最強風紀委員長は、死亡フラグを回避しない

百門一新

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五章 閉ざされた学園、魔獣の襲来(1)

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 発動した強固結界は、内側から眺めると、学園の周囲から空へと伸びるさまが、半透明の巨大なコンクリート壁のようにも見えた。頭上にぽっかりと浮かぶ太陽だけが色彩を残したまま、風もピタリと止んでしまっている。

 静かな世界に取り残されたサードは、しばらく空を仰いだまま状況の把握に時間を費やしてしまった。

 空を遮断するほど、高く伸び上がった強固結界の様子には驚かされる。とはいえ、やはり気になっているのは、完全封鎖される直前に飛び込んできた『二匹の動物』である。

「…………今、『鷹』が入ってこなかったか?」

 トム・サリファンとスミラギに連れられて、街で一度、鷹の標本を目にしたことがある。あれは国鳥にも指定されている希少種だとは聞いていた。鳥の中でも最速を誇るらしいので、魔物の餌食にならないことを願うしかないのだろう。

 灰色の上空にぽっかりと浮かんだ太陽は、陰るような黒い日輪をまとわりつかせていた。

 日食まで、そう時間もかからないのだろう。そこをじっと見つめていると、首の後ろにチリチリと刺さるような気配を覚えた。

 サードは小さく息を吐くと、手に持ったままだった『皇帝の首飾り』をジャケットのポケットに押し込んで歩き出した。

「肉体活性化、解放三十パーセント」

 先程出た別棟校舎の裏口へと足を進めながら、これから起こる最後の戦いのために、じょじょに解放数値を上げるべく肉体の準備を開始する。一気に全開放してしまうと、身体の半分に流れる人間の細胞の方が耐えられない。

 少しでもエネルギーを取って蓄えておこうと考え、ついでに残っていた『悪魔の血の丸薬』を全て手に取り出し、思い切り噛み砕いた。

 相変わらず『悪魔の血の丸薬』は、血生臭くて美味しくない。けれど悲しいことに、喉元を過ぎると「美味だ」と本能的に空腹感や乾きが満たされるのも確かで、サードはちぐはぐな身体を虚しくも思って深い溜息をこぼした。

「肉体活性化、解放五十パーセント――。更に六十パーセントまで解放」

 実験では大抵、肉体活性化の解放は五十パーセントで抑えられていた。八十パーセントの解放した際、その反動で、内臓だけでなく骨までずたずたになって三日間は人体蘇生液に浸され、被検体の寿命も明らかに減少したせいだ。

 そんな過去を思い出しながら、サードは肉体の活性化が上がるごとに身体が軽くなるのを感じた。幼少期は身体が発達しておらず、痛覚もあったから酷い苦しみだったが、まるでガタが来る前まで蘇ってくれたような解放感すら覚えた。

「肉体活性化、解放八十パーセント」

 ギシリ、と肉体組織が人体の限界を超える音が耳に響いた。

 活性化された悪魔細胞が、身体を急速に半悪魔として相応しい、強靭な生き物に造り変えていくのが分かった。

 自然と爪が黒く染まり始め、強度を増して鋭利な形になる。普段見回るような歩調で足を進めながら、校舎に入ってすぐの壁にそっと爪を立てると、柔らかい泥を抉るように壁が裂けてしまう。

 サードたちは、常に自分の身体一つを武器としていた。肉体活性化によって筋力とスピードが常人を遥かに上回ることで、拳一つで鎧を打ち砕き、手刀で肉骨を断ち、簡単に心臓を抉り出すことも可能にしていた。

 悪魔細胞を半分持った身体は、半分同族であるからこそ悪魔への攻撃が有効なのだとされていた。だから、よその武器は使用しない攻撃スタイルを叩きこまれた。爪が黒く変色する他に見た目の変化はないが、歯も鋼すら噛み砕けるほど強靭になる。

 だから恐らく、悪魔の方も自分こちらと同じなのだろう。過去の記録には、まるで女が化粧を施すように、黒真珠のような艶のある漆黒の爪をしていたと記述も残されていたから。

 まだターゲットが現れる気配はないので、戦いやすい環境でも作っておくかと、サードは廊下の窓を開けていくことにした。風紀委員長として染み付いた習慣でもあったから、何もせずぼんやりと待つというのも性に合わない。

 早朝一番、空気の入れ替えは風紀委員会の仕事の一つだった。しかし、肉体活性化が八十パーセントを超えた身体では、そんな日常動作も難しいようだ。

 力加減を慣らすつもりで挑んだものの、始めの十枚ほどは鍵を破壊してしまい、触れた爪先で強化ガラスがさっくり切れて割れ落ちた。

「…………うわぁ、マジかよ……」

 風紀委員長が学校を破壊してどうする。これ見付かったら怒られ――あ。いや、もう俺は『風紀委員長』じゃないから、アレなんだが……。

 そもそも、ここはこれから戦場になる。破壊され尽くされることを前提に、修復出来る魔術師班も用意されているのだ。

 こんなにも人間離れした身体であったのだと、改めて実感してなんだか少しだけ虚しくなった。結局のところ自分は、

 一年と数ヵ月、人間としてやれていたと思う方がおかしいのだろう。

「ん? でも、あの頃からあまりは変わってなくね?」

 ふと、入学当初も似たようなものであったと、これまでの学園生活の記憶を辿って遅れて思い出した。入学したばかりだった頃は、力加減を誤って物を破壊してしまうことが多々あった。

