お嬢様のペットはドラゴン

ミナモト

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16 収穫祭は賑やかに

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 お嬢様と私が暮らすこのエクルワース王国は議会制であり、貴族院を有する議会は初秋から初冬にかけては休みとなる。
 議会が休みの間は、領地を持つ貴族は王都から領地の屋敷に帰り休暇を楽しむ。夏の暑さも盛りの頃、ハーツシェル公爵家の人々も、広大な領地の中心にある屋敷へと帰郷した。
 領地の屋敷は、屋敷というよりも城という造りであり、高い城壁と強固な結界魔法で厳重な警備が張られている。人同士の争いは勿論、魔物という外敵もいるので、これくらいガッツリと自衛しなければいけない。
 とは言っても、公爵領の優秀な騎士や兵士が常に周辺警備に当たっているので、城近くまで魔物が近づいて来ることなどはそうそうない。
 領地の公爵城のこの守りならば、王家の軍勢が攻めて来てもすぐに落ちることはないと思うのだが……。王都の屋敷は、貴族の居住地や貴族街自体の警備が厳重なので、屋敷には一応結界魔法が張られ、護衛の兵士達もいるものの、領地の守りほどとはいかない。王家の騎士団でも攻めて来ようものなら、ひとたまりもないだろう。
 ゲームでお嬢様が断罪されるのは、残念ながら王都の屋敷に滞在している最中の時期である。お嬢様が処刑や、一族郎党処刑などとなれば、さすがに公爵家は、特に孫娘命の大旦那様は反乱を起こしてもおかしくないのではないかと思うのだが、ゲーム内ではそういった描写はなかった。
 反乱する間もなく捕らえられ処刑されたのか、なんらかの事情で反乱が出来なかったのか……。
 考えられる可能性としては、お嬢様が断罪という情報に大旦那様がびっくりしすぎて心臓が止まったか、ギックリ腰を再発されて物理的に動けない状況にいたか、ということくらいだろう。でなければ、あの孫娘の為なら火の中水の中の大旦那様が、みすみすお嬢様の処刑を許す訳がない。
 断罪の時期以前に体調を崩して動けなかった、もしくはサディアスの覚醒時に魔物が王都に溢れた時に被害を受けて動けなかった、という可能性もあるので、大旦那様にはお体を大事にして、いざという時にお嬢様を守って頂きたいものである。
 大旦那様の体を健康に保つ為、お嬢様には大旦那様用の特製栄養ジュースを、是非作って頂きたい。あの激苦ジュースも、孫娘のお手製ならば、大旦那様は笑顔で飲み干してくださることだろう。
 領地での休暇は、今年も平和そのものであった。
 大旦那様や旦那様は休暇とは言っても、領主とその補佐としての仕事がそれなりにあるようだが、お嬢様は束の間王子妃教育から解放されて、王都にいる時よりもゆったりとしたスケジュールでお過ごしになられている。私も、ルーファスにイライラさせられることもなく、まったりと真夏から秋への季節の移り変わりを楽しんでいる。
 なんと言っても、夏は冷菓が美味しいし、秋は色々な物が美味しい。
 ハーツシェル公爵領では、毎年秋には大規模な収穫祭が行われる。公爵城がある街には、領の各地から秋の味覚が続々と集まって来て、祭りを盛り上げる。
 好物の栗がふんだんに使われているバターケーキを味わいながら、私はお嬢様の膝の上で主催者席から、色取り取りの食べ物と人々が溢れ返っている収穫祭の様子を眺めた。
 目の前のメイン広場では、毎年恒例のオレンジ潰し大会が開かれ、その盛り上がりは最高潮を迎えている。
 この公爵領には、鮮血オレンジという、分厚い皮と血の色の果肉と果汁を持つ、秋に収穫される珍しい種類のオレンジが、名物の一つとしてある。
