氷の森で苺摘み〜女装して継母のおつかいに出た少年が王子に愛される話〜

おりたかほ

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第二十五章 昼の森

3 白馬の王子様(妖精視点)下

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3 白馬の王子様(妖精視点)下




 王子様の姿はみるみる変化していった。

 節々が膨れて歪んでいく。骨が軋んで肉が縮み、内臓が動いている音がする。息が詰まるらしく顔を歪めている。

 シマエナガは怖がって、天井の梁の裏に隠れてしまった。

 ねじくれ果てた王子様は、しばらく床にぐったりと倒れていた。恐ろしい静寂のあと、王子様はその顔をもたげた。

「……」
「うわー、斬新な形態だね」

 その姿は全くの別人。自分でかけた呪いだったけど、流石にここまでとは思ってなかった。

「立てる?」

 王子様はよろよろと立ち上がり、中腰の状態で呆然と揺れた。それ以上腰が伸びないらしかった。

「なんか喋ってみ。君の名前は?」

 ヒキガエルがちゃんと出てくるか試してみたくて、僕は色々話しかけた。だけど、王子様はポカンとして僕を見るだけ。口はだらんと開いていて、知性のかけらもなかった。

「んー、もしかして、ちょっとやりすぎた?」

 天井から舞い戻ってきたシマエナガは、僕の肩に止まってぴいぴい言ってる。王子様になんてことをしたのかって、怒ってるんだ。

「仕方ないだろ。これはそういう賭けなの」

 王子推しのシマエナガは僕を責める。王子様を騙したのなんのと、人聞きの悪いことまで言う。

「そんなことないよ。試練を乗り越えたら、アリスちゃんは王子様のものだし、姿だって、ちゃんと元に戻れるんだから。後は王子様が頑張ればいい話だ」

 とか言いつつ、ちょっと王子様に不利な条件が多すぎたかもしれないとは僕も思う。

 三日で足りるか? いくらアリスちゃんでも、こいつの姿を見たら逃げ出してしまうだろう。恋愛どころの話じゃない。

「ま、まあ、なんとかなるって。その姿、僕は好きだよ? ぐんと個性的になった。愛嬌があってユニークな人は、異性にも同性にもモテるんだから。ね、王子様」

 シマエナガのジト目を無視して、僕は王子様をファラダのもとに連れていった。変わり果てた姿を見て、さすがのファラダも、野生のいななきを漏らした。

「アリスちゃんのところへ、連れていってあげて」

 この怪物くんが王子様であることは、言わなくてもちゃんとわかるようだった。僕が彼を背中に乗せようと四苦八苦している間も、賢いファラダは平静を保ち、大人しくしていた。

 一方の王子様は、赤ちゃんみたいに手がかかる。あぶみに足が届かない、手綱をにぎれない、お尻はずり落ちてくる。めんどくさくなって最後は魔法で押し上げた。

 彼らが迷わないように、森のほとりの屋敷まで、蛍を先導につけた。さらには特別サービスで、ファラダの行く先々では樹々やイバラがそっと動いて、道が開ける魔法をかけた。

 とりあえずアリスちゃんのそばには居させてあげるって約束だから。ここまですれば、後は自然に、王子様とアリスちゃんは出会うだろう。

 ファラダの姿が見えなくなると、僕はちょっとばかり疲れを覚えた。ベッドにばたんと倒れ、ぐっすり眠った。


***************


 ちくちくちく、と耳やら頭を攻撃されて、目が覚めた。シマエナガくんだ。

「ん……なんだよ、まだ昼間じゃんか」

 窓の外は白くうららかな光で満ちている。王子様を見送ってからまだ数時間しか経っていない。

 シマエナガはそれでも容赦なく僕をつんつん攻撃し、ベッドから追い立てた。

「なになになに」

 王子様が大変だって、騒いでる。

「王子様がどうしたのさ」

 ちょっと来い! と荒ぶる口調で言うとシマエナガは部屋を出て行った。なんだよ、ピノみたいな言い方してさ。僕は眠たい目を擦ると、同じくシマエナガに姿を変え、荒ぶるシマエナガくんについて行った。

