「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

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目撃した少年たちは、動き出す(1)

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 途中の信号で時間を取られて、暁也と修一は少しの間二人を見失ってしまった。彼らが歩いて行った方角から、もしやと思ってゲームゼンターのあたりに向かってみると、人目から隠れられるその裏手に常盤と雪弥はいた。

 ようやく声が聞こえる位置まで入りこんだところで、常盤が彼に違法薬物を押しつけて「今夜放送室に来て」と待ち合わせ時間を告げたのを目撃した。

 視線の先で常盤が弾くように動き出した瞬間、二人はギクリとして、反射的にその場から駆け出していた。そのまま全力疾走で大通りの人混みへまぎれると、他に話し合いの場所など思い付かず、歌うわけでもなくカラオケ店の一室に入った。

「なぁ、どうしよう。思わず逃げてきちゃったけどさ……」

 個人的に常盤を知らない修一は、彼が違法薬物を所持していたことに驚きを隠せないでいた。先日、暁也から「ヤバい事してるぜ」とは言われていたものの、まさかここにきて違法薬物が出てくるとは思わなかったのである。

 もともと常盤の素行について知っていた暁也としては、雪弥が目をつけられた事に焦っていた。勉学に効果があるという誘い文句を思い出すと、進学校から来て勉強に悩んでいる雪弥を、三学年トップの常盤が誘うのもおかしくないのかもしれないが……

「あいつ頭良いけど根が甘いからな、行きそうな気がする」

 彼が強く何かを反対したりするところを見た事がないせいで、余計に気になって仕方がない。雪弥は、あまりにも優し過ぎる少年だと思うのだ。

 常盤はどこか「自分は偉い」と他生徒を見下す傾向を持っているところがあり、暁也は彼のそういうところも嫌いだった。白鴎学園で一人浮いていた常盤が、話しかけ易く頭の良い雪弥を「自分の友人に相応しい」として気に入ったのではないかと勘ぐると、ますます嫌な気持ちが込み上げる。

 白鴎学園一控えめな本田雪弥は、不思議と誰からも好かれた。修一のように運動派で無駄に元気な生徒だけでなく、一癖ある生徒も、彼となら普通に話しを交わした。雪弥は言葉数が多いわけではないが、話し掛ける時も話しかけられた後も、不思議と心地良い余韻を残す少年であった。

 雪弥は、合同で体育の授業を受けている四組の生徒にも好評だった。西田は「この俺にサッカーで挑んでくるとは笑いが止まらんよ!」「くそぉ、俺はお前が嫌いだ!」とも断言したりしたが、一階食堂で修一や暁也と顔を合わせる度に、雪弥のことを尋ねてくる。

 今日の昼休みは、「本田雪弥にこの俺が焼きそばパンを恵んでやろうと思ってな!」と言い、焼きそばを単品で購入した修一と走り回っていたほどである。

「つか、常盤どこで薬物を買ったんだろ」
「さぁな、相当遊んでるんなら、知り合いからって口じゃね?」

 しばらく二人は話し合い、夕刻の六時前にようやく結論を出した。

「常盤ってやつもさ、きっとなんか理由があってやってるのかもしれないし、薬物は危ないって教えたらやめてくれるんじゃないかと思うし」
「お前は相変わらず頭の中が平和っつうか……。まぁいいか。あの馬鹿正直は絶対行くだろうから、俺たちで先に常盤の野郎と話をつけるぞ」

 約一時間半の話し合いで、雪弥が放送室に到着する前に、二人で常盤と対峙しようという事が決まった。夜十時過ぎまでに学校に忍び込む作戦である。

             ※※※

 暁也は修一と別れた後、第一住宅街にある自宅へと向かった。

 第一住宅街は茉莉海市の北側に位置しており、一軒家が多く立ち並ぶ高級住宅街である。大通りから真っ直ぐ続く道路は緩やかな坂道に変わり、広い敷地を持った家がずらりと続く。その中腹に佇む、一番広い敷地に建つ三階建ての一軒家が金島家である。

