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第二十一章 妖精の家
5 黄金虫と魔女(妖精視点)下
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5 黄金虫と魔女(妖精視点) 下
「わかるかい、アリオト。その日からあたしの世界の中心はあの人だった」
ザクロはさっきまでの奇妙な猫撫で声を忘れたように、今は低い地の声で語っていた。
「ビョルンはあたしを友人として大切に扱ってくれた。お前の母のアリスに出会うまでは……」
ビョルンは、王妃の侍女であるアリスと身分違いの恋におち、そのことで王宮を追われた。ザクロにも二人の消息は分からなかったという。
「彼に再会したのは、それから数年後。アリスとビョルンの間には、すでにお前がいた。あたしはどうしても……どうしてもお前が憎かった……」
ザクロはアリオトの頬を両の手で包んだ。
「あたしは、お前も知っての通り、心は女でも体は男さ。どんなに望んだって、あたしには彼の子供を身籠ることはできなかったんだよ」
アリオトの目に、また涙がみなぎった。
「お前はね、あたしに初めて会った時、こう言った……『おじさん、どうして女の人のふりをしてるの?』ってね」
それを聞いたアリオトは、ハッとしたように潤んだ瞳を見開いた。そしてザクロにすがるようにして言った。
「ごめんなさい、ザクロさん。僕は、なんて残酷だったんだろう」
ザクロはアリオトの視線を避けるように顔を背けた。
「あなたが僕を疎んでいるのは気付いてた。でも、それが何故なのか、僕にはどうしても分からなかったんだ」
ザクロの表情は、俺からはよく見えなかった。
「僕はばかだ……あなたの悲しみを理解しようともしないで、あなたに愛されないことを不思議に思うなんて」
「いいや、違う」
ザクロは不意に太い声で言うと、再びアリオトの方を向いた。アリオトは驚いたように口をつぐんだ。
「そんなことを言わないでおくれ、アリオト。あたしが間違っていたんだ」
「ザクロさん……」
「ねえ、アリオト。ビョルンが今のあたしたちを見たら、どんなに悲しむことだろう」
ザクロは、震える手でアリオトの髪を撫でた。
「帰って来ておくれ、アリオト。あの人の残した家で、もう一度、お前の“母”をやり直させておくれ……」
その時、俺の横にいたプリッツがフイと窓の隙間から外へ飛び出していった。
俺も我に返った。つい、ザクロの話に聴き入ってしまっていた。
********************
プリッツは変身を解いて、屋根の上に座り込んでいた。
「どうした?」
「僕、ザクロに悪いことした」
「は?」
「ザクロはオトを探しに行こうとしたのに、僕が邪魔したんだ」
俺はため息をついた。やっぱり騙されてる。
「別にいいじゃねえか。お前のサプライズのおかげで、結局二人はおちあえたんだし」
「でも僕は、卑しい人間たちと同じようにザクロの見た目をバカにしたし、意地悪をしたし、ババアって呼んだし……」
「あのなあ、あれは全部作り話だぜ」
「ビョルンの話も?」
プリッツは涙目で俺を見た。
「僕……ザクロはアリスちゃんのお父さんを本当に愛してたんだと思うよ」
それはまあ、そうかもしれない。あれが演技だとは俺にも思えなかった。
「アリスちゃんのこと、これからは大事にしてくれそうだね」
「いや……多分、そうはならない」
俺は、やつが悪びれもせず、無言でアリスの髪を抜いた場面が忘れられない。ああいう無意識の行動にこそ人間の本性は現れるもんだと俺は思う。
「ううん。きっと、大丈夫だよ。今回の事をきっかけに、ザクロさんはアリスちゃんの大切さに気がついたのさ」
オトといい、こいつといい、本当にお人よしすぎて心配になる。
「人はそんなにすぐには変わらない」
俺はプリッツの隣に腰掛けた。
しばらく俺たちは黙っていた。
「でも……アリスちゃんは、帰るっていうだろうね」
ぽつりとプリッツが言った。
「そうだろうな」
俺は言った。
天気の良い朝だった。樹氷が日に当たってキラキラ溶け、松の香りの水滴が、俺たちの顔を濡らした。
「行かせるの?」
俺はポケットの中で、アリオトの魂の花をそっと握りしめた。
「ああ、行かせる。止めたって聞かないだろうからな」
「それでいいの?」
俺は、こいつたちと違って、ザクロの涙は嘘だと思ってる。アリオトを屋敷に帰らせるのは、そのことに気付かせるためだ。
