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7章 それは、偽りの存在~『エル』の想い出、そして~(5)
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「ご安心ください。『審査の回廊』にて、当工場側で、各参加者様のレベルを測定させて頂き、必ずクリア出来るフェアなゲーム設定を行わせて頂いております。――但し、当ゲームに参加するにあたっては、参加者様の持ち物の中から一番大事だと思う物を、ゲームのスタート時に隠させて頂きますので、ご了承下さい」
「待ってくれ。つまり、このゲームに参加する為には、今僕らが持っている物の中から、一つ、工場側に預けなければならないということかな?」
スウェンが、あまり宜しくないというように眉を顰め、腰に手を当てて質問した。
「預かるのではなく、会場内に隠させて頂くのです。こちらから提供させて頂く商品については、形があれば限りがありません。手に入れて頂くというゲームの中で、隠されてしまった所持品も同時に探して頂くイベントを盛り込む事で、フェアになるよう設定させて頂いております」
スウェンが、チラリと一同に目配せした。ゲームのルールについての理解度を確認していると気付いて、エルは、遠慮がちに手を上げて少年に訊いた。
「あの、ゲームをクリアするまでに、大切な物も探し出さなければいけないって事だけど、この建物全部が会場だとすると、すごく難易度が上がる気がするんだけど……」
そんなエルの心配とは裏腹に、少年が「ご安心下さい」とニコリと愛想良く微笑んだ。先程の作った大人びた笑顔に比べると、若干人間味の出た自然な表情だった。
「参加者様のレベルに応じて、それぞれ会場を設けさせて頂きますので、広範囲からお探し頂く事はございません。お客様がきちんとクリア出来るよう、ゴールまでは道案内、またはヒントを置かせて頂いておりますし、参加者様のレベルによっては、隠された所持品もお探しできるようヒントもございます。時間制限は、特に設けておりません」
少年は一度言葉を切ると、一同の視線を確認して、説明を先へと進めた。
「ゲームがクリア出来ない場合は、『隠された所持品』は、工場長のコレクションとして収納されます。基本的に『守りたい』と思った対象が、今現在所持されている持ち物の中で一番大切な物であると、当社では認識しております」
「成程。つまり『守りたい』という気持ちを感知されると、それが『隠される』対象となる訳だね?」
スウェンが慎重に呟いたが、少年は笑んだまま、それについては答えずに先を続けた。
「ゲームを始める前に、『審査の回廊』で少しお時間を頂きます。四人で話し合って頂いても結構ですが、その間にも回廊で審査は進んでおりますので、考えや話し合いは、慎重にお願い致します」
少年がそう言い、一同の後方にある例のハート形の扉を指し示した。すっと伸ばされた彼の手は、作り物のような皺一つない真っ白な幼い手をしていた。
「心構えが出来ましたら、あちらの扉からどうぞ」
促された四人は、お互い目を合わせた。
スウェンが吐息をこぼし、歩き出した。彼の後に続くように一同は扉へと向かうと、ログがスウェンに目配せをして、金のドアノブを握った。
扉は、カチリと小さな音を立てて、亡霊が廊下を過ぎゆくような滑らかさで開いた。扉の向こうには、赤と金の色が入った絨毯が敷かれた長い廊下が続いており、同じ色と柄をした壁には、蝋燭の光りが揺れていた。
蝋燭だけで照らし出された廊下は薄暗く、見通しが悪かった。天井も床と同じ色で、歪んだダイヤ形の模様をした金と赤は、見ているだけで眩暈を覚えた。
扉の向こうをしばらく眺めていたスウェンが、愛想笑いも浮かべずに少年を振り返った。
「君は、僕たちが何を目的としてここへ来たのか、本当は知っているんじゃないのかい?」
「さあ、僕はただの案内係りですから」
少年は作り笑いで応えた。
スウェンが「ふうん」とぼやき、ふと苦笑を浮かべた。
「――君を見ていると、どうも違和感が抜けなくてね。君は僕の知っているエキストラや駒とも違う、少し特殊な位置にいる配役なのではないかと、そう思ったんだけれど」
話すスウェンの意図はまるで分からなかったが、エルは黙って見守っていた。セイジとログも考えている事があるのか、探るような眼差しで少年を見つめていた。
