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六話 『好きなものは、好き』
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『――……
どうしても、この気持ちをセンパイに伝えたくて手紙を書きました。
好きです、山賀美センパイ。 いつかでいいので返事ください。』
……。
ふう。
今時ラブレターなんて、古風で、いい子なんだな。……そう思う。
夜。
私は家の自分の部屋で、先ほど受け取った手紙を読み終えて、可愛らしい白の封筒にそれを戻す。
机で頬杖をつき、のんびりと窓の外から見える暗闇と、遠くの街の灯りを眺めていた。
窓の外ではカエルの合唱が鳴りやまない、六月の田舎の夜。物思いに深けるには、少々五月蠅いが、耳にはあまりその声は入って来なかった。
女同士。それもあるのだが、まずその恋愛という感情が自分にはピンときていないのが現状だった。
中学。周りの女子からは色恋の話もよく聞く。
自分がそういう事に興味があるのかと聞かれると適当にはぐらかすようにしてきた。というか、本当は『全く興味がない』と答えたいのだが。流石にそれは自分が他と違うようで気が引けた。
だが、その感情が全く湧き起らないのも事実であって。それが男子に対しても、女子に対しても、だ。
「……どうしよう」
この呟きは、どう返事をしようか、ではない。
どうすれば相手を傷つけずに断れるか、だ。
好き。嫌い。その感情が無いのなら……アタシには断るという選択肢しか、選べないのだった。
今回で、告白をされたのは三回目。しかもそれは、すべて女子から。
一度は小学校卒業間近に、同級生から。二度目は中学で。そして……今日が、三度め。
過去の二回は後悔をしていた。
どう言ったかは忘れたが、『興味がない』だの『どうしても無理』だの……相手の事を全く考えない返事をしてしまった。そんな微かな記憶がある。
二人とも、泣かせてしまった。そしてそれ以来、友達だったその二人とは距離を置いていた。お互い、そうするしかないのだ。
今回は……部活の後輩。
部活で練習をすれば、嫌でも顔を合わせる相手。
もし無下に返事をすれば……どうなるか考えるだけでも嫌だ。部活でお互い知らんぷりでそっけなく過ごすか……最悪、彼女は陸上部を離れてしまうかもしれない。
記録的に有望な後輩だ。まだまだのびしろがあり、走るだけではなくハードルや幅跳びでも良い記録を出している。
そんな彼女の気持ちを……アタシは断っていいのだろうか。
いっそ無理にでも付き合ってみる事にして…。いや、そんな中途半端な気持ちでは後々彼女を余計に傷つける事に……。
だったら、アタシがいっそ陸上部を離れればいいのだろうか……。
……。
ネガティブな感情が頭の中で渦巻いてきたところで、アタシは首を振ってその考えを中断した。
「……やめた。一回、落ち着こう」
気持ちを、切り替えたい。
今日は幸い『アレ』があった日だ。
週に一度の楽しみ……。アタシはスマホを取り出し、動画サイトを開いた。
……とにかく、今はアレに集中する事にしよう。
――
「――― ッグ……!貴様、何者だっ……!?」
「フッ、お前のような魑魅魍魎を滅ぼす、正義の刃ってところかな」
「正義の刃、だと……!?」
「……覚えておけ、妖怪。 俺の名を。 そして俺の太刀筋を。 地獄の果てまで、頭に刻み込んでおきなッ!!」
黒髪の青年は、腰に据えた派手な装飾のカタナを抜刀する。
刹那―― 青年の周りに、嵐が吹き荒れた。姿を隠すように吹き荒れる突風は、青年の身体を徐々に『変化』させていく。
「―― 変身!『神刃』ッ!!」
蜘蛛の顔を持つ妖怪は、驚き、その姿を見た。
嵐が止んだあとに現れた、白銀の鎧を身にまとう……仮面のサムライの姿を。
「閃光のカタナ……ジンバとは、俺の事よッ!!」
「ぐああああっ……!きた、きたぁッ……!!」
