ただ幸せになりたかっただけと、あなたたちは言うけれど

gacchi(がっち)

文字の大きさ
4 / 66

4.初めて会った日(ジェラルド)

しおりを挟む
ふと、教師の声に重なって悲鳴のような声が聞こえた気がした。

「どうかしましたか?」

「今、悲鳴のような声が聞こえませんでしたか?」

「悲鳴?」

後ろに控えていた侍従ケインを振り返ると、うなずいて様子を見に行く。
何があったのか調べてくるまで授業に戻ろうとしたら、
ケインは顔色を変えてすぐに戻って来た。

「何かあったのか?」

「イフリア公爵家に嫁がれたロズリーヌ様がお戻りです!」

「叔母上が!?本当なのか?」

「はい。今、旦那様と奥様がお会いになっています」

「……俺も行く。先生、申し訳ありませんが、授業は中断させてください」

「ええ、わかりました」

イフリア公爵家に嫁いだという父上の妹ロズリーヌ様は、
嫁いだ後は一度もレドアル公爵家に来たことがない。

里帰りどころか、両親が倒れた時ですら帰ることを許されなかったと聞いている。
その叔母が戻って来ているというのは何か重大なことが起きたのか。

応接間にいるのかと思えば、まだ玄関を入ったばかりのところで話し合っている。
正確に言えば、泣き叫ぶような叔母上を父上がなんとか落ち着かせようとしている。
銀色の髪に紫目、父上や俺と同じレドアル公爵家の色。
美しい女性が人目も気にせずに涙をこぼし、何かを訴えている。

「お願いよ、お兄様!早く、あの子を!」

「落ち着くんだ、ロザリーヌ!」

「ええ、落ち着いてちょうだい。応接室に行って話をしましょう?」

「そんなことをしている間にあの子が殺されてしまうかもしれないのに!」

殺される?いったい誰のことだ?
とにかく、興奮してしまっているのをなんとかしなければ。
するりと叔母上と父上の間に入り込み、ぺこりとお辞儀した。

「え?」

「叔母上ですね。はじめまして、ジェラルドと申します。
 大事な話ほど、落ち着いて最初から話してもらうのが一番早いです。
 さぁ、まずは冷たい水を飲んでから」

「え、ええ……」

少しは冷静になれたのか、手をひいて応接室まで連れて行き、
侍女に用意させた冷たい水を渡す。
叔母上はそれを飲み干すと、また泣き始めた。

「まず、殺されるというのは誰のことだ?」

「ジュリアンヌよ!昨日からいなくなったの!」

「いなくなった?ジュリアンヌはたしか十歳だったよな?」

「ええ、そうよ」

話だけは聞いていた。叔母上には息子のレイモンと娘のジュリアンヌがいると。
俺にとっては従兄弟になるが、一度も会ったことはない。

「昨日のいつからいなくなったんだ?」

「……昨日の昼、レイモンが熱を出したと言われ、母屋に侍女たちと行った時、
 ジュリアンヌだけは離れに残っていたの」

「母屋?離れ?どういうことだ?」

「ヴィクトルは私や侍女たちのことを気持ち悪がって、
 母屋ではなく離れで生活するようにって。
 でも、レイモンは魔力なしで生まれたから私から引き離されて、母屋で生活していたのよ」

「……なんてことだ。そこまで虐げられていたとは」

叔母上がイフリア公爵家に嫁いだのは王命だった。
それなのに結婚後は一切の関りを許されず、
叔母上がどんな生活を送っているのかすらわからなかった。

夜会で会う時もそばに公爵がいるから挨拶だけしかできず、
叔母上を可愛がっていた父上と母上が心配していたのは聞いている。

「レイモンが体調を崩した時だけ私が呼ばれるの。
 でも、母屋は敵ばかりだから……侍女たちが心配して皆ついてきてくれて。
 ジュリアンヌを一人で離れに置いて行ってしまったの。
 戻ってきた時にはもうどこにもいなくて。
 ヴィクトルに探すようにお願いしたのに、今朝になって急に……。
 行方不明になったのはお前のせいだから責任をとって出て行けと……」