不意に、少年が小さな唇に、大きな弧を描いた。
「何の事だか分かりかねます。僕は与えられたルールの中で、自分の役割をこなすだけの『利用案内人』ですから」
「ふうん。僕には、まるで『工場長』を壊して欲しいようにも聞こえたんだけど。まぁ、何も知らないなら、それでいいや」
スウェンは踵を返す間際、思い出したように「ああ、そうだ」と、もう一度だけ少年に目を向けた。
「『利用案内人』君。君が受け持った案内客は、僕らで一体何人目になるのかな?」
「初めに申し上げましたでしょう。妙な名前だと言われたのは、あなた方が初めてです、と」
少年は含むような声色でそう告げて、ダンスを申し込む貴族のように深々と頭を下げた。
「ゲームは時として残酷なものです。フェアなルールに基づいて、案内させて頂くのが『僕』の役割――決して迷わないよう、お客様達がちりばめられたヒントに気付く事が出来るよう、幸運を祈っております」
スウェンが頭をかきながら、諦めたように廊下へと一歩を踏み出した。ログ、セイジ、エルが後に続き、全員が入ったところで、扉が一人でに閉められた。
「なんだか、嘘ばかりでよく分からないなぁ……」
扉がきちんと閉まった事を確認したスウェンが、一旦足を止めて、一同に少年の顔について訊いた。
ログが「あいつ、顔が少し霞んでいたな」と違和感を認め、セイジも「曇って見えなかった」と明かした。エルは一体何の事だろうかと首を捻ってしまった。
「見えなかったの? 俺には、顔がハッキリと見えたけど……どういう事だろう?」
「さぁね。大人である僕ら三人の目にだけ、うまく映らなかった可能性もあるけれど。――僕はね、あの少年の姿が『歪んで』、うまく認識出来なかったんだよ」
とうとう最後まで顔が見えなかったのだと、スウェンは懸念をこぼした。
※※※
四人の客人を見送った後、利用案内人である少年は、しばらくそこに佇んでいた。
一つの物音さえ響かない空間には、もはや時間の流れがあるのかさえも怪しい。
その時、不意に一組の足音が響いて、少年は訝しげに思って振り返った。そこにいたのは、胡散臭い顔をした燕尾服と蝶ネクタイをした男で、それは、少年が予想してもいなかった新たな客だった。
長身のその男は、ホテルの社員のような正装を決め込み、作り物の愛想笑いを貼りつかせたまま困ってもいない顔で、辺りを見回した。
「すっかり置いていかれてしまいました」
男は、シクシクシクシク、と口で効果音の演出を入れた。ご丁寧に蝶の刺繍の入った白いハンカチで目頭を押さえ、悲劇の主人公を楽しむように天まで仰いで見せた。
少年は急ぎ、『自分の世界の記録』を探った。
この工場の入り口に立っていたはずの、受付嬢役の女の姿が見当たらなかった。『夢』世界では、エキストラの数は決まっているので、この世界に少年が知らない役者がいるはずがない。
どうやらこの侵入者は、『役者』の一人が消失した直後に現れた不自然な男であるらしい。
その事に気付いて、少年は彼を警戒した。
「招待客の中に、あなたは含まれていませんよ。ホテルの従業員さん」
「あなたの方こそ、お客様への接客がまるでなっていませんねぇ」
男はハンカチを丁寧に折ると、皺を伸ばし、上品な手つきで胸ポケットに入れた。少年を正面から見るなり「おやおや」とわざとらしく片眉をつり上げる。
「なるほど。外部からの強制命令が届く前に『核』を奪還し、ここへ隠れたという訳ですか。そうすれば、貴方の『案内役』としての権限だけは守れる」
途端に、少年は男から距離を取って身構えた。
「――お前は、何だ?」
問いかけると、ふざけた顔を持った男が「ほほほほほ」と妙な笑い声を上げ、皮肉な顔で少年を見降ろした。
「君は完成されている『夢守』であったのに、勿体無い事ですねぇ。あの人間は、孵化する前に『宿主』から芽を引きずり出してしまった。この世界は既に、君の存在すら維持出来ないほど崩れ始めている」
「『理』を知っているということは――貴方も『夢人』なんですね?」
少年は、ようやく合点がいったという顔で、男を睨み付けた。
「貴方も、僕と同じように誰かの『夢守』であれば、少しは分かるでしょう。死した『宿主』の夢が崩壊してゆく様を最後まで見届け、決して戻っては来られない境界線上の向こうまで、彼の心を送り届けなければならない、僕の気持ちが」
