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本編
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「一番になれ」「勝負に勝て」
幼い頃からずっと言われてきた言葉だ。
結果が全て。常に勝者であれ。そういう環境で育った。
初めはそうした期待が苦しかったけど、気付いたら俺もそんな環境に馴染んでいた。
幸いにも俺は勉強が得意で、トップの中学に合格して、トップの医学部に進学した。
「佐渡くんは勉強ができるんだから、もう少し人の気持ちも考えられないかな?」
小学生の頃、担任の先生からそうやって嗜められたことがある。
たしかに人の気持ちが分かるに越したことはないだろう。人の気持ちが分かれば、人を支配できるから。人の上に立てるから。
俺はどうしても人の気持ちが分からなかったから、理論に頼った。自分に従う人間を周りに置くだけなら、心理学の知識を使えば十分だと学んだ。相手を選ばなければ、簡単に引っ掛かりそうな自己肯定感が低い人間を狙えば楽勝だった。
そんな俺にも、どうしても欲しい相手ができた。
彼女はよく試験勉強で使っているカフェの店員だった。いつも屈託のない笑みを向けてくれる彼女に、どうせ営業スマイルと分かっていても強く惹かれてしまったのだ。一目惚れというか、雰囲気が好きというか、とにかくそんな漠然とした理由だった。
俺は彼女に近づくために、彼女が働いているカフェでバイトを始めた。店員と客の関係から、対等なバイト同士になったからか、彼女の今まで見たことない部分をいくつも知ることができた。客として接していた時のあのふわふわした優しさだけでなく、実は面倒見が良いところとか、一生懸命やっているように見えて意外とものぐさで、仕事も手を抜いてることとかが分かって嬉しかった。
彼女をより知る度に、どんどん彼女に惹かれていって、俺は彼女に好かれるように、彼女に恩を売ったり、彼女をよく観察して、運命と錯覚させるような共通点を作ったり、あらゆる手を尽くした。
そうしていたら彼女もだんだんと俺に心を開いてくれて、俺達はすっかり友達になれた。そんな中で、さらに彼女の心の奥を知れるようになっていった。
「俺、あの先輩、嫌い」
彼女に馴れ馴れしい先輩に嫉妬して、思わず出た言葉だった。彼女の優しい性格的に、身内の悪口なんて嫌に思うだろうな。嫌われるかな……。なんて後悔したけれど、彼女から返ってきた言葉は意外なものだった。
「分かる。あの先輩ムカつくよね。私のこと、下に見てるの分かるもん。そういうの嫌いなんだよね。劣等感強い方だから」
「え……。い……意外……。お前もそんな悪意に満ちたこと言うんだ……」
「そう?でも佐渡くんもこっち側の人間でしょ?」
彼女は悪い顔をする。性格が良いと思っていた彼女は、いい性格の間違いだった。
「てかさ、佐渡くんはさ、敵意が分かりやすすぎるよ。他人をコントロールしたいならもっと上手くやらなきゃ」
困惑する俺をよそに彼女はアドバイスまでしてくる。それから俺達は人間観やら人の動かし方やらを語り合った。彼女の腹が思ったよりも黒くて驚いたけど、初めて自分の悪意を否定せずに分かってもらえたようで嬉しかった。
それからしばらくして、俺は彼女に気付かれないように、彼女が孤立するように仕向けて、そして助けるようになった。だって彼女は俺と仲良くなったのに、俺以外の男とも話すから。彼女に俺だけを見て欲しかったから。そしたら彼女は狙い通り、俺だけを見てくれるようになった。
彼女は俺の悪意を肯定してくれたんだから、彼女を手に入れるためにこれくらいしたって良いだろ?