 シマエナガくんについて飛ぶことしばし。川に沿って進む。僕は魚になって水に入ったり、カワウソになったり、瑠璃色のカワセミに姿を変えたりした。

「ねえねえ、どこまで行くのさ」

 とうとう森を出てしまったのだが。

「あのさ、シマエナガくん。僕は一応留守番を任されてる身なんだけど……」

 昼間に森を出るのは、あんまり気が乗らない。シマエナガくんはお構いなし。川面を見渡しながら飛び、何かを見つけて急降下した。

「なんだあれ」

 シマエナガくんの行き先に目を凝らしてすぐ、目的物が何かわかった。

「ちょ、勘弁してよ」

 王子様じゃんか。なんで溺れてるの。ここ、アリスちゃんの屋敷からはだいぶ遠いんですけど。

「おーい、王子様! しっかりして!」

 森を出てるから自分の変身も解けない。僕は今ちょうど、カワセミの姿。王子様の周りをキシキシ飛び回るのがせいぜいだ。

「何がどうなったらこうなるの。しっかり者のファラダはどうしたの」

 王子様が心配で跡をつけていたというシマエナガくんは、これまでの事を大急ぎで話してくれた。

 我が家を出てまもなく、森の中ほどでファラダが急に立ち止まった。そしてどういうわけだか、蛍の先導とは真逆の方向に進みだしたそうだ。

 シマエナガがそれを追うこと数時間。驚いたことに、森の中でアリスちゃんに出会ったのだそうだ。

「アリスちゃんに?!」

 ファラダの野生の勘か。はたまた王子の愛の力か。王子は見事、イバラに道を阻まれているアリスちゃんを見つけた。森を流れるこの川の、もっと上流の方だったという。

「へえ。しかしなんでアリスちゃんはそんなとこに居たんだろ。彼は屋敷にいるはずだよね」

 シマエナガは、自分にわかることしか喋らない。シマエナガくんが語るのはただ、無言でハアハアしながらアリスちゃんに近付く王子が、それはそれはキモかったということだけだった。

 アリスちゃんは、暗い森の中で自分に近付いてくるキモキモな男に気付いても、落ち着いた様子だった。逃げずに、優しい微笑を浮かべて、王子が馬から降りてくるのを待っていた。

「そうなんだ。さすがはアリスちゃん」

 そして王子に殴る蹴るの暴行を加えたうえ、川に突き落とし、ファラダにまたがると、イバラを抜けてシブヤの街へと駆けて行ってしまったのだそうだ。

「は?」

 僕は聞き返す。

「主語大事よ。シマエナガくん。誰が王子を殴ったって?」

 アリスちゃんが。と、シマエナガくんは言った。

 そして、嘆きの歌を歌いながら王子様の周りを十字を切るように飛び回りはじめた。

「待って、まだ死んだわけじゃないから。鳥族の弔いの儀式を始めるのはやめて」

 けど、このままじゃ王子様は本当に死んじゃう。事情は分からないけど、とにかく助けなきゃ。恋路の邪魔はしたって、殺すつもりはないからね。

 カワセミの姿じゃ助けられないから、まずは森に入ってこの変身を解こう。ガタイのいいおっさんか熊にでも姿を変えて、王子を水から担ぎ出そう。

 そう考えた矢先のことだ。まさに、僕が思い描いた通りのガタイのいいおっさんが、熊のように川をざぶざぶ渡ってこちらに来るではないか。

「大丈夫ですか?!」

 そんな声と共に、葦の枝を掻き分けて現れたのは、燃えるような赤い髪のおっさん。いや、おばさん。て、いうか!

「ザクロさん?!」

 僕とシマエナガくんは慌てふためいて岩陰に隠れた。

 ザクロは、その逞しい腕で王子様を土手まで引き上げた。仰向けにした王子様の顔を見て、明らかにびっくりしている。ああ、遠目に見てもぶくぶくにゆがんでる。溺死体と勘違いされるかも。

 僕とシマエナガくんはハラハラしながら王子様の無事を祈った。人間はとかく相手の見た目で扱いを変えるからな。あのアリスちゃんでさえこの怪物を川に突き落としたらしいし。ザクロのやつなら殺しかねない。

 ザクロはなにやらためらっていたが、不意に王子の上にかがみ込んで、彼の顔に、自分の顔を近付けた。

「え、なにして……」

 僕は思わずそばに寄った。シマエナガはげんなりして顔を背けたけど。

「き、キスしてない?」

 唇と唇が触れているように僕には見えた。びしょ濡れドレスのおっさんと死にかけのおっさんのキスだ。何が起きてるんだろうと、僕は目が点になった。

「ゴホッ!」
 
 突然、王子様が盛大に水を吐いて、意識を取り戻した。王子様の目の焦点が、次第に合っていく。

「あり……お……」

 さっきまで言語もわからなかった怪物が、喋った。ありがとうって言ったんだろう。なんだ良かった。喋れるじゃん。

「ウゲエッ!」

 次の瞬間、怪物くんの口からはおっきな白い泥みたいな生き物がぶるんと飛び出した。

「あっ、やった! ヒキガエル出たー!」

 僕は思わず、羽を広げてガッツポーズをした。

「これこれ。王子様にかける呪いといったらヒキガエルだよね。一度やってみたかったんだ」

 ふと横を見るとシマエナガがいない。風を感じて振り返った瞬間、シマエナガの黒いキュートな脚が飛んできて、僕の瑠璃色の頭を思いっきり突いた。僕はよろけて川に落ちた。

「おい、何するんだよ」

 僕がびちょびちょになって川からあがってきた時には、ザクロが王子様を抱え上げて馬に乗せていた。

「え、なになに? どうなったの」

 シマエナガくんは怒って何も教えてくれない。

 嫌がる王子様を馬に乗せて、ザクロは屋敷の方へと去っていった。

「ま、まさか取って喰われちゃうんじゃ」

 僕は体を振って水を払うと飛び上がり、二人の後を追った。

 王子様が心配で、僕、もう留守番どころじゃないや。ピノには悪いけど。






























 
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