「『気持ち』ですって……?」
男は両肩を震わせたかと思うと、途端に、堪え切れないといわんばかりに腹を折り「うふふふふ」と気味の悪い声で嗤い始めた。唐突に、大きな口を開いたかと思うと、空気が割れるような声で狂ったように笑った。
「待ってくれ。つまり、このゲームに参加する為には、今僕らが持っている物の中から、一つ、工場側に預けなければならないということかな?」
スウェンが、あまり宜しくないというように眉を顰め、腰に手を当てて質問した。
「預かるのではなく、会場内に隠させて頂くのです。こちらから提供させて頂く商品については、形があれば限りがありません。手に入れて頂くというゲームの中で、隠されてしまった所持品も同時に探して頂くイベントを盛り込む事で、フェアになるよう設定させて頂いております」
スウェンが、チラリと一同に目配せした。ゲームのルールについての理解度を確認していると気付いて、エルは、遠慮がちに手を上げて少年に訊いた。
「あの、ゲームをクリアするまでに、大切な物も探し出さなければいけないって事だけど、この建物全部が会場だとすると、すごく難易度が上がる気がするんだけど……」
そんなエルの心配とは裏腹に、少年が「ご安心下さい」とニコリと愛想良く微笑んだ。先程の作った大人びた笑顔に比べると、若干人間味の出た自然な表情だった。
「参加者様のレベルに応じて、それぞれ会場を設けさせて頂きますので、広範囲からお探し頂く事はございません。お客様がきちんとクリア出来るよう、ゴールまでは道案内、またはヒントを置かせて頂いておりますし、参加者様のレベルによっては、隠された所持品もお探しできるようヒントもございます。時間制限は、特に設けておりません」
少年は一度言葉を切ると、一同の視線を確認して、説明を先へと進めた。
「ゲームがクリア出来ない場合は、『隠された所持品』は、工場長のコレクションとして収納されます。基本的に『守りたい』と思った対象が、今現在所持されている持ち物の中で一番大切な物であると、当社では認識しております」
「成程。つまり『守りたい』という気持ちを感知されると、それが『隠される』対象となる訳だね?」
スウェンが慎重に呟いたが、少年は笑んだまま、それについては答えずに先を続けた。
「ゲームを始める前に、『審査の回廊』で少しお時間を頂きます。四人で話し合って頂いても結構ですが、その間にも回廊で審査は進んでおりますので、考えや話し合いは、慎重にお願い致します」
少年がそう言い、一同の後方にある例のハート形の扉を指し示した。すっと伸ばされた彼の手は、作り物のような皺一つない真っ白な幼い手をしていた。
「心構えが出来ましたら、あちらの扉からどうぞ」
促された四人は、お互い目を合わせた。
スウェンが吐息をこぼし、歩き出した。彼の後に続くように一同は扉へと向かうと、ログがスウェンに目配せをして、金のドアノブを握った。
扉は、カチリと小さな音を立てて、亡霊が廊下を過ぎゆくような滑らかさで開いた。扉の向こうには、赤と金の色が入った絨毯が敷かれた長い廊下が続いており、同じ色と柄をした壁には、蝋燭の光りが揺れていた。
蝋燭だけで照らし出された廊下は薄暗く、見通しが悪かった。天井も床と同じ色で、歪んだダイヤ形の模様をした金と赤は、見ているだけで眩暈を覚えた。
扉の向こうをしばらく眺めていたスウェンが、愛想笑いも浮かべずに少年を振り返った。
「君は、僕たちが何を目的としてここへ来たのか、本当は知っているんじゃないのかい?」
「さあ、僕はただの案内係りですから」
少年は作り笑いで応えた。
スウェンが「ふうん」とぼやき、ふと苦笑を浮かべた。
「――君を見ていると、どうも違和感が抜けなくてね。君は僕の知っているエキストラや駒とも違う、少し特殊な位置にいる配役なのではないかと、そう思ったんだけれど」
話すスウェンの意図はまるで分からなかったが、エルは黙って見守っていた。セイジとログも考えている事があるのか、探るような眼差しで少年を見つめていた。
不意に、少年が小さな唇に、大きな弧を描いた。
「何の事だか分かりかねます。僕は与えられたルールの中で、自分の役割をこなすだけの『利用案内人』ですから」
「ふうん。僕には、まるで『工場長』を壊して欲しいようにも聞こえたんだけど。まぁ、何も知らないなら、それでいいや」
