15 / 67
二話 『長女と、次女』
(5)
しおりを挟む――
「なんだよこいつー、チビのくせに生意気だなー」
「おらおら、泣いてんじゃねーよ」
あれは……確か私が小学校の高学年、夏が低学年の時だった。
理由は分からない。
何か原因があったのだろうが……私にはそれが分からなかったし、知ろうともしなかった。
下校時間。
校舎から出て校庭に出ると……広い校庭の端の方で、同学年の男子2人が、何やら誰かを取り囲んでいるのが見えた。
その中心にいるのが自分の妹だというのは何故かすぐに分かった。姉妹だから分かる勘……とでもいうのだろう。
「う、うううううっ……」
身体の大きな高学年の男子に囲まれるのは、身体の小さかった夏にとってどれだけの恐怖だったのだろう。
夏は……涙をたくさん目に浮かべながらも、逃げようとしていない。いや、できない。
尻もちをついて、地べたに座って、空にある男子の顔を見上げる事しかできていなかったのだ。
頭で考えるより先に、私は妹の元へと駆け寄っていった。
手を横に大きく広げ、2人の男子の前に立ちはだかる。
「ゆ、ゆずおねえちゃん……!」
その時の夏の救いを求める表情は、とても悲壮なものだった。
「げ。めんどくせーのがきたよ……」
「んだよ柚子。いっとくけどコイツが悪いんだからな」
「……夏。コイツらになにしたの?」
夏は私の背中でただしくしくと涙声を漏らすだけだ。代わりに目の前の太った男子が代弁する。
「コイツが前見ないで走ってきて、俺らにぶつかってきたんだよ。そんで、謝りもしねーの」
「ムカつくから突き飛ばしたら今度は黙ってるだけだしよー。ホント女ってめんどくせー」
呆れた笑いを、ヤセ型の男子が漏らす。
……私は、後ろにいる夏に問いかけた。
「夏、コイツらの言ってるコト、本当?」
「……」
「答えなさい」
「……うん……」
……私は目を閉じて、ふぅ、と息を吐くと、夏の横に立つ。
脇を持ってオロオロしている夏を立ち上がらせると……冷たく夏に言い放った。
「謝りなさい」
「……」
「アンタからぶつかったのなら、謝るべき。そうじゃないのなら違うって言う。……嘘をつくのは、許さないからね」
夏は……しばらく沈黙した末、諦めの涙を一筋流した。味方だと思っていた姉に、裏切られたと思ったのだろう。絶望的な表情を浮かべて。
「……ごめん、なさい……」
小さな声でそれだけ言った。
男子2人は、勝ち誇ったようにニヤニヤして私達2人のコトを見ている。
「最初っから言やいーんだよ。うざってーなー。これだから低学年のガキは嫌なんだよ」
「次から気をつけろよ。今度やったら……」
ッパァァァンッ!!!!
言い終わる前に、私は……
デブの男子の左頬に、右手で思いきりビンタを放った。
「ッッッーーーーーー!!?!?!?!」
校庭中に響き渡る快音。
ビンタを浴びせた男子は……そのまま、地べたに座り込む。涙目になりながら。ガリの男子は、驚いてデブの後ろに駆け寄って肩を掴む。
夏の絶望的な表情は、信じられない、という驚きの表情に変わり、目を見開いて私を見る。
「いでぇぇえ!!!いでぇええええええ!!!」
「な、な、なにすんだよ柚子!!!」
「お、お姉ちゃん……」
「夏が謝ったのはアンタらにぶつかったからでしょ。その後、夏を突き飛ばしたコトに対するビンタ」
「な、なんだとォ……。ふざけ……」
私はその言葉を遮って続ける。
「身体の大きさを利用して突き飛ばした。男子2人がかりで低学年の女の子を取り囲んで脅していた。脅しの言葉を妹に投げつけていた。アンタらが謝っても済む話じゃないのよ」
「次はアンタ。ガリ。 大人しく私に殴られる?」
「て、てめぇ、柚子……調子に乗りやがって……。先生に言いつけてやるからな…!!」
座り込んで左頬をおさえ、鼻水をすすりながら私に恨み節を言うデブ。
しかし私は、意に介さなかった。
「勝手にしろ。先生に怒られてもアンタのお母さんに怒られても、私は何も気にしないし謝りもしない。絶対に」
「夏は、アンタ達にぶつかって、謝った。アンタ達は、高学年なのに2人で夏を取り囲んで脅して、突き飛ばして、泣かせた。どう考えてもフェアじゃない」
「それを許さない、って言ってるの。黙って私に殴られるか、抵抗するのか……ハッキリしろッ !!!」
「っざけんなーーッ!!!」
ガリが、私に殴りかかってきた。
私も、ガリに殴りかかる。
今では考えられないコトだ。
小さい頃の私にそんな勇気があって、小さい夏がただただ震えていただけだった、なんて。
結果……どうなったかは、よく覚えていない。
嫌な記憶なのだろう。その後の処理がどうなったのかはよく覚えていないが……おそらく、記憶から消しているというコトは良い結果ではなかったのだろう。
先生に怒られて、男子2人の母親にでも呼び出されて怒られて……そんなところかな。
でも……ウチのお母さんには、怒られなかった気がする。
おてんばな娘では無かったとは思うし、しょっちゅうケンカをしていたワケではないが……母に怒られた記憶は、まるでなかった。
他の怒られたコトは沢山覚えているけれど、この件に関しては母はおそらく私を咎めなかったのだろう。むしろ、褒めてくれたのかもしれない。
微かな記憶……妹を、よく勇気を出して、守った、と。
あれから数年。
私の中に、あの勇気は残っているのだろうか。
夏は、この数年間、私をどんな風に見ていたのだろうか。
夏を守ろうとした私は、夏の中に、まだ存在しているのだろうか。
熱にうなされる私の頬を、何故か涙が一筋流れた気がした。
寂しさだろうか。情けなさだろうか。夏への愛着だろうか。
「なつ、ちゃん……」
半分夢の中の私は、昔の妹の呼び方を呟いて、深い眠りに落ちていった。
――
4
あなたにおすすめの小説
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる