氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十二章 森のほとり

5 赤い爪と黒いドレス

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5 赤い爪と黒いドレス



「僕は……なんで……ザクロさんになってるの」

 一足ごとに、雪がめっちゃくぼむ。
 あれ? あれ?
 なんでこんなことになったんだっけ?

「大丈夫ですか、奥様?」
「マフ……」

 マフにすがって屋敷までの道を歩きながら、僕はこれまでの事を必死で思い出そうとした……。

「ごめん、ちょっとまって、マフ!」

 領主様の指輪がどこにもないのが、やっぱりどうしても気になった。

 立ち止まって身体のあちこちを触ったり、黒いドレスをバサバサやったりする僕を、マフは恐ろしそうに見ている。

「うう、あと見ていないのはここだけか……」

 僕は襟ぐりを広げ、おそるおそる胸の谷間に手を伸ばした。マフは慌てて空を見上げた。これはどういう状況なんだ。夢にしても、なんてえぐい夢だろう。

「ザクロさんごめん!」

 いくら探っても、ツヤツヤしたザクロさんのナイスバディがあるだけだ。

「やっぱりない……」

 つぶやいて顔を上げる。僕の目には涙が込み上げた。

「と、とにかく屋敷へ参りましょう奥様。馬から落ちて、頭を打たれたのでしょう。少し休まれた方がいい」
 
 マフは優しかった。僕は頷くとまた雪の道を歩き出した。

 領主様がくれた、大事な指輪。どうしても手放せずに持ちあるいていた愛の証。

 少し落ち着いて、これまでのことを思い返してみよう……。

 僕の記憶は混濁していた。なんでこんなところで寝てたんだっけ? どうしてザクロさんの姿になったんだっけ?

 指輪をもらった昨日の甘い思い出と、その後やってきた怒涛のような苦い後味。ぐるぐる混ざって、僕を混乱させる。

 そういえば、さっきまで僕のそばにはピノがいたはずなのに姿がない。

「ねえマフ、僕の倒れていた近くに、白いイタチはいなかった?」
「い、イタチですか? さあ? そんなものは見ませんでしたがね」

 マフは首を振った。

「こんなのが落ちてたくらいで」

 マフの手には二つの使い古した火打石があった。

「……ピノなの?」

 僕は小さく石に向かって囁いた。

「おーい、ピノ?」

 石は無言で黒々と光っている。

「いつもの可愛い生き物になったらどう? フクロウもよかったし、イタチも素敵だったけどな」

 ピノは頑なに動かない。そこまで石でいたいなら、僕には強制できないけど。なんせ反応がなくて心細いんだ。この石が本当にピノなのかすら疑問だ。

「石じゃあ意思疎通が出来ないじゃな……」

 僕は必死で声をかけていたんだけど、ここでちょっとダジャレみたいになってしまったことに気が付いた。

 案の定、マフは顔を歪めながら僕を見ていた。僕は赤面した。

「た、たまたまだよ。ダジャレじゃないからね」

 マフは曖昧に頷き、目を泳がせた。僕は、はっとする。マフは僕の寒いダジャレに怯えていたわけではなさそうだ。

 僕は今、雪でびしょ濡れのザクロさん。それがいきなり石と話し出したのだから、マフが怖がるのも当然だった。

 僕は咳払いして火打石をポケットにしまった。

「待たせたね、行こう」

 ザクロさんの口調を真似ながら僕は言った。状況がはっきりするまでは、ザクロさんのフリをしておこう。その方がマフが安心しそうだったから。

 目の前には、懐かしい屋敷のシルエットが浮かびあがってきた。

 空には朝日が顔を出していた。どっちにしろ、ピノは月が出ないと森の外では変身を解けないんだ。

 念の為、しばらくはこの石を肌身離さず持っていることにした。

 さすがに石になんか変身しない気もする。ピノはやっぱり気が変わって、プリッツの待つ森に帰ってしまったのかもしれない。

 とりあえず、月が出るまで捨てないで、お守りがわりに持っておく。



***************



「さあさあ、おかけください。メアリに言って、すぐに何か温まるものを持って来させますよ」

 マフは僕の大きな身体を毛布で包み、暖炉の前のソファに座らせてくれる。

「うわあ、あったかい……ありがとうマフ」

 お礼を言っただけなのに、マフはギョッとしたように目を見張り、身震いした。

 あっ、この反応。僕はまたザクロさんらしくないことを言っちゃったらしい。

「あったかい……けど、まだまだ寒いぞ」

 僕は取り繕うように、できるだけザクロさんぽくツンツンしてみる。

「き、着替えた方がいいでしょうな。とにかくメアリ……メアリを呼んできますです」

 マフは後退りしながらそう言うと、部屋から飛び出して行った。そんなに怖がらなくてもいいのに……。

「あっ、着替えなら男物を……」

 思わずいいかけて、やっぱり口を閉ざす。

「でも、ザクロさんならドレスかな」

 僕はザクロさんのツヤツヤに手入れされた爪を見た。唐辛子みたいに、鮮やかな赤。長く鋭くて、猫の爪みたいだ。

 ザクロさんは僕と違って、すごくおしゃれな人だった。でもなぜか華やかな色のドレスは着ない。ドレスはいつも黒。デザインだけがいつも違った。シンプルだけど、立体的で、動くたびに不思議な余韻を残すドレスたち。

 揺れ方は、ドレスによって違うんだ。海の中の魚みたいだった。ある日は金魚、ある日はウツボ、ある日はクラゲ、ある日はタコ。僕はそのドレープの揺れ方を思い出す。

「ちょっと、着てみたいかも」

 ザクロさんの身体でしか着れないドレス。それに袖を通せることを、どこか楽しみにしてる僕がいた。

 メアリに会うのも久々だ。メアリはどの衣装を持ってきてくれるだろう。

 懐かしい居間。たった数日離れていただけのはずなのに、こんなに違って見えるなんて。

 身体は僕の意志と関係なく小刻みに震えている。

「それにしても、どうしてこんなことになったんだっけ?」

 ドレスのことなんか考えてる場合じゃないのに。赤い爪に、黒いドレス。考えるだけで、心が勝手にときめいてる。

「ドレスのことでワクワクするなんて……僕は本当にザクロさんになっちゃったのかな」

 以前の僕には硬すぎた一人がけの大人のソファ。今は僕のお尻と背中を受け止めて、しっくり馴染んでいる。頑丈で、しなやかで、安心してもたれられる。こんなに心地のいいソファだったんだ。

 ぼんやりと暖炉の炎を眺めながら、僕は領主様の温もりを思い出していた。

「領主様が今の僕をみたら、なんて思うだろう」

 今の僕が領主様と抱き合っても、同じように温かいだろうか。気持ちいいだろうか。

「おえ……」

 領主さまがザクロさんと抱き合うなんて、想像も出来なかった。考えたくない。

「いや、そもそも僕だって分からないか」

 領主様も、さっきのマフみたいな目で僕を見るのだろうか。

「それは、やだな……」

 ぼくはため息をついて、目を閉じた。ちょっと眠ろう。目が覚めたら、このおかしな夢も終わっているはずだ。














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