お嬢様のペットはドラゴン

ミナモト

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04 竜の暗躍

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 夜が訪れた。月の光も星の光も差し込まぬ暗い夜が。
 のそり、のそりと私は体を動かす。
 人々の間では、玄禍竜は闇に生きる竜などと言われているが、その通り。私は夜行性である。
 その為、夜目も効くので暗闇でもへっちゃらである。
 月の光も星の光も差し込まない暗闇。つまり、お嬢様の部屋の窓のカーテンは閉じられていて、外から光は入って来ないが、私はノープロブレム。こんな暗い所でも、物にぶつからずに移動することが出来る。
 暗闇とは言っても一応部屋の中には、お嬢様が夜中に手洗いなどに行きたくなった時用に、小さく優しいランプの明かりが灯されてはいるが。
 お嬢様を起こさぬようにベッドを降り、広い部屋を進み、難なくお嬢様の書き物机の上まで到達する。
 いや、難なくと言うのは少し誇張があったかもしれない。音を立てずに椅子伝いに机の上まで登るのは、少しだけ苦労した。
 なにしろ私の体は、まだ体力や筋力が完全には戻っていない。それこそ、黒鉛大蜥蜴のように鈍重にしか動けない。私が知らないだけで、もしかしたらあの黒鉛大蜥蜴も、本気を出せば素早く動けるのかもしれないが。
 とにかく目標地点には到着出来た。
 私は、お嬢様の書き物机から紙を一枚拝借する。
 インクまではさすがに借りられない。もしも、インク瓶を開けるのに失敗して倒したりでもしたら、お嬢様や他の従者達の怒りを買い、私への評価が下がってしまうことだろう。
 皆の私への印象が、忠実で行儀の良い可愛らしい従者から、躾のなっていない悪たれペットへ格下げされてしまっては困る。
 私は覚悟を決めて、自分の指を口に含んだ。ガジガジとかじると、指先にピリッと痛みが走り、口の中に鉄の味が広がる。
 ペタペタとその指を紙の上に滑らせてから、私は血を止める為、指先をペロペロと舐めながら出来映えを眺めた。
 うーむ……。思っていたよりは、上手くは出来なかった。
 なにせ、今世のこの体で紙に文字を書くという行為をしたのは、これが初めてだ。
 私の優れた竜の知能は、この世界の人語は概ね理解出来る。声帯を変化させる魔法さえ使うことが出来れば、人語をペラペラと話せるのだ。実際、竜族の中には、いとも自然に人語を話す者も多い。勿論、声帯や知能の関係で話せない者もいるが。
 私は話す分には問題はないと思うのだが、読み書きとなれば話は別だ。
 無論、私の頭脳は叡智の塊なので、多少は人間の文章も読める。お嬢様がよく本を読んでいらっしゃるし、家庭教師との勉強の時も私を膝に置いてくださるので、少しは読めるようにはなった。
 だが、文章を書いたことは今日これまでなかった。
 思っていたより、かなり不恰好な文字になってしまったが、読めない訳ではないと思うし、ひとまずはこれで良しとしよう。
 指先の血が完全に止まったのを見てから、私はのそのそとお嬢様の隣に戻った。
 夜行性ではあるが、子竜の私はふかふかのベッドに入ると、どうしても眠くなってしまう。
 私は自分の仕事にそれなりに満足して、睡魔に逆らわずに眠りについた。

