【R18】ガマズミ

名乃坂

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本編

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「久しぶりです……。日高悠也です……。僕のこと、覚えてますか……?こうして会うのは、去年の前期以来ですね……」

今日は新しく入ったゼミの初めての授業の日だ。
私はその時、このあまり自信がなさそうに喋る男の子のことを思い出した。

あれはたしか、去年の6月頃だったと思う。
その時期、私は一度体調を崩し、初めて授業を休んだ。
次の授業の時に、休んだ日のレジュメと板書の写真を送ってくれたのが彼だった。

「あの、すみません……。勘違いでしたら申し訳ないんですが、先週欠席されていなかったですか……?」

私はかなり驚いた記憶がある。
何しろ彼とは初対面だったからだ。

「あっ……変なこと言ってすみません!あの、いつも近い席に座ってるじゃないですか。だから、その、先週はいなかったなって
……」

なるほど、そういうことか。
たしかに席順は自由であっても、学生は大体定位置に座る。
周囲に座っている人を覚えているなんて、なかなか記憶力がいいんだなと感心した。

私は彼の親切心に感謝して、先週の分を見せてもらうことにした。
その日彼は、先週の資料を忘れていたから、その場で連絡先を交換して後から写真を送ってもらった。
それ以来、たまに授業で見かけるとお互い会釈をしたけど、それだけの関係性だった。
だからこうして会うまでは、彼のことは私の頭からすっかり抜けていた。

彼のことはたった今思い出したばかりだけど、覚えていることには違いないからと、彼に去年の感謝を伝えた。

「いえいえ……。それより、同じゼミになるなんて奇遇ですね。これからはゼミ仲間として、よろしくお願いします」

笑顔なのに、どこか自信がなさそうな表情だった。

それから同じゼミに入ってからというもの、日高くんとはそれなりに仲良くなった。
同じゼミなだけあり、関心がある分野も同じだった上に、行動パターンが似ているのか、ゼミ以外でもたまたま学内で会うこともあった。
そしてその“たまたま”は、なかなかの高頻度で起こったため、単純接触効果が働いたのか、私は段々日高くんのことを、そこそこ仲の良い方の友達として認識するようになった。

7月に入る頃には、日高くんとはすっかり打ち解けていて、たまにご飯を食べる仲になっていた。

「あのさ、今日はお弁当を作り過ぎちゃったんだけど、よかったら一緒に食べない?」

日高くんの敬語ももうすっかり抜けた。
日高くんは地方から来て一人暮らしをしているからか、時々こんな風にお弁当を作り過ぎる。
日高くんが作ったお弁当には、私の好物がいっぱい入っていて、私はテンションが上がった。
私は日高くんのお弁当があまりにも美味しそうだったから、思わず自分のつぶやいたーに写真を載せていいかと聞いた。

「もちろんいいよ!あっ、でも恥ずかしいから名前は出さないでね。というかつぶやいたーやってたんだ?」

そういえば日高くんのアカウントらしきものは見かけたことがない。私は日高くんにつぶやいたーをやっていないのかと聞いた。

「僕はやってないよ。僕がつぶやいたーとかやってそうに見える?」

日高くんは可笑しそうに言った。私は陰キャだってつぶやいたーはやるんだぞと言いたくなったけど、その言葉は言う必要がないと思い、飲み込んだ。

「でも写真撮るの好きだから、何かしらSNSをやってみたい気持ちはあるんだけどね」

日高くんがつぶやく内容、全然想像できない。
季節の挨拶とかかな?いや、それは流石に渋すぎる。

「ちょっと、何笑ってるの?僕何か変なこと言った?」

真剣に不安がっているのが面白くて、私はいっそう笑いを堪えられなくなった。

彼との関係性が変わったのは、秋のことだった。
理由は、私に好きな人が出来たからだ。
私は同じゼミの市原くんという男の子に恋をした。
私と市原くんは、夏のゼミ合宿を通じて仲良くなり、最近では2人で出かけることもあった。

