仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新

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10章 夢人と宿主~そしてエル達~(7)

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「僕、結構優しく話しかけたつもりなのに……」
「お前の後ろに本音の顔が見えたんだろ。悪魔の本心ってやつが」
「え、それどういう事? ちょっと聞き捨てならないんだけど」

 ログを見つめ返したスウェンの目は、笑っていなかった。

 そんな二人を後方から追いながら、エルは「大丈夫かなぁ」と心配に思った。先程、スウェンから「僕は長時間のマラソンが苦手なんだよね」と打ち明けられたばかりだったので、彼の方もログと同じぐらい、今の状況を腹立たしく思っている可能性が高いと察していた。

 彼らを手こずらせている要因といえば、少年が予想以上に足が速い事だろう。

 少年は疲労を見せず、常に全速力で逃げ回っていた。その間に鼠男も出現していたが、ログとスウェンが、ナイフ等の飛び道具を投げて瞬殺しており、そこを節目に少年の怯えようは更に強くなっていた。

 彼らの苛立ちを見守るセイジも、どうフォローして良いのか分からない顔で、エルの隣を駆けていた。

「勘弁して下さいよぉ! 俺は走る事しか出来ない生まれたばかりの能無しなんですぅ! 食べてもきっと美味しくないし、煮ても焼いても何も出て来ないし、だからと言って男相手に夜の営みとか絶対無理ですごめんなさいぃ! うわぁ――――――ん!」
「お前ッ、俺をなんだと思ってんだコノヤロウ! 絶対ぇぶん殴るから今すぐ止まれ!」

 恐らく少年の方もパニックになっているのでは、とエルは言ってやりたかったが、走る事に必死で、それどころではなかった。少年の訴えも段々支離滅になっているのだが、ログとスウェンにとっては、削られていく体力の限界の方が問題であるに違いない。

 市場の出口が見えたところで、スウェンが舌打ちし、近くにあった荷台から林檎を一つ取った。

 少年の足を止めようという考えのようだが、実を言うと、先程から色々と物は投じており、一つも命中していない。

 というのも、少年は意外と反射神経が高かった。スウェンやログの投球は正確ではあったが、少年が避けるたびに、別の人間に当たる等の二次被害が発生していた。

 現実世界ではないとはいえ、エキストラ達の痛がる反応は本物味がある。出来れば、感情に任せた投球戦法は止めて頂きたい、というのが、エルとセイジの本音だった。

 しかし、二人が止めるべく口を開くよりも早く、スウェンが林檎を勢いよく少年に向かって投げつけていた。ログがそれに便乗する形で、別の屋台から大きな黄色い果実を掴み取り、少年に向かって砲弾のように投げ付けた。

 ってデカすぎるだろ! さすがに死ぬんじゃないの!?

「危ない!」

 エルが思わず危機感を覚えて叫ぶと、少年が一瞬、こちらを振り返った。エルに対して全く警戒心を抱いていない彼の薄い唇が、「え、ほんとに?」と動いている。

 動きをわずかに止めた少年が、振り返った刹那、その顔面で二つの果実を受けとめていた。顔面に叩きつけられた果実が粉砕し、少年は事切れたように崩れ落ちて、動かなくなってしまった。

 ログが悪態を吐きつつ、少年を俵担ぎした。顔面に果実を叩きつけた事への罪悪感は、まるでない悪い顔だった。スウェンも笑顔を浮かべており、彼に担がれた少年の隣を何食わぬ顔で並んで歩く。

 エルは少年の身を案じた。呼吸を整えながら、背伸びしつつセイジに耳打ちする。

「……彼、どうなっちゃうんだろう」
「……さぁ、悪いようにはしない、とは……思う」
 セイジは、消え入りそうな声でそう答えた。


 四人は市場を後にすると、近くの林道に入った。南国の木々が並んでおり、ちょうど良い日陰が出来ていた。木々の向こうには畑が広がり、下った先に海岸がある。

 それぞれ芝生の上に腰を下ろし、水分補給を行った。走り回ったせいか、ボストンバッグの中から出て来たクロエは憔悴しており、エルはバッグを掛けたまま慌ててしまった。セイジが暑さと水分不足に加えて目が回ってしまったのだろうと宥めるように言い、先程の市場まで走って引き返し、牛乳を一瓶買って来てくれた。

 クロエは牛乳を半分飲むと、満足げに木の傍に腰を落ち着けて丸くなった。海からの風が涼しい事もあり、四人と一匹は、しばし疲労した身体を休めた。

 身体の熱が収まった頃、ログが少年を叩き起こした。

 先程果汁を顔面にかぶったはずの少年の顔には、水分の一滴も残ってはいなかった。少年は目を覚ますと、目前に迫ったログの真顔を見て悲鳴を上げたが、ログが「うるせぇ」と軽く頭を叩くと、黙った方が得策だという事に気が付いたように口を噤んだ。

「――で、お前は一体何者なんだ」

 ログが率直に尋問すると、少年は、一層怯えた眼差しで彼を窺い見た。直視する事に耐えかねたのか、視線をスウェンへ、それからセイジへと泳がせる。

 少年は辺りを窺ってようやく、大人達の向こうエルがいる事に気付いたようだ。

 彼はエルと視線を合わせると、少し安堵の表情を浮かべて胸を撫で降ろした。エルのそばで寝ているクロエに目を向け、「あ、可愛い」と癒された表情を見せ、――ログとスウェンに視線を戻して、途端に世界の終わりのような顔をした。

「あ、あの、おおお俺を四分の一個殺しちゃうんですか」
「お前の頭ん中は一体どうなってんだよ。顔がいちいち騒がしい奴だな」

 ログが、どっかのホテル野郎みたいな面倒さを感じる、と苦渋の表情を浮かべた。

 多分、集中力がないんじゃないかな。

 感情の移り変わりが激しいというか、好奇心が移るのも早ければ戻るのも早く、何より思った事がそのまま出てしまう少年なのではないか、とエルは複雑な心境でそう考えてしまった。

「まあまあ、ちょっと落ち着きなよ」

 苛立つログと、怯えた少年の睨み合いが始まってすぐ、スウェンが口を挟み尋問役を代わった。

「僕らは支柱という、この世界を構成している源みたいな物を探していてね。その反応が君からするものだから、ちょっと話を聞こうと思って」
「支柱? なんですか、それ。源というと……ああ、『この世界の主』の事でしょうか?」

 少年はそこで相槌を打ったが、「でもなんで?」と小首を傾げた。始めの質問を無視されたログが、更に苛立ったように額に青筋を浮かべ、「おい」と低い声を発した。

「まず、お前は何者なんだ」
「俺? 俺は、この夢の『夢守』ですよ。夢守としては、経験も力もない素人ですが……」

 ログ、スウェン、セイジが、それぞれ「わからねぇ」「わからないなぁ」「何だろう?」という顔をした。

 男達の沈黙の返答を、少年は話す機会を設けられたと勘違いしたのか、事の始まりからを語り始めた。

「この世界が騒がしくなる前の事です。『我が主』が友人様と帰宅中、突然、白衣を着た男によって誰かの『夢』世界へと連れ去られたんです。見慣れない人工物の置かれた大きな部屋があって、一つの檻の中に、何人もの人間が閉じ込められていたのを、俺は『主』の目を通して見ていました。一人ずつ、大きな機械の中に入れられて……とても、おぞましい光景でした」

 少年は膝を抱えて座り込むと、自身の膝頭に額を押しつけた。
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