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第十四章 血の饗宴
56. 明かされる秘密
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――数時間前
「聖杯の話は知ってるんだったな」
朔達をここで待てと連れて来られた談話室で、蒼はすぐに立ち去ると思ったレオニードが話し始めたことに驚きを覚えた。思わず「え?」と間抜けな声を出しながらレオニードに振り返れば、彼は視線を窓の外に向けたまま、蒼の反応を確認することもなく口を開いた。
「聖杯は二つある」
「……え?」
急に始まった脈略のない話に、蒼の口からは相変わらず間の抜けた声しか出ない。
――一つじゃないの……? でも……そういえば箱の大きさは……。
蒼は朔から例の夜のことを聞いた際に感じたことを思い出していた。朔は聖杯の入った木箱の大きさを、蒼の大きめのバッグと同じくらいと表現したのだ。それは書類やノートパソコンが難なく入る大きさで、蒼には聖杯そのものの大きさは分からなかったが、ワイングラス程度であれば二つは入りそうだと思った記憶がある。その時は高価なものを保管する箱ならそういうこともあるだろうと気にも留めなかったが、聖杯が二つあると言うのなら、あの箱の大きさはそのためのものだったのだろう。
「まあ、多分だけどな。だが十中八九、二つ目があるはずだ」
「どういうことですか?」
最初の断定するような言い方とは違って、実際は推測でしかないらしい。それでもかなり可能性が高い話なのだろう、レオニードからは間違っているかもしれないという自信の無さは感じられない。
そもそも彼にそんな感情があるのか――蒼は苦々しい表情を浮かべながらレオニードの言葉の続きを待った。
「俺なりに調べてみたんだがな、古今東西悪魔信仰とやらは概念に多少の差はあれど、それなりの種類があるわけだ。大抵は眉唾ものだが、中には本物もある。俺たちがそうだろう?」
「……そうですね」
以前の自分なら笑い飛ばしていただろうと思いつつも、今となっては否定する気も起きない。それだけ不思議な現象に触れてしまったのだ。自分の中の常識がどんどん変わっているのを感じて、蒼は少しだけ居心地悪そうにソファの上で身を捩った。
「悪魔を召喚する方法っていうのは色々あるらしくてな。人間に憑依させたり、一時的に喚び出したり……。あの聖杯も一時的に喚び出した悪魔に別の代償を払って願いを叶えるためのものだと思っていたんだが、どうにも違うらしい」
「違う?」
「あれは悪魔と契約するためのものだ」
「……それは、喚び出した悪魔に代償を払うのとは違うんですか? 取引という点では、契約だと思うんですが」
まさか自分がこんなオカルトな話題で、真面目な返事をすることになるなんて――事あるごとに以前の自分と比較してしまうのは、この異常な状況が現実ではないと思いたいのかもしれない。
本当は振礼島の生き残りという特殊な人間も存在しておらず、目の前の外国人男性はオカルト好きの友人で、危険などどこにもない――無理矢理そう考えようとしたが、彼の蒼色の瞳を見るたびに思い出す朔の姿に現実に引き戻される。こんな状況でなければ、恐らく一生関わることなどなかった人間なのだ。朔の存在そのものを否定しかねない現実逃避に、蒼はいい加減腹を括れと自分に言い聞かせた。
「悪魔そのものと契約するってことだ。あの聖杯は悪魔と杯を交わすためのもの。日本でもそういう文化はあるらしいから、想像はできるんじゃないか? あの聖杯は契約者の人間と悪魔で一つずつ、そういうものみたいだ」
「……確かなんですか?」
「証拠はないがな。だが、そうするとリョウスケの行動も納得がいく」
「涼介さんの行動?」
蒼が聞き返すも、レオニードには答える気はないようだ。ちらりと蒼の方を一瞥しただけで、「とにかく――」と話を再開した。
