ただ幸せになりたかっただけと、あなたたちは言うけれど

gacchi(がっち)

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38.二人の兄様

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「俺はずっと踊るのを拒否していたから。
 ジュリアンヌだけじゃない。俺も夜会で踊るのは初めてなんだ」

「え?」

兄様の発言に驚いているうちに曲が始まる。
少しテンポが速くて難しい曲だけど、いつも兄様と練習している曲だった。
かろやかに踊り始めると、周りからの視線を感じる。

「兄様は何度も夜会に出ているから、踊ったことがあるんだと思っていたわ」

「一度もないよ」

「でも、令嬢から誘われることもあるでしょう?」

夜会で令嬢から誘うことははしたないとされているが、
それでも令嬢が誘った場合は、誘われた側は断らないのがマナーだ。

兄様なら令嬢たちから誘われてもおかしくないのに。

「誘われても断っていた」

「え?断っていいの?」

「理由がある場合は断っていいんだ」

「そうなの……」

断った理由って何だろう。くるくると回りながら踊っていると、
ゆっくり聞き出すような余裕はない。
曲が終わって、その場から離れるのかと思っていたら、
兄様はまだ離れようとしなかった。

「どうしたの?」

「レイモンがまだ王族席で話している。
 ……もう一曲踊って待つか」

「ええ?」

二曲も踊るとは思っていなかったけれど、次は私が好きな曲だった。
もしかして、そのせいでもう一曲踊るって言ってくれたのかな。

ゆっくりした曲に合わせて踊ると、少し余裕が出てくる。
タキシード姿の兄様と密着しているのに気がついて、
思わず視線を下げた。

「ジュリアンヌ、この曲は見つめあって踊るものだろう?」

「あ、うん。そうだね」

慌てて顔をあげて兄様を見つめる。
背が高い兄様から見下ろされるように見つめられると、
なんだかこの場に二人きりになったような気持ちになる。

少しずつ距離が縮まって……兄様の唇が私の髪にふれそうになる。
ふと、音楽が終わってしまったのに気がついた。

「残念……終わってしまったか。
 ああ、レイモンも控室に向かったようだ。行こうか」

「……ええ」

今のはなんだったんだろう。
踊ったせいで顔が熱いように装い、兄様の手を取る。

少し離れた場所でシャルロット様が私をにらんでいたけれど、
そちらは見ないようにして遠ざかった。

イフリア公爵家の控室をノックすると、
迎え入れてくれたのは使用人ではなくレイモン兄様だった。

「呼び出して悪いな、入ってくれ」

「ああ。人払いしているのか?」

「なるべく聞かれないほうがいいだろうと思って。
 俺の周りには信用できる使用人しか置いていないが、
 どこでマゼンタとつながっているかわからないからな」

「そういうことか」

レイモン兄様に案内され、奥のソファに座ると、
あらかじめ淹れておいてくれたのかお茶が出される。

「俺が淹れたから、あまりうまくないかもしれないが」

「え?レイモン兄様が?」

「そうだ……ジュリアンヌ。まだ、俺を兄様と呼んでくれるんだな」

「え、あ……」

つい心の中で呼んでいるままに口に出してしまった。
咎められるかと思ったのに、レイモン兄様はうれしそうに笑う。

「兄様と呼ばれるのは久しぶりだな。
 ジュリアンヌは覚えていないかもしれないが、
 三歳までのジュリアンヌは俺によく懐いていたんだ」

「え?」

「俺は一人だけ母屋に住むように言われていたが、
 お祖父様が生きていた間は離れに行くことも許されていたんだ。
 だから、暇さえあれば離れに行って、ジュリアンヌと遊んでいた」

「そうだったの……」

言われても思い出すことはできないけれど、
離れていてもレイモン兄様のことは嫌いにならなかった。

イフリア公爵家を思い出すだけで嫌な気持ちになるのに、
レイモン兄様のことを思い出しても嫌な気持ちになったことはないのは、
心のどこかで懐いていたことを覚えているのかもしれない。

「兄様と呼んでくれてうれしい。
 できるなら、これからもそう呼んでほしい。
 俺の妹はジュリアンヌだけだと思っているから」

「レイモン兄様って、呼んでもいいのね」

「もちろんだ……ジェラルド、そう拗ねた顔はするなよ」

「……別にしていない。
 レイモンとジュリアンヌが兄妹なのは事実だからな」

「いいだろう?兄の役目は俺に戻しても。
 お前にはもっと大事な役目があるんだから」

「っ!」

ジェラルド兄様にもっと大事な役目?
もしかして、もう兄役はやめて離れろって言っている?

「ああ、今日呼んだのは聞きたかったことがあるからだ。
 ジュリアンヌが嫌なら後でもいいが……。
 あの時、何があったのか教えてくれないか?」

「え……」

「俺は母上とジュリアンヌがいなくなってしばらくして、
 離縁が成立して二人がレドアル公爵家に戻ったことを知らされた。
 きっと愛人が母上に何かしたんだと思っていた。
 あの時の真実を教えてほしいんだ」

「あの時は……」

思い出そうとすると、まだ少し怖い。
もう大丈夫だとわかっているのに、気持ちが引き戻されそうになる。

「ジュリアンヌ、俺から話そう」

「兄様……」

「レイモン、俺が説明する。それでいいな?」

「ああ、かまわないよ。
 ジュリアンヌに無理をさせたいわけじゃない。
 ジェラルドが知っているなら教えてくれ」

口ごもっていたら、ジェラルド兄様が代わりに説明してくれる。
私が意識がなかった時のことも含めて説明してくれたので、
兄様が説明してくれたほうがわかりやすかった。

「ジュリアンヌになんてことを!……追い出すだけで済ませるんじゃなかったな。
 絶対にあの愛人が何かしたんだと思っていた。
 だが、当時の俺は何の力もなく、使用人から聞き出すこともできなかった」

怒りのせいなのか、レイモン兄様が震えている。
こんなにも私のことで怒ってくれるなんて思わなかった。

あの時、レイモン兄様は十三歳だった。
私よりは大人だったかもしれないけれど、
お父様が隠していることを知るのは難しかったはずだ。

「そのことを、シュゼットは知っていると思うか?」

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