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六話 『好きなものは、好き』
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「え?今度の日曜日?」
妹の悠は、手をつけていた宿題から顔を上げ、アタシの方を見上げた。
「ああ。NIOMで買い物したくてさ。一緒にいかない?」
「買い物?」
「いや……まあ……。えーと……。ぶ、部活のウェアとか、見ておきたくてさ……」
どうしたらNIOMでヒーローショーを見つつ知り合いに会っても言い訳しやすい環境を作れるか。
それは……ちびっこの存在だ。
最悪のケース、ジンバのヒーローショーを見ている途中に友達や知り合いに出くわした場合の保険である。
『妹が好きで、付き合いで見に来た』
この作戦でいこうと決めた。
これであればアタシがヒーローショーを見ていても、ただの妹の付き添いで来ている姉という存在でいられる。
あまり褒められた手段ではないが……ジンバに少しでも没頭するため、悠には悪いが少し協力してもらう事にした。
一人で変装でもして見に行ったのでは、知り合いに見つからないかと気が気ではない。それでは本来の目的である生のジンバに集中が出来ないのだ。
見つかってもいいさ。妹と来ているのだから。
これが、苦悩の末考えた答えだ。
しかし、妹の顔は怪訝そうである。
「なんで、わたしと?」
……ごもっともである。
「いや、えーと……たまには悠と一緒に出かけたくてさ。可愛い妹と買い物、さ」
「なんで?」
「なんで、って……いやだって、最近あんまり出かけてないし……」
「お母さんとも柚子ちゃんとも、夏ちゃんあんまり出かけてないよ?なんでわたしだけ?」
「あー、まあ、そのー……」
……尋問を受けている気分になる。
悠は小学生ながら、考えが読めない。時折相手の心にまで考えを及ぼして、子どもならではの率直な意見を出してくる事がある。今がいい例だ。
……理由に踏み込まれたくない。アタシは切り口を変える。強行突破だ。
「……頼む。何も言わずに付き合ってくれ。何でも好きなもの買ってやるから」
「なんでも?」
「ああ、好きな物。なんでもいいぞ」
……これでも、多少は民宿の手伝いをして小遣いを貰っている。少しくらい、悠の要望にも応えられるだろう。背に腹は代えられない。
「んー、じゃあね……本」
「本?なんの?」
「これ」
悠はテーブルの上にあった、ジンバのヒーローショーの事も書いてあるNIOMのチラシを持ってきた。
その中に、別の欄がある。
NIOMの中に入っている書店の欄だ。小さなその枠の中に、ピンク色の派手な本の写真があった。
『魔法皇女シリーズ最新作! Oli☆ Oli!ミラプリ4 』
……。
そうだった。
そもそもアタシがジンバにハマったのは、悠の見ていたアニメの後に番組が始まったからだった。
『 Oli☆Oli!ミラプリ4 通称:オリプリ』
日曜の朝にやっている、魔法少女アニメだ。四季折々を司る4人の魔法少女達が悪と戦うかっこいい&カワイイ作品……だと、悠が言っていた。
悠の年齢よりやや幼い子どもに向けたものではあるが……何故か悠はコレにハマっていて、日曜の朝はテレビの前にかじりついている。
物静かで気になった事はなんでも意見する悠は、このアニメが好き、となんの躊躇いもなく言える。羨ましい限りである。
「あー、コレな。悠、好きだもんね。なるほど……オッケー。えーと……」
アタシはチラシを手に取り、その欄に書いてある値段を見てみる。
『圧巻の大ボリューム!他の追随を許さない 357ページ! 税抜き3980円』
……。
「高すぎやしないかな」
「全てが書いてあるらしいから」
「……そう、か……。それなら、まあ、仕方ない、な」
……アタシの小遣い貯金へのダメージは大きいが……致し方あるまい。アタシは息を大きく吸って、吐き出しながら頷いた。
「分かった。買ってあげるから、日曜日、NIOMに付き合って」
「ダメ」
「え?」
妹のはっきりした「ダメ」の声にアタシは驚く。
「夏ちゃんのちゃんとした理由、教えてくれなくちゃ行かない」
「……」
やっぱ、隠しごとはよくないよな。悠には、アタシにちゃんとした理由がある事はお見通しだったようだ。
「……分かった、言うよ」
――
「なんだ。夏ちゃん、好きなんだ。ジンバ」
「た、頼むから母さんとか姉貴には言わないで……お願いだから……」
「なんで?」
「恥ずかしいんだよ……!悠には分からないだろーけど……!」
「ふーん、そうなんだ」
悠の頭の上に「?」マークが浮かんでいるが、まあいいだろうという感じで許容してくれた。
人に、アタシの趣味の事を言ったのはコレが初めてだ。
後にも先にも、この事を言うのは悠だけだ。他の人には絶対に知られたくない。
悠なら……魔法少女好きな悠なら、この気持ちが分かってくれるだろう。
「夏ちゃん、このジンバのショー見たいんだね。わたしも見に行くの?」
「あ、ああ……。頼む。『オリプリ』の本、買ってあげるから、そこだけ付き合ってくれないかな?」
「うん、いいよ。夏ちゃんも正直に言ってくれたし」
妹は満足そうに微笑んで、快諾してくれた。
……いい妹をもった。そう思う。
……そして、そんな妹を言い訳にしてヒーローショーを見に行く自分を、とても恥ずかしく思う。
頼む。今回だけは許してくれ。
アタシは誰でもない誰かに許しを乞うた。
「それじゃ、日曜の……お昼食べたらすぐ出発な。バスに乗っていけば30分で着くから」
「わかった。夏ちゃん、案内してね」
「ああ、任せておけ。悪いな、悠。この恩は忘れないぞ」
「? よくわからないけど、いいよ」
……日曜までに、この罪悪感をどうにかしなければな。
とにかく、これで準備は万端。
父さんは畑仕事だろう。母さんと姉貴には……うまく誤魔化して、どうにか日曜の昼過ぎに、怪しまれないようにNIOMに悠と行く。
知り合いに会ったら『妹がコレが好きで、どうしても見たいらしくて仕方なく付き添っている』。
完璧だ。
あとは、日曜日。
待ってろよ、生ジンバ……!アタシのジンバ……ッ!! フフフフフ…!!
――
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