「――もし聖杯が二つあるとすると、もう一つはリョウスケが持っている。そしてあいつはどうにか俺が持つ方も奪いたいと考えているはずだ。二つ揃えて悪魔と契約して、あいつは何がしたいんだろうなぁ?」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて、レオニードは試すような視線を蒼に向けた。不快なその視線に眉を顰めつつも、答えなければこの視線が外れることはないと覚えてしまった蒼は仕方なく口を開いた。
「それこそ、貴方が二つ持つのを防ぐためなんじゃないですか?」
「お前も諦めが悪いな、あいつにそんな考えがあるわけないだろう? 俺に聖杯を持たせたくないなら、そもそも俺に教えなければよかったんだ」
「え……?」
「ああ、あいつは俺に無理矢理従わされていたんだったな? 言っておくが、俺に聖杯を盗む話を持ってきたのはリョウスケだぞ?」
その言葉を聞いた瞬間、蒼はずっと胸にあった違和感の正体を掴んだ。
朔から振礼島で起こったことの話を聞いた時に覚えた違和感――何故、朔の注意深さを知る人間が、朔がいない間に外に出た形跡を残すという初歩的なミスを犯したのか。何故、朔に守るべき荷物の前で煙草を吸うなと教えた人間が、あの時ばかりは見逃したのか。
蒼はその話を聞いた時、朔と一緒にいた人物が詰めの甘い性格をしているのではないかと思った。その人物が涼介だと知った後も、彼の態度にどことなく抜けたものを感じていたのだ。
しかし、レオニードによって明かされた涼介の嘘。それが事実だとすれば、その性格すら嘘になるかもしれない。そうでなかったとしても、何年も朔を騙し続けてこられた人間が、そんなミスを犯すはずがない。
だが盗み自体が涼介の発想だと言うのなら。聖杯が二つあると言うのなら、説明がついてしまうのだ。
涼介はあの日、わざと朔に聖杯を盗んだことを気付かせたのだと。
そう思い至った時、蒼の脳裏にはまるで見てきたかのように鮮明な映像が浮かんだ。
朔達が見張っていた木製の箱と、その中に保管されていた聖杯。涼介は事前にレオニードの仲間と示し合わせて、別の倉庫で火事を起こし朔をその場から遠ざけた。そしてその隙に箱の中から聖杯を取り出し、受け取りに来たレオニードの仲間に渡す――ここまでは関係者皆が知っている話だ。
しかし、木箱の中にもう一つ聖杯があったことは誰も知らない。どうして木箱から出さずにそのままにしたのか――その理由は二つ目の聖杯の存在を誰も知らなかったことと、当日の倉庫の状況を考えると分かった。
何故聖杯が二つあることを誰も知らなかったのか。これは単純な話で、盗みを企てた涼介自身がその存在を隠そうとしたからだろう。聖杯を二つとも盗みたいのであれば、レオニードの仲間に最初から二つ渡してしまえば済む話だ。それなのにそうしなかったのは、レオニードに二つ目の聖杯の存在を知られたくなかったに他ならない。盗む時だけ何らかの事情があって知らせることができなかったのであれば、今もレオニードがその存在を可能性で語るわけがないのだ。
そして聖杯を一つだけ渡されたレオニードの仲間が去った後、涼介は残った一方をどこかに隠したかったはずだ。しかし木箱から出して他の場所に隠そうにも、あの日は全ての貨物が倉庫内から出されていて隠す場所はなかっただろう。だから、涼介はあえて木箱の中に入れたままにしたのだ。
とはいえ、そのまま何事もなく朝を迎えてしまっては都合が悪い。何も事件が起きなかったのであれば、朔と二人で荷物を見張った後、滞りなくそれは彼らの手を離れたはずだ。蒼は振礼島の物資の受け渡しについて詳しいことは知らなかったが、それでも一度手を離れた荷物がその後簡単に手出しできなくなることは想像に難くなかった。だからそうなる前に、朔の目を盗んで中身を移動する必要があったはずだ。
そのためにはもう一度、朔を木箱から遠ざけなければならなかった。
――だけど、そのやり方は……。
蒼は思わず顔を歪めた。最初に火災を起こしたのも褒められたものではないが、二度目の方法は朔の気持ちを考えると、あまりにも残酷なものだったからだ。
――涼介さんは、最初から朔さんと和解する気なんて無かった……?