私は日高くんと仲良くしていたら、市原くんに日高くんのことが好きだと疑われるのではないかと思い、日高くんと2人で行動をするのを躊躇うようになった。
日高くんの方も、私を見かけると微笑むけど、私が市原くんと一緒にいるのを見ると、空気を読んでかそそくさと離れていった。
私は日高くんに対する申し訳なさと、恋愛のためなら友情を犠牲にしてしまうことに対する自己嫌悪を抱くこともあったけど、それでも市原くんを優先し続けた。

日高くんとまたまともに接触することになったのは、それから1ヶ月後のことだった。

私は日高くんと、あともう1人、あまり話したことがない、相沢くんという男子との3人で、ゼミの発表を行うことになった。
本当は市原くんと一緒に発表をしたい気持ちはあったけど、2人のやりたい内容が違ったから仕方がない。

「じゃあ僕、2人のこと招待するから、これからグループLIMEで段取りを決めていこう」
「俺今スマホの調子悪いけど、LIME見れるかな?明日明後日くらいまで様子見て、場合によっては修理に行こうとは思ってるけど」
「わかった。じゃあ、スマホの調子が良くなったらラインしてよ。そしたらすぐ招待するね」

2人ともやる気満々だ。
発表は来週だし、あまり時間がない。私も頑張らないと……。

その日の夜、私は2人のグループLIMEに招待された。
相沢くんのスマホ、修理に出す前に直ってよかったなと思った。
それからグループLIMEで話し合った。
結果、3人の都合がつくのは明日か発表の前日のみだから、明日一度日高くんの家に集まって方向性を決めていこうということになった。

次の日、私は昼過ぎに日高くんの家を訪ねた。
日高くんの家は整理整頓されていて、私の部屋とは大違いだった。

「お疲れ様。相沢くんは30分くらい遅れるみたいなんだけど、先に2人で少し話し合う?それともゲームでもする?僕Smitch買ったんだ」

私は楽で楽しい方に流される性格だ。迷わずSmitchの方を選択した。

日高くんはSmitchと一緒にジュースとお菓子を出してくれた。
ジュースは期間限定のものらしく、ブルーハワイのような綺麗な色の炭酸だった。
青は食欲を減退させると言うけど、味は美味しかったからするすると飲めた。

ゲームをしながら日高くんが私に話しかける。

「そういえばさ……聞いていいことかわからないんだけど……市原くんのこと好きなの?」

私は思わずジュースを噴き出しそうになった。あまりにも単刀直入過ぎる。

「ごめん……。ゼミで噂になってたから……。いや、もしそうならさ、友達として相談に乗れるかなって思っちゃって。僕も男だし。でも僕なんかが市原くんの気持ちわかるわけないよね……。ごめん……」

ゼミで噂になってたなんて初耳だ。
とりあえず、ネガティブになった日高くんをフォローしておく。
色々と思うことはあったけど、とりあえず私は市原くんが好きだということを伝えた。

「やっぱりそうなんだ………………」

心なしか日高くんが暗い気がする。
私が困った表情をしていると、日高くんは笑った。

「あ、いや、みんな恋愛してて、僕だけ取り残されてるなって思ったら少し寂しかっただけ。でも逆に僕はそういう経験がないから、2人の話を聞かせてもらえたらちょっと面白いかも」

日高くんも恋愛したかったのか……。ちょっと意外。
そして人の恋愛に野次馬根性を持つなと突っ込みたくなったけど、私も楽しくなって市原くんの話を語ってしまった。

話しているうちに、私は異様に眠くなってきた。
話し合いがあるのにとか、人の家で寝るのは行儀が悪いなどと思っていても、睡魔に抗えない。

「相沢くんはもう少し遅れるみたいだし、眠いなら寝てていいよ」

日高くんの言葉を聞いて安心したのか、私はそのまま意識を手放してしまった。

再び目を開けると、すぐに時計が目に映った。
どうやら4時間ほど寝ていたらしい。
「爆睡してごめん、相沢くんは来た?」
そう聞こうとして気付いた。

自分の口がガムテープで塞がれていることに。
ご丁寧に手足も縛られている。

「あ、目が覚めた?おはよう。相沢くんはもう来ないから、まだ眠かったら安心して寝てていいよ」

私は状況が分からなかった。
この異様な状態を見て、日高くんは何も思わないの……?

