするのは、やっぱり異性として好きだからなんだよな。いつか俺も、ミリにドキドキする時がくるのだろうか?
当のミリは不服そうにむくれているが……
俺に意識してほしくてわざと胸を押し付けたんだろうな。
そんなところは健気でちょっとかわいいなとは思うけど、俺の方はそこまで乗り気じゃなかった。
20分程並び、無事たい焼きをゲットすると、俺達は公園の生垣の影にある目立たないベンチでそれを食べる。
「餅いちご美味しい?」
「うんっ!」
ミリが嬉々として首を縦に振り、俺も嬉しくなってツナサラダたい焼きを食べ進めた。
「ツナサラダも食べてみる?美味しいよ?」
俺はツナサラダたい焼きを半分くらい食べた辺りでそれをミリの口元に差し出す。
「ツナサラダなんて邪道だよ、ケーキにマヨネーズかけて食べるようなもんだよ?」
「頭で考えて食べるからいけないんだよ。何も考えないで食べてごらん?」
俺はつんつんとツナサラダたい焼きでミリの唇をつつくと、彼女は観念した様に仕方なくそれに齧りつく。そしてもしゃもしゃと動物のようにそれを咀嚼した後『おぉっ!』と目を輝かせて親指を立てて見せた。
「旨っ」
「全部食べていいよ」
俺は愛玩動物に餌付けでもするようにそのまま自分のたい焼きをミリに与える。
自分の手から直接たい焼きを頬張る彼女を見ていると、恋人というより、妹か、それこそペットといるような安らかな気持ちになった。
女の子と付き合うってこんな感じなのかな?
スミレといる時はドキドキするのに、ミリといると心穏やかだ。ミリとはその場の流れで付き合う事になったけれど、俺はちゃんとミリを好きなのだろうか?
ミリの容姿も内面も俺好みだけど、ドキドキしないのはスキンシップ不足だからか?
「ミリ、マヨネーズついてる」
ふと、俺はミリの唇の端についているマヨネーズを見て思った。
キスしたらドキドキするのだろうか?
幸い、ここは人気が無いし、生垣がうまい具合に死角を作ってくれている。試すなら今だ。
「ミリ」
俺の呼び掛けでミリが顔を上げ、俺はすかさず彼女の唇に軽く自分の唇を合わせてみた。
マヨネーズの味がする。
「弥生」
時間にして数秒、俺達は付き合って始めてのキスをした。
でもなんか、恋人同士がキスをしたというより、知り合い同士でただ握手をしただけみたいな、何の感動も覚えなかった。
まだ、付き合いたてだからだろうか?
時がくればミリの事を好きになって、一緒にいるだけでドキドキする日がくるのだろうか?
そんな日が、本当にくるのだろうか?
スミレを忘れる日が……
「弥生、もう一回キスして」
ミリはそう言って目を閉じた。
「うん」
俺は先刻よりももう少し濃厚なキスをミリに降らせる。
俺はこうしてキスを重ねる度に、罪まで重ねていっているようで胸が痛んだ。
俺は俺自信の事も、ミリの事も、そしてスミレの事も騙しているんじゃないだろうか?
