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第四章
第26話 ……それは大問題なのでは?
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ノエの話を聞いた翌日。私はノエに連れられてラミア様の元に向かっていた。
マヤさんが来てくれたので、昨日のうちに私の正体を誤魔化すための匂い玉が完成していたらしいのだ。私の怪我の具合も昨日より更に良くなっていて、痛みもほとんんどないからもうこの後出発するみたいだけど大丈夫だと思う。
ただ一つ、心配事があるとすれば。
「ノエってさ、ペイズリーさんと仲悪いじゃん。そのペイズリーさんの従属種ってことは、マヤさんも匂いが似てるんじゃないの? それなのに私がマヤさんの匂い玉持ってても平気?」
ノエにはっきりと教えてもらったわけではないけれど、彼と一緒にいても怪しまれない匂いでマヤさんが選ばれたってことは、吸血鬼って匂いで誰の子かどうか分かるってことだと思うんだ。
ちなみに隣を歩くノエの機嫌はすっかり元通り。だからもうペイズリーさんの話題を出しても大丈夫……だと思う。
「まァそうだけど、別に匂いも嫌だって程ペイズリーのこと嫌いなわけじゃないし」
「そうなの?」
「そうだよ。どっちかっつーと、あっちが俺を毛嫌いしてんの。俺としては一緒の空間にいるのが嫌だなァってくらい」
「それは結構嫌いだと思うよ」
私が言うとノエは肩を竦めた。
それにしてもノエがこんなに誰かを嫌うというのは意外だ。適当人間だからそういう後腐れのある感情は薄いのかと思っていた。でもまあ人間時代にやったことの原因は憎しみらしいから、一点集中で負の感情を抱くタイプなのだろうか。……なんか怖いな。
「なんでペイズリーさんと仲悪いの?」
「昔あいつの彼女にちょっかい出しちゃって」
「は?」
ちょっと身構えながら聞いたのに、なんか想定していたのとは違う答えなのだけれど。だって昨日の人間時代の話は結構重かったじゃん。それなのに何だこのよくある感じ。
でもノエは私の「は?」を別の理由だと思ったのか、少し困ったように眉根を寄せた。
「いや知らなかったのよ、本当。んでペイズリーがキレて、その時の俺の態度とかその後の俺の態度とか、基本俺の振る舞いにいちいち文句つけてくるってゆーか。まあラミア様の直接の子としては俺が最年少だから偉ぶりたいんじゃないの」
「……態度に関してはノエにも非があると思う」
ペイズリーさんが怒った時にどういった態度を取っていたのかは分からないけれど、普段のノエを見ていたらそれはもう相手を馬鹿にし腐った感じだったんだろうということは想像に難くない。
「でもそれでなんでノエまでペイズリーさんを嫌うの?」
「会うたび文句つけられるのよ? もう何百年も前の話なのに、流石に根に持ち過ぎじゃない? 大体、俺がちょっかいかけた時にはあの二人倦怠期だったらしいのにさー」
「……もしかして、それがきっかけで別れちゃったとか?」
「お、すごいじゃんほたる。よく分かるな」
「ペイズリーさんが怒る気持ちも分かるよ……」
なんだろう。ノエのせいで別れたことを何百年も恨んでいるというより、それがきっかけでノエが嫌いになって、色んな行動が目に付くようになっちゃったって感じだろうか。
でもこの話を聞く限り、毎回昨日みたいに怒るというわけでもない気がする。実際のところは分からないけれど、あんなふうに相手を威圧するような本気の怒り方をするほど嫌い合っているわけではないような。
「いっつもペイズリーさんと会うとあんな険悪になるの?」
「いや、そうでもないよ」
「じゃあなんで昨日はあんなに怒ったの?」
最初に本気で怒ったのはノエだったと思う。それにペイズリーさんも釣られて言い返した印象だった。
私の質問にノエはちょっとだけ気まずそうな顔をして、「ほたるがいたからなァ」と呟いた。
「私?」
「そ。別に昨日の話をほたるに隠すつもりもなかったけど、タイミングっつーのがあんじゃん? 襲われて怪我したばっかの子に、その保護者的な俺が詐欺師だとか仲間を裏切る奴だとか言うのってどうよ、ってさ」
「……私に気を遣ってくれたってこと?」
「まあ、そういう感じ。だってこないだラミア様と初めて会った時だって、ほたる今後の話したらめちゃくちゃ動揺してたじゃん」
ノエが言っているのは、私を囮として使うという話のことだろう。あれは単にノエの説明不足なだけだったし、今はもう気にしていないのだけど。
しかしそうか。
「ノエ、あの時のこと結構気にしてるんだ」
「……また嘘泣きされちゃ困るでしょーよ」
「本気泣きならいいの?」
「それはもっと困る」
そう言ってノエはそっぽを向いた。表情は見えないけれど、多分居心地の悪そうな顔をしているんだろうなと思う。
「ノエ」
「なあに」
「ありがとうね?」
私がにっと笑って言えば、こちらをちらりと見たノエは苦虫を噛み潰したみたいに顔を歪めた。おや、これは初勝利だな?
