仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新

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13章 冒険は五人と一匹で(1)

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 断崖絶壁のような細い階段を上がった先は、山肌の見える岩場だった。高所となっているため、西には海が広がっており、傾いた太陽の光が、海に眩い光りの道を浮かべて輝いているのが見えた。

 大きな岩肌の隙間から生えている草に気をつけながら、五人は、山を登るように先へと進んだ。クロエも、ボストンバッグの外へと出て、自身の足で傾斜となっている岩山を登った。

 クロエの身体は、しなるように身軽で、どことなく活き活きとしていた。つい先程、吸血獣の一件でボストンバッグの中でもみくちゃにされた事が、彼女の機嫌を損ねてしまっていたのだが、彼女の尻尾の逆立ちも今はすっかり収まっている。

「いやはや、猫ちゃん様は動作も優雅ですなぁ」
「うん。でも、すっかりストレスが溜まっちゃってたんだろうなぁ……」

 エルは、クロエの存在について、いつも意識しているつもりだった。先程の吸血獣の一件については緊急事態であり、思った以上に身体が動いてしまった事を反省している。

 不思議な事に、この世界へ来てから、エルとクロエは、お互い身体の調子が良過ぎるのだ。外の世界では少し歩くのも億劫だったクロエも、今はご機嫌な顔で岩場を駆けていた。

 この世界に夕暮れはあるのだろうか。

 エルは、ふと、そんな事を考えてしまった。気付くと傾いた日差しに対し、空は薄らと橙色を帯び始めている。照った身体に、涼しい潮風が穏やかに吹き抜けるたび、葉々の匂いが鼻腔に広がった。

 しばらく進むと、賑やかな物音が耳に入り始めた。

 岩場を抜けると、一つの村に出た。木材を重ね合わせた長い階段が山に沿って伸びており、その周囲には、布やトタンで造られた小さな建物が密集していた。山中の村には至る所に提灯が灯っており、さながらお祭りのような賑やかさだった。

「中国の古風な村を思い出すね」
「そうか? まぁ、確かに集落のような感じはするな」

 スウェンが言い、その隣でログがそう答えた。

 村人達は、どれも簡易シャツと編まれたズボンを着用していた。着物のような薄い羽織り姿の者も目立った。顔立ちは中国系から日系の範囲内で、髪と目は共に黒い。

 村の中央には、木材を重ね合わせた長い階段が敷かれていた。伸びる階段の左右には、別の細い通路が造られ、そこには手作り感漂う店が、隙間なく立ち並んでいる。

 情報収集を担当するセイジが、スウェンに目配せされる事もなく動き、近くにいた村人らしき男に尋ねた。

「ここは、一体どういう所なんですか?」
「あんたら旅人か? ここは市場だよ。満月の夜から二週間だけ、各商人が立ち寄って店を出す所さ。一等地は、あの天辺に見える建物だな。あの建物の上の方が、客人向けの宿になっていて、俺たちは売買が終わるまで、そこで寝泊まりしているんだ」

 長く伸びる階段の先には、木材質の大きな建物が鎮座していた。和風の鳥居をモチーフにされた入口が開かれ、何人もの人間が忙しなく出入りしている。浴衣を着た女性や、スリットの入ったチャイナ服の女性もおり、ログとスウェンが関心した声を揃って上げた。

「なかなかだね」
「ああ、なかなかだ」

 すると、先程セイジが尋ねた男が、目尻を下げて二人に耳打ちした。

「おいおい兄ちゃん達、やめときな。ここにゃ遊郭はねぇぞ。別に『遊郭の里』があるから、帰りにでも寄ったらいい。ここは女頭が仕切ってるからな、商品の売買は勝手だが女に手を出すとひどい目に遭うぜ」

 ログとスウェンは、女性達の様子を眺めながら上の空で「ふうん」とぼやいた。

 エルとセイジが、申し訳ないと男に礼を告げると、彼は「いいってことよ。確かに、ここは安全だからこそ良い女が揃ってるからなぁ」と陽気に笑った。

 しばらく辺りを見回したログが、腕を組んだ。

「なるほど、確かに良い女が揃ってるな。道理で、クソガキが男にしか見えねぇ訳だ」
「おい。女が皆、ぼんきゅっぼんのロングヘヤー美人だと思ってんじゃねぇぞ」

 エルは、思わず拳を固めたが、途端に「チクショー」と舌打ちしてログに指先を突き付けた。

「俺だって、未だに自分の性別が信じられねぇよッ。オジサンに相談したら、『大きくなったら立派な青年になれるから、グッジョブ』って言ってたもん! だから俺は、鍛えに鍛えまくって、いずれお前の身長を抜いてやるからな!」

 まだ二十歳なのだ、きっとその可能性はある。

 そんなエルを見降ろし、ログが呆れたように半眼を作った。

「なんだそりゃ。お前、その『おじさん』とやらを過信し過ぎじゃねぇか? 身長ってのはそんなに変わらねぇし、鍛えるだけで男になるとか、もはやホラーだろ。つか、お前が男になったら俺が困――……」

 途端に、ログが言い掛けて口を噤んだ。彼は自分の口に手をあてると、訝しげに眉を寄せて考え込んでしまった。

 珍しい様子に疑問を覚えたスウェンだが、彼は、このチャンスを逃すまいと、今にも口喧嘩に発展しそうな二人の間に割って入った。

「そんな事ないって、エル君」

 スウェンは、言い繕うようにそう述べた。

「軍人たるもの、女には目がない奴が多いんだよ。ほら、ログだって女を切らした事がないよね?」
「そこで俺に話を振るんじゃねぇよ。何人も恋人がいるお前にいわれたくねぇし」

 ログは、話を振ったスウェンをギロリと睨んだ。

「これは男として自然なもんだろ。俺は、面倒な女は掴まえねぇのがポリシーだ」
「それはそれで最低だろ」

 エルはログに一瞥をくれて、この中で一番親近感が持てて信頼も出来る、一時のパパであるセイジを上目に見つめた。

「ねぇ、男ってそんなもんなの?」

 すると、セイジが尋ねられた意味を数秒かけて理解し、何故か頬を赤らめて「ち、違うかな」と首を左右に振った。しかし、彼はかなり動揺しているようで、その後に言葉は続かなかった。

 スウェンが肩を震わせながら、セイジの肩に腕を回し「エル君、セイジは駄目なんだよ」と笑いそうな声で教えた。

「セイジはね、すっごく純情なの。もう僕がびっくりするほど、その手に関しては億劫なんだよ」
「そうなんだ、ごめん……まぁ俺も難しい事はよく分からないけど、セイジさんは、誰かさんみたいに最低野郎じゃないもんね。うん、第一印象って、すごく大事なんだなぁって改めて思った」
「あはは、ログは鈍感だし、異性の気持ちが計れるような器用な男じゃないからね。恋する楽しみって奴を分かってないのさ」

 スウェンは、セイジの肩を二回叩くと、腕を離して前髪をかき上げた。慣れた仕草は整った容姿を引き立て、普段から女性慣れしている事をエルに匂わせた。

「ログが女性から『サイテー!』ってビンタ喰らう場面とか、超笑ったね! 僕はきちんと割り切っているし、女の子達とは、一時の恋愛や雰囲気を楽しんでいるからね。ま、この任務が終わるまでの楽しみとして、後にとっておいてもいいんじゃないの、ログ?」

 うわぁ、この二人めちゃくちゃ最低だ……
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