それから数年後、お互い勉強やら就活やらでバイトを辞めてからしばらく経っていたけれど、無事国家試験に受かった俺は、久しぶりに彼女と会った。そして彼女に告白をした。バイトを辞めた後もたまに会ってくれていたし、ある程度の社会的地位を得てからの告白だから、彼女もきっとOKしてくれるはず。そんな風に楽観視していた。
「ごめん。無理」
彼女は俺に冷たい瞳を向ける。
「何で……?」
「何で?って本気で聞いてる?分かんないの?私のこと孤立するように誘導してたよね?そんなことして何で好かれると思ったの?」
「そんなことしてない」そんな風に嘘をついても無駄だろう。彼女は絶対に確信を持って俺にこう言っているのだから。
「気付いてたのか……。でもそれだったら、何で俺と一緒にいたんだよ……。俺はてっきり……」
彼女は「うーん」と考える素振りをする。その顔は本気で悩んでいるわけではなく、俺を弄んで楽しんでいるようだった。
「それはね、承認欲求が満たされるし、面白かったからかな。自分より優れた人間がさ、私なんかのために、必死になって色んなしょーもない策を巡らせてるのは見てて傑作だったよ?この人、私のこと見くびってて、こんな子供騙しな方法で自分の物にできるって勘違いしてるんだなぁって」
「私劣等感強い方って言ったよね?見下されるの嫌いって言ったよね?何で自分には矛先が向けられないって思ってたの?」
「私のこと、掌の上で転がしてるつもりだったんだろうけどさ、佐渡くんの負けだよ?だって私、全部気付いてたもん」
それから彼女は「ばいばい」と笑ってその場を去った。
そっか。俺は勝負に負けたんだ。絶対に負けてはいけなかった勝負に。
「あーあ。何で懲りずに逃げようするかな?もう歩けないんだから、逃げ切るなんて無理に決まってるだろ?やる前にちょっとは考えなかったの?」
あれから数年、俺はヤクザお抱えの医者になった。人として真っ当な道を生きるのは諦めた。その代わりに、こうして誰にも邪魔されずに彼女と一緒にいる権利を得た。
「次は誰にしよっかな~。一体お前のせいで何人死ぬんだろうな?」
彼女は子供のように泣きじゃくる。「ごめんなさい」だの「二度としないから」だの、その場しのぎの嘘にうんざりする。数週間前にも同じ台詞を聞いた。
「それ前も聞いたよ。なのに何度も逃げ出すのってさ、死んだ奴らがお前にとって別に大切な存在じゃなかったからだよな?そろそろお前の家族でも殺しとくか?」
彼女はガタガタと震え出す。そして壊れた機械みたいに何度も何度も謝りながら、少しでも俺の機嫌を取ろうと、身体を擦り付けてくる。そんな姿が可愛過ぎて、今回は許してやろうかななんて甘い考えを持ってしまう。
「お前がさ、必死になってしょーもない策を巡らせてるのは見てて傑作だよ。お前は人の執着を見くびってたし、追い詰められた人間が何するか分かってなさすぎたな。人間、本気になれば何でも出来るんだよ」
すっかり伸びきった彼女の髪を撫でる。彼女がどれだけの期間、俺から逃げられずにいたのかを教えるために、あえて髪は伸ばしっぱなしにさせている。
「お前は昔俺の負けだなんて言ってたけど、お前の負けだよ」
そうだ。俺はこれでやっと勝負に勝ったんだ。もう彼女は俺の物だ。彼女の大切な人はほとんど死んだし、どうせ彼女はこれだけ言ってもまた懲りもせずに逃げようとするだろうから、唯一残された家族ももうじき死ぬことになるだろう。
彼女の周りの人がこの世からいなくなれば、俺以外みんないなくなれば、俺は彼女の一番になれる。
でも時々こうも思うんだ。勝つって何だろう?