 勢い余って飛び込んだ先の扉を壊し、壁に拳を打ち込んだ拍子にコンクリートにひびを入れて報告の際に理事長に睨まれた。逃げる違反生徒を追い駆けた際には、頭突き一つで並んでいたロッカーを凪ぎ倒したこともある。

 ちょうど慣れない環境に苛々しているところに、風紀委員長反対派が武器を持って現れた時には、鬱憤が爆発して考えもなしに娯楽室のビリヤード台を持ち上げてしまい、集まった生徒たちを一気に戦々恐々に陥れたこともあった。

 そのせいで『元戦闘奴隷は肉体強化がされている』という噂が広がり、恐怖の風紀委員長という悪名が一気に浸透してしまったのだ。

「――うん、思い返せば、今とそんなに変わらないな」
 
 入学から三ヶ月も過ぎれば、力加減も覚えて、うっかり破壊してしまうこともなくなった。けれど、切れたら何をしでかかすか分からない元戦闘奴隷、という噂はなくならず、まるで気性の荒い問題児みたいな扱われようについては不満に思っていたものである。

 でも自分は、上から指示がなかったから、その批判についても引き続き役目を演じるために何も対策も対応もしなかった。


 だから彼らの中の『サード・サリファン』は、入学当初から何も変わっていない。
 乱暴者で、身の程をわきまえない元戦闘用奴隷で、あまり名も知られていない子爵家の養子で風紀のトップに君臨し、力技で騒ぎを鎮圧する凶暴な風紀委員長。


 最強風紀委員長、と言い出したのは、一体誰だったろうか。

 ただ、初めてその言葉を耳にしたとき「そんなんじゃない、ただ、俺が『人間じゃなくて道具』ってだけさ」と、心の中で答えたのは覚えている。

 その呼び名も不名誉なレッテルも、先程の『さよなら』で最後だ。

 もう、『サード・サリファン』を名乗ることはないだろう。

「肉体活性化、解放九十パーセント」

 既に、発作で感じていた身体の不快感は、微塵にも残っていなかった。動き回りたいくらいの力が溢れ、階段を一つ飛びで上の階まで着地してみる。

 ちょっと加減しないと、階上の天井に頭が届きそうなくらい身が軽い。自分が絶好調なのを確認出来て、サードは「よし」と満足した。

「うーん、健康って素晴らしいなぁ」

 発作もない身体の良さを思った。こちらの階の廊下の窓も開けようか、と思ったサードは――不意に、血が騒いでハッとした。


 眩しい太陽を縁の一部に、黒い影が差し始めていた。今世では月食ではない。日食がようやく始まるのだと気付いて、知らず彼の顔に獰猛な笑みが浮かんだ。


 漲(みなぎ)る高揚感に、体中が歓喜するのを感じる。

 これまで解放を制限されていた悪魔細胞が、限りなく破壊尽くせることを認められた環境に喜んでいるようにも思えた。決して人に向けられなかった殺戮衝動が、早く、早くと敵の登場を期待していた。

 遥か遠くの頭上で、太陽と月が僅かに重なって、ようやく封印が開き出したらしい。研ぎ澄まされた聴覚が、その隙間を多くの飢えた獣が待ちきれないとばかりに引っ掻き、咆哮する音を拾った。

「さぁ来い。ここの窓を全部ぶっ壊す勢いで、お前たちを歓迎してやるぜ」

 そのまま肉体活性化の完全開放を口にしようとしたサードは、ふと、視界の端に動く小さな物体に気付いて、ハタと我に返った。
 
 まさか。…………いやいやいや、まさかだろ?

 ゆっくりと顔を動かしてみた。

 すると目を向けた先の廊下に、既視感を覚える奇妙な生物の姿があった。つい先程別れたはずの、耳と足だけが長い可愛らしい例の小動物が、ぷりぷり怒った様子で、開かれたままの生徒会室から出てきたのである。

「ッておいぃぃぃぃいいいいい?! なんでお前がいるんだよ!?」
「キュ?」

 二本脚で歩いていた珍妙で可愛らしい生き物が、不服そうな鳴き声を上げてこちらを振り返った。

 すると目が合った瞬間、その生物は激昂するように耳を立てて、罵倒するような呻きを上げて地団太を踏み始めた。まるで「なんでお前がいるんだよ」と言い返されているようで、サードは複雑な心境を覚えた。

 なんで、俺が非難されているのだろうか?

 その時、ふっと太陽の光りが弱くなった。欠け始めた太陽と共に、視界がワントーン暗くなる。頭上から無数の咆哮を伴って黒い何かが押し寄せてくるのが見えて、サードは小さく舌打ちした。

「チッ、――いいか『ちっこいの』! ちょっと後ろに下がって、大人しくしてろ!」

 サードは、力加減を最小に留めて、可愛い小動物を片手で掴むと、そのまま生徒会室のソファに向かって放り投げた。


 直後、一際高い咆哮が近くで上がり、窓ガラス震えて一斉に内側へと砕けて吹き飛んだ。


 圧縮された空気の衝撃波だ。咄嗟に両手でガラス片から身をかばったサードは、瞬時に体制を立て直し、『敵』へと目を向けた。
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