 その硬い皮の鮮血オレンジを、丸ごと一つ手で握り潰してジュースにし、グラスから飲み干すまでの速さや美しさや、ジュースがどれくらい美味しそうかを競うという、よくわからない大会がこの収穫祭では毎回催されている。
 どうやら、今年も三年連続チャンピオンであるダンニーア村のコムゾットさんが、危なげなく優勝を果たしたようだ。ちなみに、この大会の殿堂入りチャンピオンは大旦那様である。極めてどうでも良い情報だが……。
 オレンジ潰し大会の伝説の帝王である大旦那様は、優勝者に拍手を送りながらも、今年も公爵家から優勝者が出なかったことを、こっそり嘆いておられる。
 若い頃は、掟破りのジュース直飲みなどをやって、一度失格になったりしつつも、高速のオレンジ潰しでブイブイ言わせていたらしいが、十年連続優勝を果たして殿堂入りとなり、ご本人は出場出来なくなってしまった。その為、自分の後継となる、公爵家からの優勝者の輩出を心待ちにしておられるらしい。
 去年までは、お嬢様もこの大会の子供の部に出場されていた。
 オレンジを握り潰すお嬢様は、麗しく優雅で気品に溢れ、まるで秋の豊穣の女神のようで、真っ赤なオレンジの汁が飛び交うこの大会の、一服の清涼剤となられていた。
 しかし、第一王子の婚約者となられたことで、今年の出場は自粛されている。
 本当にどうでも良い大会ではあるが、美しくオレンジを握り潰すお嬢様のお姿が見られないことは、とても残念である。収穫祭に集まっている領民にとっても、目の保養に心の癒しとなっていたであろうに大きな損失だろう。くそう……王家め。ルーファスめ。
 今年は、子供の部にはサディアスと、お嬢様の父方の従姉妹であるエルシー様が出場していた。
 エルシー様の弟であるエリック様は、まだ幼い為出場資格がない。お嬢様と同じく主催者席で、大会の前座として行われていた、一角山羊の乳搾り競争を興味深げに眺めていたが、それが終わった頃にはおねむのようで若干ウトウトしていた。前座だけ真剣に見て、メインのオレンジ潰し大会を見ないのは、勿体ないと言えなくもないが、小さい子なので仕方がないだろう。
 子供の部は、大人よりも個性豊かな握り潰しを見せ、和やかながらもなかなかの盛況ぶりだった。
 サディアスは逞しくなったもので、優勝目前まで行ったのだが、握り潰した際にオレンジの汁が目に入り、痛がって時間をロスしてしまい減点され準優勝だった。
 エルシー様は、握り潰すまでのパフォーマンスが長くて、大幅に時間をロスし減点されて、平凡な成績に終わった。
 二人ともなんとも情けない。それは、大旦那様も嘆くというものである。
 ちなみに、旦那様は「オレンジジュースが苦手」と言って、そもそも出場もされていない。
 大丈夫か、次代の公爵領。オレンジジュースよりもトマトジュースの方が好きな旦那様の手によって、名物がオレンジからトマトに変えられ、歴史あるオレンジ潰し大会がトマト潰し大会に取って代わられていないか不安である。まあ、かなりどうでも良いことではあるが……。
 私は、真っ赤なフレッシュオレンジジュースをペロペロと飲みながら、大旦那様からそれぞれの部の優勝者に、優勝の楯と副賞である鮮血オレンジ一年分が贈られるのを、ボーッと眺める。
 貴族や金持ちとは違い、食べ物の保存方法が限られている庶民では、オレンジ一年分は逆に困るのではないかと思うのだが、きっと村中で分け合って食べるのだろう。それぞれの部門の優勝者達は、楯を受け取り誇らしげに胸を張り、副賞にも感激しているようだ。
 授与式を終えて、サディアスとエルシー様が主催者席に戻って来た。
「二人共、お疲れ様です。サディアスは惜しかったわね」
 二人を出迎えたお嬢様に向かい、準優勝の楯を腕に抱えながら、サディアスが頭を下げる。
「申し訳ありません、負けてしまいました。昨年の姉上の準優勝の雪辱を果たす為にも、私が代わりに優勝したかったのですが……」
