民宿『ヤマガミ』へ ようこそっ!

ろうでい

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六話 『好きなものは、好き』

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――

「ねえ、夏ちゃん」

「うん?なんだ、悠」

「何時なの?ジンバのショーって」

「15時だな」

「……」

「は、ははは……まあ……早すぎた、よな」

日曜の昼過ぎ。
アタシと悠は、NIOMのフードコートで昼食を食べていた。
アタシは、うどん。悠はオリプリの玩具のおまけがついてくるハンバーガーセットを食べている。
……本当は私も、ジンバの玩具がついてくるセットにしたかったのだが、そこは我慢しておいた。
日曜昼のフードコートは、家族連れでごった返している。いつ知り合いと出くわしてもおかしくない状況である。こんなところでヘマをやらかすワケにもいかなかった。

時刻は、12時半。ショーまであと2時間半もある。
早すぎる、と悠に無言で突っ込まれるのも無理はないのだが……はやる気持ちがどうしても抑えられなくて、つい早めのバスに乗ってきてしまった。
アタシは冷や汗をかきながら、うどんをすすった。若干、悠が睨んでいる気がするけど……気にしないようにしておこう。

「まだ時間たくさんあるよ」

「ま、まあ色々見てみようじゃないか……。ほら、悠が言ってた本も買いにいかなきゃだし。そのおもちゃのやつの」

「オリプリ」

「そうそう、そのオリプリの」

物静かな悠が、いつにもまして怖く感じる。ここで万が一、悠に逃げられでもしたら作戦が台無しになるのだから私も必死につなぎとめなければ。

「本買ってもまだ時間あるよ」

「13時から席の準備が始まるらしいから、座っていよう。そうすればきっと、最前列で……フフフフフ……」

「……2時間もショーが始まるまで座ってるの?」

「う」

……私にとってはごく当たり前の事でも、ジンバに興味のない悠にとっては退屈すぎる時間だろう。
しかしだからと言ってそこに妥協するつもりはない。なんとしても最前列で、生スーツのジンバを目に焼き付けなければ。

「……た、頼む、悠。どうしてもそこだけは付き合ってくれ。5000円近い本買ってあげるんだからさ……。一生のお願いだから……」

「んー」

悠はしばらく考えたあと、少し微笑んで私に言った。

「かき氷、食べたいな」

……。

このうえ私の財布を更にダメージを負わせにくる妹の中に、悪魔が垣間見えた。

――

NIOM一階のイベントスペースには簡素なパイプ椅子が数百台並べられていた。
その椅子のスペースも時間が経つにつれどんどん親子連れで埋まってきており、既に会場の子どもたちは熱気を帯びてきている。
アタシも同じだ。早くジンバの姿を見たくてそわそわしはじめていた。
端の方ではあるが、かなり前の方の席に座る事が出来た。このうえなく嬉しい。

「あと一時間……あと一時間だぞ、悠……!」

「ん」

スタッフさんによると会場の飲食は自由だそうで、アタシの隣で悠は練乳がかかりバニラアイスの乗ったイチゴ味のかき氷を頬張っている。
もう、財布の中身の事は気にならない。今この時間のワクワクが味わえれば、金銭の事などっ……!

幸い、知り合いには出くわしていない。
仮にアタシの姿が誰かに見たれていたとしても、問題はない。アタシの隣でかき氷を食べる妹は否応がなしに目立つ筈だ。
明日学校でその事を指摘されても「妹が見たいと言っていて仕方なく」という免罪符が出来るのだ。

これで、邪魔する事はなにもない。ショーに集中できる。ジンバの姿を目に焼き付ける事が出来るのだ……!

50分、40分、30分……。
時間が経っていくにつれ観客も増え、ステージの方も慌ただしくセッティングが始まっている。音響機材を運ぶスタッフやマイクのテストが始まっていた。
ステージ裏には既にジンバが待機しているかもしれない。つまり、もう彼は目と鼻の先に……。

いかん。興奮して鼻血が出る。

「……嬉しそうだね、夏ちゃん」

かき氷を食べ終わり一通り満足した悠は、買ってやったオリプリの分厚くてでかい本を読みながらそう言ってきた。

「……ああ。その……ありがとうな、悠。付き合ってくれて」

「いいよ。わたしも興味がないわけじゃないから。それに、嬉しそうな夏ちゃんの顔が見れて、良かった」

「……すまない」

……悠が保護者でアタシが子どもだな。この構図は。

とにかく、ショーまであと少し……!
いよいよ、夢が現実になるのだ……!

――

「会場のみんなー!元気ですかー!」

「「「 はーい !!! 」」」

会場の子ども達のハツラツとした元気な返事が響く。その返答を聞いて、ステージ上の司会のお姉さんも嬉しそうだ。
アタシも思いっきり返事をしたいところだが、腕組みをして必死に堪える。

「さあ、いよいよあと少しで、皆の大好きな『装甲剣士 ジンバ』がこのステージにやってきます!その前に、お姉さんといくつかお約束をしてもらうからねー!良い子の皆はしっかり守れるかなー!?」

「「「 はーい !!! 」」」

……頼むぞ、良い子の皆。アタシの分までしっかりジンバを応援してくれっ…!!


「……う」

「……?どうした?悠」

「……大丈夫」

ふと、アタシは隣に座る悠の異変に気付く。
顔が青ざめている。両手でお腹をおさえて、少し辛そうな表情をしていた。

「悠、お腹、痛いのか?」

「……平気」

「平気じゃないだろ、その顔は。……とにかく、トイレに行くぞ。立てるか?」

「ダメ!」

先ほど食べたかき氷のせいだろうか。とにかく悠の背中を押えて椅子を立とうとするアタシの手を悠はそっと離した。

「もうショーはじまっちゃうから。トイレならわたし一人で行ってくる」

「で、でももし何かあったら大変だろ。アタシも一緒に行くから」

「ダメ!夏ちゃん、このショー楽しみに来たんでしょ?わたしのせいで見られなくなったら嫌」

「仕方ないだろ。ショーより悠の方が大切だぞ」

「……絶対ダメ。だったらわたし、このままガマンする」

「……悠……」

アタシを気遣ってくれている。その妹の懸命な様子に泣きそうになる。
ジンバのショーより、悠の体調の方が心配だ。……しかし……このままだと悠は意地でもここから動かないだろう。

「……分かったよ。でもなにかあったら、電話してくれよ?アタシの番号、分かるよな」

「うん。……ごめんね、夏ちゃん」

「謝るのはこっちの方だよ。無理に付き合わせてすまないな。……行ってきてくれ」

「……うん……」

お腹をおさえながら、悠は席を立って歩いていった。

……単に腹が冷えただけならばいいが。……もし何かあったら……。

……嫌な想像が、色々と頭をよぎる。

そして、この場所には今、アタシ一人だ。
先ほどまでいた妹の存在がないのは… なんだかたまらなく、心細い。

そんな心境の中、司会のお姉さんの進行は無常にもどんどんと進んでいくのであった。


「さあ、それでは間もなく! ステージにジンバがやってきますよー! 皆、楽しみに待っててねー!」


……ジンバ。ジンバなら、こんな時、どうすれば…。

――
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