§ § §
ラミア様の部屋にいたのは、部屋の主であるラミア様だけだった。
「ペイズリー達は?」
「また喧嘩したら面倒だろう。まだ滞在しているから、用があるなら後で会いに行け。それよりほたるの質問には答えてやったのか?」
「そこそこは」
ノエの返事にラミア様は呆れたような顔をしたものの、すぐに大きな溜息を吐いて気を取り直すように話しだした。
「ほたる、これが匂い玉だ。肌身離さず持っておけ」
「はい、ありがとうございます」
ラミア様に差し出されたのは長い紐の付いた小さな布の袋で、その中に丸い飴玉のようなものが入っている感触がした。感触しか分からないのは私が袋を開けていないからだ。少なくとも血が含まれているから、なんだか開けるのが怖い。折角ラミア様達が用意してくれたのに、びっくりして嫌なリアクションをしてしまったら困るので後で見ようと思っている。
「城の外では念の為服装は変えておけ。お前の格好で日本人の子供と分かる奴もいるかもしれない。あと年齢も誤魔化すように」
「年齢ですか?」
私が聞き返すと、ノエが補足するように口を開いた。
「子供は吸血鬼にしないって話したろ? 大体十八くらいを目安にしてるけど、まあそれでも若すぎるって言う奴もいるから……――そうね、二十歳くらいにしとこうか。どう見ても見えないけどまあ、東洋人だし誤魔化せるでしょ」
「待って、普段ノエには私が何歳に見えてるのか凄く気になるんだけど」
「十三、四」
「また微妙な……」
結構子供に見えているということなのだろうけれど、ノエ的にその年頃の子がどんな外見のイメージなのかさっぱり分からないから怒りづらい。
とはいえ私は一般的な女子高生なので、二十歳にはどう見ても見えないと言われると複雑な気持ちがある。子供の頃は二十歳って完全に大人だと思っていたけれど、十七歳の今にして思うとあと三年。学校の先輩たちを見てもそう変わらないから、今と大して差がないんじゃないかなぁ。それなのに二十歳には見えないと言われると、十七歳にも見えないと言われているような気がする。
……いや、実際に見えないって言われてるのか。十三歳って中学生っていうかほぼ小学生じゃない。これは怒ってもいい気がするぞ。
「服はこれを着るといい。来る時にペイズリー達が調達してくれた」
「わっ、ありがとうございます!」
意を決してノエに怒ろうとしたところで、ラミア様から大きい布の袋を渡されてタイミングを失った。
けれど中身が自分の着替えだと言われてしまえば受け取らないわけにはいかない。サイズが大丈夫なのかちょっと気になったけれど、多少合っていなくても変装だし仕方がないだろう。
「ペイズリーさん達にもお礼言わないと……」
「えー? 言わなくていいんじゃないの?」
「別にノエについてきてもらわなくても大丈夫だよ」
ペイズリーさん達に色々やってもらったのは私だし、無理にノエを付き合わせる必要はないだろう。まあだからと言ってお礼を言わなくていいというノエの発想はなんというか、人としてどうかとも思うんだけど。
「それから先日ほたるを襲った従属種の男の件だが、ノストノクスからの連絡では親の特定が難航しているらしい」
ラミア様が思い出したように言うと、ノエが嫌そうに顔を顰めた。
「こんなすぐにここを特定できる奴なら限られますよね。それでも見つからないって、記録の改竄っすか?」
「その形跡も見当たらないそうだ」
「うわ、最悪」
ラミア様とノエは結構深刻そうな顔をしていたけれど、なんでそんな顔をするのか私には分からない。記録の改竄っていうのは悪いことだと分かるのだけど、その形跡がないなら改竄されてないってことで、別に悪いことじゃないと思うんだよな。
「なんで最悪なの?」
私の問いに、ノエは難しい顔のままこちらに視線を向けた。
「種子持ちも従属種も、全員ノストノクスに登録しなきゃいけないんだよ。あの男の年齢的に考えてそのルールができた後に従属種になったのは確実、記録がないのはおかしいだろ? それなのに記録をいじくった形跡もない」
「ルールを破って登録していない人がいるかもしれないってこと?」
「そゆこと。しかもあの男だけなのか、その親の従属種全てなのか、はたまたそんな奴が何人もいるのか――って考えると、ねえ?」
「……それは大問題なのでは?」
私が言うと、ラミア様が「大問題どころじゃない」と言葉を繋げた。