「状況がわからないって顔してるね。僕が招待した相沢くんのアカウントは僕の自演。タブレットも持ってるから、固定電話で相沢くんのアカウントを真似て作ったんだ。相沢くんのスマホはまだ壊れてると思うよ?というか昨日ゼミの後に見せてもらったけど、絶対そう。明後日まで待って修理に行くように伝えたけど、あれだけ壊れてたら修理に出さないと直らないはず。君のスケジュールは、君のつぶやいたーと机に置きっぱなしにしてたスケジュール帳で把握してたから、今日集まる流れにして、それで君に睡眠薬を盛った。青い飲み物は睡眠薬が入ってる可能性があるって聞いたことないの?ちょっと危機管理能力が低いんじゃない?一人暮らしの男の家に行くのにさ。そんなんじゃこの先も思いやられるなぁ……」

この男は誰だ?
こんな人、私は知らない。
だって日高くんは優しくて見るからに平和な男の子だったはず……。

「ここまで説明したんだから、流石に理解して欲しいなぁ。ああ、前につぶやいたーやってないって言ったのは嘘だよ。適当にうちの大学の学生感あるアカウント作って、君の大学垢を見つけて2年以上ずっと監視してた。前に学部のグループラインに掲示板の写真を共有してくれたよね?あれつぶやいたーにも載せてたでしょ?そんなのすぐに特定できるに決まってるじゃん。君は本名でやってないからって安心してたのかもしれないけど、全体的に個人情報書きすぎ。1年生の時に、必修で情報の授業やったでしょ?ちゃんと授業の内容覚えてる?ネットリテラシー低すぎ」

言っている意味が分からない。
それに引っかかる言葉がある。
2年以上とは……?
私が日高くんと会ったのは去年のことなはず……。

「僕がいつから君のこと好きだったか知ってる?僕は入学して間もない頃に、新歓で君と出会ってから、ずっと君のことが好きなんだ。新歓で周りの人に馴染めてなかった僕に、ゲームの話してくれたよね?あれ僕すごく嬉しかったんだぁ。あの時の僕は今よりも臆病で、君にLIMEを聞く勇気もなかったのをすごく後悔しているよ。それでつぶやいたーから君の履修している授業を特定して、いくつも同じ授業を受けたのに、君は僕のことを忘れてるし……。休んだ日の分の板書の写真送るのを口実にLIME交換したけど、それ以降特に進展がなくて悲しかったよ。それで勇気を出して、君が入りそうなゼミを探したんだ。同じゼミだって分かった時はすごく嬉しかったよ。それから君のこと付け回して、偶然を装っていっぱい会えるようにして、せっかく君と仲良くなれたのに、ぽっと出の奴に君は惚れて、僕と疎遠になった……。僕だって頑張って君のことを諦めようと思ったけどさ、そんなの、許せるわけないじゃん……」

彼は怒っているのか泣きそうなのかよく分からない顔をしていた。

「それで色々考えたけどさ……やっぱり君と一緒にいるためにはこうするしかないよね?」

彼が私の服を脱がせようとしてくる。
必死に抵抗をしたけど、力で敵うわけがなかった。

「あれ?もしかして泣いてる?こういうことするの初めてだった?」

そのまま泣き続けている私を見て彼は嬉しそうに言った。

「やっぱり初めてなんだね!君はあまり男と話してなかったし、少なくともアイツも含めて大学には彼氏いなさそうだったし、そうだったらいいなって思ってた。アイツに先越されなくて良かったなぁ。ちなみに僕も初めてだからお揃いだね!2人とも初めてってロマンチックじゃない?」

この男はどうしてこんなに嬉しそうなのか。得体が知れなくてひたすら不気味だった。
彼は慣れない手つきで私の身体を触り始める。
逃げることも声を上げることもできないし、私と彼2人だけの空間で、助けてくれる人は誰もいない。
彼にされるがままになっている無力な自分が辛かった。
ただただ怖くて誰かに助けて欲しかった。

「なんかすでに濡れてるんだけどさ、もしかしてこの状況に興奮してる?僕が言うなって感じだけど、もしそうならちょっと引いちゃうなぁ。まあでも、僕はそんな君も受け入れるから安心してね」