それから俺はミリと別れ、帰宅すると、ランニングから帰ってきたジャージ姿のスミレに家の前で出くわした。
「スミレ……」
いきなり目の前に現れるものだから、俺はバッチリスミレと目が合い、動悸が止まらなくなる。
「デート?」
「まあ……」
スミレからストレートに尋ねられ、俺は家の方を見ながら頭を掻いた。
最近スミレといざこざがあってから、俺はその気まずさから彼を避け続けている。
「お前も明日デートだろ?」
俺だけが責められているような気になり、俺はついそう尋ねてしまう。
「なんで知ってんの?」
あ、しまった。
俺がスミレとレイの予定を知っているのはおかしい。
「お前がメールしてるのが見えたんだよ」
「気になるの?」
「別に」
俺はボロが出る前にそのまま家の門扉内に入った。
「弥生」
スミレに呼び止められ、振り返ると、オレンジ色の夕日に照らし出された彼がこちらをジッと見つめていた。
硝子玉みたいな透明感のある瞳に見つめられ、俺はそこから目が離せなくなる。
スミレってカッコいいのに、綺麗な顔をしてるんだよな。
「なに?」
「どこまでヤッた?」
「は?」
普段真面目なスミレがこんな下世話な事を聞くなんて、とても珍しいと思った。
「俺は気になる」
「そんな事を話してどうなるんだよ?」
別に喧嘩したい訳でもないのに、俺は意地を張ってスミレを牽制してしまう。
スミレとはこれまで喧嘩らしい喧嘩をしてこなかっただけに、仲直りの糸口やタイミングが掴めない。
「弥生、俺は……」
スミレは何か喉につかえているように言葉を詰まらせた。
スミレも、俺と仲直りしたいと思ってくれているんだろうか?
じれったい。
いつもなら、家の前で『じゃーな』と簡単に挨拶を交わし、その後各々の部屋に戻ってから電話やメールをしたり、窓を開けて直接話したりするのに、俺らはそんな日常すら交わしてない。
全然つまんない。
でもスミレがレイと付き合い続ける以上、嫌でも気まずくなる。
ああ、でも、レイとしてなら、スミレと気兼ねなく話せるのか。
「スミレ」
「なに?」
「彼女の事、好き?」
「好きだよ」
「そっか……」
スミレが迷わず答え、俺は複雑というより、失恋で胸を抉られた気分だった。
レイとしてスミレと付き合っていても、それは単なる慰めにしかならないのだと思った。
俺が自分の心にもっと早く気付いていたら、レイを使ってスミレを揺さぶったりしなかったし、結果、こんなにも深く傷付く事はなかっただろう。
でももし、スミレからレイを取り上げたら……
「弥生?」
「え?」
スミレから怪訝そうに名を呼ばれ、俺はハッと我に返る。
「なんでもない。じゃあ」
俺はスミレの顔も直視出来ずに手を上げて自宅の玄関に入った。
今、俺はもの凄く意地悪な事を考えてしまった。
もし、もしもレイがスミレを振ったら、元通りに戻れるんじゃないかと思ってしまった。
「そんなの、スミレが傷付くだけなのに」
俺はなんて浅はかで、浅ましい人間なんだ。元は親切の押し付けで自分からスミレにレイをけしかけたくせに、自分の気持ちに気付いた途端、それを取り上げるような真似をするなんて、勝手にも程がある。それに、今や俺にはかわいい彼女がいるじゃないか。俺の気持ちを知りながら、それでもいいと一緒にいてくれる彼女が。俺はそんな彼女の為に生きて、スミレにはレイとして出来る限り尽くしてあげなきゃ。スミレからレイを取り上げたところで、スミレが俺を愛してくれるわけじゃないんだ。
本当はもう、レイとしてスミレに接する事すら辛くて仕方なくなっていたが……
翌朝、俺はエビフライを食べてからダボッとしたパーカーにスパッツというラフな格好でスミレの家を尋ねた。
今日は休日で一日中晴れの予報だったが、俺の心はここ最近ずっと曇り空だ。
「レイさん、今日はとても自然体な格好なんですね。凄く可愛らしいです」
玄関で俺の姿を見るなり、スミレは『ラフ』を『自然体』と言い換えて褒めてくれた。
別にハッキリ言ってくれてもいいのに。ほんと、ヤル時以外のスミレは気遣いが出来る男だ。
「ちょっと時間が無くて」
本当は、ぼーっとしてファッションにまで気が回らなかっただけなんだけど。
「そうですか。でも、こういうレイさんも新鮮でいいな」
