「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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揃ったエージェントたちの報告会(3)

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『自分のテリトリーを持つ動物を考えてもらったほうが簡単だと思います。そこにもし数匹の動物がいたとしたら、必ず共食いが起こる……ブルードリームとレッドドリームは、強い攻撃性と共に殺意を持たせる仕組みを持った全く未知の薬なのです。どういった仕組みでそう働きかけられるのか、といった多くの事が不明なままですが、全く未知の凶暴な生き物が出来あがるのは確かです。しかも、後者の新しいブルードリームの方が、殺人衝動が遥かに強く出ています。もし、新しいブルードリームが白鴎学園内にとどまっているのなら、そこで歯止めをかけるべきだと我々研究班は考えています』

『薬の解明よりも、それを消しさることが最優先になる』

 ナンバー1が口を挟み、キッシュが『その通りです』と言葉を締めくくった。

 今年の始めから東京で増えている違法薬物検挙者は、覚せい剤が含まれる薬に見たこともない成分が配合されている、と検査を行って初めて確認されたところでようやく、ブルードリームを摂取していたというのが判明しているような現状である。

 そのため、特殊機関技術室ではその成分が反応する薬剤を探し、簡単に見分けられる製品機器開発に追われていた。研究室では、覚せい剤を薄める砂糖類やカフィン以外の成分検出が進められている。

『化け物のような人間を作り上げることが目的なのかは分からん。ロシアの一件があるからな、早急に対処しなければならないだろう』

 ナンバー1は、その声色に警戒を滲ませた。

 四年前、ロシア北東部の村人が惨殺される事件が相次いだ。調べに入った者がすべて戻らず、ロシアの隠密暗殺部隊が軍隊と共に投入された。その雪に覆われた山岳から現れたのは、全身厚い体毛に覆われた生き物だった。

 無線では「狼男だ」と表現されたが、人体実験で八十人の浮浪者を殺したとして国際手配になっていた科学者のロディフスが、新たに構えた研究室で手を加えた人間たちであった。狼を兵器として造り直す、シベリアで起こった反政府組織によるウルフマン計画が移行したものである。

 狼男とされた殺人鬼は十六体あり、彼らの強靭な骨格は銃弾をも受け止めた。戦闘において知能が非常に高く、ロディフスの暗殺に成功してもなお、雪山での死闘が続いた。多くの優秀な軍人と軍事戦力が大打撃を受け、応援要請を受けた中国と日本の特殊機関も動いたのだ。

 日本からは、ちょうど仕事で近くにいた雪弥が選ばれた。彼が投入されたあと事件はようやく収まり、それ以来、各国ともにバオテクノロジーを駆使した犯罪組織の動きには敏感になっていた。


 しばらく、雪弥は尾崎を見つめていた。尾崎は微笑んだまま首を傾け、「実際、当時現場にいたあなたになら分かる出しょう」と口にする。


 雪弥は「そうですね」と思い出すように答えると、澄んだ声を強めてスピーカー越しに問い掛けた。

「薬の発生元は特定されたんですか?」
『レットドリームと呼ばれている物に関してはほとんど出回っていないが、お前についている第四暗殺部隊の者が、その学生に薬を渡した人間を特定し、そいつが乗っていた車がうちでマークしている組織の物であると特定した』

 だが、と彼は言葉を強める。

『表向き金融会社であるあの連中が、例の青い覚せい剤を学園に運んでいる痕跡は見付かっていない。恐らくだが、それに関しては、ヘロインを持って来る業者が直接渡している可能性がある。とすると、発生元は二つと考えた方がいい。確実に叩くためにも、同時に潰さないと厄介なことになるだろう』
「製造方法が流用している、ということですかね?」
『本当は製造元を特定したいところだが、何も分かっとらん。業者側がもともと調合もしていたのか、うちでマークしている人間のうちにそういった奴がいるのか……。調査は進めさせるが、こっちを野放しにしておくには危険がすぎる』