どの口が言っているのか。
私はカッとなって彼を睨みつけた。

「怒っちゃった?怒ったならこの状況をどうにかしてみなよ。そんなジタバタしても何にもならないよ。君って無力で本当に可哀想」

彼が床に置いてあるカメラを掴んだ。

「まあでも君は抵抗してるつもりなんだもんね。仕方ないからその勇姿を撮っておいてあげるよ。後で動画で見たら、すごく滑稽な姿に映ってるだろうから、君は見たくないかもしれないけど」

顔を隠そうとするけど、腕が縛られているから、上手く隠せない。
彼はそのまま動画撮影を始めた。

「ちなみに今日のことを誰かに言ったら、この動画拡散するから。そしたら、僕は確実に捕まるだろうけど、別にそれでもいいし。でも君は何かと困るよね?せっかく苦労して入ったのに、みんなから面白半分で噂されまくって、この大学に居られなくなるだろうね。それに君が入りたい業界にも就職できなくなるんじゃない?被害者とはいえ、君が入りたいところってお堅い系だし、そういうの厳しそう。そもそもネットの有名人になったらまともなところ就職できなさそうだね。風俗嬢にでもなる?レイプがトラウマで、夜の仕事しちゃう人って結構いるみたいだよね。そんなことになったら、君の両親はどう思うかな?ここまでいっぱい時間とお金をかけて育ててくれた両親の期待を裏切るのってどうかと思うよ?」

どうしてここまで人の心を踏みにじることができるのか。
私は怒りで震えそうになった。
けれど私は、これからのことを考えると、彼の言う通りにするしかなかった。

「じゃあほぐれてきたし挿れるね。ちゃんとゴムはしてあげるから安心して。デキ婚って何だかんだまだ印象が悪いし、袴姿の君と一緒に卒業するのに憧れてるから、大学を中退とかして欲しくないし」

もう彼の言っていることがわからなかった。ただ痛くて辛くて、でも感じてしまう自分がいるのが許せなくて、泣くことしかできなかった。

意識を失う前に、彼は私の耳元で囁いた。

「ちなみに、動画を拡散しない条件はまだあるからね。市原ともう、ゼミ以外で会わないで。それとこれが一番重要なんだけど、僕の彼女になってね。君のことが本当に大好きなんだ」

あの出来事以来、私は彼に何度も呼び出されては抱かれた。
最初のうちは彼も彼の家以外では露骨な接触はしてこなかったけど、最近は大学内でも手を繋いできたり、いつもそばに居たりするようになった。
私は家族に心配をかけたくない一心で大学に通い続けたけど、心が壊れそうだった。

そんな日々の中、ゼミの飲み会が久々に行われた。

「バレちゃってたか……。恥ずかしいな。そうです。僕は彼女とお付き合いさせてもらってます」

周りのみんなが私達のことを囃し立てる。
私と彼の関係がゼミのみんなにもバレたのだ。
私はあまりの現実の受け入れ難さに、夢でも見ているかのような気持ちでそれを眺めていた。

「あんたやるじゃん!日高は地味だけど意外とかっこいいし、良い物件じゃん!」

ヒソヒソ耳元で話す友達の言葉も遠くに聞こえる。

不意に市原くんと目が合った。

「日高と付き合ってたのか……。なるほどな……。まあ、2人とも、幸せにな!」

軽い調子で言っているけど、市原くんは傷付いた表情をしていた。

違うの、市原くん。これは私の本意じゃないの。お願い、助けて。

そんな私の心の声は届くはずはない。

「本当に素敵な彼女なんだ!僕なんかにはもったいないくらい。告白をOKしてくれて、本当に嬉しかったよ。ありがとう」

彼が私の肩に手を回し、顔を覗き込んでくる。
私は作り笑顔でそれに答えたけど、きっとぎこちない表情をしていたと思う。

「あっ、みんなの前でこんなこと、恥ずかしいよね……?ごめんね」

飲み会の場が盛り上がる。

誰も私の苦しみには気付いていないのだ。
こうして私はどんどん外堀を埋められて、彼から逃げるのが難しくなっていくんだろう。

私はもう全てがどうでもよくなって、彼に約束を破ったとみなされないよう、彼の彼女を演じた。
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