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07 お嬢様式教育方法
しおりを挟むサディアスが蚊の鳴くような声で言った謝罪を聞き、お嬢様は少し表情を和らげた。
膝の上から私を腕に抱き上げ、ゆっくりと立ち上がる。
サディアスは、がばりと起き上がり、脱兎のごとく部屋を出て行った。無事間に合えばいいが……。
サディアスと入れ替わりになるように、タバサが分厚い本を抱えて戻って来る。
「お嬢様、お坊っちゃまを解放して差し上げたのですね」
「ひとまずわね。タバサ、その本は私の部屋へ置いて来て。夕食は、やはり食堂室で頂くわ」
「かしこまりました」
ほっと安堵した顔のタバサと共に、お嬢様と私はサディアスの部屋を出る。
それにしても、お怒りの時のお嬢様は怖かった……。いや、我がお嬢様は、いつもいつでも素晴らしく麗しいが。だが、あまり怒らせないように私も気をつけよう。
私は、いつも通りゆっくり優しく背を撫でてくださる手つきに、お嬢様のご機嫌が直ったと安心して、公爵家の豪華なディナーを堪能し、お嬢様の横で眠りについた。
嵐のような一日は去り、公爵家は平穏を取り戻した……訳がなかった。
なにしろ、まだ魔王サディアスを追い出せてはいないのだ。
サディアスが私を蹴った時、私が怪我でもしていた方が、逆に良かったのかもしれない。その方が、即サディアスを追い出せたのかもしれない。
サディアスを追い出す計画を、また考えねばならない。危険な行為ではあるが、私が怪我をして、その原因をサディアスになすりつけられれば……。
ぐっすり眠り、お嬢様と和やかに朝食をとり、一息ついた時に私はそう考えていたが、その計画はまたも霧散することとなる。
その日から、サディアスの地獄の日々が始まったのだ。
地獄……またの名を、お嬢様式ブートキャンプ。
私はただ、呆然とそれを見ていることしか出来なかった。
昨日、お嬢様が申しつけられた通り、その日からの勉強や習い事の授業のほとんどは、お嬢様とサディアス、二人一緒に受けることになった。
しかし、初っ端からサディアスはその授業に来なかった。懲りずにまた逃げ出したらしい。
お嬢様は、一人で淡々と授業をこなされた後、昼食をお取りになるのもそこそこに、研究室へおこもりになられた。
以前作った魔道具を再び取り出して、呪術をかけ直していく。
しばらく経つと、魔道具が完成したのか、傍で待っていた私を抱き上げ研究室から出て、
「サディアスを捕まえて、私の所へ連れて来て」
と、使用人達にご命令された。
ほどなく、次の授業を受けていたお嬢様の元へ、サディアスが使用人達に連行されてやって来た。
「サディアス、やはり貴方には口で言ってもわからないようね」
お嬢様はサディアスの手を取り、サディアスが抵抗する間もなく、その指に指輪をはめた。
金色の指輪で、真ん中に緑色のギラギラ輝く魔法石がはめ込まれている。
サディアスは、自分の中指に無理矢理はめられた指輪を怪訝そうに見た後、すぐにそれを外そうとした。しかし、指輪はサディアスの指に固定されたかのように、どれだけ引っ張っても全く動かなかった。
「無駄よ。外れないように魔法がかかっているから。私からのささやかな贈り物ですわ。大切にしてくださいませね」
ニッコリと麗しく微笑んだお嬢様にそう言われても、サディアスはなおもまだ指輪を外そうと試みていたが、お嬢様に首根っこを掴まれて、強制的に机の前の椅子に座らされた。
「さあ、お勉強いたしましょうか。貴方は礼儀作法の勉強、私は地理の勉強。お互い頑張りましょう」
サディアスは不貞腐れた顔をしていたが、お嬢様は構わずに家庭教師達に授業の再開を促した。
サディアスが、ずっと黙って横を向いているということ以外は、滞りなく授業は終わった。
お嬢様は、自分の家庭教師にお礼を言い立ち上がると、さっさとその場を去ろうとしていたサディアスを引き止めた。
「サディアス。貴方は午前中の授業に来なかったのですから、その分を今日の夜に自習しなさい。先生、サディアスには課題を二倍にして出して上げてください」
うむ。サディアスよ、授業はサボらない方が身の為だぞ。
サディアスは不愉快な顔をするだけで、首を縦にも横にも振ることはなく無言を貫いた。
当然のようにサディアスは、次の日の授業にも来なかった。
サディアスの家庭教師が探しに行こうとした所、お嬢様は自ら立ち上がり、
「私も捜索をお手伝いいたします」
と、それはもう麗しい笑顔でおっしゃられた。
お嬢様は、ご自分の左手にはめた金の腕輪に魔力を込めて、呪文をつぶやく。
すると、腕輪の中心にある無色の石が緑色に輝き、一本の光の筋を空中に描く。柔らかな糸のように伸びていくその細い光を、お嬢様は優雅に歩きながら追いかける。
その光は、広々とした公爵家の庭園の、一つの茂みの中に行き着いていた。
お嬢様が茂みの近くまで行き、そこを指し示すと、執事のマーティンが心得たように頷き、茂みの中へと入って行き、すぐにサディアスを連れて出て来た。
不貞腐れた顔のサディアスに、お嬢様は薄く微笑みかける。
「貴方の居場所などお見通しです。逃げられると思わないことね」
斯くして、サディアスは今日は早々に授業の場に連行された。
お嬢様が昨日サディアスにはめた指輪は、対となる腕輪にその居場所がわかるようになる魔法がかけられた魔道具である。