「……うん」
スミレにレイの外観を褒められたところで、俺の心は虚しいだけだった。
「今日は天気がいいですけど、本当に俺の部屋でいいんですか?最近ずっとそうじゃないですか」
「私、インドア派だから」
本当は、スミレも他のカップルみたいに街をブラブラしたり、遠出して外泊したりしたいんだろうな。
スミレの為にレイをあてがったくせに、俺はスミレに我慢をさせているのか。
なんか、申し訳ないな。普通の女の子なら、スミレももっとちゃんとした恋愛が出来ただろうに。
「俺はレイさんとベタベタ出来るから嬉しいけど、たまにはどこかに出掛けたくなったら、いつでも言って下さいね」
そう言ってスミレはレディファーストで自然に俺をエスコートして階段を先に上らせた。
これは……
なんか、この間の事もあり、スミレの前で階段を上るのはとても恥ずかしい。しかも今日はスパッツだから、お尻の形がくっきり見えてしまう。
完全なる俺の第六感だが、今、この時、スミレの視線は俺の臀部に注がれているような気がする。
弥生の俺にも肉付きのいいプリプリのお尻があったら……あったとて、そもそも俺は男だから何も変わらないけど。
つくづくレイが妬ましい、
俺がそっと後ろを振り返ると、スミレと目が合った。
「そんなに警戒しなくても、こないだみたいな事はしませんから、安心して下さい」
スミレから穏やかに微笑まれ、過度に意識していた俺の方が恥ずかしくなる。
弥生の時も気まずいが、今は違った意味で気まずい。
「やめてよ」
等と言いながら、俺は顔を真っ赤にして階段を駆け上った。
「レイさん」
遅れてスミレが部屋に入ると、彼は俺にしなだれかかる様に後ろから抱きついてくる。
「どうしたの?」
スミレの奴、なんか元気ないな。
俺は、彼がいつものスミレではないような気がして心配になる。
「レイさんは俺から離れて行かないで」
いつもベッドでは王様の如く傲慢に振る舞っているスミレだが、こうして切実に語る彼に、その面影は無い。
「行かないよ。どうしてそんな事を聞くの?」
そんな寂しそうな声を出されると、俺はスミレが可哀想で仕方がなくなる。
「親友がどこか遠くに行ってしまいそうで怖いんです」
ギュッと俺に回された腕に力が込められた。
親友って、俺(弥生)の事か?
「喧嘩したの?」
俺はなんとなく事情は知っていたが、そしらぬふりで尋ねる。
「喧嘩っていうか、親友の弥生に彼女が出来て、そこから俺が壁を感じるようになって」
「スミレにだって私がいるじゃん」
「そうなんだけど、本当はそれも後ろめたくて、ハッキリ別れろって言えなくて」
すげー傲慢だな。
「こらこら、親友の恋路の邪魔しちゃ駄目でしょ」
「だって、凄く大事な友達だから、誰にもやりたくないんです」
「……」
『大事な友達』か……
そりゃそうだよな。今更ガッカリしても仕方ないか。
「スミレは欲張りだよ。私だけじゃ物足りないの?」
「それは……」
スミレが本当に大事なのは、友情と愛情、どちらなのだろうか?
「スミレは……私と弥生、どっちかしか手に入らないとしたら、どっちを選ぶの?」
「え?」
スミレはそれきり、その質問には答えなかった。
「……ごめん、変な事聞いて」
スミレの表情はここからでは見えないが、きっと困り果てているに違いない。
「レイさん、不安なの?」
「そう、なのかな……うん、そうかも」
「どうしたらレイさんの不安を取り除けますか?レイさんの為なら、俺はなんでもします」
『レイさんの為なら』か……
俺の本当の望みは……
「じゃあ、私じゃなく、その親友を愛してあげて」
「え?」
「あっ、いや」
ヤバイ、変な事言っちゃった。
「どうしたんですか?レイさん、今日はちょっとおかしいですよ?」
「ごめん」
なんて事を言ってしまったんだろう。今はレイなのに、つい自我を出してしまった。欲張りなのは俺の方じゃないか。
「ちょっと、今日は調子が悪いから帰るね」
「レイさん!?」
俺はスミレの腕の中から抜け出し、後ろも振り返らずに退室して階段を駆け下りた。
駄目だ。スミレにはレイがいて、弥生にはミリがいるんだ、俺はそれぞれの役に徹しなきゃ。
スミレを諦めなきゃ。
二股ってやつか?
