最強風紀委員長は、死亡フラグを回避しない

百門一新

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四章 そして、運命が回り出す(3)

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 風紀委員会室に戻ったサードは、委員長席の引き出しの中を手早く整理することから始めた。リューは三時間目の授業に一旦、書類処理のため風紀委員会室に戻ってくる予定になっている。

 それまでに全て済ませてしまおうと考えて、手早くサクサクと作業を進めた。必要のない書類に関してはシュレッダーに掛け、委員長が保管と管理を行っているファイルを年月順に整頓する。

 委員長の心得と規則が記載された書類と手帳、必要な印鑑や、乱闘の際には使用の認められている警棒については、一番上の引き出しに仕舞った。風紀委員長のみが許された全校舎分のスペアキーの束、もしもの事も考えて寮の自室の鍵も添えた。

 置き手紙などで、引き継ぎの指示は必要だろうか。しばらく思案したものの、その辺は理事長たちがどうにかするだろうと判断した。

 いつも清潔に保たれている机の上を、再度軽く掃除した。立て掛けられている書類の中に、不要なものがないか確認した後、ようやくサードは未処理の書類にとりかかった。

 二時間目の授業終了の鐘が鳴ってしばらくすると、複数の気配と共に風紀委員会室の扉が開かれた。

 リューだろうかと思って顔を上げると、そこにいたのは、午前の見回りを分担されていた同学年の三人の部員たちだった。

「お前ら、どうした?」
「理事長から、急きょ非常時訓練の指示があったようなので、お伝えにきました」
「ふうん、唐突だな」

 サードは、知らぬ顔で答えながら手元の書類にサインを行った。それを処理済みの紙山へと移してから、再び部員たちへ目を戻して続ける。

「まぁ、二、三ヶ月に一回、不定期にやってくるから仕方ないな。手筈はいつも通り、同教室の生徒が遅れないよう確認して共に避難。対応にあたる教師のサポートに努め、非常時訓練が終わったら、全班で校舎内に異常がないかを確認する」

 悪魔との対決時を想定し、理事長は不定期に避難訓練を行っていた。当初は、共に避難するという行動に違和感を覚える風紀部員たちもいたようだが、今では訓練の流れにも慣れて、疑問の声を上げる者もいなくなっている。

 最終的に生徒の安全を確認するのは、各学年にいる責任指導員である。風紀委員長であるサードは、出口へと向かいながら避難経路の一つである職員室で状況を確認し、何人かの教員と合流しつつ避難する――という流れが全教員と生徒の中で定着していた。

 勿論、今日サードがそれを実行することはない。

 何故なら、これから行われる非常訓練が発動次第、この学園の生徒としてあった『サード・サリファン』ではなくなる。『半悪魔体のサード』としての行動を開始するからだ。

「訓練開始は、四時間目の授業の、十一時四十分頃だと伺っております」
「分かった。警告音が鳴ったら俺もいつも通りの動くから、あとで外で会おう」
「はい。それでは失礼します」

 三人は、風紀部員の挨拶形式である軍人の敬礼をとった。今まで面倒だと思って謙遜していたサードは、何故か神妙な気持ちに駆られ、椅子に腰かけたまま伸ばした手を、自然と額の横にあてて応えていた。

 そんなサードの様子を、三人の部員が珍しそうに見つめたが、次の授業の予鈴と同時に慌てたように部屋を出て行った。彼らと入れ違いでやってきたリューが「気合入ってるなぁ」と笑いながら見送り、後ろ手に扉を閉める。

「委員長、彼らから聞きました?」
「聞いた、非常時訓練が行われるらしいな。他に何か変わったことはあったか?」
「いいえ、特には何も。ああ、そういえば上がってくる時に、生徒会の副会長と会計を見かけましたよ。非常訓練で何も仕事を分担されていないくせに、外まで出るのが面倒だと愚痴っていたので、ぶっ飛ばしたくなりました」

 リューは、苛立ったように言って自分の席に腰かけた。彼は入学時から生徒会を嫌っており、「嫌味なイケメンは滅びろ」というのが口癖にもなっていた。

 出会った当初は、中流階級の貴族の次男として、それなりに言葉使いも落ち着いていたのにな、とサードは思わず苦笑を浮かべた。

「ぶっ飛ばすって……お前、すっかり荒れたなぁ」
「委員長の口癖みたいなものじゃないですか。それが移ったんです」

 思い返せば、風紀委員会は走り回ることが多いとはいえ、サードが就任した当初の部員たちは、どこか清廉された品も持ち合わせていた。

 言葉使いもそこまで悪くなければ、嫌なことに面しても眉根を寄せて唇を噛み、冷静で迅速に違反者を取り抑える姿勢が印象的だった。

 それが今では、堂々と生徒会に対する愚痴をこぼし、風紀を破る生徒がいれば「この野郎」「仕事増やしてんじゃねぇぞ」と飛びかかり、怪我の心配もせず乱闘に飛び込み、やられたらやり返す精神で喧嘩もする。