「組織的に法を無視する奴らがいるなら、それはノストノクスの存在意義そのものに関わる。しかもその場合、状況から考えて以前から横行していたと考えていいだろう。全く、そいつら全員縛り首にして外界の太陽に晒してやりたいものだ」
「まあまあ、確定ではないし何人いるかも分からないんですから、そんなことしたら同胞が一気に減っちゃうかもしれないっすよ」
ノエがラミア様を宥めるように言う。しかし直後、私の背中を一気に寒気が襲った。
「法を守らず利益だけを享受するような奴らは同胞じゃない、ゴミに集るハエ以下だ。五百年もくれてやったのにそんなことも理解していない奴らは血族から排除すべきだろ」
ラミア様の瞳が紫色に光る。ノエのそれを見た時とは違って、私は自分の身体が芯から固まっているのに気が付いた。隣にいるノエに助けを求めようにも、目線すら動かすことができない。かろうじて拾った息を飲むような音は、彼もまた私と同じ状況に置かれているかもしれないと思わせるものだった。
「――まあ、まだ誰が関わっているかも分からないのにこんなことを言っても無駄か」
そう言ってラミア様の瞳が元のアンバーに戻ると同時に、身体の緊張が解ける。
「気分が悪い。しばらく一人にしてくれ」
ラミア様は疲れたように椅子に座ると、手を目元に当てたままもう片方の手で私達を追い払うような動作をした。
無言で軽く頭を下げただけのノエに倣って、私も会釈をする。いつものように「失礼します」と声をかけていいのか分からなくて、それ以上は何もできずドアに向かって歩き出したノエの後ろを小走りに付いていった。
「――ノエ」
「はい?」
部屋を出ようとしたところで、ラミア様がノエに声をかける。ノエの返事には緊張感はなかったけれど、なんとなく身構えているのが分かった。
「お前は私だ。失望させてくれるなよ」
「……勿論っすよ」
その言葉の意味は分からなかったけれど、部屋を出てもしばらくノエの顔は険しいままだった。
マヤさんが来てくれたので、昨日のうちに私の正体を誤魔化すための匂い玉が完成していたらしいのだ。私の怪我の具合も昨日より更に良くなっていて、痛みもほとんんどないからもうこの後出発するみたいだけど大丈夫だと思う。
ただ一つ、心配事があるとすれば。
「ノエってさ、ペイズリーさんと仲悪いじゃん。そのペイズリーさんの従属種ってことは、マヤさんも匂いが似てるんじゃないの? それなのに私がマヤさんの匂い玉持ってても平気?」
ノエにはっきりと教えてもらったわけではないけれど、彼と一緒にいても怪しまれない匂いでマヤさんが選ばれたってことは、吸血鬼って匂いで誰の子かどうか分かるってことだと思うんだ。
ちなみに隣を歩くノエの機嫌はすっかり元通り。だからもうペイズリーさんの話題を出しても大丈夫……だと思う。
「まァそうだけど、別に匂いも嫌だって程ペイズリーのこと嫌いなわけじゃないし」
「そうなの?」
「そうだよ。どっちかっつーと、あっちが俺を毛嫌いしてんの。俺としては一緒の空間にいるのが嫌だなァってくらい」
「それは結構嫌いだと思うよ」
私が言うとノエは肩を竦めた。
それにしてもノエがこんなに誰かを嫌うというのは意外だ。適当人間だからそういう後腐れのある感情は薄いのかと思っていた。でもまあ人間時代にやったことの原因は憎しみらしいから、一点集中で負の感情を抱くタイプなのだろうか。……なんか怖いな。
「なんでペイズリーさんと仲悪いの?」
「昔あいつの彼女にちょっかい出しちゃって」
「は?」
ちょっと身構えながら聞いたのに、なんか想定していたのとは違う答えなのだけれど。だって昨日の人間時代の話は結構重かったじゃん。それなのに何だこのよくある感じ。
でもノエは私の「は?」を別の理由だと思ったのか、少し困ったように眉根を寄せた。
「いや知らなかったのよ、本当。んでペイズリーがキレて、その時の俺の態度とかその後の俺の態度とか、基本俺の振る舞いにいちいち文句つけてくるってゆーか。まあラミア様の直接の子としては俺が最年少だから偉ぶりたいんじゃないの」
「……態度に関してはノエにも非があると思う」
ペイズリーさんが怒った時にどういった態度を取っていたのかは分からないけれど、普段のノエを見ていたらそれはもう相手を馬鹿にし腐った感じだったんだろうということは想像に難くない。
「でもそれでなんでノエまでペイズリーさんを嫌うの?」