 もっと大きな組織が絡んでいる可能性は見えている。そこから繋がりを探せるのであれば、もしかしたら後ろで糸を引いているかもしれない、こちらの機関でさえ足跡を掴めていないグループや真相に辿り着ける可能性はあった。

 とはいえ、今すぐに、というのは希望的観測論だ。

 ここまで巧妙に足もつかない組織への対応を待って、既に浮き彫りになって活発的に動いている今回の事件の解決を先延ばしにするという選択はない。


『事件は早急に明るみに出てきたわけですが、俺としては、なんだか上手く動かされているような気がしてなりませんよ』


 キッシュが危惧するように言ったとき、黙っていた尾崎が、白い髭を乗せた唇を開いた。

「キッシュ君、今はこの状況をどう処理するのか考えるべきです。それによる一般被害者が出る前に、こちらで片づけなければならない。根元を断とうが湧きだして来る害虫は多い。それを潰すのが我々の役目です」

 心地よいテノールは、柔らかく尖って室内に漂う重々しい空気を漂わせた。しばらくしてナンバー1が『そうだな』と言っても、誰も声を発しなかった。

 尾崎が長い沈黙を置いた後、ひどく穏やかな微笑をたたえた。自分が所属する前には退職しているはずの彼は、現役当時と変わらぬ威厳と能力を維持していると直感的に悟り、雪弥は「やれやれ」として言った。

「尾崎さん、すごく怒ってますよね?」
「ふふふ、いいえ、ナンバー4。私は至って冷静ですよ」
『……教官、声だけでも怒っているのが丸分かりです』

 尾崎は長くたくわえた眉をそっと、困ったように寄せて笑った。

「そんなことはありません。きちんと、ナンバー1が考えてくださっているでしょうから」

 すべてのエージェントが分かっていることを尾崎は述べた。特殊機関のトップに立つ男は、決して判断を誤らない。雪弥もそれを知っていた。彼が機関をまとめているからこそ、すべての決断や判断を任せられるのである。

 雪弥は、壁にかかった時計を見て立ち上がった。話し合ってから十五分が経っていることに気付いたのだ。そろそろ切り上げどきだろう。

『潜入しているエージェントからの情報で、明日にも取引きが行われると分かった。ブルードリーム使用者も同じ時間帯、学園に集まることが判明している。はっきりとした時刻は確認しだい、他の情報に関しても入手してまとめて知らせる。それまでにはすべてが決まっているだろう。――話は以上だ』
「了解」

 緊張もなく雪弥は答え、椅子に腰かけたままの尾崎に向き直った。そばに控えていた岡野が何も言わずに歩き出し、先に扉へと進む。

「じゃあ、僕は行きますね」

 先日ナンバー1から『片足をやられて退職した』とは聞いていたので、雪弥は彼に起立を促したり握手を求めたりはせず、あっさりとそう言った。

 この部屋に訪れてから、尾崎が一度だってその椅子から立ち上がってはいない事については、おおよその推測は立っていた。彼は当時と変わらない能力を持ちながら、しかし、その片足はそれを上回るほどに、本来であれば重症なのだあろう。

 恐らくは、普通の人であれば歩けないほどの何かであるのかもしれない。それを彼は、持ち前のポーカフェイスと気力と、――時間をかけた訓練で『一般的な歩行』を一時的に可能にしているにすぎない。

 雪弥が労うように微笑むと、尾崎が「優しいですねぇ」と言って、感謝するような眼差しで微笑み返した。

「生徒としてのあなたと会うことは、恐らくもうないでしょう。しばらくお別れです、ナンバー4。あとは、あなたのような若い方々に頼みましょう」
「そうですね、僕が高校生としてあなたの前に立つのは、これが最後だと思います。しばらくさようなら、尾崎さん」

 それから数秒間見つめ合い、雪弥は踵を返して歩き出した。


 部屋中の壁から微弱な振動と連続した金属音が上がった後、岡野がスイッチでも切り替えたかのように、「事務員の岡野」に戻り、ぎくしゃくした動作で扉を押し開けた。
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