最強風紀委員長は、死亡フラグを回避しない

百門一新

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四章 そして、運命が回り出す(2)

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 半悪魔として生まれた少年たちは、発狂すると怒り狂ったように無差別攻撃を始める。

 心臓と頭が完全に機能を止めるまで暴れ狂うので、大抵はその場で高圧電流によって心臓機能を止められた後、首を切り落として焼却処分されることになっていた。

 スミラギに、『強固結界』の実験を見たことがあるだろう、と促されたサードは、一度だけ、その手順が取られなかった日のことを思い出した。


 あの日、研究者たちは、暴れる少年を戦闘部隊を使って叩きのめし、サードたちが見守る中、強化ガラスで作られた部屋の中へ放り込んだ。

 一人の研究者の合図が上がると、強化ガラス内が半透明の光のようなものに包まれた。身体の再生が完了し再び暴れ出した少年が、強化ガラスに触れた瞬間に光が走り、彼の身体が激しく弾かれたのを覚えている。

 けれど理性を失っていた少年は、皮膚を焼け爛れさせながら四方の強化ガラスに挑み続け、最後は大きな痙攣を起こして死んだのだ。


 新しい電流系の処刑器具なのだろうかと思っていたのだが、あれが新しい結界であったらしい。サードが「なるほど」と、ようやく腑に落ちたような顔をすると、スミラギが僅かに目を細めた。

「強化結界の実験があると招待され、私は初めて半悪魔の研究を知らされたのですが、あなた達が驚きもせず、仲間の死に様を見守っている光景は気味が悪く、支部での分析は手伝うが二度と招待しないで頂きたいと上司を脅迫――いえ、平和的な交渉をしたくらいです」
「今、脅迫って言ったよな? 俺の聞き間違いじゃねぇよな? というか俺たちは道具でしかないんだから、んだよ。それに、あの頃に生き残っていた連中は皆、五感をいじられた後だったし」

 サードたちの五感は、元々は人間と同じだった。幼少の頃の実験はまるで拷問であったため、あまりの痛みに発狂しショック死する子供も沢山いた。ようやく大人の半分に背が届いた頃、一定値をクリアした少年たちから順に、痛覚を制限する手術が行われたのである。

 手術成功後について、感想を語るとなるならば、――まるで半分生きていないような感覚だった。大事な何かを一つとりこぼしてしまったような消失感を覚えたが、共感し合える仲間はいなかった。

 何故なら痛覚をいじられた者同士、「あまり痛くないからいいね」と少しだけ安堵するような顔でそう言っていた。

 だからサードは、それを見て何も言えなくなってしまったのだ。きっと、そう感じてしまう自分が変なのだろうと思った。

「痛覚がいじられた後にも、結構な頻度で死に掛けたけど、痛覚が人並みだった頃に比べると全然大したことなくてさ。俺たちが痛みとか処分に慣れていたってのもあるんだろうと思うけど、……でも、なんだろうな。昔より今の方が、生きている感じがしないのは、どうしてなんだろうなぁ」

 痛みで意識が飛ぶなんて感覚は、もう忘れてしまった。

 きっと自分が迎える死さえ、あの頃に感じた強烈な何かを与えてはくれないだろう、というような気がしている。

 正午あたりには太陽が欠け始めるということは、それまでにスミラギも支度をして学園を出なければならないはずだ。計画では、当日の説明にかける時間は短く設定されていたことを思い出し、サードは思考を目の前へと切り替えた。

「よし。とりあえず一通り理解した。封印の解放が始まると、まずは『死食い犬』が出てくるから、俺はそいつらをぶっ飛ばしながら悪魔を待てばいいんだな。今回は強固結界があるから、『死食い犬』が外に出ちまう心配も、しなくていい」

