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六話 『好きなものは、好き』
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駆ける。
グラウンドを、ただ、ただ、前に。
より速く次の足を出し。より強く大地を蹴り。そして、ひたすらに、前に。
……最後の一歩。
アタシは身体を大きく前に出し、ゴールを通りすぎた。
「ハァ、ハァ、ハァッ……」
しばらく歩いて身体を休ませながら、ストップウォッチを持った後輩の所へ行く。
「……何秒?」
記録をつけてもらっている後輩は、少し緊張した様子でアタシに記録を見せてくれた。
ウチの女子陸上部は代々、一年生が記録係を担当してくれている。ポニーテールが可愛らしい、まだ小学生感の強い後輩だが、きっとこれからの陸上部を背負ってくれる存在になってくれるだろう。
「……28秒11です!すごいですよセンパイ!地区大会、やっぱり200mはセンパイに決まりですね!」
「……28、か」
後輩は喜んでくれたが、アタシは素直には喜べない。
200mの女子中学記録は24秒台。
アタシが歴史に残るような記録を残せるとは思っていないが、その数字がどうしても頭をよぎってしまう。
汗を拭いて、麦茶を流し込みながら考え込んでいた。……これ以上は、アタシの力では無理なのかな。
「……センパイ?」
「あ、ごめん。なんでもない」
心配そうに、後輩がアタシの顔を覗き込んできた。慌てて取り繕う。
……まあ、今はいい。
とにかく、自分の出来る事は、まだまだあるはずだ。それをひたすら試した結果を出す。……それが、きっとアタシの。
山賀美 夏の、限界なのだろう。
――
「……センパイ!!」
部活終わり。ユニフォームからジャージに着替え、部室を出たところでアタシは先ほどの後輩に呼び止められた。
ウチの中学は、ジャージでの登下校が許されている。
許されているというか、そもそも全生徒が四六時中ジャージで登下校も授業も行っている。当たり前だと思っていたが、どうやら都会ではそうでもないらしい。
制服を着るのなんて、始業式と終業式、それから定期テストの時くらいのものだった。
時刻は、もう夜と言っていい時間。身体は疲れ切っていて、さっさと家に帰って夕食を食べて眠りたいところだったが…。
アタシは振り返って、後輩の方を向いて近づく。
グラウンドの照明が、彼女の少し赤らんだ表情を照らしていた。
「ん?どうした?」
「あの……その……」
後輩は背中に両手で何かを持ちながら、身体を少し縮こまらせて落ち着かない様子でいる。
アタシは、その後輩の様子をただきょとんと見つめていた。
「えっと……突然、で……びっくり……というか、かなり驚かせて、迷惑で……なんだコイツ、って感じに思われると思うんですケド……」
「……???」
何を言いたいのか分からず、アタシの頭の上に?マークが沢山浮かんだ。
後輩は泣きそうになりながらも、一歩、こちらに近づいてきた。
「その……どうしても、わたしの中でおさまらなくて。……言わなくちゃ、ぜったい、後悔すると思って……」
「……」
そして。
後輩はスゥッ、と大きな息を吸ったかと思うと、息を吐きだしながら消えそうな小さな声でアタシに告げた。
「好き、です」
「……え?」
「……!ごめん、なさい……!でも、でもっ……!どうしても、わたし、センパイに、伝えたく、って……!女の子同士なのっ、分かってるんですけど……!どうしても……ッ!!」
「……」
「コレ、読んでください……ッ!! あの、ホント、別に破いてくれてもわたし、いいですから……っ!!」
涙を流しながら彼女は近づいたかと思うと、アタシの手をとって手紙を強引に握らせた。それを驚いて受け取った時には、もう彼女は背を向けて帰り道に走り出していた。
「あ、お……ち、ちょっと待って……!」
「ごめんなさいっ!! センパイ!!」
それを叫ぶと、もう後輩は、夜の闇の中に消えてしまっていた。
アタシはグラウンドで一人。
恐らくはラブレターであろうその手紙を持ったまま、呆然と立ち尽くす。
「……」
とにかく、家に帰って……読んでみるしかないのかな、手紙……。
――
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