放課後、俺はミリと街をブラブラしながら罪の意識に苛まれる。
こんなにかわいい娘、俺じゃなくても引く手数多だろうに。
「ミリ、甘いもの好き?たい焼き食べる?買ってあげるよ?」
俺は二股の負い目から目に入った真新しいたい焼き屋を指差した。
「え?いいの?じゃあ、餅いちごのたい焼きにする!」
こんな事で二股(?)の罪滅ぼしにはならないだろうが、当のミリは嬉しそうに口元で両手を合わせ、ウキウキと体を縦に揺する。
「餅いちご?たい焼きって、あんこだけじゃないの?」
「弥生、古いね。今は色んな味があるんだよ。ホイップされた、とても歩きながら食べられそうにないようなノスタルジックなたい焼きだってあるんだから」
ミリに『へへーんだ』と胸を張られ、俺は目からウロコを落として壁に貼られたたい焼き屋のメニュー表に目をやる。
「へぇ、揚げたい焼きとか、モッフルたい焼きとかもあるのか、今風だな。どうりで学生が多い訳だ」
タピオカ屋に並んでいたような女性達が、今度はここに並んでいると見える。
女子ばかりの人だかりはちょっと気が引けるが、ミリが嬉しそうにしていたので、俺は彼女の手を引いて姦しい女子グループの最後尾についた。
「俺はツナサラダたい焼きにしようかな」
ミリが嬉しいと、自然と俺も嬉しくなって笑顔になれる。
こうしていると、スミレとのギクシャクが少しは忘れられた。
「え、弥生ってさ、そういうとこあるよね?」
「は、何が?」
ミリが腕を組んで不敵に笑い、俺はポカンと口を開けた。
てか出会って1週間しか経ってないし、その間に数日一緒に下校しただけで、ミリは俺の何を知ってるって言うんだ?
「弥生って、クレープ屋でもツナサラダ頼んじゃうタイプでしょ?」
「まあな」
何がいけないんだ?
「ハンバーグが美味しいお店でサイドメニューのピザ頼んじゃうタイプじゃない?」
何故か横からミリに責められているような形になっているが、何か変な事でも言ったか?
「食べたい物頼むよ。駄目なの?」
「そういうとこ、好き」
ガバッとミリに腕を抱き締められ、その肘に彼女の張りのある胸が当たり、俺はちょっと体を離した。
「馬鹿言ってんな」
以前の俺なら興奮して顔を赤くしただろうが、女体に馴染みのある俺には日常的な刺激だった為、存外クールでいられた。
女体に慣れすぎると女の子にドキドキしなくなるもんなんだな。
あぁ、でも、スミレとは男同士なのにドキドキするのは、やっぱり異性として好きだからなんだよな。いつか俺も、ミリにドキドキする時がくるのだろうか?
