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第十九章 地下牢
5 むく犬と眠る(メイド視点)上
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5 むく犬と眠る(メイド視点)上
「助けてあげられなくてごめん、マリアさん」
二人きりになるや、オトは私にしがみついてきた。
「えっ?! と、とんでもない……!」
私の方こそ、オトにひれ伏したいほどの申し訳なさと感謝を覚えているのだ。しかし、当のオトはしょげかえっていた。
「僕、もしかして余計なことを言っただけだったのかな? どうしよう。僕のせいでジュンも牢屋に入れられちゃったら……」
「それはないでしょう。隊長殿は何とかしてくださいますよ。きっと、このような場合に備えてのお考えがあるでしょう」
ジュン殿が事の露見を想定されていないはずはなかった。
「ことが露見した場合には、すぐに隊長の指示だと明かすように言われてたんですよ。でも、しくじったのが悔しくて、私は意地を張っていたのです。そのせいで、こんなにややこしいことに……」
私たちが互いにこれまでの事を話しあっていると、オトの肩の上で、白いイタチが退屈したように伸びをした。
「オトさんのお友達ですか?」
私は思わず目を細めて尋ねた。
「うん」
イタチは、オトの腕からふくらはぎへと伝って床に飛び降りた。前脚をあげて立ち上がり、髭をヒクヒクさせると、明かり取りの窓の方をめがけて走り出した。
「どこへ行くのかしら」
イタチはその背を、光る川魚のようにたわめて跳躍した。毛並みが月光を浴びて銀色に光った。次の瞬間、白い閃光がほとばしった。
「えっ?!」
白い光とともにイタチの姿は消え、そこには見知らぬ少年が立っていた。私は悲鳴をあげそうになった。
「やれやれ、何だよあのいけすかないじじいは」
私はオトの腕にしがみついて、その声の主を凝視した。オトと同じくらいの年頃の美しい少年で、尖った耳をしている。
「ひでえ部屋! 埃だらけになっちゃったぜ」
少年は自分の服をあちこちはたきながら言った。
「だっ……誰?」
私はオトの腕をさらにぎゅっと掴んでしまった。
「驚かせてごめん。ピノは、氷の森の妖精なんだ」
「よ、ようせい……?」
私はまた浅い眠りに落ちているのだろうか。地下に閉じ込められて、頭がおかしくなったのだろうか。
「あっ、はいはい、離れて」
ピノと呼ばれた黒髪の少年、もとい妖精さんは、つかつかとこちらに歩み寄ると、オトと私を引き離した。一瞬触れた手は、雪のように冷たかった。
「だめだろオト。簡単に俺の名前を教えちゃ」
妖精はオトにひしと抱きつくと、これは自分のものだと言わんばかりに私を睨んだ。
「あっ、ごめん」
「いいよ。その代わりキスね」
私は牢屋で美少年同士のキスを眺めるという謎の恩恵にあずかった。
意味が全くわからないので、夢だと思うことにした。とすれば我ながらかなり狂った夢を見てるわけだが。
妖精は、オトが好きでたまらないという顔をしていた。一方、キスをされてるオトの方は、子犬に顔を舐められる飼い主の表情だった。
「でも、名前がダメならなんて呼べばいい?」
「ハニーとでも呼んでくれ」
これは呼ばないな、という顔でオトは苦笑いした。
「さて、変なじじいもどっか行ったことだし、俺らも帰ろう」
妖精は扉の前で指を鳴らした。すると、牢屋の頑丈な扉が輝きはじめたではないか。私は固唾を飲んで見守った。
何やら扉の見た目が大きく変わっていく。
扉は明るい卵色、窓の格子は赤と白のストライプ、金具は緑の葉と金の枝のデザインに変わり、キラキラツヤツヤ輝くといった具合だ。
「どうよ!」
妖精さんは満足そうに振り返った。感想を求める目だ。
「カラフルに……なったわね」
「う、うん。きれいで……クリスマスみたいだね?」
妖精のスナップ一つで、ばばん! と扉が開くのを予想した私は物語の読みすぎだったのだろうか。
唖然としている私たちの目の前で、妖精はドアノブを片手でパキッと折りとった。
「ええっ?!」
私とオトは同時に声をあげた。細い腕の怪力に慄く。
妖精さんは手に持ったドアノブを私の顔の前に突き出して言った。
「食べる?」
