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03 お嬢様の愛と呪い
しおりを挟む他種族に翼をもがれ、飛べない竜はただのトカゲだ、と言わんばかりの状態の瀕死の私に、お嬢様は手を差し伸べてくださった。
黒焦げでボコボコにあちこち腫れ、目も耳も潰れたボロ切れのような私を拾い、根気強く献身的に看病をしてくださったのだ。
実際、治療魔法をかけて命を救ってくれたのは、公爵家が雇った魔道士だったが、私の目や耳は通常の治療魔法では完全には治らなかった。
お嬢様に頼まれた大旦那様は、方々から様々な治療魔道士を探してくださった。その中に、呪術の研究をする者がいた。
呪術は、この世界では忌避されがちな魔法だ。嘘か実か、魔族に通ずる者が使う魔法だとも言われている。
しかし、私の目や耳の治療には、その魔道士が使った呪術が効果があった。
聴力は少し戻り、視力はわずかに光が感じられる程度という、効果は微々たるものだったが。継続して呪術による治療を続けていけば、完治出来るかもしれないと、その魔道士は言った。
だが、呪術は人々に忌避されるものであると同時に、ある種の人々が強く求めるものでもあった。裏社会では評判の呪術士であったその魔道士は多忙で、あまり時間をおかずに別の仕事の依頼で、他国へ旅立たなくてはならないようだった。
幼くして、すでに魔法の基礎を学んでおられた優秀なエミリアお嬢様は、出来得る限りその魔道士から呪術の基礎を学んだ。
その魔道士が旅立った後も、独学で呪術の研究をしながら、私の手当てをしてくださった。
お嬢様が自ずから作ってくださった、黒ヤモリっぽい魔物やらマンドラゴラっぽい魔草やらをグツグツ大鍋で煮込んで出来た薬は、舌が痺れるほど大層苦かったが、私の目や耳に確実に効いていた。
もうダメかと自分でも半ば諦めてかけていたというのに、少しずつ聴力や視力が戻り、お嬢様の私を労わる優しいお声が鮮明に聞こえ、私を覗き込む慈愛のお顔を初めて目にした時の、あの感動たるや……!
運命の人だと思った。
私は、生涯をお嬢様に捧げる決心をした。
確かに、お嬢様が私の薬を作る為に、わずかな蝋燭の火だけが灯る薄暗い部屋で、謎の生物の目玉や、手足などが入った血の色の液体をかき混ぜるお姿は、悪役令嬢に見えないこともないかもしれない。
耳をつんざくような悲鳴を上げて暴れる人型の魔草を、鉢植えから豪快に引き抜き、
「大人しくなさい。今トドメを刺して差し上げますわ」
と、肉切り包丁で躊躇いなく掻っ捌く姿を初めて見た時は、あまりの迫力に私でもちょっとちびりそうにはなった。
確かに、翼を失った私は、不気味な黒トカゲに見えないこともないかもしれない。
自称動物に詳しいとある治療魔道士が、
「これは、大火傷した黒鉛大蜥蜴ですな。間違いない」
と、お嬢様に断言してしまい、お嬢様も誰も彼も皆が、私をトカゲと思い込んでしまっているのは、仕方がないことなのかもしれない。
しかし、お嬢様は断じて悪役などではない、心優しく高貴なるご令嬢であるし、私は断じて黒鉛大蜥蜴ではない、誇り高き玄禍竜である。
前世に戻って、そこの所を、あの乙女ゲームを作ったクリエイター達に説教したい。
こんなんクソゲーじゃボケ!と、SNSやレビューサイトに書き込みまくりたい。
しかし、それは出来そうもないので、今世でこの状況をどうにかしていくしかない。
とにかく、まずはあの魔王サディアスを、このハーツシェル公爵家から排除しなくては……。
私は、使えそうな自分の武器を今一度確認する。
お菓子を噛み砕く、白く鋭い牙。しっぺ程度の威力を発揮出来る、しなやかな長い尻尾。余程の動物好きでないと思わず目を逸らす、迫力ある縦長の瞳孔。
うむ……。現実問題、使えそうなものはあまりない。
いやいや!一応、私にも魔力はあるのだ!頑張れば、魔法も使えるのだ。だが、魔力や体力が徐々に回復してきてから、今日まで私がこっそりしていた魔法の練習は、声帯を変化させ、人語を話すことだった。
だって、お嬢様に黒鉛大蜥蜴だと誤解されたままなのは嫌だったのだ!