「会うたび文句つけられるのよ? もう何百年も前の話なのに、流石に根に持ち過ぎじゃない? 大体、俺がちょっかいかけた時にはあの二人倦怠期だったらしいのにさー」
「……もしかして、それがきっかけで別れちゃったとか?」
「お、すごいじゃんほたる。よく分かるな」
「ペイズリーさんが怒る気持ちも分かるよ……」
なんだろう。ノエのせいで別れたことを何百年も恨んでいるというより、それがきっかけでノエが嫌いになって、色んな行動が目に付くようになっちゃったって感じだろうか。
でもこの話を聞く限り、毎回昨日みたいに怒るというわけでもない気がする。実際のところは分からないけれど、あんなふうに相手を威圧するような本気の怒り方をするほど嫌い合っているわけではないような。
「いっつもペイズリーさんと会うとあんな険悪になるの?」
「いや、そうでもないよ」
「じゃあなんで昨日はあんなに怒ったの?」
最初に本気で怒ったのはノエだったと思う。それにペイズリーさんも釣られて言い返した印象だった。
私の質問にノエはちょっとだけ気まずそうな顔をして、「ほたるがいたからなァ」と呟いた。
「私?」
「そ。別に昨日の話をほたるに隠すつもりもなかったけど、タイミングっつーのがあんじゃん? 襲われて怪我したばっかの子に、その保護者的な俺が詐欺師だとか仲間を裏切る奴だとか言うのってどうよ、ってさ」
「……私に気を遣ってくれたってこと?」
「まあ、そういう感じ。だってこないだラミア様と初めて会った時だって、ほたる今後の話したらめちゃくちゃ動揺してたじゃん」
ノエが言っているのは、私を囮として使うという話のことだろう。あれは単にノエの説明不足なだけだったし、今はもう気にしていないのだけど。
しかしそうか。
「ノエ、あの時のこと結構気にしてるんだ」
「……また嘘泣きされちゃ困るでしょーよ」
「本気泣きならいいの?」
「それはもっと困る」
そう言ってノエはそっぽを向いた。表情は見えないけれど、多分居心地の悪そうな顔をしているんだろうなと思う。
「ノエ」
「なあに」
「ありがとうね?」
私がにっと笑って言えば、こちらをちらりと見たノエは苦虫を噛み潰したみたいに顔を歪めた。おや、これは初勝利だな?
§ § §
ラミア様の部屋にいたのは、部屋の主であるラミア様だけだった。
「ペイズリー達は?」
「また喧嘩したら面倒だろう。まだ滞在しているから、用があるなら後で会いに行け。それよりほたるの質問には答えてやったのか?」
「そこそこは」
ノエの返事にラミア様は呆れたような顔をしたものの、すぐに大きな溜息を吐いて気を取り直すように話しだした。
「ほたる、これが匂い玉だ。肌身離さず持っておけ」
「はい、ありがとうございます」
ラミア様に差し出されたのは長い紐の付いた小さな布の袋で、その中に丸い飴玉のようなものが入っている感触がした。感触しか分からないのは私が袋を開けていないからだ。少なくとも血が含まれているから、なんだか開けるのが怖い。折角ラミア様達が用意してくれたのに、びっくりして嫌なリアクションをしてしまったら困るので後で見ようと思っている。
「城の外では念の為服装は変えておけ。お前の格好で日本人の子供と分かる奴もいるかもしれない。あと年齢も誤魔化すように」
「年齢ですか?」
私が聞き返すと、ノエが補足するように口を開いた。
「子供は吸血鬼にしないって話したろ? 大体十八くらいを目安にしてるけど、まあそれでも若すぎるって言う奴もいるから……――そうね、二十歳くらいにしとこうか。どう見ても見えないけどまあ、東洋人だし誤魔化せるでしょ」
「待って、普段ノエには私が何歳に見えてるのか凄く気になるんだけど」
「十三、四」
「また微妙な……」
結構子供に見えているということなのだろうけれど、ノエ的にその年頃の子がどんな外見のイメージなのかさっぱり分からないから怒りづらい。
とはいえ私は一般的な女子高生なので、二十歳にはどう見ても見えないと言われると複雑な気持ちがある。子供の頃は二十歳って完全に大人だと思っていたけれど、十七歳の今にして思うとあと三年。学校の先輩たちを見てもそう変わらないから、今と大して差がないんじゃないかなぁ。それなのに二十歳には見えないと言われると、十七歳にも見えないと言われているような気がする。