私は、ハーツシェル公爵家の紋章が入った橙色のスカーフを首に巻いているのだが、これを留めているスカーフリングにも緑色の魔法石がはめ込まれており、同様の魔法がかけられている。
お嬢様が昔、私が万が一逃げ出して迷子になっても居場所がすぐにわかるようにと、私の為に買ってくださった物だ。サディアスが今はめている指輪は、私のスカーフリングが壊れた時の予備の為に仕舞われていた物である。
勿論、私はお嬢様に拾われてから、逃げ出すようなことも、迷子になるような間抜けなこともしていない。それゆえ、今までお嬢様がこの魔道具をお使いになられたことはほとんどなかったが、こういった形で役に立つとは。
お嬢様から頂いた大切な装飾品が、サディアスとお揃いになってしまったというのは甚だ不服ではあるが、これで他の使用人達がサディアスを捜索する手間は大分減ることだろう。
今回もやはり、サディアスがむっつり黙っているということ以外は問題なく、午前の授業は終わった。
しかし、サディアスは案の定、昨日出された課題をやって来なかったようである。家庭教師から注意を受けても、どこ吹く風のサディアスの前に、お嬢様がきらめく笑顔でずいと立った。
「サディアス、課題をやってこなかったのね。残念だわ……。貴方には、少し罰則が必要みたいね」
サディアスの前に、ドンッとグラスが置かれた。中には、青臭い異臭を放つ、濁った紫色の液体が入っている。
「これからは、課題をやって来なかった場合、これを飲んで頂きます。さあ、どうぞ」
グラスに手を伸ばそうともしないサディアスの顎を掴み、お嬢様は無理矢理その液体をサディアスの口へと流し込んだ。
「うっ!?……ぐふっ……ごほっ!」
液体を口に含んだサディアスが、目を見開き悶絶している。さぞ苦いのだろう。
だが、わざわざお嬢様がお作りくださり、自らのお手で飲ませてまでしてくださったのだから、有り難く飲み干すべきである。
お嬢様の薬は大層苦いが、とてもよく効く。
今回サディアスが飲んだのは、薬というほどでもない栄養たっぷりのただのジュースだが。あまりの苦さに、目がシャキッとするという眠気覚ましの効果もある。しばらく口が苦味に支配されるから、この後の昼食はまったく楽しめないだろうが。
私も飲んだことがあるのでわかる。初めて飲んだ時は、眠気が覚めるどころか、逆に気が遠くなりかけた。徐々に味が改良され、今お嬢様が作る栄養ジュースは昔ほど苦くはなくなったのだが、サディアスが飲んだのは、臭いと色から見るにおそらく改良前の苦味マックスの物だろう。
お嬢様は、涙目になって苦しんでいるサディアスを気にも留めず、
「さて……貴方は、今日も授業に自主的に来ず逃げ出したので、今日の課題も倍にして貰いましょうか。昨日の分と合わせて、しっかりとやってきて頂戴ね。もしも、やってこなかった場合は、残念ですけれど……」
と、お嬢様は、まだ紫色の液体が残るグラスを、顔の前で軽く振ってサディアスに見せつける。
うむ。サディアスよ、課題はきちんとやってきた方が身の為だぞ。本当に。
サディアスは、逃げ出してもすぐに見つかることから諦めたのか、次の日の授業は逃げ出さず、渋々といった体ながらも、時間通りに授業にやって来た。
しかし、課題は半分程度しかやってきていなかった。一応、残りの半分もやろうとした努力の跡は見受けられたので、おそらく考えても問題が解けなかったのだろう。いつも下を向いてばかりで、真面目に授業を聞いていなかったようだから、さもありなん。
サディアスの家庭教師は、その努力を評価して許したが、お嬢様は許さなかった。
授業後には、またあの液体が、ドンッとサディアスの目の前に置かれた。
サディアスの顔色がやや青くなる。
「残念ですけれど……決まりは決まり、罰則は罰則ですから。さあ、どうぞ」
サディアスは、お嬢様に顎を掴まれる前に、矢のような速さで逃げ出した。
ひょろくて力はないようだが、なかなかのスピードだ。それだけ、あの液体を飲みたくなくて必死なのだろうが。
しかし、無駄である。あの指輪がある限り、貴様に逃げ場はない。
程なくして、走り疲れてへばっていたサディアスは捕らえられた。
「走って喉が渇いているでしょう?さあ、どうぞ」
お嬢様が優しくそう言い、グラスをサディアスに差し出す。勿論、中に入っているのは紫色のあの液体だ。
死ぬほど喉が渇いている時に、泥水とこの液体が目の前に置かれていたら、どちらを飲むか迷うほどの味である。
しかし、栄養は満点だし、衛生的な面からも、私は断然この液体ですな。使われている材料も高価で、庶民にはなかなか手に入らない物ですが、今ならなんとタダで飲める!これほどお得なことはありませんね。生産者も、お嬢様という世界一信頼出来るお方ですし、これはもう飲むしかありませんね!
前世で観た、どこぞの通販番組にようになってしまったが……サディアスよ、躊躇せず一気にいくのがオススメだぞ。でなければ……。
躊躇したサディアスの顎がガッと掴まれ、昨日のようにお嬢様の手により口の中に液体が無理矢理流し込まれる。
昨日のリプレイを見ているように、サディアスがまた悶絶する。
「うぐぅっ!……ごほっ、げほっ!」
「……さて、貴方は先ほど逃げ出したので、今日もまた課題を倍にして貰いましょうか。昨日、やってこられなかった分も含めて、全てやってきてくださいね」
お嬢様が、空になったグラスを手に、ニッコリ笑ってそう言った。
うむ。サディアスよ…………頑張れ。
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