涼介が取った方法は、朔の良心を利用したものだった。それにはまず、朔に木箱の中身が無事でないと気付かせる必要がある。そのために自分が外に出た形跡を残し、朔の喫煙も注意しなかった。
そして、異変に気付いた朔と口論をする。
――涼介さんなら、何て言えば朔さんが思い通りの行動をするか、分かっていてもおかしくはない……。
蒼には彼らの口論の内容は分からない。だが、朔が涼介に対して同情するような内容であれば、彼の性格ならどうにかするために行動を起こすだろうということは容易に想像できた。現に朔は涼介を助けるため、盗まれたことが明るみに出る前に聖杯を取り戻して、盗み自体がなかったことにしようと聖杯を探しに行ったのだ。
そして思惑通り朔を倉庫から遠ざけた涼介は、木箱に残されたもう一つの聖杯を持ってその場を後にする。誰にも見られず倉庫から離れれば、後は聖杯をどうしようが彼の自由だ。
こうして二つの聖杯は、レオニードの仲間と涼介、それぞれの手に渡ることになった。
では何故、こんな面倒なことをしたのか。状況から見て涼介がレオニードに二つ目の聖杯を隠したかったということは明らかだが、そもそもどうして隠す必要があったのか。
――レオニードを利用して聖杯を盗んで、最後は独り占めするつもりだった……?
最初から二つとも渡す気がなかったのなら、聖杯についての正しい情報を教える必要はない。この計画は涼介一人だけでは成り立たないのだ、彼がやむを得ずレオニードに協力を仰いでいたとしてもおかしくはなかった。
だがそうすると、今度はエレナの話と合わなくなる。エレナはレオニードが聖杯を使うところを目撃しているのだ。最終的に二つとも渡す気がなかったのなら、一度でもレオニードの手に聖杯が渡っては都合が悪いのではないか。
――一体、どうして……?
その時、蒼の頭に先程聞いた電話の会話が蘇った。
『なんであの日、リューダの家にすぐ来れたんだ?』
『お前だって朝まで来れないって話だっただろ?』
何気なく聞き流していたその言葉は、レオニードが涼介が知っていたのとは違う行動を取ったということを表していた。
「その盗みの計画……貴方の手に聖杯が渡るのは、朝の予定だったんですか……?」
「ああ、やっぱりお前は面白いな」
その言葉は、蒼の質問を肯定していた。
――予定外のことが起きたんだ。
涼介がレオニードの仲間に渡した聖杯は、そのリューダという人物の家にあったのだろう。恐らく涼介はレオニードよりも先にそこに行って、自分が聖杯を手にする予定だったのだ。
しかしその思惑は、レオニードの予定外の行動によって崩れる。
まだそこにいるはずのなかったレオニードが聖杯を手にし、そして、使ってしまったのだ。
「聖杯の話は知ってるんだったな」
朔達をここで待てと連れて来られた談話室で、蒼はすぐに立ち去ると思ったレオニードが話し始めたことに驚きを覚えた。思わず「え?」と間抜けな声を出しながらレオニードに振り返れば、彼は視線を窓の外に向けたまま、蒼の反応を確認することもなく口を開いた。
「聖杯は二つある」
「……え?」
急に始まった脈略のない話に、蒼の口からは相変わらず間の抜けた声しか出ない。
――一つじゃないの……? でも……そういえば箱の大きさは……。
蒼は朔から例の夜のことを聞いた際に感じたことを思い出していた。朔は聖杯の入った木箱の大きさを、蒼の大きめのバッグと同じくらいと表現したのだ。それは書類やノートパソコンが難なく入る大きさで、蒼には聖杯そのものの大きさは分からなかったが、ワイングラス程度であれば二つは入りそうだと思った記憶がある。その時は高価なものを保管する箱ならそういうこともあるだろうと気にも留めなかったが、聖杯が二つあると言うのなら、あの箱の大きさはそのためのものだったのだろう。
「まあ、多分だけどな。だが十中八九、二つ目があるはずだ」
「どういうことですか?」
最初の断定するような言い方とは違って、実際は推測でしかないらしい。それでもかなり可能性が高い話なのだろう、レオニードからは間違っているかもしれないという自信の無さは感じられない。
そもそも彼にそんな感情があるのか――蒼は苦々しい表情を浮かべながらレオニードの言葉の続きを待った。
「俺なりに調べてみたんだがな、古今東西悪魔信仰とやらは概念に多少の差はあれど、それなりの種類があるわけだ。大抵は眉唾ものだが、中には本物もある。俺たちがそうだろう?」
「……そうですね」
