仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新

文字の大きさ
133 / 159

19章 抗う者達の戦場(7)

しおりを挟む
「おいおいおいッ、こりゃあどうなってんだッ、クソ!」
「――あ。言い忘れてたけど、この場所はマルクが自由に出来るんだって、さっきマルク自身がそう言ってたんだった」
「そういう事は早く言えよ!」
「私は、なんとなくそうじゃないかとは思っていたのだが……」

 セイジが遠慮がちに呟いて言葉を切った。

 それぞれが足を確保し、素早く後方へと目を走らせた。アリスの場所までは、被害は及んでいないようだ。

 恐らく、アリスがいる場所は、偶然にも設定されているセキュリティーの外なのだろう。ひとまずその状況を見て取ったところで、一同は安堵の息を吐いた。きっと、賢い黒猫は安全な場所に隠れているだろうと、エルはそちらの件についても自分に言い聞かせる。

「ログ、彼女の事は頼んでくれるか?」

 揉めている状況でもない。セイジが横目で問いかけると、ログは渋るような間を置いた後、ちらりとエルを見て、「……確かに瓦礫を防ぐにはパワー不足だし、怪力戦力を引っ込めるわけにもいかねぇしな」と顰め面で肯き、アリスの元へ後退した。

 片腕を失った対地上用戦闘機MR6が、身体の向きをエル達の方向へ定めた。

『君達は何も分かっていない。彼女は生きているんだよ。ここへ逃れて、無事でいたのだ』

 地上から上空へ伸びあがった巨大な木の根が、次第にその姿を変え始めた。それは増幅しながら成長すると、根の表面が滑らかな体表へと変わり、腕も足もない動物の胴へと転じた。最後に根の先端部分には頭部が生え、獰猛な大蛇へとすり替わる。

 大地から身体を生やした数十の大蛇が、一斉に三人目掛けて襲いかかった。

 エル達は反射的に地面を蹴りあげ、跳躍して攻撃を回避した。標的を逃した大蛇の強靭な顎が、大地やビルを簡単に噛み砕いた。破壊音が鳴り響き、後方からアリスの悲鳴が上がった。

 ログが舌打ちし、走り出した。彼はアリスの前方に回り込むと、大蛇の破壊によって飛来して来た瓦礫を、鍛え上げた腕と足で打ち砕いた。

 セイジが、大地へ噛みついた大蛇の動きが僅かに止まった隙を逃さず、その胴体を掴み、そのまま持ち上げて近くのビルへと叩き付けた。彼はすぐに体制を立て直すと、二メートルはある大きな防弾ガラスの破片を拾い上げ、続いて迫り来る別の大蛇の頭に向かって振り上げた。

 時速二百キロ以上で放たれたガラス片が、大蛇の首の半分を切断した。大蛇は切断された中骨を剥き出したまま、力を失い地面へと崩れ落ちたが、その切断口からは体液の流れはなかった。

 形ばかりの大蛇達は、蛇独特の威嚇の仕草をせず、開いた口から氷柱のような鋭利な刃を覗かせて、エル達を見降ろした。

 エルは、巨大な大蛇を睨み据えた。蛇は黒い瞳をしており、その体表はタイヤのゴムのように艶のない黒をしていた。

 セイジの戦闘に巻き込まれないよう配慮しつつ、エルは跳躍しながら地上を駆け抜けると、別のビルへ噛みついた大蛇の頭に飛び移り、その脳天にコンバットナイフを突き刺した。

 深く突いたつもりだったが、ナイフの長さが足りなかったようだ。大蛇が、ビルから口を離して暴れ出した。

 こいつらには、痛みという感覚は備わっているのか?

