お嬢様のペットはドラゴン

ミナモト

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15 禁忌と言う勿れ

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 新緑の季節となっても、お嬢様は相変わらず多忙を極めておられる。
 昨日は王城で王太子妃から王子妃教育を受け、今日は著名な歴史研究家を招いてご友人達と勉強会、明日は大旦那様につき合って観劇へ。と、いつもの勉強や習い事をこなしながらこれなのだから、息つく暇もないスケジュールである。その合間に、呪術の研究も進めていらっしゃる。
 お嬢様は、最近また呪術の腕を上げられたようで、私の体調も以前よりずっと良くなった。
 なんと私は、短い距離であれば走れるようになったのだ。そう速くはないものの、これは凄い回復の兆しである。いつか、お嬢様を私の背にお乗せして、馬よりも速く走ってみせる。
 速く走ることもそうだが、ひとまず今はスタミナもつけたい所だ。走るとすぐに息が切れてしまう。
 執事のマーティンに向かって急に走り出したりすると、ビクリと跳び上がって驚くので面白い。とりあえず、最近はこうして少しでも良いので走って、スタミナをつける練習をしている。段々、マーティンをどうすればさらに驚かせることが出来るかの練習に、シフトしてきてしまっている気もするが……。
 この間知ったのだが、マーティンの奴めは別に動物嫌いという訳ではないらしい。春先に、公爵家の庭に冬眠明けのリスが来た時は、「可愛い」などとほざいていた。小鳥なども平気のようだ。近くに寄って来ても、ビクリとはしていなかった。
 ならば、リスや小鳥よりもよっぽど愛らしい私のことはなぜ苦手なのか。不可解である。動物間の不平等を撤廃させる為にも、マーティンを私という存在に慣れさせる必要がある。そう、これは大義と親切心からしていることなのである。決して、悪気がある訳ではない。フフフフ……。
 お嬢様の研究室に、ちょうどマーティンが来客を連れて入って来た。
 ドアを開けた瞬間、入り口近くに陣取っていた私を見て、マーティンが微かに肩を揺らしていたのを、私は見逃さなかった。走って行って驚かしてやろうかとも思ったが、来客もいたのでさすがにそれはやめておいた。
 この研究室に入れる人間は、公爵家以外の人間では限られている。
「ボートナム様、ごきげんよう」
「ごきげんよう、エミリア様」
 ひょろっとした細身の中年男性は、お嬢様に恭しく礼をすると、小型の木箱を鞄から取り出して、そっと机の上に置いた。
 装飾の控えめなその木箱からは、魔力が漂っている。
「まあ、これが……」
「開けますね」
 男は短く呪文を唱え、木箱の蓋をゆっくりと開いた。中には、革の鞘に収められた古びた小刀が鎮座していた。
 単なる小刀ではないことは、その小刀からも魔力が漂っていることからわかる。
「こうして見ると、本当に普通の小刀ですわね」
「ええ、小さいことも相まって、呪われた魔刀だとは気づきにくいです」
「ありがとうございます、ボートナム様。これで、呪いの魔道具についての研究が進みますわ。ウフフフフ……」
「お役に立てて光栄です。フフフフフッ……」
 薄暗い部屋で、呪いの小刀を見つめてほくそ笑んでいる二人の図は、なにか悪巧みをしているように見えなくもないが、お嬢様がこの小刀を手に入れたのは、解呪の練習の為である。
 ご自分で呪いの魔道具を作り、またその呪いをご自分で解く、という練習をされていたお嬢様だが、他人が作った呪いの魔道具の解呪も練習したいと思われたらしい。しかし、呪いの魔道具などは、表の市場にはなかなか流通しない物である。
 そんな入手困難な魔刀を仕入れて来たボートナムは、お嬢様と同じ呪術士である。ひょろっとしていて常に顔色が悪いので、若干不気味に見える外見だが、真面目な良い人間である。
 実はこのボートナムは、お嬢様に呪術の基礎を教えた、謂わば師匠である。私を、呪術で最初に治療したのも彼だ。しかし、呪術の腕は今やお嬢様の方がずっと上のようだ。
 ボートナムの腕では対処出来ない呪術の依頼があった時などに、お嬢様にたまに相談しに来る。その代わり、呪術士としてあちこちの地域を飛び回っているボートナムから、お嬢様は呪術に役立つ最新情報などを仕入れている。
 呪術の材料や道具などもこうして仕入れて来てくれたりして、お嬢様とボートナムは良い協力関係を築いている。
「手紙に書いた通り、今回はソロエクド国まで行ったのですが、あちらの呪術士と少し話しをすることが出来ました。ソロエクド国で近年使われている呪術について、わずかですがわかりました」
「是非、お教えくださいませ」
 二人は、ソロエクド国とやらの呪術士の間で近年流行っている、対象者が全身から血を吹き出して苦しむ呪いや、徐々に体が岩のように硬くなり動けなくなる呪いについて、真剣に話し合っている。
 おどろおどろしい話題だが、あくまでそういった呪いに対抗する為の、解呪の方法を知る上で必要な情報なのだ。誤解してはいけない。
 ボートナムも、若い頃は少々ヤンチャで危険な呪術士だったと、いつであったか本人が自嘲していたが、今は更生し、主に解呪や治療を専門とする呪術士である。
 私の命が今あるのも、大旦那様が彼を見つけて来てくれて、彼がその治療の依頼を受けてくれたからというのも大きい。お嬢様が一番の私の恩人であるが、一応ボートナムにも感謝はしている。
