仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新

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7章 それは、偽りの存在~『エル』の想い出、そして~(4)

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 ホテルマンは、自分を見つめる四人の眼差しを受け止めると、「そうですねぇ」と説明を考えるように頬をかいた。

「こちらの『町』の町長は、工場長でいらっしゃいまして、『願いを叶える工場の稼働』が始まると、他の店は休業してしまうのだそうです」
「願いを叶える……?」
「ゲームに勝てば望んだ物が手に入るとかで、私も、是非と思い扉を叩いたのですが、受付で『その煩悩と欲まみれの形がないものについては製造範囲外』と、追い返されてしまったのですよ――ちょっとコレ、ひどくないですか?」

 そこで唐突に、ホテルマンがエルに話しを振った。

 エルは、ビクリとしてしまったが、ホテルを乗っ取る事を目的としている彼に、商品じゃないから無理なんじゃないのかな、と正直に答えるのも気が引けて「さぁ……」と言葉を濁した。

 少し思案したスウェンが、「ふうん、なるほど?」と肯いた。

「ゲームに勝てば、このエリアを突破できるって仕組みなのかな」

 彼は独り言のように呟きながら、ホテルマンへと目を戻した。

「ねぇ、君。アドバイスを一つしてあげようか。『製造範囲』と言われたのなら、恐らく受付の段階で『次の就職先につながる事』を形として願えれば、ゲームに参加出来るかもしれないよ」
「成程! 全くちっとも思いつきませんでした!」

 ホテルマンは大袈裟に相槌を打つと、胡散臭い笑い声を上げた。

「まッ、それが出来れば苦労はしないのですけれどねぇ。なんといっても、私は正直で素晴らしい、お客様の誰からも世界で一番愛される信用の厚いホテルマンですからね! 私、とっても正直者なのです!」

 上司の信頼を全く勝ちえなかった、世界で一番幸せであろう勘違い男は、そう朗らかに言ってのけた。

 ホテルマンは一通り笑い転げると、すぐに姿勢を正して正座し、スウェンに深々と頭を下げた。

「通りすがりの親切なお客様、誠にありがとうございました。どうか受付の方を騙せるよう、わたくし、心から精進致します!」
「正直者なのに、騙す気満々なんだね……」

 エルは、残念な眼差しでホテルマンの様子を窺った。クロエが警戒していないところを見ると、まぁ悪い奴ではなさそうだも思えて、「まぁ頑張って」と声を掛けた。

 仮想空間同士は繋がっているようだから、バグによって、セキュリティー・エリアの登場人物が、別の空間へ渡ってしまう、もしくは登場してしまう事だってあるのかもしれない。

 一人通りやりとりを見ていたログが、頭に手をやって「茶番かよ」と吐き捨てた。

「行くぞ。時間の無駄だ」
「そうだねぇ。じゃあ、僕らはこのへんで」

 ログが不作法に扉を開ける傍から、スウェンがホテルマンに別れを告げた。セイジは戸惑っている様子だったが、スウェンに「問題ないよ」と耳打ちされると、ホテルマンにぎこちなく会釈しつつ歩き出す。

 ホテルマンは座り込んだまま、自分を置いて建物に入ってゆく三人の男達を目で追った。

 扉の内側に片足を踏み込んだスウェンが、ふと、まだ離れた所で立ち尽くしているエルに気付いて、片手で促した。

「ほら、エル君も。行くよ」
「うん」

 そう答えてスウェン達の後に続こうとした時、不意に、ホテルマンがエルの手を掴んだ。

 エルは、何だろうか、と座り込んだままのホテルマンを振り返った。彼の手は指が細く、まるで労働などした事がないピアニストのように、日に焼けておらず白く綺麗だった。

 セイジとスウェンと、待たされて苛立つログを余所に、ホテルマンが、エルの細い手を掴んだまま、ニコニコと上機嫌な表情を浮かべた。

「えっと、何……?」
「いいえ。本日も、可愛らしい猫ちゃん様がご一緒のようでしたので」

 しばらく見つめ合った後、ホテルマンがそう言った。

「うん。俺とクロエは、いつも一緒だから」
「そうでしたか。ご挨拶しても、よろしいですか?」

 変な人だなと思いながら、エルは肯いた。

 ホテルマンが腰を上げ、改めてクロエの前で片膝を折った。

「――こんにちは、夜の貴婦人。今宵も、あなたは美しいですねぇ」

 彼の挨拶に応えるように、クロエが静かな瞬きを一つした。クロエの眼差しは、とても穏やかで落ち着いていた。

 エルは、ふと既視感を覚えた。何か思い出される事があったような気もしたが、違和感の正体はうまく掴めないまま、脳裏を過ぎった何かは途端に離れて行ってしまう。

「……ねぇ、前に俺と会った事はある?」
「おやおや、ナンパの常套句ですか?」

 ホテルマンは笑ったが、見据えるエルの真剣な眼差しに気付くと、わざとらしい咳払いをゲフンゲフンとやり「いやはや、冗談ですよ、冗談。これは失敬」と謝罪した。

「以前に、ホテルの前でお会いしましたね」
「それ以外で、会った事はない?」

 エルが続けて尋ねると、ホテルマンは笑顔のまま立ち上がり、


「――いいえ?」


 彼は、作り物の愛想笑いでそう答えた。

             ※※※

 ホテルマンと分かれて、扉から建物の中に入ったところまでは覚えている。入口の向こうには薄暗い空間が広がっていたはずだったが、足を踏み入れた所で、四人の記憶は途切れた。

 しばしの時間経過の後、エルの意識は回復した。

 エルは記憶を回想しつつ、ゆっくりと目を開けて、自分の置かれている状況を確認した。

 四人は、ぽっかりと空いた室内に並んで立っていた。右からエル、ログ、セイジ、スウェンという配置だった。エルがようやく気が付いた時には、既にそれぞれが途切れた記憶を疑問に思う顔で辺りに目を向けており、ボストンバッグの中のクロエも、鼻先を動かせて様子を窺っていた。

 床は滑らかで固く、正方形の白黒が均等に配置されたデザインだった。天井には、ダイヤ形の赤と黄色の模様が続き、壁は全て白い。

 正面には一つの大きな扉があり、ハートがモチーフにされた金の装飾が施されていた。

「ようこそ、今宵のゲームに参加される方々」

 その時、一つの声が室内に響いた。

 反射的に声のした後方へ身構えると、そこには一人の子共の姿があった。漆黒の短髪と紫の瞳、膝が少し見える正装を着こなした十三歳ほどの少年だった。

 少年の顔は質素な作りで、白い肌の他に特徴はないが、大人びた落ち着きが幼い姿には不釣り合いな、すっかり大人びた雰囲気を醸し出していた。

「初めまして。僕は、当ゲームを受付けている『利用案内人』です」
「利用案内人……?」

 スウェンが、訝しげに眉を潜めた。まるで、霞む視界に目を凝らすように細めて、しばし首を捻る。

「――変な名前だって言われた事ないかい?」
「ありませんね。あなた方が初めてです」

 子供は、困った様子もなく後ろ手を組んだ。

「他に質問がなければ、ゲームについて説明させて頂きます。ルールは簡単です。工場長が、あなた方の欲しい物をゴールに用意致しますので、ゴールまで辿り着く事が出来ればゲーム・クリアです」
「ゲームの内容ってのは、どうなんだ。俺たちは何も知らされないまま来て、お題を出すのは工場側だろ。参加者には不利なんじゃないのか?」

 ログが、口をへの字に曲げてそう言った。

 すると、少年が口許に微笑を浮かべたまま、「いいえ」と答えた。
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