「蒼緋蔵家の番犬 1~エージェントナンバーフォー~」

百門一新

文字の大きさ
100 / 110

学園を囲った檻~藤村×富川×尾賀×李~(2)

しおりを挟む
 藤村が「俺の仲間だって殺し屋ぐらい」と愚痴りだしたとき、「なんじゃい尾賀!」と雷が落ちるような強い叫びが上がった。

 そこにいたのは、尾賀と同じぐらい小さな背丈をした老人だった。小麦色の肌を真っ赤に染め上げて、荒々しく歩いてくる。

 彼は、今回中国からヘロインを運んできた自称科学者の李(り)だった。いつも狭い肩を怒らせ、白衣に包まれた身体は、脂肪が詰まった腹を突き出している。顔や首、手先は皮膚が垂れて痩せ細った印象はあるが、衣服で隠れた背中も腕も太腿も丸い。

 李は依頼通りの麻薬を配合できる闇の売人である。中国人だった亡き父を尊敬しており、顔も分からない母方の日本人名ではなく「李」を名乗っていた。母親の血筋が強いため、容姿も皮肉を叩く口調もまるで日本人にしか見えない。中国の血が強く出ている尾賀を、なんとなく嫌っている老人である

「お前のせいでこけたぞ! 埃まみれじゃわい!」
「短い足を滑らせただけじゃないかね」
「短足ブサイクのうえ似非中国人のお前に言われたかないわい!」

 李が怒りをぶちまけている間に、藤村が「背中に埃がついてますね」と何食わぬ顔でそれを払い落した。李は悪くもなさそうにちらりと視線を滑らせ、ぶっきらぼうに「謝謝」と言ったあと、勢い良く富川と尾賀を振り返った。

 李は下手(したて)に出る人間が嫌いではない。むしろ、人間は自分を一番に優遇するべきだという考えを抱いていた。それさえ知っていれば扱いやすい。

 藤村は李の感謝の意もこもらない声に「いいえ、別に」と上辺だけで答えた。べらべらとうんざりするほど長話をする尾賀より、李が幾分かマシだと思っていたのだ。

 こっちはいつも働かされてんだから、話し相手はてめぇでやれよ富川。

 藤村の視線の意味にも気付かず、富川は一方的に李の怒号を浴びせられた。

「ネズミがどうした! ヘロインの数量があってるかじゃと? そんな事どうでも良いことじゃわい! その侵入して邪魔しようとしている奴らというのは、わしの実験体共を横取りしようとしているんじゃないだろうな!」
「あの、李さん、落ち着いて下さ――」
「これで落ち着けるか馬鹿者が! あの人間どもは誰にもやらんぞ! あれはわしの物じゃ! 若く健康な実験体は滅多に手に入らんのじゃからな!」

 口を挟んだ富川は、罰が悪いように口をすぼめた。尾賀が「やれやれだね」と呆れ返った様子で口を開く。

「だからこそ、そのネズミを早々に処分しておこうと思っているね。検体を横取りされる可能性も低くはないからね、君のためを思って、私も十二体の駒を出してるね」

 李は、怪訝そうに皺を寄せて尾賀の部下へと目を向けた。二メートルの巨体に、細いサングラスを掛けた男たちは全員唇を強く引き結んでいる。特徴は大きな体格といかつい顔ばかりで、どれも似たり寄ったりの容姿であった。

「ふん、なるほどな」

 李は尾賀のトラックの奥に聞こえるよう「一号!」と叫んだ。彼は今回の取引で、用心棒兼部下を乗せた自分の改造大型トラックを一台だけ持ってきていた。引き取る学生を詰める運搬用として、別に二台のトラックを約束通り尾賀が用意してくれていたものの、その大きさが少々不満で、先程は出会い頭に言い合いの喧嘩になっていた。

 富川から実験体は三十六人だと聞いて、李はいつも以上に気が入り、今回は船に乗せていたすべての部下を引き連れての出動だった。忍者のような服の上から白衣をはおった、異様な容姿の部下たちである。

 トラックの向こうから、李の部下の一人が跳躍するように素早くやってきた。男は大きく広がった胸部からの重さに耐えきれないように背を丸め、頭髪のない頭部に張り付いた耳を李に寄せた。