「なんていうことだ。イフリア公爵家では捜索していないのか?」

「おそらくしていないんだと思うの。
 私と離縁したかったのならそれはかまわないの!
 あの子を探して!今、ひどい目にあっているかもしれないのよ!」

「わかった。すぐに探そう。心当たりはあるか?」

「ヴィクトルの愛人かもしれないと思って……。
 それをヴィクトルに言ったらひどく怒られて。
 そのせいで追い出されたのかもしれないわ」

「ヴィクトルの愛人……アジェ伯爵夫人か?」

「ええ、お兄様も知っていたのね。たまに母屋に招かれているのを見たわ。
 昨日もマゼンタ様の馬車が来ているのを見た侍女がいるの」

「アジェ伯爵家ならすぐに調べられる。
 手配してくるから、マーガレット、ロズリーヌを頼んだ」

「ええ、ロズリーヌ、あとはラファエルに任せましょう」

「お義姉様……」

また泣き崩れた叔母上を母上が背中をさすって慰める。
父上がああいうのならすぐに調査結果が出ると思うが、
十歳の従妹が大丈夫なのか気になる。

さらわれたのが昨日。
ひどい目にあわされていなければいいが……。

「ジェラルド様、部屋に戻りましょう。先生がお待ちですよ」

「ああ、そうだな」

授業を中断してきたのを忘れていた。
母上たちは挨拶どころではなさそうだったので、そっと応接室を出て部屋に戻る。
だが、授業はまったく頭に入って来ず、先生には申し訳ないが帰ってもらった。

夕方になっても父上は戻ってこなかった。
夕食の席に叔母上は現れず、母上に聞けば心労で倒れているという。
もともとあまり身体の強い人ではないらしく、
魔力はあっても治癒術しか使えないそうだ。

髪をととのえることもせず、泣いていたけれど美しい夫人だった。
母上は婚約者として幼いころからレドアル公爵家に来ていたので、
叔母上とは本当の姉妹のように仲が良かったという。

離縁されて追い出されたのなら、レドアル公爵家に戻って来るんだろう。

夜になっても心配で眠れなかった。
頭の中では小さくなった叔母上が悪者に殺されそうになって泣いている。
まだ見たこともない従妹ジュリアンヌが心配で、
屋敷から飛び出して探しに行きたいくらいだった。

落ち着かなくて廊下に出て、玄関から外を見る。
探しに行けるわけもないのに、そうしなくてはいけない気になる。

ふと、門のあたりで誰かが騒いでいるのに気がついた。
夜着姿のまま、玄関から出て門へと駆け寄る。

そこでは知らない男が門番と言い合いになっていた。

「お願いします!旦那様に!」

「お前のような不審な男のためにこんな時間に起こせるわけはないだろう!」

「一刻を争うのです!このままではお嬢様が死んでしまう!」

「この家にはお嬢様なんていない!」

「違うんです!ジュリアンヌ様はっ」

「ジュリアンヌだと!?」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹なんだから助けて? お断りします

たくわん
恋愛
美しく聡明な令嬢エリーゼ。だが、母の死後に迎えられた継母マルグリットによって、彼女の人生は一変する。実母が残した財産は継母に奪われ、華やかなドレスは義姉たちに着られ、エリーゼ自身は使用人同然の扱いを受ける。そんなある日――。

働かない令嬢は、すでに幸せです  ――婚約破棄? それより紅茶の時間をください

鷹 綾
恋愛
婚約破棄された公爵令嬢、レイラ・フォン・アーデルハイド。 ――しかし彼女は、泣かない。怒らない。復讐もしない。 なぜなら、前世でブラック企業に心身を削られた元OLにとって、 婚約破棄とは「面倒な縁が切れただけ」の出来事だったから。 「復讐? 見返し? そんな暇があったら紅茶を飲みますわ」 貴族の婚姻は家同士の取引。 壊れたなら、それまで。 彼女が選んだのは、何もしない自由だった。 領地運営も、政治も、評価争いも―― 無理に手を出さず、必要なときだけ責任を取る。 働かない。頑張らない。目立たない。 ……はずだったのに。 なぜか領地は安定し、 周囲は勝手に動き、 気づけば「模範的な公爵令嬢」として評価が独り歩きしていく。 後悔する元婚約者、 空回りする王太子、 復讐を期待していた周囲―― けれど当の本人は、今日も優雅にティータイム。 無関心こそ最大のざまぁ。 働かないからこそ、幸せになった。 これは、 「何もしない」を貫いた令嬢が、 気づけばすべてを手に入れていた物語。

私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

処理中です...