俺は……勝ちたかったのか……?違う。ただ、彼女に好かれたかっただけだ。
「どうして……こんな酷いことできるの……?」
彼女は俺に問いかける。
「どうしてって?ごめんごめん。俺、人の気持ち分からないからさ」
嘘をつくのは彼女だけじゃない。俺も彼女に嘘をつく。
彼女の気持ちが分かればどれだけ良かっただろうか。いや、例え彼女の気持ちが分からなくても、彼女の気持ちに寄り添うことができれば、どれだけ良かっただろうか。そうすれば、こんな歪な関係にはならなかったのだろう。
幼い頃からずっと言われてきた言葉だ。
結果が全て。常に勝者であれ。そういう環境で育った。
初めはそうした期待が苦しかったけど、気付いたら俺もそんな環境に馴染んでいた。
幸いにも俺は勉強が得意で、トップの中学に合格して、トップの医学部に進学した。
「佐渡くんは勉強ができるんだから、もう少し人の気持ちも考えられないかな?」
小学生の頃、担任の先生からそうやって嗜められたことがある。
たしかに人の気持ちが分かるに越したことはないだろう。人の気持ちが分かれば、人を支配できるから。人の上に立てるから。
俺はどうしても人の気持ちが分からなかったから、理論に頼った。自分に従う人間を周りに置くだけなら、心理学の知識を使えば十分だと学んだ。相手を選ばなければ、簡単に引っ掛かりそうな自己肯定感が低い人間を狙えば楽勝だった。
そんな俺にも、どうしても欲しい相手ができた。
彼女はよく試験勉強で使っているカフェの店員だった。いつも屈託のない笑みを向けてくれる彼女に、どうせ営業スマイルと分かっていても強く惹かれてしまったのだ。一目惚れというか、雰囲気が好きというか、とにかくそんな漠然とした理由だった。
俺は彼女に近づくために、彼女が働いているカフェでバイトを始めた。店員と客の関係から、対等なバイト同士になったからか、彼女の今まで見たことない部分をいくつも知ることができた。客として接していた時のあのふわふわした優しさだけでなく、実は面倒見が良いところとか、一生懸命やっているように見えて意外とものぐさで、仕事も手を抜いてることとかが分かって嬉しかった。
彼女をより知る度に、どんどん彼女に惹かれていって、俺は彼女に好かれるように、彼女に恩を売ったり、彼女をよく観察して、運命と錯覚させるような共通点を作ったり、あらゆる手を尽くした。
そうしていたら彼女もだんだんと俺に心を開いてくれて、俺達はすっかり友達になれた。そんな中で、さらに彼女の心の奥を知れるようになっていった。
「俺、あの先輩、嫌い」
彼女に馴れ馴れしい先輩に嫉妬して、思わず出た言葉だった。彼女の優しい性格的に、身内の悪口なんて嫌に思うだろうな。嫌われるかな……。なんて後悔したけれど、彼女から返ってきた言葉は意外なものだった。
「分かる。あの先輩ムカつくよね。私のこと、下に見てるの分かるもん。そういうの嫌いなんだよね。劣等感強い方だから」
「え……。い……意外……。お前もそんな悪意に満ちたこと言うんだ……」
「そう?でも佐渡くんもこっち側の人間でしょ?」
彼女は悪い顔をする。性格が良いと思っていた彼女は、いい性格の間違いだった。
「てかさ、佐渡くんはさ、敵意が分かりやすすぎるよ。他人をコントロールしたいならもっと上手くやらなきゃ」
困惑する俺をよそに彼女はアドバイスまでしてくる。それから俺達は人間観やら人の動かし方やらを語り合った。彼女の腹が思ったよりも黒くて驚いたけど、初めて自分の悪意を否定せずに分かってもらえたようで嬉しかった。
それからしばらくして、俺は彼女に気付かれないように、彼女が孤立するように仕向けて、そして助けるようになった。だって彼女は俺と仲良くなったのに、俺以外の男とも話すから。彼女に俺だけを見て欲しかったから。そしたら彼女は狙い通り、俺だけを見てくれるようになった。
彼女は俺の悪意を肯定してくれたんだから、彼女を手に入れるためにこれくらいしたって良いだろ?