 朝になり、女中と乳母がお嬢様を起こしに寝室へ入って来る。
 カーテンを開けていた年若い女中が、
「……ひっ!?つ、机の上に、怪文書が!」
 と、慌てた声を上げる。
 乳母は、女中よりは幾分落ち着いていて、
「まあ!エミリアお嬢様、このような悪戯をなさって……いけませんよ」
 と、お嬢様をたしなめた。
 お嬢様は、寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。
「なんの話?」
 乳母は、書き物机の上の紙を持ち上げて、ベッドのお嬢様の所まで持って来た。
 お嬢様は、その紙を見てピクリと眉を吊り上げる。
「……私が、こんな悪戯をする訳がないでしょう」
 まずい。お嬢様にいつもの笑顔がない。起きぬけのせいもあるだろうが、これは相当お怒りのようだ。おはようのキスさえもして貰えなかった。
 お嬢様は朝の支度を終えると、片手に私を抱え、もう片方の手に紙を持ち、サディアスの部屋へと乗り込んだ
「どういうつもりかしら、こんなことを書いて」
 サディアスの目の前に紙を突きつける。
『さでぃあす、まおう、いえ、おいだす。いえのせい、より』
 紙には赤黒い文字で、そう書かれている。
「…………?」
 サディアスは、訝しげにその紙を見る。
「勝手に私の部屋に入って、こんな悪戯をするなんて……」
「……俺じゃない」
「貴方以外に、誰がこんなことをするというの?」
 すみません、お嬢様。それ私です。私はわずかに尻尾を丸める。
「俺はそんな下手な字、書かない」
 私は、文字を書くのは初めてだったのだから、仕方がないだろう。下手とか言うな。
「自分だとバレないように、わざと筆跡を変えて下手に書いたのでしょう」
 いえ、お嬢様、それは私が全力で書いた文字です。下手ですみません……。
「俺じゃない……。変な言いがかりをつけるな……!」
 サディアスは、そう怒鳴って、走って自分の部屋を出て行く。
「あっ、待ちなさい!」
 お嬢様が引き止めようとしたが、サディアスは振り向きもせず去って行ってしまった。
 まずい。非常にまずい。
 私としては、この公爵家の屋敷を守る善良なる妖精に扮して、お嬢様に注意を促そうと思っただけなのだが……。
 少し言葉が足りなかったかもしれないが、今書ける私の全力の人語があれなのだ。そもそも、血文字で書くこと自体、結構難しかったし……。
 心の中で言い訳を並べ立てるが、誰が聞いてくれる訳でもない。
 このままでは、サディアスはやってもいない悪戯の罪をお嬢様に着せられた、イコール義姉に虐められた、とか思いかねない。将来的に、お嬢様を悪役令嬢として糾弾する理由の一つにされかねない。
 私の行動は、短絡的すぎたかもしれない。
 後悔にプルプルと尻尾を震わしていると、お嬢様が背中を撫でてくださった。お嬢様の愛に溢れた優しい手つきに、少し気分が落ち着く。
「まったく……こんな悪戯をする子だなんて。やはり、ハーツシェル公爵家には相応しくないわね」
 悪戯ではなかったのだが、私がこの家に相応しくないと言われたのかと思い、一瞬ビクリとしてしまった。サディアスのことを言っているのだと気づき、ほっと胸を撫で下ろす。
 そうだ。物は考えようだ。
 私がバレないようにもっとひどい悪戯をして、その罪をサディアスになすりつけ続ければ、旦那様も手に負えない子だと気づいて、サディアスをこの家から早々に追い出してくださるかもしれない。
 これは名案だ。
 この公爵家から追い出されれば、乙女ゲームの舞台である王立魔法学園へは、劣等生でろくに魔法も使えないサディアスは入学出来ず、ヒロインと出会うこともなく、お嬢様の破滅の未来は回避されることだろう。
 ただ、もしかしたら魔王への覚醒はしてしまうかもしれないが……。まあ、ヒロインと他の攻略対象達がなんとか倒してくれるだろう。
 一応、魔王サディアスはラスボスなので、ゲーム内でも一番倒すのが難しい強敵だ。しかし、地道にヒロインのステータスと、攻略対象者達の好感度を上げていき、アイテムも万全に揃えておけば結構勝てる。
 乙女ゲームなので、あくまで恋愛がメインで、バトルの難易度はそれほど高くはない。サポートキャラや攻略対象者達が与えてくれる、敵の弱点や攻撃パターンなどのヒントを、飛ばし読みしていたりすると苦戦してしまうことはあるが……。
 それに、ヒロインが特定の時期までに、どの攻略対象者のクリア条件も満たしていないと、サディアスは魔王へ覚醒すらしない。つまり、ヒロインが誰も攻略出来ないという乙女ゲーム的なバッドエンドを迎えると、サディアスは魔王にならないし、当然お嬢様も処刑されない。
 お嬢様が、唯一平穏無事に学園生活を終えられるエンドではあるが……。しかし、その可能性に賭けるのは危険だろう。
 ヒロインが、都合良く攻略を失敗してくれるとは限らないのだから、破滅の芽は早いうちに摘んでおいた方が良い。
 まだ魔王に覚醒していない、根暗なだけの少年のサディアスには悪いが、お嬢様と私の平和な未来の為に、悪戯っ子の汚名を着て貰うこととしよう。
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