当のミリは不服そうにむくれているが……
俺に意識してほしくてわざと胸を押し付けたんだろうな。
そんなところは健気でちょっとかわいいなとは思うけど、俺の方はそこまで乗り気じゃなかった。
20分程並び、無事たい焼きをゲットすると、俺達は公園の生垣の影にある目立たないベンチでそれを食べる。
「餅いちご美味しい?」
「うんっ!」
ミリが嬉々として首を縦に振り、俺も嬉しくなってツナサラダたい焼きを食べ進めた。
「ツナサラダも食べてみる?美味しいよ?」
俺はツナサラダたい焼きを半分くらい食べた辺りでそれをミリの口元に差し出す。
「ツナサラダなんて邪道だよ、ケーキにマヨネーズかけて食べるようなもんだよ?」
「頭で考えて食べるからいけないんだよ。何も考えないで食べてごらん?」
俺はつんつんとツナサラダたい焼きでミリの唇をつつくと、彼女は観念した様に仕方なくそれに齧りつく。そしてもしゃもしゃと動物のようにそれを咀嚼した後『おぉっ!』と目を輝かせて親指を立てて見せた。
「旨っ」
「全部食べていいよ」
俺は愛玩動物に餌付けでもするようにそのまま自分のたい焼きをミリに与える。
自分の手から直接たい焼きを頬張る彼女を見ていると、恋人というより、妹か、それこそペットといるような安らかな気持ちになった。
女の子と付き合うってこんな感じなのかな?
スミレといる時はドキドキするのに、ミリといると心穏やかだ。ミリとはその場の流れで付き合う事になったけれど、俺はちゃんとミリを好きなのだろうか?
ミリの容姿も内面も俺好みだけど、ドキドキしないのはスキンシップ不足だからか?
「ミリ、マヨネーズついてる」
ふと、俺はミリの唇の端についているマヨネーズを見て思った。
キスしたらドキドキするのだろうか?
幸い、ここは人気が無いし、生垣がうまい具合に死角を作ってくれている。試すなら今だ。
「ミリ」
俺の呼び掛けでミリが顔を上げ、俺はすかさず彼女の唇に軽く自分の唇を合わせてみた。
マヨネーズの味がする。
「弥生」
時間にして数秒、俺達は付き合って始めてのキスをした。
でもなんか、恋人同士がキスをしたというより、知り合い同士でただ握手をしただけみたいな、何の感動も覚えなかった。
まだ、付き合いたてだからだろうか?
時がくればミリの事を好きになって、一緒にいるだけでドキドキする日がくるのだろうか?
そんな日が、本当にくるのだろうか?
スミレを忘れる日が……
「弥生、もう一回キスして」
ミリはそう言って目を閉じた。
「うん」
俺は先刻よりももう少し濃厚なキスをミリに降らせる。
俺はこうしてキスを重ねる度に、罪まで重ねていっているようで胸が痛んだ。
俺は俺自信の事も、ミリの事も、そしてスミレの事も騙しているんじゃないだろうか?
それから俺はミリと別れ、帰宅すると、ランニングから帰ってきたジャージ姿のスミレに家の前で出くわした。
「スミレ……」
いきなり目の前に現れるものだから、俺はバッチリスミレと目が合い、動悸が止まらなくなる。
「デート?」
「まあ……」
スミレからストレートに尋ねられ、俺は家の方を見ながら頭を掻いた。
最近スミレといざこざがあってから、俺はその気まずさから彼を避け続けている。
「お前も明日デートだろ?」
俺だけが責められているような気になり、俺はついそう尋ねてしまう。
「なんで知ってんの?」
あ、しまった。
俺がスミレとレイの予定を知っているのはおかしい。
「お前がメールしてるのが見えたんだよ」
「気になるの?」
「別に」
俺はボロが出る前にそのまま家の門扉内に入った。
「弥生」
スミレに呼び止められ、振り返ると、オレンジ色の夕日に照らし出された彼がこちらをジッと見つめていた。
硝子玉みたいな透明感のある瞳に見つめられ、俺はそこから目が離せなくなる。
スミレってカッコいいのに、綺麗な顔をしてるんだよな。
「なに?」
「どこまでヤッた?」
「は?」
普段真面目なスミレがこんな下世話な事を聞くなんて、とても珍しいと思った。
「俺は気になる」
「そんな事を話してどうなるんだよ?」
別に喧嘩したい訳でもないのに、俺は意地を張ってスミレを牽制してしまう。
スミレとはこれまで喧嘩らしい喧嘩をしてこなかっただけに、仲直りの糸口やタイミングが掴めない。
「弥生、俺は……」
スミレは何か喉につかえているように言葉を詰まらせた。
スミレも、俺と仲直りしたいと思ってくれているんだろうか?