然るべきタイミングで、いきなり流暢に人語を話して、格好良く竜であることを明かしたかったのだ。
そうすれば、お嬢様も大いに私のことを見直してくれて、
「さすが、私の従者ね」
と、誇りに思ってくださることだろう。
しかし、こうなってしまうと、私が竜であるということを知られるのはまずい。
竜だとわかったら、何竜なのかと詮索されるであろう。
人間たちの間では、玄禍竜とはその名の通り、禍をもたらす竜だと言われている。闇に生き、魔族に組し、影の中から矢のように突然現れて、人を襲い食らうと恐れられている。
いや、私の一番の好物は、お嬢様がくださる甘味です。人は食ったことないです。
もしかしたら、人間達の伝承通り、玄禍竜の中には魔族に組する者もいるのかもしれないが……私は違う。私はお嬢様に組している。
だからこそ、お嬢様はともかく、お嬢様以外に私が玄禍竜だと知られたら、お嬢様が余計に悪役令嬢扱いされてしまうかもしれない。
それは避けねばなるまい。苦渋の決断だが、今まで通り、無能な黒鉛大蜥蜴扱いを許容するしかない。
お嬢様がなにかにお困りの時に、颯爽と、
「我は、誇り高き竜族……。お主に力を貸そう」
と言う、夢見ていた格好良い正体明かしは露と消えてしまうが、私のせいでお嬢様が悪役令嬢扱いされるよりかはマシである。
だがしかし、そうなると、人語を話せる魔法をさらに練習して、お嬢様に未来に起こるかもしれない悲劇を伝える、という方法もとれないということになる。黒鉛大蜥蜴は知能も低いし、ろくな魔法も使えないし、勿論人語も話せないのだから。
無能なトカゲを演じなければいけないという縛りがあるのは、なかなかに厳しい。
サディアスを追い出す方法が、いよいよなくなってくる。
尻尾で自分の頭を軽くペシペシと叩きながら、知恵を絞り出す。
私が苛ついているのではと思ったのか、お嬢様が私を持ち上げて、顎から腹にかけてをよしよしと撫でてくださり出す。
ああ、お嬢様……気持ち良いです……って、今はそれどころではなくてですね。大変恐縮なのですが、頭がホワンとしてしまいますので、やめて頂けると……。ふわわわ、お嬢様、絶妙なタッチ……!
ついつい尻尾をブンブン振って喜んでいると、お嬢様は麗しく微笑んでくださった。
私も、口の端を持ち上げて、お嬢様のお心を癒す愛らしい笑顔でそれに応える。決して、ギラリと牙を見せつけて、威嚇している訳ではない。この体では、人間よりも表情に乏しくなってしまうが、お嬢様ならば私の微妙な表情の変化をわかってくださるはず。
お嬢様は、私の頭をひと撫でしてから、お茶を飲み干して自室の戻り、旦那様に呼び出される前に読まれていた本の続きを、静かに読み始めた。
急に義弟が出来て、大いに動揺していらっしゃるであろうに、この落ち着き。すぐにお勉強を再開するとは、さすがお嬢様です。
例え、その本が、表紙に髑髏のマークが描かれた毒薬図鑑であっても、私はわかっております。お嬢様が、私の為にさらに良い薬を生み出そうと、呪術の勉強をなさっていることを。
ただそれ、今後は隠れてお読みになった方がよろしいかと……。あの乙女ゲームでは、毒薬でヒロインを害そうとしたとか、呪いをヒロインにかけようとしたとか、そういう疑惑の物的証拠に使われてしまいます。
公爵家の図書室の本棚の一角を占める、お嬢様が集めた呪術に関する本コーナーも、断罪イベントがやって来る前に、いずれは片付けておかなければばならないだろう。
公爵家にある隠し部屋、という名の、お嬢様の遊び場兼研究室辺りに全て移動させないと……。いや、万が一、隠し部屋が見つかってしまったら、余計怪しまれるか。
薄暗い部屋の真ん中に、ドンと置かれた血の跡がこびりついた大鍋。禍々しい魔力を放つ魔包丁や、人の手を象った燭台。整然と並べられた鉢植えに、生き生きと茂っている毒草に魔草。干された黒ヤモリや魔物の爪。謎の生物の内臓や目玉の瓶詰め……。
あれらも、あの隠し部屋から片付けておかないと、お嬢様は悪役令嬢扱いまっしぐらである。
わ、私が……私が、なんとかしないと……!
膨大な呪術に関する品々を片付ける方法よりも、あの隠し部屋を絶対に見つからないように封印する方法を、考えた方が早いかもしれない。
いずれはその方法も考えるとして、今はサディアスである。
対サディアスの問題に関して、先ほどちょっとした名案を思いついた。さすが、知性溢れる竜族の私。さすが、麗しきお嬢様の一の従者。
自分を褒めつつ、対策案の詳細を詰めながら、いつものようにお嬢様の膝の上に丸くなる。
なにしろ、私はまだ子竜。成長の為にたくさん寝なければいけない体なのである。
こんな時だというのに、すぐに眠くなってしまう。お嬢様の膝の上が、柔らかくて心地良すぎるのもいけない……。
私は翼の生えた成竜となり、お嬢様を守り、魔王サディアスを討ち滅ぼす夢を見た。
ガオーッと勝鬨を上げ、お嬢様に褒め称えられて踏ん反り返っていたら、目が覚めた。
時刻はもう夕飯時だった。
「起きたのね。相当うなされてジタバタしていたけれども、悪い夢でも見たの?」
いいえ、良い夢を見たのです、お嬢様。成竜の私の強さと格好良さと言ったら、そりゃあもう物凄くてですね!魔王サディアスも手強かったですが……。
夢のことを説明したくて、興奮してブンブン尻尾を振っていたが、お嬢様は落ち着かせるように私の背を撫で、女中に呼ばれ食堂室へと降りて行った。
サディアスは食堂室には来なかった。どうやら、自室に閉じこもっているらしい。
まだこの家に来たばかりだから、慣れておらず疲れているのだろうと、旦那様もお許しを与えたようだ。
お嬢様と私は平和に夕食を終え、湯浴みをし、ベッドに入る。
「おやすみ、クイン」
チュッと、私の頭にキスをして、お嬢様の一日が終わる。
「…………」
お嬢様が寝入ったの見て、私は音を立てぬよう、静かにムクリと起き上がった。
暗闇の中、ギラリと目を光らす。
さて、ここからは私の時間だ。
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