スウェンは踵を返す間際、思い出したように「ああ、そうだ」と、もう一度だけ少年に目を向けた。
「『利用案内人』君。君が受け持った案内客は、僕らで一体何人目になるのかな?」
「初めに申し上げましたでしょう。妙な名前だと言われたのは、あなた方が初めてです、と」
少年は含むような声色でそう告げて、ダンスを申し込む貴族のように深々と頭を下げた。
「ゲームは時として残酷なものです。フェアなルールに基づいて、案内させて頂くのが『僕』の役割――決して迷わないよう、お客様達がちりばめられたヒントに気付く事が出来るよう、幸運を祈っております」
スウェンが頭をかきながら、諦めたように廊下へと一歩を踏み出した。ログ、セイジ、エルが後に続き、全員が入ったところで、扉が一人でに閉められた。
「なんだか、嘘ばかりでよく分からないなぁ……」
扉がきちんと閉まった事を確認したスウェンが、一旦足を止めて、一同に少年の顔について訊いた。
ログが「あいつ、顔が少し霞んでいたな」と違和感を認め、セイジも「曇って見えなかった」と明かした。エルは一体何の事だろうかと首を捻ってしまった。
「見えなかったの? 俺には、顔がハッキリと見えたけど……どういう事だろう?」
「さぁね。大人である僕ら三人の目にだけ、うまく映らなかった可能性もあるけれど。――僕はね、あの少年の姿が『歪んで』、うまく認識出来なかったんだよ」
とうとう最後まで顔が見えなかったのだと、スウェンは懸念をこぼした。
※※※
四人の客人を見送った後、利用案内人である少年は、しばらくそこに佇んでいた。
一つの物音さえ響かない空間には、もはや時間の流れがあるのかさえも怪しい。
その時、不意に一組の足音が響いて、少年は訝しげに思って振り返った。そこにいたのは、胡散臭い顔をした燕尾服と蝶ネクタイをした男で、それは、少年が予想してもいなかった新たな客だった。
長身のその男は、ホテルの社員のような正装を決め込み、作り物の愛想笑いを貼りつかせたまま困ってもいない顔で、辺りを見回した。
「すっかり置いていかれてしまいました」
男は、シクシクシクシク、と口で効果音の演出を入れた。ご丁寧に蝶の刺繍の入った白いハンカチで目頭を押さえ、悲劇の主人公を楽しむように天まで仰いで見せた。
少年は急ぎ、『自分の世界の記録』を探った。
この工場の入り口に立っていたはずの、受付嬢役の女の姿が見当たらなかった。『夢』世界では、エキストラの数は決まっているので、この世界に少年が知らない役者がいるはずがない。
どうやらこの侵入者は、『役者』の一人が消失した直後に現れた不自然な男であるらしい。
その事に気付いて、少年は彼を警戒した。
「招待客の中に、あなたは含まれていませんよ。ホテルの従業員さん」
「あなたの方こそ、お客様への接客がまるでなっていませんねぇ」
男はハンカチを丁寧に折ると、皺を伸ばし、上品な手つきで胸ポケットに入れた。少年を正面から見るなり「おやおや」とわざとらしく片眉をつり上げる。
「なるほど。外部からの強制命令が届く前に『核』を奪還し、ここへ隠れたという訳ですか。そうすれば、貴方の『案内役』としての権限だけは守れる」
途端に、少年は男から距離を取って身構えた。
「――お前は、何だ?」
問いかけると、ふざけた顔を持った男が「ほほほほほ」と妙な笑い声を上げ、皮肉な顔で少年を見降ろした。
「君は完成されている『夢守』であったのに、勿体無い事ですねぇ。あの人間は、孵化する前に『宿主』から芽を引きずり出してしまった。この世界は既に、君の存在すら維持出来ないほど崩れ始めている」
「『理』を知っているということは――貴方も『夢人』なんですね?」
少年は、ようやく合点がいったという顔で、男を睨み付けた。
「貴方も、僕と同じように誰かの『夢守』であれば、少しは分かるでしょう。死した『宿主』の夢が崩壊してゆく様を最後まで見届け、決して戻っては来られない境界線上の向こうまで、彼の心を送り届けなければならない、僕の気持ちが」
「『気持ち』ですって……?」
男は両肩を震わせたかと思うと、途端に、堪え切れないといわんばかりに腹を折り「うふふふふ」と気味の悪い声で嗤い始めた。唐突に、大きな口を開いたかと思うと、空気が割れるような声で狂ったように笑った。
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