ルール

新菜いに/丹㑚仁戻

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混同

〈二〉答え

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「――もういいかい?」

 後ろから聞こえてきたに、亜美の身体は金縛りにあったかのように固まった。
 何故ならそれは有り得ないからだ。紗季は今、自分の目の前で横たわっているのだから。

(答えたらいけない……)

 答えたらきっと、自分も紗季のようになってしまう――直前に見た紗季のスマートフォンに残っていたやり取りが、亜美にそう告げていた。


 § § §


《なら紗季が代わりに答えてよ》

「何のこと……?」

 紗季のスマートフォンには菜月とのものの他に、もう一つ個別のメッセージが残っていた。
 未読はこの一件のみ。嫌な予感を抱きながらメッセージを開くと、そこにあったやり取りに亜美は自分の目を疑った。

「何これ……」

 思わず画面をスクロールして紗季たちのやり取りを遡る。それは昨日のかくれんぼ中にしていたであろう会話。そしてその会話を切り出したのは紗季ではなく、このやり取りの相手――佳織だった。

《あの怪談、本当だったかもしれない》
《どうして?》
《さっき聞かれた気がする。菜月かもしれないけど、違ったら初音ちゃんかもしれない》

(初音ちゃん……?)

 佳織から始まったその会話の意味を、亜美にはうまく理解することができなかった。菜月は分かるが、初音という名前は初めて聞くのだ。

(でも……)

 菜月かもしれないと思うことを聞かれた――この状況でそれは、「もういいかい?」というあの言葉のことではないか。

(だけど佳織は……昼休みに話した時は菜月に言われたと思い込んでたはずじゃ……?)

『――でも菜月ズルだよね』

 そう言って佳織が切り出したのだ。

『昨日のかくれんぼだよ。確かに〝もういいかい?〟って聞きながら居場所探せるルールもあるけどさ、昨日はそのやりとりメッセでやるって言ってたじゃん。最初のはいいとして、その後も口で言ってさぁ。危うく私は答えちゃうところだったよ』

 これは確かに菜月を指して言っていたはずだ、と亜美は昼休みのことを思い返した。何回も「もういいかい?」と聞くことを明確に禁止していなかったのだから、菜月がズルをしたというのは言い過ぎではないかと内心で思った記憶がある。そう考えると、やはり自分のこの認識は正しいのだろう。
 それなのに昨日の紗季とのやり取りで佳織は、あの声の主を菜月ではなく〝初音ちゃん〟という人物ではないかと言っているのだ。同じ人物の発言とは思えない内容に亜美は違和感を覚えた。

(後から〝初音ちゃん〟じゃなかったって分かったとか……?)

 違和感を拭うために亜美は再び画面に視線を戻したが、そこにあった内容は期待するものではなかった。

《佳織、答えちゃったの?》
《答えてない。でも次聞かれたら答える》
《なんでわざわざ? あぶないよ!》
《いいの、そのためにここに来たの》
《どういうこと?》

(『そのため』……?)

 佳織は怪談のモデルとなった場所を見に来ただけではないのか――亜美の眉間に力が入る。
 答えを探そうと二日前の記憶を辿ったが、めぼしいものは思い出せない。佳織が話した怪談のことを偶然紗季が知っていて、さらに偶然その現場となったこの旧校舎が自分たちの通う高校の近くにあったから見に行くことになった――何度思い返しても、それだけなのだ。

(……?)

 二つの偶然が重なることくらい、そんなに気にする必要はないかもしれない。だが佳織は『そのためにここに来た』と言う。それは果たして、偶然と言えるのだろうか。

《あ、駄目だ。菜月に見つかっちゃったから多分もう聞かれない》
《今日はもう帰ろう。外でちゃんと理由を教えて》
《無理。今日じゃないと駄目かもしれない。もう一回かくれんぼする》
《ふざけてるの? 佳織より前に誰かが答えちゃったらどうするの? とにかく後でちゃんと話し合おうよ》
《なら紗季が代わりに答えてよ》

(代わりに答える……)

 亜美には二人のやり取りすべてを理解できたわけではない。彼女たちはきっと自分が知らないことを念頭に置いて会話している。〝初音ちゃん〟という名前を紗季が聞き返していないのも、彼女はそれが何者なのか知っているからだろう。
 この二人しか知らない、この場所に関する会話――それは紗季が佳織に話すことを止められた、あの怪談の続きなのではないか。そう考えると、紗季が何度も佳織を諌めるようなことを言っている理由が分かる気がした。昨日佳織に話すことを止められた時、紗季は何かを懸念していたからだ。
 そしてそれが〝かくれんぼ〟に関する何かだということは、紗季が話そうとしたタイミングを考えれば亜美にも分かった。紗季は自分たちのかくれんぼが始まる直前に、最後にこれだけは話しておいた方がいいのではと佳織に言っていたのだ。

(〝聞かれる〟のが『もういいかい?』なんだったら、〝答える〟のは……)

 そこまで考えた時、亜美の脳裏には学校で菜月とやり取りしていたたまの言葉が蘇った。

『よく分からないんだけど、〝答えちゃった〟って慌てて……』

 確かあの時は菜月がたまに、「もういいよ」と聞こえなかったか尋ねていたはずだ。
 菜月が聞いた「もういいよ」という声、そして紗季と佳織の会話。もしこの二つに繋がりがあるのであれば――

(――答えちゃったのは、紗季だ)

 自分たち以外の「もういいかい?」という問いかけに、紗季は「もういいよ」と答えてしまった。
 そして彼女にそれをさせたのは、佳織なのだ。


 § § §


(佳織はこうなるって分かってたの……?)