「オトは傷つくだろうけど、自分でザクロの嘘に気付かせるしかない。俺たちはその時を待とう」
待つにしたって、そう時間はかからないだろう。きっとアリオトはすぐに、自分から森に帰ってくるだろう。
「と、いうわけで。また留守番頼んだぜ」
「ええっ?」
「俺はしばらくオトに付いてなきゃ。何かあったら知らせるから」
プリッツの髪についたしずくを払ってやる。プリッツは頬を膨らませていたものの、やがて可愛く目を閉じた。
俺たちがひさびさの長いキスを交わしていると、小屋の扉が開く音がした。
アリオトが庭に出てきて、辺りをキョロキョロ見回している。
「オト!」
俺は短く口笛を吹いた。
アリオトは屋根の上の僕らに気付き、ほっとしたように手を振った。
********************
「ホクトくんの様子を見に屋敷に行かなくちゃならないんだ」
ホクトというのはオトの義理の兄だ。
「僕のことをすごく心配して、病気になっちゃったらしいんだ。だけどザクロさんに反発して、薬も飲まないし、何も食べないんだって……」
ザクロから庇うためだと言って、義理の弟に女装をさせた兄。妖精の勘では、おそらくマザコンでアホでエロい男のような気がするのだが、アリオトは慕っているようだ。
病気というのも眉唾だ。単にザクロが、兄の病をでっち上げ、アリオトをこの森から連れ出すための餌にしているのかもしれない。
「ホクトくんを安心させたら、僕はここに戻るから」
「構わないぜ」
あっさりと俺は言った。アリオトはパッと顔を輝かせた。
「ただし、三日間が限度だな」
「うん、分かった」
「一つ条件がある。ザクロに内緒で俺も連れて行くこと」
「ピノも来てくれるの?」
アリオトは嬉しそうに言った。
「どうも危なっかしいからな。でもザクロには言うなよ。警戒されたくない」
「うん、わかった」
「俺たちは、森を出ると月がない限り魔法が使えない。昼は、オトに何かあっても助けられない。それでもいいか」
「うん、十分だよ……本当にありがとう」
俺が無言で腕を差し出すと、アリオトは微笑んで、俺をぎゅっとハグしてくれた。
「ねえ、アリスちゃん? 僕はその間、一人で留守番しててあげるんだからね」
プリッツはなんとかアリオトに感謝されようと口を挟んだ。アリオトはプリッツにもぎゅっと抱きついて感謝した。
「わかるかい、アリオト。その日からあたしの世界の中心はあの人だった」
ザクロはさっきまでの奇妙な猫撫で声を忘れたように、今は低い地の声で語っていた。
「ビョルンはあたしを友人として大切に扱ってくれた。お前の母のアリスに出会うまでは……」
ビョルンは、王妃の侍女であるアリスと身分違いの恋におち、そのことで王宮を追われた。ザクロにも二人の消息は分からなかったという。
「彼に再会したのは、それから数年後。アリスとビョルンの間には、すでにお前がいた。あたしはどうしても……どうしてもお前が憎かった……」
ザクロはアリオトの頬を両の手で包んだ。
「あたしは、お前も知っての通り、心は女でも体は男さ。どんなに望んだって、あたしには彼の子供を身籠ることはできなかったんだよ」
アリオトの目に、また涙がみなぎった。
「お前はね、あたしに初めて会った時、こう言った……『おじさん、どうして女の人のふりをしてるの?』ってね」
それを聞いたアリオトは、ハッとしたように潤んだ瞳を見開いた。そしてザクロにすがるようにして言った。
「ごめんなさい、ザクロさん。僕は、なんて残酷だったんだろう」
ザクロはアリオトの視線を避けるように顔を背けた。
「あなたが僕を疎んでいるのは気付いてた。でも、それが何故なのか、僕にはどうしても分からなかったんだ」
ザクロの表情は、俺からはよく見えなかった。
「僕はばかだ……あなたの悲しみを理解しようともしないで、あなたに愛されないことを不思議に思うなんて」
「いいや、違う」
ザクロは不意に太い声で言うと、再びアリオトの方を向いた。アリオトは驚いたように口をつぐんだ。
「そんなことを言わないでおくれ、アリオト。あたしが間違っていたんだ」
「ザクロさん……」
「ねえ、アリオト。ビョルンが今のあたしたちを見たら、どんなに悲しむことだろう」
ザクロは、震える手でアリオトの髪を撫でた。
「帰って来ておくれ、アリオト。あの人の残した家で、もう一度、お前の“母”をやり直させておくれ……」