一個も訳がわからない。私は首を振った。オトは私の真顔を見て吹き出し、口を押さえた。
「だよな。俺も要らない。こんなド甘いのに飛びつくのはプリッツくらいだ」
妖精がぽいと投げ捨てたドアノブを、私はキャッチした。ほのかな甘い香りがしている。驚いたことに、それはチョコレートに変わっていた。
扉に近寄って調べてみると、木の部分はビスケット、鍵や蝶番などの金具の部分は砂糖菓子や飴細工に変わっていた。
「ほらよっと」
妖精さんが軽く押しただけで、ドアノブの取れた扉は音もなく開いてしまった。
「さ、帰ろうぜ」
何でもなげに妖精さんは言った。私は、ふらふらと妖精さんについて廊下に出た。
「何してるオト、早く行くぞ」
妖精さんの声で我に帰る。
「僕は残るよ」
振り返ると、オトはまだ地下牢の中にいた。
「おいおい、何言ってんだ? オトはこの子を牢から出してやりに来たんだろ」
「うん、でも、逃げる前にマリアさんの潔白を証明しないと……」
確かに、牢を出たとしても、現状のままではすぐに追っ手がかかるだろう。
「なんだよ。約束だろ? 早く森に帰ろうよ」
妖精さんはオトの腕を取って、廊下に引っ張り出そうとする。私はそれとは逆に、そっと牢の中に引きかえした。
「ごめんね。もう少し待ってよ」
「やだ。こんなところで一晩過ごすのはごめんだぜ」
妖精さんはしきりに早く帰ろうと言うが、オトはその頭を撫でてなだめるだけ。全く動く気を見せない。
「じゃあこの女も森に連れてってやる! それならいいだろ? あそこなら誰も追って来れない……」
「マリアさんは森に連れてくわけにはいかないよ。僕と違って家族がいるもの。濡れ衣を晴らして元の生活に戻れるようにしてあげないと」
オトはそう言うとにっこり笑って、冷たいベッドに腰掛けた。妖精さんは怒りはじめた。
「なんでオトがそこまでしなきゃなんねぇんだよ」
「君だって聞いてたでしょ? 全部、僕がスケシタを欲しがったせいで起きたことなんだ」
「それを王妃に説明するってのか?」
「うん」
「バカだな。それでどうなると思う。そこの女もオトも、まとめて首を刎ねられて終わりさ」
「どうして? マリアは許してもらえるでしょ?」
「王族ってのは、人間の中でも一番タチが悪い奴らだぜ。口封じに殺すに決まってる」
それでも、やってみなきゃ分からないとオトは言った。妖精さんは頭をかきむしった。
「助けてあげられなくてごめん、マリアさん」
二人きりになるや、オトは私にしがみついてきた。
「えっ?! と、とんでもない……!」
私の方こそ、オトにひれ伏したいほどの申し訳なさと感謝を覚えているのだ。しかし、当のオトはしょげかえっていた。
「僕、もしかして余計なことを言っただけだったのかな? どうしよう。僕のせいでジュンも牢屋に入れられちゃったら……」
「それはないでしょう。隊長殿は何とかしてくださいますよ。きっと、このような場合に備えてのお考えがあるでしょう」
ジュン殿が事の露見を想定されていないはずはなかった。
「ことが露見した場合には、すぐに隊長の指示だと明かすように言われてたんですよ。でも、しくじったのが悔しくて、私は意地を張っていたのです。そのせいで、こんなにややこしいことに……」
私たちが互いにこれまでの事を話しあっていると、オトの肩の上で、白いイタチが退屈したように伸びをした。
「オトさんのお友達ですか?」
私は思わず目を細めて尋ねた。
「うん」
イタチは、オトの腕からふくらはぎへと伝って床に飛び降りた。前脚をあげて立ち上がり、髭をヒクヒクさせると、明かり取りの窓の方をめがけて走り出した。
「どこへ行くのかしら」
イタチはその背を、光る川魚のようにたわめて跳躍した。毛並みが月光を浴びて銀色に光った。次の瞬間、白い閃光がほとばしった。
「えっ?!」
白い光とともにイタチの姿は消え、そこには見知らぬ少年が立っていた。私は悲鳴をあげそうになった。
「やれやれ、何だよあのいけすかないじじいは」
私はオトの腕にしがみついて、その声の主を凝視した。オトと同じくらいの年頃の美しい少年で、尖った耳をしている。
「ひでえ部屋! 埃だらけになっちゃったぜ」
少年は自分の服をあちこちはたきながら言った。
「だっ……誰?」
私はオトの腕をさらにぎゅっと掴んでしまった。
「驚かせてごめん。ピノは、氷の森の妖精なんだ」
