仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新

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10章 夢人と宿主~そしてエル達~(8)

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「部屋に、警告音みたいなアラームが鳴り響くと、機械の中で人間の身体が、沸騰して爆発してしまうんです。小さなガラス窓に、肉片や血がこびりつくたび、あの人間は『また駄目か』と呟いて、次の人間を入れました」

 くぐもった少年の声が、恐ろしさを思い出したように、震え始めた。

「そのまま無傷で機械から出てくる人間もいて、出てくると目の焦点が合っていなくて、操られているみたいに『A』と『B』の表札の部屋に行ってしまいました。主の友人様は、残念ながら、その機械の中で破裂してしまい、『俺の主』だけが機械の中に取り残されました。俺の意識は、そこで途切れてしまって、目が覚めた時には自分の世界に戻っていたんです」
「自分の世界って、――もしかして、この仮想空間の事かい?」

 スウェンが慎重に尋ねると、少年は訝しそうに顔を上げて「仮想空間?」と口の中で反芻した。

「ここは、俺の主の『夢』世界です。基本的に『夢人』は、主の心が大きく揺らいだ時以外、自分の世界を離れられないけど、俺は未熟だから、もしかしたら夢人の癖に『悪夢』を見ていただけなのかもしれないって、そう思いたかったんですけど……」

 脈絡なく話し続ける少年の口から、小さな嗚咽がもれ始めた。

「この世界が不安定になっていたから、おかしいなと思って『夢の核』を確認しに行ったら、変わり果てた『主』の身体を見付けたんです。ここは彼の世界なのに、どうして現実世界の器があるのか分からなくて、その間に外から強い力で押さえつけられてしまって、俺の意思に全く従わないエキストラ達が現れ始めました」
「この世界のエキストラは、本来君の意思に従い、君の意思が絶対にもなりうるという事だろうか?」

 セイジが、困惑を浮かべつつ尋ねた。

「従わないエキストラというと、その、鼠の顔をした兵士達、だろうか……?」
「そうなんです。あいつら、突然『夢の核』のある場所に現れて、俺、びっくりしちゃって、大事な物を抱えて逃げたんです」

 話す少年の瞳から、大粒の涙が流れた。彼は唇を噛みしめると、悔しさに拳を固めた。

「ひどいよ、俺の大切な『主』なのに……身体は冷たくなって、目も開かなくて、名前を呼んでも返事もしてくれないんだ…………死んじゃうって、とても悲しい事なんだね。お話も出来ないし、声も聞く事さえ叶わないんだから」

 話を聞きながら、エルは、大事な人を失った過去を思い出した。

 ああ、どんなに願っても二度と目を覚ましてくれないんだと、そう理解した時の悲しみが、今も胸の内側にくすぶって、胸がキリキリと痛んだ。

「……分かるよ。俺も、大切な人を失ったから」

 エルは、自分の胸に手を当てて、そう呟いていた。

「病気だったけど、そんな風には全然見えない人でさ。俺の事を育ててくれて、びっくりするぐらい元気で、だけど年が明けてから、急激に衰弱していって……」

 今でも覚えている。最期に微笑んだオジサンの目が静かに閉じられ、握りしめていた手から力が失われていった。呼吸が止まり、心拍が消えてもなお、大きな手はしばらく暖かくて、けれど、どんなに呼んでも応えてくれない事実に、エルは彼の死を実感したのだ。

 少年は戸惑うようにエルを見たが、開きかけた口をすぐに閉じた。スウェンが「それで?」と、話の先を促したからだ。

「どうして君が追われているのか、理由は分かるかい?」
「『核』は夢世界で一番大事なものなんですけど、ただの人間が分かるはずがないし、……多分、『主』の身体を追っているんじゃないかなと思います。『主』は友人様と一緒に機械の中に入れられたから、あの人間は、俺の主の身体が壊れなかった事に気付けなかったんじゃないかと。島の灯台辺りに妙な機械が設置されていたし、俺の主の身体を使って、何かするつもりなんじゃ――」
「ちょっと待った」

 そこで、スウェンが強い口調で、彼の話を遮った。

「君の話からすると、他の人間は一人ずつ機械に入れられたんだろう? それなのに『君の主』だけは、二人で入れられたという事かい? マルクも馬鹿じゃないんだ、検体の様子に気付けなかったとは思えない」

 少年の話には疑問点が多々あり、矛盾点もあった。彼は常識だと言わんばかりに語っているが、理解しようにも正体不明の単語や知識が入り混じり、一気に告げられても把握出来る筈がない。

 少年は鼻をぐずぐずさせながら、しばし考える仕草をした。視線を右へ左へと動かし、それから改めてスウェンを見据えた。

「いいえ、あの白衣の人間は、本当に気付けなかったんだと思います。俺の『主』は、連れ去られた当初からずっと、ご友人様のポケットに入ったままでしたから」
「は? つまり、どういうことだ?」

 ログが、ますます分からん、というように眉根を寄せた。

 少年が怪訝そうな顔を向けて、「だから」と言葉を続けた。

「俺の『主』は、ご友人様と一緒に暮らしていた鼠なのです」

 少年がそう告げた途端、場が静まり返った。

 首を上げたクロエが、「ニャ」と短い声を上げた。ログが拍子抜けしたように、その場に腰を降ろして髪をかき上げたところで、呪縛が解けたようにスウェンも、どこか惚けたような短い息を吐いて、思案するように顎に手をあてた。

「――何でも支柱になりうるのかよ。とんでもねぇな」
「なんでも、ではないと思います」

 少年が躊躇しつつ、呟いた。

「おじさん達がさっきから言っている支柱、という物は知らないけど、『主』には俺がいたから、あの機械に入れられても身体が残ったんじゃないか、とも思うんです」
「どういう事だい?」

 スウェンが比較的優しく訊くと、少年は少し考えてから、「実は」と続けて話した。

「あの変な機械は、『宿主』に反応するんじゃないかな、と思ったんです。『主』のご友人様は、『宿主』としての資質は持ち合わせていなかったし、機械から出て来られた人間を見る限り、皆誰かの『宿主』のようでしたから」
「えぇっと、君の言う『夢人』と『宿主』が、そもそも何なのか、念の為に訊いてもいいかい? 理解は出来ない可能性の方が高いけれど……」

 スウェンの戸惑いと困惑を見て取ると、少年が、自分の常識との相違に遅れて気付いたように、どこか呆れたように怪訝な表情を浮かべた。

「あなた達は、一体どこから来たんですか? ここへ来られた人間なのだから、俺はてっきり知っているものと思っていました」

 少年はやや愚痴ったが、ログに睨まれると、渋々身ぶり手ぶりを交えて説明し始めた。

「そのぉ、『宿主』とは、力を持った『夢』を育てる事が出来る生物の事です。『宿主』が育てた夢を守るのが『夢人』で、俺達は大きな力の意思によって生まれ、一人で一つずつの『夢』を見守り、導く役割を担っています」
「だから、ハッキリさせろって。つまりお前らは。何の為に存在しているんだ?」

 理解する努力を投げ出したログが、仏頂面で腕を組んでそう告げた。セイジに関しては、質問も思いつかないほど困惑した表情で黙りこんでいた。
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