じれったい。
いつもなら、家の前で『じゃーな』と簡単に挨拶を交わし、その後各々の部屋に戻ってから電話やメールをしたり、窓を開けて直接話したりするのに、俺らはそんな日常すら交わしてない。
全然つまんない。
でもスミレがレイと付き合い続ける以上、嫌でも気まずくなる。
ああ、でも、レイとしてなら、スミレと気兼ねなく話せるのか。
「スミレ」
「なに?」
「彼女の事、好き?」
「好きだよ」
「そっか……」
スミレが迷わず答え、俺は複雑というより、失恋で胸を抉られた気分だった。
レイとしてスミレと付き合っていても、それは単なる慰めにしかならないのだと思った。
俺が自分の心にもっと早く気付いていたら、レイを使ってスミレを揺さぶったりしなかったし、結果、こんなにも深く傷付く事はなかっただろう。
でももし、スミレからレイを取り上げたら……
「弥生?」
「え?」
スミレから怪訝そうに名を呼ばれ、俺はハッと我に返る。
「なんでもない。じゃあ」
俺はスミレの顔も直視出来ずに手を上げて自宅の玄関に入った。
今、俺はもの凄く意地悪な事を考えてしまった。
もし、もしもレイがスミレを振ったら、元通りに戻れるんじゃないかと思ってしまった。
「そんなの、スミレが傷付くだけなのに」
俺はなんて浅はかで、浅ましい人間なんだ。元は親切の押し付けで自分からスミレにレイをけしかけたくせに、自分の気持ちに気付いた途端、それを取り上げるような真似をするなんて、勝手にも程がある。それに、今や俺にはかわいい彼女がいるじゃないか。俺の気持ちを知りながら、それでもいいと一緒にいてくれる彼女が。俺はそんな彼女の為に生きて、スミレにはレイとして出来る限り尽くしてあげなきゃ。スミレからレイを取り上げたところで、スミレが俺を愛してくれるわけじゃないんだ。
本当はもう、レイとしてスミレに接する事すら辛くて仕方なくなっていたが……
翌朝、俺はエビフライを食べてからダボッとしたパーカーにスパッツというラフな格好でスミレの家を尋ねた。
今日は休日で一日中晴れの予報だったが、俺の心はここ最近ずっと曇り空だ。
「レイさん、今日はとても自然体な格好なんですね。凄く可愛らしいです」
玄関で俺の姿を見るなり、スミレは『ラフ』を『自然体』と言い換えて褒めてくれた。
別にハッキリ言ってくれてもいいのに。ほんと、ヤル時以外のスミレは気遣いが出来る男だ。
「ちょっと時間が無くて」
本当は、ぼーっとしてファッションにまで気が回らなかっただけなんだけど。
「そうですか。でも、こういうレイさんも新鮮でいいな」
「……うん」
スミレにレイの外観を褒められたところで、俺の心は虚しいだけだった。
「今日は天気がいいですけど、本当に俺の部屋でいいんですか?最近ずっとそうじゃないですか」
「私、インドア派だから」
本当は、スミレも他のカップルみたいに街をブラブラしたり、遠出して外泊したりしたいんだろうな。
スミレの為にレイをあてがったくせに、俺はスミレに我慢をさせているのか。
なんか、申し訳ないな。普通の女の子なら、スミレももっとちゃんとした恋愛が出来ただろうに。
「俺はレイさんとベタベタ出来るから嬉しいけど、たまにはどこかに出掛けたくなったら、いつでも言って下さいね」
そう言ってスミレはレディファーストで自然に俺をエスコートして階段を先に上らせた。
これは……
なんか、この間の事もあり、スミレの前で階段を上るのはとても恥ずかしい。しかも今日はスパッツだから、お尻の形がくっきり見えてしまう。
完全なる俺の第六感だが、今、この時、スミレの視線は俺の臀部に注がれているような気がする。
弥生の俺にも肉付きのいいプリプリのお尻があったら……あったとて、そもそも俺は男だから何も変わらないけど。
つくづくレイが妬ましい、
俺がそっと後ろを振り返ると、スミレと目が合った。
「そんなに警戒しなくても、こないだみたいな事はしませんから、安心して下さい」
スミレから穏やかに微笑まれ、過度に意識していた俺の方が恥ずかしくなる。
弥生の時も気まずいが、今は違った意味で気まずい。
「やめてよ」
