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39.出会う二人

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その後の生活は苦痛でしかなかった。
1週間ほど間を置いて、新しい女官が夜に来るようになった。
同じように薬を飲まされ、身体を撫でまわされる。
2刻ほど我慢して、出ていくように命令する。
その女官は3日間続けてやってきた。そして、同じように苦痛を強いられる。
何をしてもダメだとわかると、違う女官が来るようになった。
だいたい2週間で新しい女官に変わるらしいが、誰一人顔を覚えていない。
同じような白い手、べったりとした口紅が身体につく感触、
あちこちに虫が這うような気持ちの悪さ。
薬を使ったところで、反応しないのも無理は無かった。

半年が過ぎる頃、女官が来ない夜はふらふらと外を歩くようになった。
薬の副作用なのか、夜になっても神経が休まらなかった。
それに私室にいたら、担当の女官以外が忍び込んでくるかもしれない。
自分の私室だというのに、ちっとも休める気がしなかった。


そんな時だった。
練習場を突っ切って、奥の湖まで散歩するつもりだった。
ふと見た水飲み場に、桃色の布が見えた。丸い布のかたまり?
気になって確認したら、小さな女の子だった。
王宮内に住む女の子なんて、一人しかいない。
会ったことは無かったが知ってはいた。姪のシルヴィア王女。
どうしてこんな夜更けに、こんなところで一人で寝ているんだろう。
とりあえず王女の宮に連れて行こうと抱き上げると、顔が見えた。

小さな顔、丸い額。泣いていたのか、長いまつげが濡れていた。
ずっとここにいたのか、身体が冷え切って顔が青ざめていた。
少しでも温めようと抱きかかえるようにすると、胸に顔を寄せてきた。
「おかあさま…。」かすかに聞こえた寝言は母を呼ぶ声だった。
すぐに王女の宮へ連れて行き、寝ていたハンスを起こした。
王女を抱えた俺にハンスも驚いていたが、訳を話すと真っ青になった。
王女が私室にいなかったのに誰も気が付かないとは。失態でしかない。
護衛も侍女もいるはずなのに、どうして外に出られたのかわからなかった。

それはともかく、王女はハンスに渡したし、もう会うことはないだろう。
そう思っていた俺が、また同じように王女を見つけたのは、その3日後だった。

そんな感じで何度も何度も王女を見つけ、ハンスに送り届けた。
どうして私室から外に出てしまうのか、どうして見つけるのが俺だけなのか。
今考えれば、祈りの塔がしたことなのだろう。
王女の心が壊れないように、俺の心が閉ざされたままにならないようにと。


その日は王弟の宮の中庭で王女を見つけた。
もう何度も見つけるから、驚くことは無かった。
またかと思いつつ、抱き上げる。その日、王女の目は開いていた。

「起きてるのか?」思わず聞くと、「あなたは誰?」と聞き返された。
「ジルバード。君の叔父だよ。」そう言えば、これが最初の名乗りだった。
起きている時には会っていないのだから、王女から見たら知らない人だ。

「叔父様は知ってる。いつも助けてくれる人。」
ハンスから聞いていたんだろう。
俺が知らない人じゃないと知って安心したのか、
いつものように胸に顔を寄せてきた。

「寒いか?早く王女の宮に帰ろう?」安心させるつもりでそう言った。
だけど、王女の反応は逆だった。
「嫌。このまま一緒にいる。」
そう言って俺の上着を掴んで離さない王女に、困ってしまった。
どうしようか。だけど、俺の私室には連れて行きたくなかった。
あの部屋に連れて行ったら、
こんな小さな王女まで嫌なものになってしまう気がした。

仕方なく、中庭のベンチに座り、抱きかかえたままで夜を明かした。
王女は俺の腕の中にすっぽりと抱え込まれ、安心した顔で眠っていた。
その顔を見て、なんだか俺自身も安心していいような気がした。
安心するってことが、言葉じゃなく理解できた。
朝になって兄上の部屋に王女を連れて行った。お願いするために。

その後、閨教育を無くしてもらい、
戻りたくなかった私室を違う場所に代えてもらった。
俺とルヴィが一緒に安心していられる私室を作ってもらい、
毎日一緒に眠ることができた。
心から安らげて、ぐっすり眠れる日が来るとは思わなかった。
ルヴィが大事だと思えば思うほど、ルヴィに関わる全ても大事に思えた。
この国も、この国の未来も、ルヴィのためなら守ろうと思えるほどに。

俺は心を持たないものじゃなかった。




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