「なんか貴族学校って感じじゃなくなってきたよな……俺のせいなのか? もっとまともな奴が委員長になれば落ち着くかなぁ」
「貴族だって、公式の場じゃなければただの男ですよ」
「でもお前、喧嘩は騎士道に反するとか言ってたのに、今じゃ平気で飛び蹴りもするだろ」
「攻撃は最大の防御です」

 あ。それ、俺が教えたやつだった……。

 遅れて思い出し、サードは「やっぱり俺のせいか……」と頭を抱えた。風紀委員会として、学園側から指名されて権限を与えられているのだから、躊躇も怯む必要もないだろう自信を持て、と何度も彼らを説教してきたのだ。

 その時、「ふふっ」と嗤うリューの声が聞こえた。

「どんな人が委員長になったとしても、俺らは変わらないと思いますよ。だから、俺らはあなたがいいんです」

 サードは、数秒ほど唐突に言われた言葉の意味を考えてしまっていた。それから、ゆっくりとリューへと顔を向ける。

「…………俺が、風紀委員長である方がいいってことか? 見本にもならないって、よく言われるぜ?」
「そんなことを言う奴なんか、もう風紀には一人もいませんよ。俺らは他の誰でもない、あなたがいいんです。みんなで頑張りますんで、卒業するまでずっと、俺らの委員長でいてくださいよ」

 リューは満足げに言い切ると、机に置かれている紙の山へと目を移した。

 風紀委員会は、現在八人の三学年生、十三人の二学年生、七人の一学年生で構成されていた。三学年生の部員が少ないのは、去年サードが風紀委員長に就任したことで、多くの人数が退会してしまったせいである。

 今年の入部者が少ないのは、出来るだけサードに関わる人間が少なくなるよう、上から学園に圧力があったためだ。自分(サード)がいなければ、風紀委員会はこれまでにない人不足にあえぐこともなかっただろう。

 学園の生徒たちの中で、サードが風紀委員長であることに反対する者は多い。もし実績や人柄で選ばれた訳でもなく、自分のせいで人員不足などに陥っていると知ったら、リューたちはどんな反応をするだろうか?

 真実を話したら、きっと失望するだろうな。そうして、俺が相応しくないとも分かる。

 毎日が騒がしくて大変で、なんで入学からのスタートなんだと何度思ったか分からない。それでも、地下施設から出た日から振り返ると、夢のような、穏やかな日々でもあったと思うのだ。

 真実を知られたら、きっとリューたちには失望されてしまうだろう。けれど、ここにきてようやく、サードは一つのことに気付いた。


「俺、こうして風紀委員長をやれて、良かったよ」


 口から、すんなりと言葉がこぼれた。リューや、他の部員たちとも会えて良かった――そう思えた。

 リューがきょとんとした様子でこちらを見て、それから嬉しそうに笑った。

「俺も、初めは風紀副委員長なんて、そんな大それた肩書きに震えが止まらなかったんですけど、こうして委員長のお手伝いが一番出来る立場になれて、良かったと思ってます。毎日が忙しくて、楽しいです」
「分からないことだらけで、忙しいばかりの毎日だったけど、多分俺も、そんな日々が楽しかったと思うよ」

 何も悔いはないと思えるほどに、じゅうぶん過ぎるご褒美だった。

 全身に流れる血が疼く気配を覚え、サードは立ち上がって窓からの景色を眺めた。

 そこからは、正門まで続く広い運動場と、眩しい太陽が頭上に向かって昇っていくのが見えた。解かれることが近い封印の内側で、悪魔が蠢いているのか、獲物を前に身体の高揚感が高まってゆくのを感じた。

 今は、衝動的な殺気は抑えられている。今頃、スミラギが事が始まった際に張る結界の準備をしつつ、斬首のための道具を整えているのだろうかと考えると、知らずサードの口角も引き上がった。

「委員長?」

 呼び声に気付いて、サードは「なんだ?」とリューを振り返った。

「最近、生徒会との遭遇が多いようですが、生徒会長には気を付けてくださいね」
「生徒会長? どうして?」
「あの人が、委員長を目で追うのを、よく見掛けるような気がして……。俺の気のせいならいいのですが」
「視線を感じたことはないんだけどなぁ。単に嫌っているだけだと思うぞ? 副会長なんか、露骨すぎていい例だろ」

 サードが笑い飛ばすと、リューは悩ましげに首を捻った。

 不意に、胃の辺りで鈍い不快感が渦巻くような違和感を覚え、サードは笑い声を引っ込めた。気を抜いた拍子に、どこかの血管が軽く壊れてしまったらしい。

 既に超治癒再生が始まっていたが、しばらくもしないうちに胃に溜まった血が込み上げてくるだろう。面倒だが、肉体活性化を完全開放するまでの付き合いだ。トイレで血を吐き出すついでに、また『悪魔の血の丸薬』でも飲んでおいた方がいいだろう。

 そう考えたサードは、歩き出しながらリューに言った。

「ちょっとトイレに行ってくる」

 背中の向こうから、リューの「いってらっしゃいませ」と言う声を聞きながら、サードは風紀委員会室を後にした。
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