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第十九章 地下牢
3 メイドの行方(侍従視点)
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3 メイドの行方(侍従視点)
出張から帰るとすぐに厨房に向かった。日は暮れて、松明や灯籠の光が城を照らしていた。
妙な空気で別れたマリアに、何て声をかけようか。結局まとまらないままだ。相手の考えてることがわからないのだから、いくら想像してたって無駄だ。とりあえず顔が見たい。
厨房のドアの近くにはフアナがいた。
「トーマ様! おかえりなさいませ!」
「よう、マリアは?」
もはや定番の挨拶で厨房にはいる。
が、空気が重い。俺が入った途端に皆が口を閉ざして目を泳がせた。普段ならなんやかんやの反応があるのに。
「トーマ様、お話が……」
「なに?」
フアナが俺を厨房の外に連れ出した。
「トーマ様、落ち着いて聞いてくださいね」
俺は身構えた。
「なにかあった? みんなお通夜みたいな顔してたけど」
「今日の夕方ごろ、近衛兵がいきなり女中部屋にやって来て、私たちの持ち物を取り調べたんです」
フアナは大きく息を吐いて、落ち着いて聞いてくださいを繰り返した。そんなことを何度も言われたら、逆に胸騒ぎしかしない。フアナはむしろ、自分に言い聞かせているようだった。
「それで、実はマリアが……兵士に連れて行かれたんです」
「は?」
俺は頭が真っ白になった。
「なんだって?!」
「王様の一団が出発した後のことです。トーマ様、何か心当たりはありませんか」
「あるわけない」
気になることと言えば、一昨日マリアが王妃の使いをさせられていたことくらいだろうか。固く口止めされているとかで、マリアは俺にも詳しくは話してくれなかったんだ。
「マリアはどこに? すぐ行くよ。俺がかけ合えば助けになれるかも」
フアナは言い淀んだ。
「それが、どこに連れて行かれたのやら、誰も知らないんです」
兵舎も牢も見に行ったが居なかったというフアナの声は、涙で震えていた。
「兵からは、何も説明はなかったんだね?」
「はい」
俺とフアナはしばし無言になった。決して口にしようとはしなかったが、これは良くない兆候だった。嫌な予感がしていた。
正直、こういう前例がなかったわけではない。フアナもここには長い。俺と同じことを危惧しているに違いなかった。
傍目には何事もなく普通に働いていたメイドが、ある日突然いなくなることなんて、ざらだった。理由は様々、憶測まみれ。窃盗を働いただの、不興を買っただの、妻子ある貴族の子を孕んだだの。
「……落ち着こう」
俺は両手で髪をかき上げた。頭がパンクしそうだ。忍耐強いフアナは何も言わずに頷いて、俺が落ち着くのを待っていた。
「はあ……」
フアナは周りの様子を伺いながら、俺にかがめと言う仕草をした。
中腰になった俺の耳元で、フアナは言った。
「女中頭と私は、近衛の調査に立ちあうように言われて、見ていたんです。マリアの荷物から、王妃のブローチが出て来たのを」
「なんだって?!」
「マリアは全く身に覚えがないと言っていました。私もそう信じています」
女中頭とフアナは誰にもそのことは言わないと決めた。だが、厨房の皆は事情を知りたがり、マリアの噂をずっとしていると言う。あんなに頼っておきながら、手のひらを返したようなことを言うものもいるらしい。
「近衛は、やって来るなり私にマリアのクローゼットを尋ねました。彼女を名指しした窃盗の訴えがあったというのです。私は、マリアがそんなことをするはずはないと思ったから、正直に教えました……」
フアナの目と鼻が赤らんできた。俺はフアナにハンカチを渡そうとしたが、昼間、領主にやってしまったのを思い出した。フアナはエプロンで涙を拭いながら続けた。
「その後、マリアが呼ばれました。マリアのバスケットが調べられました。出て来たものは、ブローチだけではなかったようです」
「なんだったの」
「分かりません。私たちからは見えませんでした」
問題の品々と一緒に、近衛はマリアをどこかへ連れて行ったという。
「近衛ということはジュンの指示か……?」
昼間、マリアとジュンが何やら密談していたことと関係があるのだろうか。すぐにでもあいつを問いたださなければならない。俺はフアナの肩を叩くと、礼を言って走り出した。
「あっ、どちらへ!」
「ジュンのところに行ってくる!」
すると、フアナも走って俺に追い縋ってきた。
「お待ちください!」
「なに?」
「も、もう一つ……お伝えしたいことが……」
フアナは息を切らして言った。
「私は、今日の午餐の時、ローザが女中部屋から出て来るのを見ました」
日も沈んだ裏庭は薄暗くて、フアナの顔はよく見えなかった。沈黙が降りる。
「それを思い出したのは、マリアが連れて行かれた後でした」
優しいフアナは誰のことも悪くいうことがない。悪意のある冗談には柔らかく首をふり、決して同調しない娘だった。それはこの俺もよく知っていた。
「こんな事を考えたくはないのですが、あのブローチは……」
「分かったよ、もういいフアナ」
フアナの言葉を遮ったのは、彼女の舌を汚させたくなかったから。そして、自分の罪悪感からだ。ローザがマリアを憎む原因は多分俺だった。
「ローザにも話を聞いてくるから」
フアナは頷いた。
「君は厨房に残っていられる?」
「ええ。眠れませんもの。マリアを待っているつもりです」
「頼むよ。何かあったら知らせるから」