それから数年後、お互い勉強やら就活やらでバイトを辞めてからしばらく経っていたけれど、無事国家試験に受かった俺は、久しぶりに彼女と会った。そして彼女に告白をした。バイトを辞めた後もたまに会ってくれていたし、ある程度の社会的地位を得てからの告白だから、彼女もきっとOKしてくれるはず。そんな風に楽観視していた。
「ごめん。無理」
彼女は俺に冷たい瞳を向ける。
「何で……?」
「何で?って本気で聞いてる?分かんないの?私のこと孤立するように誘導してたよね?そんなことして何で好かれると思ったの?」
「そんなことしてない」そんな風に嘘をついても無駄だろう。彼女は絶対に確信を持って俺にこう言っているのだから。
「気付いてたのか……。でもそれだったら、何で俺と一緒にいたんだよ……。俺はてっきり……」
彼女は「うーん」と考える素振りをする。その顔は本気で悩んでいるわけではなく、俺を弄んで楽しんでいるようだった。
「それはね、承認欲求が満たされるし、面白かったからかな。自分より優れた人間がさ、私なんかのために、必死になって色んなしょーもない策を巡らせてるのは見てて傑作だったよ?この人、私のこと見くびってて、こんな子供騙しな方法で自分の物にできるって勘違いしてるんだなぁって」
「私劣等感強い方って言ったよね?見下されるの嫌いって言ったよね?何で自分には矛先が向けられないって思ってたの?」
「私のこと、掌の上で転がしてるつもりだったんだろうけどさ、佐渡くんの負けだよ?だって私、全部気付いてたもん」
それから彼女は「ばいばい」と笑ってその場を去った。
そっか。俺は勝負に負けたんだ。絶対に負けてはいけなかった勝負に。
「あーあ。何で懲りずに逃げようするかな?もう歩けないんだから、逃げ切るなんて無理に決まってるだろ?やる前にちょっとは考えなかったの?」
あれから数年、俺はヤクザお抱えの医者になった。人として真っ当な道を生きるのは諦めた。その代わりに、こうして誰にも邪魔されずに彼女と一緒にいる権利を得た。
「次は誰にしよっかな~。一体お前のせいで何人死ぬんだろうな?」
彼女は子供のように泣きじゃくる。「ごめんなさい」だの「二度としないから」だの、その場しのぎの嘘にうんざりする。数週間前にも同じ台詞を聞いた。
「それ前も聞いたよ。なのに何度も逃げ出すのってさ、死んだ奴らがお前にとって別に大切な存在じゃなかったからだよな?そろそろお前の家族でも殺しとくか?」
彼女はガタガタと震え出す。そして壊れた機械みたいに何度も何度も謝りながら、少しでも俺の機嫌を取ろうと、身体を擦り付けてくる。そんな姿が可愛過ぎて、今回は許してやろうかななんて甘い考えを持ってしまう。
「お前がさ、必死になってしょーもない策を巡らせてるのは見てて傑作だよ。お前は人の執着を見くびってたし、追い詰められた人間が何するか分かってなさすぎたな。人間、本気になれば何でも出来るんだよ」
すっかり伸びきった彼女の髪を撫でる。彼女がどれだけの期間、俺から逃げられずにいたのかを教えるために、あえて髪は伸ばしっぱなしにさせている。
「お前は昔俺の負けだなんて言ってたけど、お前の負けだよ」
そうだ。俺はこれでやっと勝負に勝ったんだ。もう彼女は俺の物だ。彼女の大切な人はほとんど死んだし、どうせ彼女はこれだけ言ってもまた懲りもせずに逃げようとするだろうから、唯一残された家族ももうじき死ぬことになるだろう。
彼女の周りの人がこの世からいなくなれば、俺以外みんないなくなれば、俺は彼女の一番になれる。
でも時々こうも思うんだ。勝つって何だろう?
俺は……勝ちたかったのか……?違う。ただ、彼女に好かれたかっただけだ。
「どうして……こんな酷いことできるの……?」
彼女は俺に問いかける。
「どうしてって?ごめんごめん。俺、人の気持ち分からないからさ」
嘘をつくのは彼女だけじゃない。俺も彼女に嘘をつく。
彼女の気持ちが分かればどれだけ良かっただろうか。いや、例え彼女の気持ちが分からなくても、彼女の気持ちに寄り添うことができれば、どれだけ良かっただろうか。そうすれば、こんな歪な関係にはならなかったのだろう。
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