等と言いながら、俺は顔を真っ赤にして階段を駆け上った。
「レイさん」
遅れてスミレが部屋に入ると、彼は俺にしなだれかかる様に後ろから抱きついてくる。
「どうしたの?」
スミレの奴、なんか元気ないな。
俺は、彼がいつものスミレではないような気がして心配になる。
「レイさんは俺から離れて行かないで」
いつもベッドでは王様の如く傲慢に振る舞っているスミレだが、こうして切実に語る彼に、その面影は無い。
「行かないよ。どうしてそんな事を聞くの?」
そんな寂しそうな声を出されると、俺はスミレが可哀想で仕方がなくなる。
「親友がどこか遠くに行ってしまいそうで怖いんです」
ギュッと俺に回された腕に力が込められた。
親友って、俺(弥生)の事か?
「喧嘩したの?」
俺はなんとなく事情は知っていたが、そしらぬふりで尋ねる。
「喧嘩っていうか、親友の弥生に彼女が出来て、そこから俺が壁を感じるようになって」
「スミレにだって私がいるじゃん」
「そうなんだけど、本当はそれも後ろめたくて、ハッキリ別れろって言えなくて」
すげー傲慢だな。
「こらこら、親友の恋路の邪魔しちゃ駄目でしょ」
「だって、凄く大事な友達だから、誰にもやりたくないんです」
「……」
『大事な友達』か……
そりゃそうだよな。今更ガッカリしても仕方ないか。
「スミレは欲張りだよ。私だけじゃ物足りないの?」
「それは……」
スミレが本当に大事なのは、友情と愛情、どちらなのだろうか?
「スミレは……私と弥生、どっちかしか手に入らないとしたら、どっちを選ぶの?」
「え?」
スミレはそれきり、その質問には答えなかった。
「……ごめん、変な事聞いて」
スミレの表情はここからでは見えないが、きっと困り果てているに違いない。
「レイさん、不安なの?」
「そう、なのかな……うん、そうかも」
「どうしたらレイさんの不安を取り除けますか?レイさんの為なら、俺はなんでもします」
『レイさんの為なら』か……
俺の本当の望みは……
「じゃあ、私じゃなく、その親友を愛してあげて」
「え?」
「あっ、いや」
ヤバイ、変な事言っちゃった。
「どうしたんですか?レイさん、今日はちょっとおかしいですよ?」
「ごめん」
なんて事を言ってしまったんだろう。今はレイなのに、つい自我を出してしまった。欲張りなのは俺の方じゃないか。
「ちょっと、今日は調子が悪いから帰るね」
「レイさん!?」
俺はスミレの腕の中から抜け出し、後ろも振り返らずに退室して階段を駆け下りた。
駄目だ。スミレにはレイがいて、弥生にはミリがいるんだ、俺はそれぞれの役に徹しなきゃ。
スミレを諦めなきゃ。
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えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 一月十日のアルファポリス規約改定を受け、サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をこちらへ移しましたm(__)m サブ垢の『バウムクーヘンエンド』はこちらへ移動が出来次第、非公開となりますm(__)m)
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら
たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生
海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。
そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…?
※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。
※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
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