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二話 『長女と、次女』
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「……ん」
夢は、急に終わった。
未だ寒気とだるさの残る身体を寝転ばせ、ぼんやりと辺りを見る。
……私、どうなったんだっけ?
昨日……民宿の手伝いをしている途中でお父さんに休めって言われて。それで家で休んで……そのあと、確か夏が帰ってきて……。
……ああ、そうか。夏が寝室まで連れてきてくれたんだっけ。
頭には氷枕、足元には湯たんぽ。布団の横には外の自販機で買ってきたスポーツドリンクが置いてあった。
……全部、夏がやってくれたのか。
小さい頃はあれだけ一緒に遊んでいた可愛い妹だったのに、お互いに進学してからなんとなく忙しくて疎遠になったような感じがしていたけれど……。
……嬉しかった。まだ妹が、私のコトを見ていてくれたコトが。それだけで少し泣きそうになる。
確か、なにか夢を見ていた気がした。
いや、夢というより思いで。小さい頃の私と夏の思い出を何か見ていた気がしたけれど……。
頭が覚醒してくると、見ていた夢の内容は泡に水をかけるように消えていってしまうのだった。
……時計を見た。時刻は朝の8時。
いつもなら慌てる時間だが、今日が土曜日だというコトを頭で認識すると、私はホッとしたように口を緩ませる。
学校に休みの連絡を入れることなく、このまま布団で休める。なんて幸せな時間なんだろう。
……。でも、なにか、忘れているような…。
……。
……!!!!
「お客さんッ!!!」
私は布団から跳ね起きる。
すっかり忘れていたが、昨日から中学生が30人、民宿に合宿で泊まっているのだった!
確か朝から村内のグラウンドで練習するって言っていて、7時には朝食食べると聞いていたはずだ。
おじいちゃんとおばあちゃんが出かけているし、悠は土曜日で寝ているだろうし……つまり、お父さんとお母さんだけで30人分の朝食を作るコトになってしまう!
5時に起きて仕込んだとしても間に合うかどうか……!時間はもう8時。既に朝食を食べ終わって片付けている最中だろう。
いや、そもそも無事に朝食を提供できたのだろうか。いつもなら団体の時は私が必ず手伝いに入っていたし、おじいちゃんたちもいたから……!
熱が出ていたからどのみち調理は手伝えなかっただろうけど…せめて片付けだけでも…!
一体どうなったのだろう。それを考えるだけで不安でたまらなくなる。
「い、行かなくちゃ……!」
昨日よりはだるさもなくなるが、まだ身体の重さは消えない。私は慌てて顔を洗って歯を磨くと、着替えて民宿の方へと向かう。
――
「お父さんっ、お母さん!ごめん!朝食、間に合った!?」
私は厨房の引き戸を慌てて開ける。
そこには……。
エプロン姿の妹が、流し台で食器を洗っていた。
慌てて入ってきた私に驚いて、キョトンと見つめている。
「……な、なつ……?」
「あ、姉貴……。どうしたんだよ。熱、もう大丈夫なのか?」
「夏……その……手伝って、くれたの?」
「昨日言ったじゃん。手伝うって。熱出てたから忘れたのか?」
「……え」
忘れていた。と、いうより……何も覚えていない。
エプロンを着て、厨房に立つ夏を見るのは久しぶりだった。
小学校まではこんな風に洗い物を手伝ってくれていたが、部活が忙しくなると民宿の方には滅多に来なくなっていたのだ。
……小さかった頃の夏が、急に大きくなって洗い物をしているような、懐かしさと違和感を感じる。
……でも。
私は夏に、心配しているコトを聞いた。
「夏、部活は?いつも土日でも朝練出てたでしょ?」
「休んだ」
「休んだ、って……だ、大丈夫なの?夏、部活好きだし、部活も厳しいんじゃ……」
「あのなー。家の一大事だろ?じーちゃんとばーちゃんもいないし、悠じゃ洗い物くらいしか任せられないし。こんな時くらい手伝うよ」
「姉貴の方こそ大丈夫?今日は一日寝てろよ。掃除とかもアタシがやるから」
……。
「う、う、う……」
「……?姉貴?」
「うわぁああああああん!!!」
私が大声で泣き始めたので、夏は驚いて私に駆け寄ってくる。
「な、なんだよ、どうしたんだよ!?」
「ごべんねなづぅぅぅ!わだじがねづだじだがらぁぁぶがづいげなぐでぇええ!!」
ごめんね夏、私が熱を出したから部活に行けなくて、と言ったつもりだった。
私のその様子を、呆れたように夏は小さく笑った。
水で濡れた冷たい手を、そっと私の額に当てる。
「馬鹿姉貴。いいから、たまには休んでろよ」
「これでも、アタシもこの民宿のコト、心配してるんだからさ」
「うばあぁあああああ!!!」
その言葉と夏の笑顔に私の涙腺は崩壊した。
「だー!風邪悪化するから! 早く家帰って寝てろ!!」
「わがっだよぉぉ!!ごべんねなづぅぅ!!」
「はやくしろー!!!」
……その後。
食堂の片付けをしていた父に連れられて、私は再び、寝室へと戻された。
――
内容は、思い出せなかった。
でも。確かあそこには……小さくて、泣いている夏がいた。私が守らなきゃ、と思っていた……大切な、妹。
……その身体は。その背中は。いつの間にか私と同じくらいになっていて。
日焼けした肌としなやかな身体がたくましくてかっこいい、ボーイッシュな女の子になっていて。
そして、私を守ってくれたのだった。
あの小さかった夏が。泣き虫だった夏が。
……忘れないでいてくれた。
家のコトを。私のコトを。
……私は、幸せな気持ちで再び眠りについた。
――
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