「良く頑張ったと思うわ。来年からは、大人の部に出場することになりますし、優勝はより難しくなるかもしれませんが、貴方ならばきっと良い成績を残せると思うわ」
「ありがとうございます。精進いたします」
 サディアスは、わりと真剣にオレンジ潰し大会に取り組んでいたらしい。準優勝だが、結構悔しそうにしている。
 エルシー様は、ハァーと溜め息を吐きながら、競技により少し乱れてしまっていた前髪を払った。
「残念です。私のあの演出が認められないとは……」
「やはり、より早く握り潰した方が良いと思うけれど」
 お嬢様とエルシー様が話しておられると、そこへ大旦那様も戻って来られた。
「サディアス、準優勝とは良くやったな。来年も期待しておるぞ。エルシーは惜しかったな。やはり素早く握り潰した方が、良かったのではないか?」
「ですが、お祖父様……なぜ握り潰すかの理由と、そこまでの過程も重要だと思うのです。握り潰す理由に説得力を持たせる為の、物語性を表現してみたのですが……。審査員の方々には伝わらなかったようで残念です」
 エルシー様が行ったパフォーマンスは、オレンジを握り潰す前に目の前のオレンジを、魔王が現れる前兆だと言われる邪悪な赤い月に例えて、
「我が拳が、この闇夜と赤き月を打ち砕き、豊かな大地を再び取り戻す為、恵みの雨を降らせてみせよう!」
 と、身振り手振りを交えて長い前口上を述べてから、ようやくオレンジを握り潰すというものだった。当然、そんな演劇じみたパフォーマンスは、大会に必要とされていない。減点対象である。
 しかし、大旦那様はエルシー様の反論に深く頷いた。
「うむ……エルシーが言うことも一理ある。物語性か……さすがエルシー、私の孫。あの審査員共の目は節穴だ。新たに物語性の表現力も審査基準に加えるべきだ。どれ、私が抗議して来てやろう」
「やめてください、貴方」
 審査員達の所へ向かおうとする大旦那様の腕を、大奥様がしっかりと握って有無を言わさず止めた。
 良かった……。この大会の、ただでさえよくわからない審査基準が、さらに混迷を極めることにならなくて。大奥様という公爵家の良心により、オレンジ潰し大会のほどほどによくわからないルールは無事守られた。
 収穫祭のメインであるオレンジ潰し大会を終えたら、あとは夜の花火で祭りは締め括られる。
 花火が上がるまでは、人々は屋台やレストランで収穫祭の特別な料理を楽しんだり、楽団演奏により終始流れている音楽に合わせて踊ったりと、思い思いに祭りを楽しんでいる。
 やがて、そろそろかという時間になると、皆で手を止めて夜空を眺める。
 今か今かと待ち詫びる人々の期待を裏切らず、暗闇に大輪の花が咲く。
 私も、お嬢様の腕の中で花火を眺める。秋の味覚をたらふく食べてかなり眠いが、やはりこれだけは見逃せない。
「綺麗ね……」
 お嬢様のお言葉に頷く。ハーツシェル公爵領の花火は一際美しい。安心して過ごせるこの地で見るからこそ、余計に美しく感じるのかもしれない。出来れば、ずっとここで過ごしていたいが……。
 もうすぐ冬が来る。そうしたら、王都に戻らなければいけない。冬が終われば、お嬢様はゲームの舞台である学園に入学される。不安は尽きない。
 花火は終わり、暗い夜空に静寂が戻る。地上では人々が再び動き出し、大人達はまだまだこれから酒を飲んだりして、祭りの余韻を楽しむらしいが、お嬢様やサディアスなど子供はもう眠る準備に入る。
 私は、寝室へ行く前に、すでにお嬢様の腕の中でうつらうつらとしてしまっている。外で大人達が笑い合い、騒いでいる声さえ耳に心地良い。
 領主と領民が触れ合う貴重な機会である、ハーツシェル公爵領の収穫祭は、こうして今年も平和につつがなく終了した。
 ただ、私はやっぱりちょっと太った。秋は……収穫祭は、食べ盛りの年頃の者にとっては、魔物である。
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