「よ、ようせい……?」
私はまた浅い眠りに落ちているのだろうか。地下に閉じ込められて、頭がおかしくなったのだろうか。
「あっ、はいはい、離れて」
ピノと呼ばれた黒髪の少年、もとい妖精さんは、つかつかとこちらに歩み寄ると、オトと私を引き離した。一瞬触れた手は、雪のように冷たかった。
「だめだろオト。簡単に俺の名前を教えちゃ」
妖精はオトにひしと抱きつくと、これは自分のものだと言わんばかりに私を睨んだ。
「あっ、ごめん」
「いいよ。その代わりキスね」
私は牢屋で美少年同士のキスを眺めるという謎の恩恵にあずかった。
意味が全くわからないので、夢だと思うことにした。とすれば我ながらかなり狂った夢を見てるわけだが。
妖精は、オトが好きでたまらないという顔をしていた。一方、キスをされてるオトの方は、子犬に顔を舐められる飼い主の表情だった。
「でも、名前がダメならなんて呼べばいい?」
「ハニーとでも呼んでくれ」
これは呼ばないな、という顔でオトは苦笑いした。
「さて、変なじじいもどっか行ったことだし、俺らも帰ろう」
妖精は扉の前で指を鳴らした。すると、牢屋の頑丈な扉が輝きはじめたではないか。私は固唾を飲んで見守った。
何やら扉の見た目が大きく変わっていく。
扉は明るい卵色、窓の格子は赤と白のストライプ、金具は緑の葉と金の枝のデザインに変わり、キラキラツヤツヤ輝くといった具合だ。
「どうよ!」
妖精さんは満足そうに振り返った。感想を求める目だ。
「カラフルに……なったわね」
「う、うん。きれいで……クリスマスみたいだね?」
妖精のスナップ一つで、ばばん! と扉が開くのを予想した私は物語の読みすぎだったのだろうか。
唖然としている私たちの目の前で、妖精はドアノブを片手でパキッと折りとった。
「ええっ?!」
私とオトは同時に声をあげた。細い腕の怪力に慄く。
妖精さんは手に持ったドアノブを私の顔の前に突き出して言った。
「食べる?」
一個も訳がわからない。私は首を振った。オトは私の真顔を見て吹き出し、口を押さえた。
「だよな。俺も要らない。こんなド甘いのに飛びつくのはプリッツくらいだ」
妖精がぽいと投げ捨てたドアノブを、私はキャッチした。ほのかな甘い香りがしている。驚いたことに、それはチョコレートに変わっていた。
扉に近寄って調べてみると、木の部分はビスケット、鍵や蝶番などの金具の部分は砂糖菓子や飴細工に変わっていた。
「ほらよっと」
妖精さんが軽く押しただけで、ドアノブの取れた扉は音もなく開いてしまった。
「さ、帰ろうぜ」
何でもなげに妖精さんは言った。私は、ふらふらと妖精さんについて廊下に出た。
「何してるオト、早く行くぞ」
妖精さんの声で我に帰る。
「僕は残るよ」
振り返ると、オトはまだ地下牢の中にいた。
「おいおい、何言ってんだ? オトはこの子を牢から出してやりに来たんだろ」
「うん、でも、逃げる前にマリアさんの潔白を証明しないと……」
確かに、牢を出たとしても、現状のままではすぐに追っ手がかかるだろう。
「なんだよ。約束だろ? 早く森に帰ろうよ」
妖精さんはオトの腕を取って、廊下に引っ張り出そうとする。私はそれとは逆に、そっと牢の中に引きかえした。
「ごめんね。もう少し待ってよ」
「やだ。こんなところで一晩過ごすのはごめんだぜ」
妖精さんはしきりに早く帰ろうと言うが、オトはその頭を撫でてなだめるだけ。全く動く気を見せない。
「じゃあこの女も森に連れてってやる! それならいいだろ? あそこなら誰も追って来れない……」
「マリアさんは森に連れてくわけにはいかないよ。僕と違って家族がいるもの。濡れ衣を晴らして元の生活に戻れるようにしてあげないと」
オトはそう言うとにっこり笑って、冷たいベッドに腰掛けた。妖精さんは怒りはじめた。
「なんでオトがそこまでしなきゃなんねぇんだよ」
「君だって聞いてたでしょ? 全部、僕がスケシタを欲しがったせいで起きたことなんだ」
「それを王妃に説明するってのか?」
「うん」
「バカだな。それでどうなると思う。そこの女もオトも、まとめて首を刎ねられて終わりさ」
「どうして? マリアは許してもらえるでしょ?」
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