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三十八、穏やかな実家暮らし2

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「アイリス様。お帰りなさいませ」

その瞬間、明るい使用人達の声が耳にとびこんでくる。

「ここでアイリスの歓迎会を開くことになってね。
皆の総意なんだ」

目を丸くして驚いていたら、会場の奥からお兄様がやってきた。

「お兄様、皆、こんな私を温かく迎えてくれてありがとう」

自然に目から涙があふれてくる。

「この場にはいないが、レオン王子が全部用意してくれたんだぞ」

「ええ。これを王子様が!」

歓迎の垂れ幕、飾られた花々、いくつものテーブルに並んだ美味しそうなご馳走、可愛いお菓子を見渡して唖然とした。

「また会った時、お礼を言っておくんだぞ。
レオン王子は、口は悪いが繊細ないいヤツなんだ。
アイリスの気持ちが、もう少し落ち着いたら......」

「え?
私の気持ちが落ち着いたらどうするの」

「いや。なんでもない。
二人とも立派な大人なんだ。 
変にでしゃばるのも、いけないぞ」

何やらボソボソ呟いたお兄様が、咳払いをしてごまかす。

「イエルにアイリス。
また親子三人で暮らせるんだな」

そんな私達を目を細めて見ていたお父様が、しみじみとした声をだした。

それからは、これまでの疲れがふきとぶような楽しい時間がもてたのだ。

「アイリス様。
ずいぶんご苦労様をされたようですが、以前以上に魅力的になられました。
明日からは、また私達にぜひ支えさせてください」

歓迎会は一番古い侍女の言葉でしめられた。

忘れられない一日が過ぎてからも、穏やかな日々は続く。

屋敷の中には、コーエン家のことを口にするものは誰もいない。

過去をふりきり、将来を考えるにはいい時間が過ぎてゆく。

刺繍をしたり、本を読んだり、乗馬をしたら、まるで娘のころに戻ったようだった。

そして、そんな数日が過ぎた頃、一つの決心をお兄様に告げたのだ。

「私には、無理かもしれないけど、魔道具師になりたいの」

「そうか。アイリスのことだ。
このまま、ここで大人しくしているとは思わなかったけど。
魔道具師ときたか」

お兄様は顎に手を置いて思案してから、
微笑んだ。

「ちょうどアーリャの魔道具研究所が、新しい研究員を探していると聞いた。
アイリスは、色々な経験をしたおかげで魔力がすいぶん上がっている。
一度試験を受けてみたらどうかな」

「もちろんお願いします」

けっして自信があるわけじゃない。

けど、新しい何かに挑戦したかった。
 
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