 李が中国語で短く囁くと、彼がだらしなく口を開いたまま頷く。長いガニ股の足をのそりと動かせたかと思うと、同じように跳躍を繰り返して、トラックの奥へと消えて行った。

「四肢は十分に弄ってある」

 李が誇らしげに言った。藤村は「化け物かよ」と喉元に上がった言葉を押しとどめた。自分に害がないと自負している富川は「心強いですなぁ」と、他人事に傍観を決め込む。

「さぁ、わしの部下十五人すべてがネズミの駆除に回ったぞ! お前の部下は十二人! これでじゅうぶんじゃろう。ヘロインは残った三人の手駒で勝手に運び出しておけ、ヘロインの数量は確かに注文道りじゃ、わたしは先に実験体を見てくる!」

 李は、そう尾賀にまくしたてたかと思うと、次に富川を振り返った。「さぁ、実験体共はどこにおる!」と喚く声に、富川は尾賀から離れる口実になると考えて笑みを浮かべた。しかし彼が「案内しますよ」というよりも先に、藤村がさっと李の前に進み出た。

「俺が案内しましょう」

 ヘロインを運び出す間、お喋りな尾賀が黙っているはずがないと藤村は知っていた。一度会ったあと、電話でも散々うんざりさせられていたからだ。だから今日の取引では、尾賀の相手を富川に押し付けることを決めていた。取引の後まで、話に付き合わされるようで嫌だったからである。

 ちっ、藤村め。

 富川は嫌々ながらも、去っていく藤村と李を見送ると、尾賀に愛想笑いを浮かべた。彼は満足げな表情で、大学校舎へと入っていく李の後ろ姿を見据えている。

「腕はいいんだがね、あの短気な性格はどうにもならんね」

 肉体を強化された三人の男たちによって運び出され続けている、純白のヘロインを眺めた。途中李の喚き声が遠くから小さく聞こえたが、本人がいないだけでもずいぶん静かだと二人は思った。

 そういえば、常盤はどこにいるんだ。

 富川は、尾賀に聞えないように口の中で呟いた。人殺しを仲間に迎えるといっていた常盤は、まだ校舎から出て来ていなかった。午後十一時までにはスカウトした人間を連れてくる、と聞かされていたが、それらしい人影がやってくる気配もない。

 この瞬間を一番心待ちにしていた常盤の姿がないことに、富川は違和感を覚えた。


「ネズミを処分次第、他の部下にも運び出させるね」


 尾賀のそんな言葉が聞こえたとき、もしかしたら、という富川の心配事は吹き飛んだ。普通の犯罪者よりも危険そうな部下がいれば、どんな取引も安泰だろうと構える。

 富川は顎の辺りを手で撫でた。人質を任せている常盤は、考えてみれば数十分前に薬をやったばかりである。利口な常盤のことを考えると本部長の子に手を出していることは想像できず、スカウトした人間と、本部長の息子にくっついていた友人にちょっかいを出している可能性を思った。

「まぁ、大丈夫だろう」

 それから富川は、尾賀の長い話に付き合うことになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村
恋愛
 みんなと同じようにプレーできなくてもいいんじゃないですか? 先輩には、先輩だけの武器があるんですから——。  後輩マネージャーのその言葉が、彼の人生を変えた。  全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。  練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。  武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。  そのため、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。  そうすれば、香奈は自分のモノになると錯覚していたから。  武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。そこに現れたのが、香奈だった。  香奈に励まされてサッカーを続ける決意をした巧は、彼女のアドバイスのおかげもあり、だんだんとその才能を開花させていく。  一方、巧が成り行きで香奈を家に招いたのをきっかけに、二人の距離も縮み始める。  しかし、退部するどころか活躍し出した巧にフラストレーションを溜めていた武岡が、それを静観するはずもなく——。 「これは警告だよ」 「勘違いしないんでしょ?」 「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」 「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」  先輩×後輩のじれったくも甘い関係が好きな方、スカッとする展開が好きな方は、ぜひこの物語をお楽しみください! ※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。 ※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

処理中です...