 金島家の部屋数は十あり、美しい庭は専用の庭師が定期的に手入れを行っていた。家は西洋の煉瓦造りで、下の階が一番広く間取りを取られている。二階には広々としたテラスが設けられ、そこを避けるように作られた三階部分に、暁也の部屋と両親の寝室があった。

 自動扉が設置された車庫には、車四台分の駐車スペースが設けられていた。去年自動二輪の免許を取った暁也のCB四百のバイク、母が使っているスタリオンの赤いスポーツカーがある。一台分の間を開けて、父が仕事外で使用しているメルセデス・ベンツのE300もそこにはあった。滑らかな光沢を放つ白い車は、七百八十万円もする高級車だ。

 暁也は家に着くと、台所で料理を作る母を横目に、まずは自分の部屋へと上がった。途中「お帰り、アキ」とリビングから声を掛けられ、足を止めて「ただいま」と柔らかく答える。

 暁也の部屋は家の東側にあり、十五畳分の室内には大きなベッドと勉強机が置かれていた。埋め込みタンスに他の私物をしまっているため、一見するとベッドと机、難しい本が並ぶ本棚ばかりで殺風景だ。

 暁也は、鞄を放り投げてベッドに腰かけた。「違法薬物か」とぼやき、ボリュームのある寝台へそのまま身体を預ける。

 高い天井一面には十二星座の蛍光絵画が張られており、電気を消すと小さなプラネタリウムが視界に広がる仕掛けになっていた。覚せい剤、麻薬と改めて考えたところで、やはり暁也は、常盤に強い嫌悪感を覚えた。夜遅くに雪弥を呼び出す、という手口も気に入らない。

 そのとき不意に、閉まっているはずの学校放送室で待ち合わせということに疑問を覚えた。

「……そもそも、なんで学校なんだ?」

 暁也は考えたが、途中母に呼ばれて思考をそこで止めた。さっと手早く私服に着替えると、急ぎ足で一階へと降りた。


 リビングには、普段と変わらず二人分の食事が広げられていた。母と暁也、二人の食事風景はいつものことだった。父がいないことの方が、暁也には居心地が良い。


 高知市にある高等学校の二年生だった頃、彼は校内で暴力事件を起こした。一年生の女子生徒に手を上げた三年の不良集団が気に食わず、そのまま一人で全員を病院送りにしたのだ。

 遠巻きに見ているだけで、助けもしない学生たちに腹が立った。不良集団と、そこで起こっている悪行に見て見ぬ振りを決め込む教師たちに怒りを覚えた。気付いた時には、女子生徒に手を上げた先輩学生を殴り飛ばしていた。

 ようやく浮き彫りになった校内の風紀乱れと苛めの実態を、学校側は暁也が悪いと主張して自分たちの立場を守った。不良集団リーダーの父親が、県議員だったことが理由だった。

 暁也は権力も不正も嫌いだった。人間関係や縛られる生活よりも、ならばと一人でいることを選んだ。

 しばらく擦れ違いなっていた父と、あの事件を起こしたときまともに顔を合わせた。暁也は校長室で彼に「こんなときに父親面してんじゃねぇよ」と言い掛けて、不意に言葉が詰まった。悪に正面から立ち向かう父の威厳溢れる顔が歪むのを見て、まるで自分のすべてを拒絶されているように感じた。

 どうせ何を言っても、俺の話なんて聞いてくれねぇんだろ?

 中学生までほとんど接したことがなかった父は、暁也にとって「父親」という名の男にすぎなかった。なのに呼び出された校長室で父の顔を見たとき、たった一人の父と子なのだというものを眼差し一つで感じさせられたような気がして、一瞬、呼吸も忘れるほど胸が詰まったのだ。

 理由も分からず怒りが身を潜め、暁也はそれ以降父を避けるようになった。父を見掛ける度に、まるで被害妄想のように、その顔に「恥を知れ」という自分がもっとも見たくない表情が浮かぶのを想像した。
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