 暴れ狂った大蛇の頭から振り落とされながら、エルは、ふとそんな事を考えてしまった。こちらに顔を向けた大蛇の瞳は混沌のような漆黒で、痛みというよりは、再起不能にされてたまるかという、造られた物が持つ、本能的な強い不快感を覚えているような気もした。

 所詮形だけなので、蛇としての性質が微塵にも設定されていない可能性はある。顔だけ見ると、顔の長い、大きな蜥蜴に見えなくもない。

 エルは地面へと落下しながら、こちらに向けて大きく口を開いた大蛇の喉奥に向けて、残り少ない銃弾を全て打ち込んだ。

『連れ出してやるんだよ、ここから。彼女は、私に生きたいと言ったんだ』

 対地上用戦闘機MR6に搭載されているスピーカーから、マルクの言葉が流れた。大蛇の口内目掛けて全ての銃弾を放ったエルは、その声の直後、後方でガチリ、と装弾される音に気付いて顔を上げた。

 ログが危険を知らせる為に走り出そうとしたが、爆音と破壊音にアリスが悲鳴を上げ、踏み止まった。彼アリスの元へ戻ると、ジャケットを彼女の上にかぶせて抱き寄せながら、戦場に向かって叫んだ。

「ミサイルが来るぞ!」

 群れた大蛇の移動と、破壊された大地やビルの粉塵が、エルとセイジの視界を邪魔していた。二人はログに答える余裕はなく、五感を研ぎ澄ませて身体を動かし、発射されたミサイル弾をどうにか間一髪で避けた。

 着弾したミサイルが、次々にコンクリートと近くの大蛇の腹部を破った。着弾地点の近くにいたセイジの巨体が、爆風をまともに受けて五メートル吹き飛んだ。

 ミサイルの着弾による爆撃で、破壊された小さな瓦礫の一つがエルの額に直撃した。不意打ちの痛みに気取られたのは、ほんの数秒もしない間だったが、注意がそれた一瞬、粉塵から大蛇の胴体が踊り出て、彼女の身体をしたたかに打った。

 エルは、半ば反射的に受け身を取ったが、そのまま近くの瓦礫に叩き付けられた。

 強烈な痛みで目が回り、思考回路が止まりかけた。眼前に迫った大蛇の腹が、エルの身体ごと瓦礫を巻き上げて締め上げる。全身の筋肉や骨が軋み、息が詰まる程の痛みが走り、エルは「ぐぅッ」と呻きをこぼした。

 手も足も出ない状況下で、エルは、無意識にセイジの無事を確認した。

 風で動き回る粉塵の間に目を走らせると、吹き飛ばされた衝撃で地面の上に転がっていたセイジが、腰をさすりつつ立ち上がる姿を見て、思わず安堵の息をこぼした。

 大蛇が顔を持ち上げて、眼前からエルを見据えた。エルは、ようやく自身の問題へと意識を戻し、どうしたものかと考えた。意地でも、痛いなんて言うものかと、痛みに顔を顰めつつも奥歯を噛み締める。

 体勢を立て直したセイジが、遅れてエルの状況に気付いた。彼はすぐさま駆けつけようとしたが、ミサイルが続けて上空から降り注いだ。

 セイジは、妨害行為だと察して舌打ちした。地面に転がっていた数百キロはあろうコンクリートの瓦礫を持ち上げ、それをミサイル目掛けて投げつけ、地上に到着する前に上空で爆発させた。

 エルの位置を確認しつつ、セイジは、地上に転がる瓦礫を押し退け、噛み砕こうと飛び込んで来る大蛇の口から身をかわしながら走った。エルの身体を締め上げる大蛇に向かい、彼は公道にある鉄柱を引きちぎって突き投げたが、別の大蛇が腹に受けとめ、地面に崩れ落ちて彼の進行方向を立ち塞いだ。

 ログが「もう我慢ならねぇッ」と、アリスから手を離し掛け時――

 彼らの頭の中に、聞き慣れた男の声が飛び込んで来た。


――いけませんよ。あなたには、まだアリスを守っていてもらわなければ困ります。


 大蛇に締めあげられるエルの意識が、遠のいたその刹那、その場に流れる空気が不意に変わった。

 漂う風が一変し、冷気を帯びた。

 強烈な殺気に気付いて、ログとセイジはエルへと目を向けた。彼女の瞼が完全に閉じられようとしていた寸前、力を失っていたはずの細い指が、僅かに反応した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...