俺はフアナと別れ、ジュンの屋敷へと駆け出した。
出張から帰るとすぐに厨房に向かった。日は暮れて、松明や灯籠の光が城を照らしていた。
妙な空気で別れたマリアに、何て声をかけようか。結局まとまらないままだ。相手の考えてることがわからないのだから、いくら想像してたって無駄だ。とりあえず顔が見たい。
厨房のドアの近くにはフアナがいた。
「トーマ様! おかえりなさいませ!」
「よう、マリアは?」
もはや定番の挨拶で厨房にはいる。
が、空気が重い。俺が入った途端に皆が口を閉ざして目を泳がせた。普段ならなんやかんやの反応があるのに。
「トーマ様、お話が……」
「なに?」
フアナが俺を厨房の外に連れ出した。
「トーマ様、落ち着いて聞いてくださいね」
俺は身構えた。
「なにかあった? みんなお通夜みたいな顔してたけど」
「今日の夕方ごろ、近衛兵がいきなり女中部屋にやって来て、私たちの持ち物を取り調べたんです」
フアナは大きく息を吐いて、落ち着いて聞いてくださいを繰り返した。そんなことを何度も言われたら、逆に胸騒ぎしかしない。フアナはむしろ、自分に言い聞かせているようだった。
「それで、実はマリアが……兵士に連れて行かれたんです」
「は?」
俺は頭が真っ白になった。
「なんだって?!」
「王様の一団が出発した後のことです。トーマ様、何か心当たりはありませんか」
「あるわけない」
気になることと言えば、一昨日マリアが王妃の使いをさせられていたことくらいだろうか。固く口止めされているとかで、マリアは俺にも詳しくは話してくれなかったんだ。
「マリアはどこに? すぐ行くよ。俺がかけ合えば助けになれるかも」
フアナは言い淀んだ。
「それが、どこに連れて行かれたのやら、誰も知らないんです」
兵舎も牢も見に行ったが居なかったというフアナの声は、涙で震えていた。
「兵からは、何も説明はなかったんだね?」
「はい」
俺とフアナはしばし無言になった。決して口にしようとはしなかったが、これは良くない兆候だった。嫌な予感がしていた。
正直、こういう前例がなかったわけではない。フアナもここには長い。俺と同じことを危惧しているに違いなかった。
傍目には何事もなく普通に働いていたメイドが、ある日突然いなくなることなんて、ざらだった。理由は様々、憶測まみれ。窃盗を働いただの、不興を買っただの、妻子ある貴族の子を孕んだだの。
「……落ち着こう」
俺は両手で髪をかき上げた。頭がパンクしそうだ。忍耐強いフアナは何も言わずに頷いて、俺が落ち着くのを待っていた。
「はあ……」
フアナは周りの様子を伺いながら、俺にかがめと言う仕草をした。
中腰になった俺の耳元で、フアナは言った。
「女中頭と私は、近衛の調査に立ちあうように言われて、見ていたんです。マリアの荷物から、王妃のブローチが出て来たのを」
「なんだって?!」
「マリアは全く身に覚えがないと言っていました。私もそう信じています」
女中頭とフアナは誰にもそのことは言わないと決めた。だが、厨房の皆は事情を知りたがり、マリアの噂をずっとしていると言う。あんなに頼っておきながら、手のひらを返したようなことを言うものもいるらしい。
「近衛は、やって来るなり私にマリアのクローゼットを尋ねました。彼女を名指しした窃盗の訴えがあったというのです。私は、マリアがそんなことをするはずはないと思ったから、正直に教えました……」
フアナの目と鼻が赤らんできた。俺はフアナにハンカチを渡そうとしたが、昼間、領主にやってしまったのを思い出した。フアナはエプロンで涙を拭いながら続けた。
「その後、マリアが呼ばれました。マリアのバスケットが調べられました。出て来たものは、ブローチだけではなかったようです」
「なんだったの」
「分かりません。私たちからは見えませんでした」
問題の品々と一緒に、近衛はマリアをどこかへ連れて行ったという。
「近衛ということはジュンの指示か……?」
昼間、マリアとジュンが何やら密談していたことと関係があるのだろうか。すぐにでもあいつを問いたださなければならない。俺はフアナの肩を叩くと、礼を言って走り出した。
「あっ、どちらへ!」
「ジュンのところに行ってくる!」
すると、フアナも走って俺に追い縋ってきた。
「お待ちください!」
「なに?」
「も、もう一つ……お伝えしたいことが……」
フアナは息を切らして言った。
「私は、今日の午餐の時、ローザが女中部屋から出て来るのを見ました」
日も沈んだ裏庭は薄暗くて、フアナの顔はよく見えなかった。沈黙が降りる。
「それを思い出したのは、マリアが連れて行かれた後でした」
優しいフアナは誰のことも悪くいうことがない。悪意のある冗談には柔らかく首をふり、決して同調しない娘だった。それはこの俺もよく知っていた。
「こんな事を考えたくはないのですが、あのブローチは……」
「分かったよ、もういいフアナ」
フアナの言葉を遮ったのは、彼女の舌を汚させたくなかったから。そして、自分の罪悪感からだ。ローザがマリアを憎む原因は多分俺だった。
「ローザにも話を聞いてくるから」
フアナは頷いた。
「君は厨房に残っていられる?」
「ええ。眠れませんもの。マリアを待っているつもりです」
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俺はフアナと別れ、ジュンの屋敷へと駆け出した。
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