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ろうでい

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二話 『長女と、次女』

(3)

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――

17時。

調理場は……慌ただしかった。

「お母さん!次なにすればいい!?」

「オッケー!柚子はレタス盛り付け終わったね!それじゃ次、それにシーチキン乗せてくよ!」

「わたしがやる」

「よし、悠に任せた!それじゃ次、カレーの支度始めるよ!柚子、このジャガイモ全部洗って皮むいといて!あたしはその間にニンジンの皮むくから!」

母親が「このジャガイモ」と指さしたのは、小さめの段ボールに入ったジャガイモ数十個。ウチの畑でとれたものだ。

合宿のメニューは大抵決まっている。そう、カレーだ。
うちは中学生以下は値段を引いている代わりに、メニューもいつもよりは楽な……ではなくて!
大量に手際よく作れるものにしている。コストと人件費カットの分値引きをしているというワケだ。

しかしそれでも30人分となると大変なコトである。
ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎだけのシンプルなものだが、一つ一つの食材の皮をむいて切っていくだけでも、相当な時間を要する。
しかも、今日は運動部の中学生。
単なる一人分で計算はできない。必ずお代わりを要求されるのが目に見えているので、この場合はほぼ人数の倍の量を作っておくのが家の基本となっている。

約50人分以上。
一般家庭と比べれば広い調理場でも、一般家庭で50人分のご飯は作らない。サラダとカレーの準備をしていくだけでどんどんスペースが埋まっていく。

そうこうしている間に、私はジャガイモの皮をむき終わり、手早く包丁で切っていく。
母は既に準備を済ませており、既にカットしてある玉ねぎと一緒に急いで大鍋にそれらをぶち込んでいった。

「よし!あたしは悠とサラダ仕上げて並べてくるから、柚子はそれ炒めておいて!焼き目がつきはじめたらすぐ水入れるのよ!」

「了解!うぐぐぐぐ……!!!」

信じられないくらい大きな鍋の中にある野菜たちを、信じられないくらい大きなしゃもじで炒めていく。
体力と力が必要だ。マスクをつけたまま調理をしているので、余計に息苦しくて、つらい。
絵本の魔女になった気分だが、作っているのはカレーだ。

「おかあさん、シーチキン盛り付けおわったよ」

「オッケー!悠カンペキ!次トマトのせてって!お母さんドレッシングかけてくね!」

「らじゃー」

効率よく、手際よく調理場は今日のメニューを完成させていく。
調理場には母、私、悠。悠は緊急時のみのピンチヒッターなのだが、今日は致し方ない。

客が多い時は祖父母が手伝う事になっているのだが、なんとこのタイミングで村内会の温泉旅行に二泊三日で行っている。
戻ってくるのは日曜の夜……なんて羨ましい話だ。
いつもはもう少し余裕をもって作っている料理も、母と私と妹だけで調理をしているのだから慌ただしくもなる。

……いや。
訂正する。実は大事な調理をしている、もう1人の人物がいる。

それは、うちの父親だ。

――

本館の調理場スペースは、二つに分けられている。
先ほどまで私がいたのは主に料理をして皿に乗せていくスペース。
そしてその先に小部屋があり、食器棚が部屋を取り囲むように置いてあるスペース。
そしてその先が食堂、という風な構造になっている。

食器棚には、これでもかというくらいの皿が置かれている。最大で4~50人が泊まるコトのできる民宿なのだから当然だろう。
その床に、大型の電気釜が一台。そして家庭用の電子ジャーが三台。ウチにあるご飯炊き機器を、今日はフル稼働させている。
こんな民宿だから火とお釜で炊いていると思われがちだが、流石にそれでは手が足りない。お客さんには申し訳ないけれど……田舎とはいえ、一応ここは、現代日本だ。

父は、電子ジャーの管理をしながら、今日出す白菜の浅漬けを小皿に盛っていた。
30人分のご飯を用意すると、調理場にお皿を置くだけで場所がなくなってしまう。こんな日は大抵、大柄の父はこの部屋で出来る作業をしている。

「お父さん、ご飯炊けてる?」

「……柚子か。炊けてるよ」

私の父。山賀美康人やすと
身長は180cmを超え、年齢にしては腹は出ておらず、どちらかというと筋骨隆々。
この民宿ではうどん打ちや蕎麦まで一から作っているので腕が太いのはそのせいだ。

基本的に無口で、あまり何を考えているのか娘の私でも分からないところがある。……そう考えると、悠は父のその辺りの性格を継いだのかな?と思う。
父がこういう性格をしているのは皆知っているので、私も夏もこの年代にしては父を毛嫌いするというコトは全く無い。
むしろいざという時に頼れるたくましい父……だと思っている。

「お客さん、18時前に着くんだっけ?カレーもうすぐ出来るから。サラダとその漬物出して……あとはデザートのイチゴくらいかな?」

「そうだな。……柚子」

「ん?」

ふいに父に声をかけられて、私はそちらを向く。

「体調が悪そうだな。大丈夫か?」

「え?」

驚いた。
あくまで私は風邪『気味』なだけで、夕飯を作っている時の動きはいつも通りだったはずだ。
お母さんも、悠も、私にはそんなコトを聞いてこなかったのに……。父にはそれが分かっているようだった。

……無口だけれど、しっかり見てくれている。こういうところがあるのが、私も夏も父が好きな理由の一つだ。

「……あははは!どうしたのお父さん。私、顔色悪い?」

「なんとなくな」

「大丈夫だよ。朝ちょっと具合悪かったんだけど、熱も上がってないし。それに休んでもいられないでしょ?」

「あとはお客さんがきて夕飯を出すだけだ。片付けはこっちでやっておくから、寝ていろ」

「もー、心配しすぎだよ。大変なのは皆同じでしょ?しっかりやるから」

「……」

……。

「……ほどほどにします」

「うむ」

無言で私を見る父は、これ以上ない説得力がある。

……まぁ、明日に響かせるわけにもいかないし……。ここは父に従うようにしよう。
私は体調のコトを母親に話すコトにした。

――
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