以前の自分なら笑い飛ばしていただろうと思いつつも、今となっては否定する気も起きない。それだけ不思議な現象に触れてしまったのだ。自分の中の常識がどんどん変わっているのを感じて、蒼は少しだけ居心地悪そうにソファの上で身を捩った。
「悪魔を召喚する方法っていうのは色々あるらしくてな。人間に憑依させたり、一時的に喚び出したり……。あの聖杯も一時的に喚び出した悪魔に別の代償を払って願いを叶えるためのものだと思っていたんだが、どうにも違うらしい」
「違う?」
「あれは悪魔と契約するためのものだ」
「……それは、喚び出した悪魔に代償を払うのとは違うんですか? 取引という点では、契約だと思うんですが」
まさか自分がこんなオカルトな話題で、真面目な返事をすることになるなんて――事あるごとに以前の自分と比較してしまうのは、この異常な状況が現実ではないと思いたいのかもしれない。
本当は振礼島の生き残りという特殊な人間も存在しておらず、目の前の外国人男性はオカルト好きの友人で、危険などどこにもない――無理矢理そう考えようとしたが、彼の蒼色の瞳を見るたびに思い出す朔の姿に現実に引き戻される。こんな状況でなければ、恐らく一生関わることなどなかった人間なのだ。朔の存在そのものを否定しかねない現実逃避に、蒼はいい加減腹を括れと自分に言い聞かせた。
「悪魔そのものと契約するってことだ。あの聖杯は悪魔と杯を交わすためのもの。日本でもそういう文化はあるらしいから、想像はできるんじゃないか? あの聖杯は契約者の人間と悪魔で一つずつ、そういうものみたいだ」
「……確かなんですか?」
「証拠はないがな。だが、そうするとリョウスケの行動も納得がいく」
「涼介さんの行動?」
蒼が聞き返すも、レオニードには答える気はないようだ。ちらりと蒼の方を一瞥しただけで、「とにかく――」と話を再開した。
「――もし聖杯が二つあるとすると、もう一つはリョウスケが持っている。そしてあいつはどうにか俺が持つ方も奪いたいと考えているはずだ。二つ揃えて悪魔と契約して、あいつは何がしたいんだろうなぁ?」
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて、レオニードは試すような視線を蒼に向けた。不快なその視線に眉を顰めつつも、答えなければこの視線が外れることはないと覚えてしまった蒼は仕方なく口を開いた。
「それこそ、貴方が二つ持つのを防ぐためなんじゃないですか?」
「お前も諦めが悪いな、あいつにそんな考えがあるわけないだろう? 俺に聖杯を持たせたくないなら、そもそも俺に教えなければよかったんだ」
「え……?」
「ああ、あいつは俺に無理矢理従わされていたんだったな? 言っておくが、俺に聖杯を盗む話を持ってきたのはリョウスケだぞ?」
その言葉を聞いた瞬間、蒼はずっと胸にあった違和感の正体を掴んだ。
朔から振礼島で起こったことの話を聞いた時に覚えた違和感――何故、朔の注意深さを知る人間が、朔がいない間に外に出た形跡を残すという初歩的なミスを犯したのか。何故、朔に守るべき荷物の前で煙草を吸うなと教えた人間が、あの時ばかりは見逃したのか。
蒼はその話を聞いた時、朔と一緒にいた人物が詰めの甘い性格をしているのではないかと思った。その人物が涼介だと知った後も、彼の態度にどことなく抜けたものを感じていたのだ。
しかし、レオニードによって明かされた涼介の嘘。それが事実だとすれば、その性格すら嘘になるかもしれない。そうでなかったとしても、何年も朔を騙し続けてこられた人間が、そんなミスを犯すはずがない。
だが盗み自体が涼介の発想だと言うのなら。聖杯が二つあると言うのなら、説明がついてしまうのだ。
涼介はあの日、わざと朔に聖杯を盗んだことを気付かせたのだと。
そう思い至った時、蒼の脳裏にはまるで見てきたかのように鮮明な映像が浮かんだ。
朔達が見張っていた木製の箱と、その中に保管されていた聖杯。涼介は事前にレオニードの仲間と示し合わせて、別の倉庫で火事を起こし朔をその場から遠ざけた。そしてその隙に箱の中から聖杯を取り出し、受け取りに来たレオニードの仲間に渡す――ここまでは関係者皆が知っている話だ。
しかし、木箱の中にもう一つ聖杯があったことは誰も知らない。どうして木箱から出さずにそのままにしたのか――その理由は二つ目の聖杯の存在を誰も知らなかったことと、当日の倉庫の状況を考えると分かった。