 亜美は二人のやり取りを思い返しながら、床に倒れる紗季に視線を落とした。生きているのかどうか判断できないくらい生気を感じられない姿を見ていると、どんどん嫌な想像が掻き立てられる。

 紗季が今こうなっているのは答えたせいだ。
 そして本物の紗季がここにいる間、自分たちと共にいたのは偽物の紗季――これがきっと、昨日自分たちに「もういいかい?」と問いかけてきた存在だろう。そして今自分の後ろで返事を待っているのも、きっと同じモノだ。

 昨日は答えなかったから助かった。答えなかったから、見つからなかった。
 だが今は違う。答えようが答えまいが、すぐ後ろにいる。既に見つかってしまっている。

(このまま無視し続けたらどうなる……?)

 諦めて去ってくれるのだろうか。それとも、もう手遅れなのだろうか――亜美に判断などできるはずがなかった。背後から感じる嫌な気配は、ねっとりと肌に貼り付いているようだった。こんな気配を持つモノを自分は今日一日紗季だと信じていたのだと考えると、何故気付かなかったのかと自分を罵りたくなる。
 だが、声を上げるわけにはいかない。何がきっかけで〝見つかった〟とみなされるのか分からないのだ。

(でも……どうすれば……)

 どうしたらいいか分からず、亜美が静かに下唇に歯を立てた時だった。

「――みんなでかくれんぼしよう、初音ちゃん!」

 遠くから聞こえた声が、亜美の鼓膜を震わせた。

(誰……?)

 誰の声なのか。〝初音ちゃん〟とは一体誰なのか。
 亜美が疑問を抱いたと同時に、背中の嫌な気配がふっと消えた。

「え……?」

 咄嗟に振り返りながら、しまった、と亜美は思った。振り返ってはいけないかは分からないが、見つかったらまずい存在と対面するのはどう考えても避けるべきだろう。
 しかし後悔するより先に、亜美の身体は後ろを向いてしまっていた。

「――誰もいない……?」

 振り返った先の光景に、亜美は肩の力が抜けるのを感じた。
 自分の背後には確かに偽物の紗季がいたはずなのに、そこにはもう誰もいなかったのだ。慌てて横たわる紗季を確認すれば、そこには相変わらず血の気の失せた顔の友人がいる。

(どういうこと……?)

 自分は助かったのだろうか。いや、それよりも――

(あの声……佳織……?)

 遠くの声だったから判断が遅れたが、あれは佳織の声ではなかったか。
 佳織といえば、紗季をこんな目に遭わせた張本人。その彼女が理由は知らないが、またかくれんぼをしようとしている。

「佳織……!」

 困惑と怒りを感じながら、亜美は勢い良く立ち上がった。紗季をここに残すのは気が引けたが、自分では彼女をかついで移動することはできない。

 とにかく事情を聞かなければ、と亜美は教室を飛び出した。


 § § §


「――みんなでかくれんぼしよう、はつねちゃん!」

 急に大声を張り上げてそう言った佳織を見ながら、菜月は顔を顰めた。隣を見ればたまも一体何事かと言わんばかりの表情で佳織を見つめている。
 佳織が何を言い出したのか、菜月には分からない。だが直前の彼女の言葉を思い出して、菜月は自分の顔から血の気が失せるのを感じた。

『あれは紗季じゃない! 初音ちゃんだ!』

 あれとは何なのか――考えるより先に、菜月の頭の中を嫌な想像が駆け巡っていた。

「何言ってるの佳織!? 紗季に何かあったの!?」
「紗季はかくれんぼしてるの! 私も入れてもらわなくちゃ……!」
「はあ!? 意味分かんない、ちゃんと分かるように説明してよ!」

 佳織の両肩を掴んで詰め寄れば、たまがはっとしたように声を上げた。

「紗季に何かあったなら亜美は……? 紗季とおんなじ方を探しに行ったけど……」

 その言葉に菜月は佳織からたまに視線を移した。状況は全く把握できていないが、何か嫌なことが起こっているような気がすることだけは確かだ。
 それに紗季が絡んでいるのであれば、彼女の近くにいるという亜美にも何か危険が――そこまで考えると、菜月は佳織の肩を掴んでいた手をばっと離した。

「とりあえず先に亜美たちと合流しよう!」

 そう言って、佳織とたまの手を引いて走り出した。
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