 ゆえに、この体を撫でさせてやるのもやぶさかではない。ボートナムは、この研究室に来たら、必ず私の体を撫でてから帰る。どうやら、どれくらい回復しているか健康状態を確かめる為でもあるようだが、私の愛らしさに我慢が出来ず、撫でずにいられないのだろう。そうに決まっている。
 今日も、節くれだった細い指で、私の体のあちこちを撫でてから、満足した表情で帰って行った。王都で一仕事こなした後、またすぐに他国へ旅立つらしい。多忙で人気の呪術士である。
 裏社会で暗躍する呪術士に対して、人気という言葉を使うのもおかしな話かもしれないが、家庭教師や学校で教わる魔法だけでは、解決出来ないことが世の中にはあるのだ。そして、人々は藁にもすがる思いで、禁忌とされる魔法に頼る。勿論、悪い目的で呪術士を頼る者も多いが。
 お嬢様やボートナムのように、善良な呪術士もいる。
 ただ一つ、ボートナムに対して気に食わない所は、お嬢様と文通をしていることである。情報交換が目的とはいえ、ボートナムが旅先から送ってきた手紙を、お嬢様は誰の手紙よりも嬉しそうに開ける。ボートナムがもたらす情報は、お嬢様に大分役に立っているようだ……。
 お嬢様の一の従者たるこの私を、現状一番脅かす立ち位置にいるのがボートナムかもしれない。お役立ち度では、彼の方が上かもしれない。うむむむ……っ。
 いや、私はお嬢様をおそばで支えお守りする役目、ボートナムは遠くからサポートする役目。役割分担である。それでもって、私の方がお嬢様の近くにいることを許されている分、立場が上なはずである。ボートナムよ、自惚れるでないぞ。
 ボートナムが帰ったので、お嬢様は早速呪いの小刀の解呪に取りかかられた。
 使った者の嗜虐性を高める強力な呪いがかかっているらしく、解呪には時間を要するようだ。いつの間にか夕食の時間となり、執事のマーティンが呼びに来たので、今度はしっかりと驚かせておいた。
 お嬢様は、解呪の作業を途中でやめて、小刀を結界魔法がかけられている木箱にしっかり封印した後、マーティンを壁際に追い詰めてニンマリとしている私を、腕に抱き上げた。
 マーティンよ、今日はこのくらいにしといてやる。クックックッ……。
 食堂室に向かいながら、お嬢様が優しく背を撫でてくださる。やはり、ボートナムに撫でられるよりも格段に気持良い。これから夕食だというのに、心地良さに少し眠くなってきてしまった。
 今日も、平和な一日だった。何百人もの血を吸った呪いの小刀が、公爵家に持ち込まれたこと以外は……。
 しかし、それも近いうちにただの小刀になるであろう。なにしろ、お嬢様の呪術の腕は、ボートナムが語る所によれば、近隣諸国でも五本の指に入るのではないか、というほどであるし。
 お嬢様は外で呪術をお使いになることはないので、呪術士界隈では名は通っておられないが、その実力は屈指。人気呪術士ボートナムも太鼓判。
 さすが、お嬢様である。
 表立って活躍はされず、ボートナムの陰に隠れていれば、呪術士関連から足がついて、悪役令嬢扱いされるということもないはず。あとは、研究室さえバレなければ……。そこが一番の問題なのだが……。
 お嬢様の呪術の腕のご成長っぷりならば、研究室に近づいた者には幻覚を見せて部屋の存在を感知出来なくする、などの魔法もそのうち習得されそうであるし、なんとかなるだろう。きっと。
 お嬢様は国内一の呪術士ではあるが、悪役令嬢ではない。
 呪術士イコール悪人とは、呪術をろくに知らぬ人間共のひどい偏見である。
 呪術は時として人を救う。瀕死の竜をも救う。ウィ・ニード・呪術。呪術・イズ・ラブ。
 次の日、お嬢様は無事に小刀の解呪に成功なされた。
 呪いの小刀は、単なる古びた小刀になり、人の血を吸う役目から解放されて、お嬢様の薬作りの為に、謎の魔物の肉の塊から皮を剥ぐ役目に従事することになった。
 お嬢様は、小刀の解呪を終えても、一息つくこともなくすぐに、昨日ポートナムから仕入れた、ソロエクド国の最新呪術の情報を生かした薬作りに取りかかられる。
 呪術の天才のお嬢様と言えども、すぐになにもかも作れる訳ではない。
 全身から血を吹き出して苦しむ毒薬の治療薬を作る為に、まずその毒薬作りに挑戦されたが、少ない情報の中から手探りでやっているものだから、全身から血を吹き出す毒薬のはずが、全身から毛が生え出す毒薬が出来てしまったりと、失敗も多い。
 失敗を重ね、並々ならぬ努力を重ね、やっと成功し、お嬢様はまた一つ呪術の高みへと上られる。
 その努力で磨かれた素晴らしい腕で、私の治療を行ってくださり、かつては隙間風が吹いただけでも傷に障り死にそうになっていた私を、走ることが出来るまで回復させてくださったのだ。
 今の私のこの体は、お嬢様の血と汗と涙と愛の結晶である。
 死ぬ運命にある者を努力と愛情で救うことを、どうか禁忌と言うこと勿れ。
 そんなことを言って、お嬢様を糾弾する輩には、私がこの全身から毛が生え出す呪いの毒薬をふりかけてやろう!
 無様な姿になりたくなければ、崇めよ呪術、讃えよお嬢様を。不可能を可能にする素晴らしいお嬢様と魔法に、絶え間ぬ賞賛を!
「クイン、新しい薬が出来たわよ。飲んでみて」
 イエス、マム!有り難く頂きます。ゴクゴクゴクゴクッ……ウグウッ。
「どうかしら?」
 はい、大変苦いです!血の気が引くほどまずいです!だが、もう一杯!
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