その時、俺の横にいたプリッツがフイと窓の隙間から外へ飛び出していった。
俺も我に返った。つい、ザクロの話に聴き入ってしまっていた。
********************
プリッツは変身を解いて、屋根の上に座り込んでいた。
「どうした?」
「僕、ザクロに悪いことした」
「は?」
「ザクロはオトを探しに行こうとしたのに、僕が邪魔したんだ」
俺はため息をついた。やっぱり騙されてる。
「別にいいじゃねえか。お前のサプライズのおかげで、結局二人はおちあえたんだし」
「でも僕は、卑しい人間たちと同じようにザクロの見た目をバカにしたし、意地悪をしたし、ババアって呼んだし……」
「あのなあ、あれは全部作り話だぜ」
「ビョルンの話も?」
プリッツは涙目で俺を見た。
「僕……ザクロはアリスちゃんのお父さんを本当に愛してたんだと思うよ」
それはまあ、そうかもしれない。あれが演技だとは俺にも思えなかった。
「アリスちゃんのこと、これからは大事にしてくれそうだね」
「いや……多分、そうはならない」
俺は、やつが悪びれもせず、無言でアリスの髪を抜いた場面が忘れられない。ああいう無意識の行動にこそ人間の本性は現れるもんだと俺は思う。
「ううん。きっと、大丈夫だよ。今回の事をきっかけに、ザクロさんはアリスちゃんの大切さに気がついたのさ」
オトといい、こいつといい、本当にお人よしすぎて心配になる。
「人はそんなにすぐには変わらない」
俺はプリッツの隣に腰掛けた。
しばらく俺たちは黙っていた。
「でも……アリスちゃんは、帰るっていうだろうね」
ぽつりとプリッツが言った。
「そうだろうな」
俺は言った。
天気の良い朝だった。樹氷が日に当たってキラキラ溶け、松の香りの水滴が、俺たちの顔を濡らした。
「行かせるの?」
俺はポケットの中で、アリオトの魂の花をそっと握りしめた。
「ああ、行かせる。止めたって聞かないだろうからな」
「それでいいの?」
俺は、こいつたちと違って、ザクロの涙は嘘だと思ってる。アリオトを屋敷に帰らせるのは、そのことに気付かせるためだ。
「オトは傷つくだろうけど、自分でザクロの嘘に気付かせるしかない。俺たちはその時を待とう」
待つにしたって、そう時間はかからないだろう。きっとアリオトはすぐに、自分から森に帰ってくるだろう。
「と、いうわけで。また留守番頼んだぜ」
「ええっ?」
「俺はしばらくオトに付いてなきゃ。何かあったら知らせるから」
プリッツの髪についたしずくを払ってやる。プリッツは頬を膨らませていたものの、やがて可愛く目を閉じた。
俺たちがひさびさの長いキスを交わしていると、小屋の扉が開く音がした。
アリオトが庭に出てきて、辺りをキョロキョロ見回している。
「オト!」
俺は短く口笛を吹いた。
アリオトは屋根の上の僕らに気付き、ほっとしたように手を振った。
********************
「ホクトくんの様子を見に屋敷に行かなくちゃならないんだ」
ホクトというのはオトの義理の兄だ。
「僕のことをすごく心配して、病気になっちゃったらしいんだ。だけどザクロさんに反発して、薬も飲まないし、何も食べないんだって……」
ザクロから庇うためだと言って、義理の弟に女装をさせた兄。妖精の勘では、おそらくマザコンでアホでエロい男のような気がするのだが、アリオトは慕っているようだ。
病気というのも眉唾だ。単にザクロが、兄の病をでっち上げ、アリオトをこの森から連れ出すための餌にしているのかもしれない。
「ホクトくんを安心させたら、僕はここに戻るから」
「構わないぜ」
あっさりと俺は言った。アリオトはパッと顔を輝かせた。
「ただし、三日間が限度だな」
「うん、分かった」
「一つ条件がある。ザクロに内緒で俺も連れて行くこと」
「ピノも来てくれるの?」
アリオトは嬉しそうに言った。
「どうも危なっかしいからな。でもザクロには言うなよ。警戒されたくない」
「うん、わかった」
「俺たちは、森を出ると月がない限り魔法が使えない。昼は、オトに何かあっても助けられない。それでもいいか」
「うん、十分だよ……本当にありがとう」
俺が無言で腕を差し出すと、アリオトは微笑んで、俺をぎゅっとハグしてくれた。
「ねえ、アリスちゃん? 僕はその間、一人で留守番しててあげるんだからね」
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