スマホの小さな画面にくぎ付けになりながら、アタシは興奮する気分を必死に抑えようとする。だが、無理なようだった。どうしても声に出てしまう。
白銀に輝く鎧風のスーツに身を包んだヒーロー……『装甲剣士 ジンバ』。
日曜の朝にやっている番組を、部活終わりに部屋で一人スマホで鑑賞するのが、アタシ……山賀美夏の、生き甲斐だった。
「ぐ、な、舐めるなァ!!これでも喰らえ!!」
「へっ!効くかよ!」
蜘蛛の怪人が口から吐き出す糸の攻撃を、ジンバと呼ばれるヒーローは煌めくカタナで斬り落としていく。
そのまま、一気に前へ。怪人の元へ駆けだし、そして叫ぶのであった。
「……奥義ッ!! 『閃光両断』!!」
怪人を通り過ぎたかと思うと、その太刀は真っ二つにするように怪人を切り裂いていた。
「グアアーーーーッ!!!」
決めポーズをするジンバ。そして、派手な爆発をして倒れる怪人。そして……。
「あああああっ……! かっこいいッ……!!やばいッ……!!」
机をバンバン叩きながら悶える、アタシ。
やばい、今週もいつもながら最高にかっこいい。週を重ねるごとにその愛が深くなっていく。
いわゆる、山賀美 夏は……『特撮女子』だった。
特撮マニアといえど、その分類は様々だ。
演じているイケメン俳優やアイドル女子のファン。その作品の脚本家のファン。作っている制作会社のファンや、主題歌のファン……。
その中でもアタシは、『スーツファン』。
いわゆる俳優さんのファンでも、スーツを着ているアクターさんのファンでもなく……純粋に、ヒーローそのものがかっこよくてたまらないのだ。
動いている姿。戦う姿。ギャグでちょっとお茶目な姿。傷つき、人を守るために振り返らず立ち向かう姿……。
そのどれもがとにかくかっこよくて、ステキで、愛おしい…。
きっかけは些細なものだった。
妹の悠が朝の魔法少女アニメが好きで、たまたま部活が休みでボーッと朝を過ごしていたアタシは朝ごはんを食べながらなんとなくそのアニメを見ていた。
そのアニメ自体はなんとなく流れていたのだが、その次の番組が問題だった。
『装甲剣士 ジンバ』―――。その初回だった。
電流が走った。
スーツを着ている人間が動いている。それは分かっていたはずなのに…。
テレビの中では、あんなにも躍動的に、活き活きと… まるで本当に存在しているように、人々を守るために戦い、傷つき… それでも、勝利していく。
理由は分からないが、それからのアタシは、それが生き甲斐の一つになっている。
ジンバを観る。悶える。画像検索してスーツ姿のジンバをただただ眺める。同じ放送を三回は必ずチェックする……。
部活以外のアタシの生活は、もはやジンバ無しには語れなくなっているのだった。
「……はああ……良かった……」
今週も、最高にかっこよかった。一頻り悶えて興奮するのを必死で抑えきった疲れで、アタシはベッドに横になる。
やや筋肉質な銀に輝くスーツ姿。かっこいい変身アイテムと、トレードマークのカタナ。そして……クールな赤い瞳の仮面。そのどれも、全てがかっこいい。
基本的に特撮というジャンルは、子ども向きという認識が世の中にはある。
『装甲剣士 ジンバ』もその類ではあるが、シナリオはしっかり大人でも楽しめるようにも作られている。アタシもそこにハマっていた。
だが……学校の誰にも、この趣味は打ち明けられていない。本当は語り合える友達も欲しいのだが、そんな子が同じ学校にいるのかも分からないし、探す術もない。
人に言うのは……やはり、抵抗がある。それでも好きな事に変わりはない。
このジレンマは、どう解消できるのだろう。
「はぁぁ……」
いっそ、ジンバに会えれば……。
目の前でジンバに会って、握手をしてもらって……。
「―― !!」
ベッドの上で、アタシは赤い顔を隠しながら、ゴロゴロと身悶えしていた。
――
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