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ろうでい

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二話 『長女と、次女』

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――

「なんだよこいつー、チビのくせに生意気だなー」
「おらおら、泣いてんじゃねーよ」

あれは……確か私が小学校の高学年、夏が低学年の時だった。

理由は分からない。
何か原因があったのだろうが……私にはそれが分からなかったし、知ろうともしなかった。

下校時間。
校舎から出て校庭に出ると……広い校庭の端の方で、同学年の男子2人が、何やら誰かを取り囲んでいるのが見えた。
その中心にいるのが自分の妹だというのは何故かすぐに分かった。姉妹だから分かる勘……とでもいうのだろう。

「う、うううううっ……」

身体の大きな高学年の男子に囲まれるのは、身体の小さかった夏にとってどれだけの恐怖だったのだろう。
夏は……涙をたくさん目に浮かべながらも、逃げようとしていない。いや、できない。
尻もちをついて、地べたに座って、空にある男子の顔を見上げる事しかできていなかったのだ。

頭で考えるより先に、私は妹の元へと駆け寄っていった。
手を横に大きく広げ、2人の男子の前に立ちはだかる。

「ゆ、ゆずおねえちゃん……!」

その時の夏の救いを求める表情は、とても悲壮なものだった。

「げ。めんどくせーのがきたよ……」
「んだよ柚子。いっとくけどコイツが悪いんだからな」

「……夏。コイツらになにしたの?」

夏は私の背中でただしくしくと涙声を漏らすだけだ。代わりに目の前の太った男子が代弁する。

「コイツが前見ないで走ってきて、俺らにぶつかってきたんだよ。そんで、謝りもしねーの」
「ムカつくから突き飛ばしたら今度は黙ってるだけだしよー。ホント女ってめんどくせー」

呆れた笑いを、ヤセ型の男子が漏らす。

……私は、後ろにいる夏に問いかけた。

「夏、コイツらの言ってるコト、本当?」

「……」

「答えなさい」

「……うん……」

……私は目を閉じて、ふぅ、と息を吐くと、夏の横に立つ。
脇を持ってオロオロしている夏を立ち上がらせると……冷たく夏に言い放った。

「謝りなさい」

「……」

「アンタからぶつかったのなら、謝るべき。そうじゃないのなら違うって言う。……嘘をつくのは、許さないからね」

夏は……しばらく沈黙した末、諦めの涙を一筋流した。味方だと思っていた姉に、裏切られたと思ったのだろう。絶望的な表情を浮かべて。

「……ごめん、なさい……」

小さな声でそれだけ言った。

男子2人は、勝ち誇ったようにニヤニヤして私達2人のコトを見ている。

「最初っから言やいーんだよ。うざってーなー。これだから低学年のガキは嫌なんだよ」
「次から気をつけろよ。今度やったら……」

ッパァァァンッ!!!!

言い終わる前に、私は……

デブの男子の左頬に、右手で思いきりビンタを放った。

「ッッッーーーーーー!!?!?!?!」

校庭中に響き渡る快音。
ビンタを浴びせた男子は……そのまま、地べたに座り込む。涙目になりながら。ガリの男子は、驚いてデブの後ろに駆け寄って肩を掴む。

夏の絶望的な表情は、信じられない、という驚きの表情に変わり、目を見開いて私を見る。

「いでぇぇえ!!!いでぇええええええ!!!」
「な、な、なにすんだよ柚子!!!」

「お、お姉ちゃん……」

「夏が謝ったのはアンタらにぶつかったからでしょ。その後、夏を突き飛ばしたコトに対するビンタ」

「な、なんだとォ……。ふざけ……」

私はその言葉を遮って続ける。

「身体の大きさを利用して突き飛ばした。男子2人がかりで低学年の女の子を取り囲んで脅していた。脅しの言葉を妹に投げつけていた。アンタらが謝っても済む話じゃないのよ」
「次はアンタ。ガリ。 大人しく私に殴られる?」

「て、てめぇ、柚子……調子に乗りやがって……。先生に言いつけてやるからな…!!」

座り込んで左頬をおさえ、鼻水をすすりながら私に恨み節を言うデブ。
しかし私は、意に介さなかった。

「勝手にしろ。先生に怒られてもアンタのお母さんに怒られても、私は何も気にしないし謝りもしない。絶対に」
「夏は、アンタ達にぶつかって、謝った。アンタ達は、高学年なのに2人で夏を取り囲んで脅して、突き飛ばして、泣かせた。どう考えてもフェアじゃない」
「それを許さない、って言ってるの。黙って私に殴られるか、抵抗するのか……ハッキリしろッ !!!」

「っざけんなーーッ!!!」

ガリが、私に殴りかかってきた。

私も、ガリに殴りかかる。



今では考えられないコトだ。
小さい頃の私にそんな勇気があって、小さい夏がただただ震えていただけだった、なんて。

結果……どうなったかは、よく覚えていない。
嫌な記憶なのだろう。その後の処理がどうなったのかはよく覚えていないが……おそらく、記憶から消しているというコトは良い結果ではなかったのだろう。
先生に怒られて、男子2人の母親にでも呼び出されて怒られて……そんなところかな。
でも……ウチのお母さんには、怒られなかった気がする。
おてんばな娘では無かったとは思うし、しょっちゅうケンカをしていたワケではないが……母に怒られた記憶は、まるでなかった。
他の怒られたコトは沢山覚えているけれど、この件に関しては母はおそらく私を咎めなかったのだろう。むしろ、褒めてくれたのかもしれない。

微かな記憶……妹を、よく勇気を出して、守った、と。


あれから数年。
私の中に、あの勇気は残っているのだろうか。
夏は、この数年間、私をどんな風に見ていたのだろうか。

夏を守ろうとした私は、夏の中に、まだ存在しているのだろうか。


熱にうなされる私の頬を、何故か涙が一筋流れた気がした。
寂しさだろうか。情けなさだろうか。夏への愛着だろうか。

「なつ、ちゃん……」

半分夢の中の私は、昔の妹の呼び方を呟いて、深い眠りに落ちていった。


――
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