 スミラギが「理解が早いようで何よりです」と相槌を打ち、珈琲カップを手に取った。

「ちなみに『死食い犬』は腐った肉片から生まれるという特性を持った珍しい魔獣で、食べた分だけ繁殖し増えます。現在、封印された空間の中で、どれほどの数になっているのかは不明です」
「とりあえず『いっぱいいる』ってことだろ」
「そう想定していいでしょう。まずは百パーセント解放した時の、身体慣らしのちょうどいい相手と考えておけばいいかと思います」

 思案しつつ、サードもココアを喉に流し込んだ。相変わらず甘くて暖かい飲み物だが、痛覚が鈍いため、舌が正確な温度を伝えてくれないことが、少しだけ残念に思えた。

「悪魔の目的は、『皇帝』と勝負に勝つことです。対面したら『皇帝』の首飾りを見せて、自分が皇帝であると名乗るだけで、戦いは始まると考えてください」
「ということは、今の俺が急ぎやるようなものは何もないんだな……それで、首飾りの件はどうなってるんだ?」
「そちらに関しては、生徒たちと一緒に学園から外に出た際、理事長たちの方で説得する手筈になっています。説得が苦戦することも予想されますので、念の為、あなたには近くで待機してもらいます」
「待機? 正門のところで?」
「理事長の方にも、既に話は通してあります。もし時間を押すようでしたら、あなたの方で奪っておしまいなさい」
「ふうん、了解。他に何もないんだったら、俺はもう行くぜ。風紀の奴らが困らないように、午前中の分の書類だけでも片付けておくよ」

 声を掛けて立ち上がると、珍しく見送ってくれるようでスミラギも立ち上がった。

 そういえば彼も、正午前には生徒たちと共に学園の敷地外に撤退するのだ。思い出したサードは、足を止めて彼を真っすぐ振り返った。

「そうか、ここでお別れだったな。じゃあ『さよなら』だ、スミラギ。元気でな」
「何を言っているのですか。私も残るのですから、別れの挨拶は後に取っておきなさい」

 スミラギに淡々と返されてしまい、「はぁ?」と間の抜けた声を上げた。

「ここに残って、どうするんだよ?」
「あなたの教育係として、責任をもって最期まで見届けますよ。こう見えて、私は王宮魔術師の特殊防衛部隊の人間ですから、事が終わるまでこの保健室に防衛結界でも張っておきます」
「……それで大丈夫なのか? 悪魔には効かないんじゃねぇの?」

 長ったらしい部隊名を言われても理解出来なくて、サードは直球に思った心配事を口にした。すると、スミラギは「悪魔についてはどちらとも言えませんが、魔物や魔獣に対しては有効ですよ」と答えた。

「悪魔は『皇帝』の他は眼中にありませんし、そもそも、あなたが悪魔に負けなければいいだけの話です。百パーセントの肉体活性であれば、これまでの苦痛とは比べものにならない苦しみになるでしょう。そうなった時は、教え子への情けとして、私が直々に『斬首して差し上げますので』安心なさい」
「うわぁ……物騒な『先生』だなぁ。まぁ、一瞬で終わらせてくれるってんなら有り難いし、その時はお願いするよ」

 スミラギには手間をかけてしまうが、彼は出来ないことは口にしない男だ。一気に処分してくれるというのであれば、最期のことを余計に考えず、自分も戦いに集中出来るだろう。

 スミラギが先を誘導し、サードは彼の後をついて歩いた。扉に手をかけたところで、彼が思い出したようにこちらを振り返ってきた。

「今回の研究で、悪魔の力を持った人間を作り出すことは、現実的に不可能であると判断されました。知っていますか、異常性が発露されなかったのはなのですよ。つまり、あなたは寿命に欠陥があるだけの、偶然にも出来た完璧な半悪魔体でもあるのです」
「俺は優秀ってだけで、完璧ではないだろ。つか、俺らに異常性なんてあったか? 身体機能を除けば、半分以上はほとんど普通の子供だったよ」

 研究者たちが求めた半悪魔体は、壊れない肉体と魔力を持った人間製の悪魔である。しかし、半悪魔体は僅かな魔力も持たず、十四歳までは生きられないほどに短命だった。

 すると、スミラギが首を小さく左右に振って、こう言った。

「精神検査の結果は、ほとんどがアウトか、良くてグレーゾーンでした。精神分析は、特殊防衛部隊が直々に行っていましたから、その結果は確かです。過去七十年の間に、実験体の精神異常の暴走によって四つの施設が潰され、何十人もの研究者や関係者が死んだ記録もあります」
「精神なんとかっていうのが、俺にはよく分からないんだが…」
「分からなくて結構です。あなたは半悪魔でありながら、獣人のように扱いにくい点も見受けられない、ということだけ理解してくれれば、今はそれでいいと思います」
「だから獣人――えぇと半魔獣? の特性とかも、あまり分からないというか」

 サードがぼやくと、無駄話を遮るようにスミラギが言葉を続けた。

「これは小言として聞き流して頂いて結構なのですが、基本的に悪魔は、魔物たちと同じ種族ではないかという一説があります。Sランク級の魔物から、どうやって人語を話し、快楽を理解する悪魔へと進化を遂げるのか、は解明されていないのですが、私としても同じ特性があるのではないかと推測しています。――まぁ、こちらに関しては、今のあなたには必要のないプチ情報になりますから、今のところは忘れてくださっても結構ですよ」

 スミラギは、ハッキリとした回答も解説もないまま、珍しく含んだ物言いをした。

「七十年続いた半悪魔体の研究は、事実上の永久凍結が決定されました。ですから、本当にあなたで『最後』なのです」
「そっか。それは良かった」

 サードは難しいことを理解するのは諦めて、それでいい、と思ったことだけを受け止めた。ずっと、そうなればいいと思っていただけに、気は軽くなった。

 ふと、対等に口喧嘩をしたトム・サリファンとの日々が脳裏に浮かんだ。地上に出た研修の半年間を、サードは家族のいない彼と、二人暮らしの生活を送った。

 使用人のいない屋敷で、毎日訪れるスミラギと口煩いトム・サリファンがいて、忙しくて目まぐるしくて、そして笑わない日なんてなかった。

「なぁ、スミラギ。ここから出たらさ、トム・サリファンに『さよなら』と、『口喧嘩も追い駆けっこも結構楽しかった』って伝えてもらっていいか?」
「私も傍観者として楽しんではいましたが、それはさすがに――すぐに伝えられるか悩むところです」
「まぁ、俺の伝言なんて、どうせ激怒されるのは目に見えてるけどさ。最後にもう一回くらい怒らせてもいいだろ?」
「いえ、そういう問題ではないのです。彼はあれで、聖軍事機関の第一研究室長として務めている男ですからね、使い物にならなくなっても困りますので。……そうですね、伝えるタイミングについては、検討しておきましょう」

 スミラギは思案するように視線を彷徨わせると、独り言のように呟いた。

 サードは不思議に思いつつも、動かない彼の手をそっとどけて扉を開いた。廊下の外には、相変わらず人の姿はなかった。

「というか、あいつ『研究室長』なの? 全然それっぽくないな」
「仕事の関係で付き合いはありましたから、自分の席でふんぞり返っている姿が様になるくらいには優秀ですよ。その縁で、教育係の件を任されましたから」
「ふうん? それじゃ、またな、スミラギ」

 サードは退出するべく後ろ手を振り、上手く進めてみせるから任せておけ、と肩越しに顔を向けて笑いかけた。

 すると、スミラギが眉をつり上げた後、口角を僅かに上げるようなブリザード級の冷笑を浮かべた。サードが「うッ」と条件反射のように固まると、ようやくどこか満足げに見下ろして「それでは」と言って扉を閉めた。

 一体どんな方法で斬首するつもりなのだろうか、と、サードは少しだけ不安になった。
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