何故聖杯が二つあることを誰も知らなかったのか。これは単純な話で、盗みを企てた涼介自身がその存在を隠そうとしたからだろう。聖杯を二つとも盗みたいのであれば、レオニードの仲間に最初から二つ渡してしまえば済む話だ。それなのにそうしなかったのは、レオニードに二つ目の聖杯の存在を知られたくなかったに他ならない。盗む時だけ何らかの事情があって知らせることができなかったのであれば、今もレオニードがその存在を可能性で語るわけがないのだ。
そして聖杯を一つだけ渡されたレオニードの仲間が去った後、涼介は残った一方をどこかに隠したかったはずだ。しかし木箱から出して他の場所に隠そうにも、あの日は全ての貨物が倉庫内から出されていて隠す場所はなかっただろう。だから、涼介はあえて木箱の中に入れたままにしたのだ。
とはいえ、そのまま何事もなく朝を迎えてしまっては都合が悪い。何も事件が起きなかったのであれば、朔と二人で荷物を見張った後、滞りなくそれは彼らの手を離れたはずだ。蒼は振礼島の物資の受け渡しについて詳しいことは知らなかったが、それでも一度手を離れた荷物がその後簡単に手出しできなくなることは想像に難くなかった。だからそうなる前に、朔の目を盗んで中身を移動する必要があったはずだ。
そのためにはもう一度、朔を木箱から遠ざけなければならなかった。
――だけど、そのやり方は……。
蒼は思わず顔を歪めた。最初に火災を起こしたのも褒められたものではないが、二度目の方法は朔の気持ちを考えると、あまりにも残酷なものだったからだ。
――涼介さんは、最初から朔さんと和解する気なんて無かった……?
涼介が取った方法は、朔の良心を利用したものだった。それにはまず、朔に木箱の中身が無事でないと気付かせる必要がある。そのために自分が外に出た形跡を残し、朔の喫煙も注意しなかった。
そして、異変に気付いた朔と口論をする。
――涼介さんなら、何て言えば朔さんが思い通りの行動をするか、分かっていてもおかしくはない……。
蒼には彼らの口論の内容は分からない。だが、朔が涼介に対して同情するような内容であれば、彼の性格ならどうにかするために行動を起こすだろうということは容易に想像できた。現に朔は涼介を助けるため、盗まれたことが明るみに出る前に聖杯を取り戻して、盗み自体がなかったことにしようと聖杯を探しに行ったのだ。
そして思惑通り朔を倉庫から遠ざけた涼介は、木箱に残されたもう一つの聖杯を持ってその場を後にする。誰にも見られず倉庫から離れれば、後は聖杯をどうしようが彼の自由だ。
こうして二つの聖杯は、レオニードの仲間と涼介、それぞれの手に渡ることになった。
では何故、こんな面倒なことをしたのか。状況から見て涼介がレオニードに二つ目の聖杯を隠したかったということは明らかだが、そもそもどうして隠す必要があったのか。
――レオニードを利用して聖杯を盗んで、最後は独り占めするつもりだった……?
最初から二つとも渡す気がなかったのなら、聖杯についての正しい情報を教える必要はない。この計画は涼介一人だけでは成り立たないのだ、彼がやむを得ずレオニードに協力を仰いでいたとしてもおかしくはなかった。
だがそうすると、今度はエレナの話と合わなくなる。エレナはレオニードが聖杯を使うところを目撃しているのだ。最終的に二つとも渡す気がなかったのなら、一度でもレオニードの手に聖杯が渡っては都合が悪いのではないか。
――一体、どうして……?
その時、蒼の頭に先程聞いた電話の会話が蘇った。
『なんであの日、リューダの家にすぐ来れたんだ?』
『お前だって朝まで来れないって話だっただろ?』
何気なく聞き流していたその言葉は、レオニードが涼介が知っていたのとは違う行動を取ったということを表していた。
「その盗みの計画……貴方の手に聖杯が渡るのは、朝の予定だったんですか……?」
「ああ、やっぱりお前は面白いな」
その言葉は、蒼の質問を肯定していた。
――予定外のことが起きたんだ。
涼介がレオニードの仲間に渡した聖杯は、そのリューダという人物の家にあったのだろう。恐らく涼介はレオニードよりも先にそこに行って、自分が聖杯を手にする予定だったのだ。
しかしその思惑は、レオニードの予定外の行動によって崩れる。
まだそこにいるはずのなかったレオニードが聖杯を手にし、そして、使ってしまったのだ。
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