……いや、実際に見えないって言われてるのか。十三歳って中学生っていうかほぼ小学生じゃない。これは怒ってもいい気がするぞ。
「服はこれを着るといい。来る時にペイズリー達が調達してくれた」
「わっ、ありがとうございます!」
意を決してノエに怒ろうとしたところで、ラミア様から大きい布の袋を渡されてタイミングを失った。
けれど中身が自分の着替えだと言われてしまえば受け取らないわけにはいかない。サイズが大丈夫なのかちょっと気になったけれど、多少合っていなくても変装だし仕方がないだろう。
「ペイズリーさん達にもお礼言わないと……」
「えー? 言わなくていいんじゃないの?」
「別にノエについてきてもらわなくても大丈夫だよ」
ペイズリーさん達に色々やってもらったのは私だし、無理にノエを付き合わせる必要はないだろう。まあだからと言ってお礼を言わなくていいというノエの発想はなんというか、人としてどうかとも思うんだけど。
「それから先日ほたるを襲った従属種の男の件だが、ノストノクスからの連絡では親の特定が難航しているらしい」
ラミア様が思い出したように言うと、ノエが嫌そうに顔を顰めた。
「こんなすぐにここを特定できる奴なら限られますよね。それでも見つからないって、記録の改竄っすか?」
「その形跡も見当たらないそうだ」
「うわ、最悪」
ラミア様とノエは結構深刻そうな顔をしていたけれど、なんでそんな顔をするのか私には分からない。記録の改竄っていうのは悪いことだと分かるのだけど、その形跡がないなら改竄されてないってことで、別に悪いことじゃないと思うんだよな。
「なんで最悪なの?」
私の問いに、ノエは難しい顔のままこちらに視線を向けた。
「種子持ちも従属種も、全員ノストノクスに登録しなきゃいけないんだよ。あの男の年齢的に考えてそのルールができた後に従属種になったのは確実、記録がないのはおかしいだろ? それなのに記録をいじくった形跡もない」
「ルールを破って登録していない人がいるかもしれないってこと?」
「そゆこと。しかもあの男だけなのか、その親の従属種全てなのか、はたまたそんな奴が何人もいるのか――って考えると、ねえ?」
「……それは大問題なのでは?」
私が言うと、ラミア様が「大問題どころじゃない」と言葉を繋げた。
「組織的に法を無視する奴らがいるなら、それはノストノクスの存在意義そのものに関わる。しかもその場合、状況から考えて以前から横行していたと考えていいだろう。全く、そいつら全員縛り首にして外界の太陽に晒してやりたいものだ」
「まあまあ、確定ではないし何人いるかも分からないんですから、そんなことしたら同胞が一気に減っちゃうかもしれないっすよ」
ノエがラミア様を宥めるように言う。しかし直後、私の背中を一気に寒気が襲った。
「法を守らず利益だけを享受するような奴らは同胞じゃない、ゴミに集るハエ以下だ。五百年もくれてやったのにそんなことも理解していない奴らは血族から排除すべきだろ」
ラミア様の瞳が紫色に光る。ノエのそれを見た時とは違って、私は自分の身体が芯から固まっているのに気が付いた。隣にいるノエに助けを求めようにも、目線すら動かすことができない。かろうじて拾った息を飲むような音は、彼もまた私と同じ状況に置かれているかもしれないと思わせるものだった。
「――まあ、まだ誰が関わっているかも分からないのにこんなことを言っても無駄か」
そう言ってラミア様の瞳が元のアンバーに戻ると同時に、身体の緊張が解ける。
「気分が悪い。しばらく一人にしてくれ」
ラミア様は疲れたように椅子に座ると、手を目元に当てたままもう片方の手で私達を追い払うような動作をした。
無言で軽く頭を下げただけのノエに倣って、私も会釈をする。いつものように「失礼します」と声をかけていいのか分からなくて、それ以上は何もできずドアに向かって歩き出したノエの後ろを小走りに付いていった。
「――ノエ」
「はい?」
部屋を出ようとしたところで、ラミア様がノエに声をかける。ノエの返事には緊張感はなかったけれど、なんとなく身構えているのが分かった。
「お前は私だ。失望させてくれるなよ」
「……勿論っすよ」
その言葉の意味は分からなかったけれど、部屋を出てもしばらくノエの顔は険しいままだった。
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