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19 義姉のペットはトカゲ? (サディアス視点)
しおりを挟む勉強や、習い事漬けの生活にも段々と慣れてきた。
教師の言っていることが理解出来るようになってくると、授業を退屈だと思うこともなくなってきた。
ただ、魔法の授業だけはやる気が出なかった。
この生活に慣れてきたからこそ、この生活を失うのが惜しくなったからだ。またあの力が暴れて、ここが灰になったりすれば、今の生活は崩れる。さすがに彼女も、ハーツシェル公爵家の他の人間達も、私を恐れるかもしれない。
遠巻きにされるのは慣れている。だが、今はもう少しだけ、この生活を続けてみたい。
だから、あの力がまた私の中から溢れ出さないように、抑えておく必要がある。
魔法を使おうとすると、私の中のなにかがもっと、もっとと言う風に、急かしてくる気がする。ついその声に従ってしまうと、気がつけば辺りは火の海……などということになりかねない。
なので、出来ることならば、なるべく魔法は使いたくない。
それでも、全くやらないと彼女が怒るだろうから、少しは頑張った。蝋燭に小さな火が灯せる程度のことならば、力を暴走させずになんとか出来るようになった。
私としては、これが限界だったのだが、彼女は満足しなかった。
他の授業に比べて、魔法の授業に対してやる気が見られないことを、厳しく叱られた。まさか、久しく飲んでいないが、またあの劇物を飲まされるのか!?と焦ったが、彼女がしたことは、魔法の教師を変更することだった。
新たに、古老の魔道士が、私の教師として公爵家にやって来た。
その老魔道士は、しばらく私に丁寧に魔法を教えていたが、それでも私の魔法の腕が伸びないことを見て取り、その原因を魔力が人より多すぎる為だと推測した。
その対策として、魔力制御の魔道具をつけて魔法を使ってみることを提案してきた。
彼女は、その提案に乗ったが、私はどうせ無駄だろうと思っていた。
昔、父が、私に黒い炎を出させない為に、変わった道具を買って来たことを覚えている。しかし、その道具はすぐに灰になった。父は絶望したような顔をして肩を落とし、親族達は「高価な物だったのに……」とヒソヒソと話していた。
老魔道士も言っていたが、魔力制御の魔道具とやらは随分高価な物らしい。
今まで受けた経済の授業などによって、お金の価値というものが私にもわかってきた。
そんな高価な物が灰になったら、彼女も絶望的な顔をするのだろうか。公爵家は、私の前の家よりもずっと金持ちのようだが、絶望的とは言わないまでも、がっかりくらいはするかもしれない。
彼女に失望されるのは、なんとなく嫌な気がする……。
届かなくてもいいのにと思っていたが、魔力制御の魔道具は公爵家についに届いてしまった。
意匠を凝らした華美な分厚い銀の腕輪が、私の両手首にはめられた。
これを購入してくれた公爵家には悪いが、はっきり言って、薔薇の模様が彫り入れられたこの重い銀の腕輪は、私には似合わない気がする。はめてみても、どうにもしっくりこない。これならまだ、彼女がくれた金の指輪の方が、私には似合っていると思う。それは、先ほど彼女の手によって外されてしまったが……。
腕輪をはめた状態で、魔法を使うようにと老魔道士に言われた。
試しに、蝋燭に火を灯すいつもの要領で、魔法を発動してみる。この魔法を使う為には、自分の中から勝手に溢れ出しそうななにかを、抑えながらやらなければいけない。今日も、抑え込もうと精神を集中させた。
腕輪がズシリと重くなり、より一層冷たくなる。力がそこに吸われるように集まり、その隙に私はいつもよりも楽に力を抑え、魔法を発動することが出来た。
腕輪は灰にはならなかった。私は、赤い火の魔法の発動を、力を暴走させずに初めて維持することが出来た。
まさか、上手くいくとは思わなかった……。
呆然と手の上の炎と、腕輪を見つめていると、彼女が老魔道士に深々と頭を下げて、
「では、先生。義弟を、どうぞよろしくお願いいたします」
と、言った。
おとうと……。一瞬誰のことなのかと思ったが、状況的に考えて、私のことを言っているということはわかった。
私は、彼女の弟らしい。関係性は確かにそうだが、彼女に弟と呼ばれたのは初めてだったから戸惑った。
胸の中に、また一つなにか温かいものが灯る。
なんと、私には姉が出来たのだ……。ようやくそれを実感する。
絵本の絵だけを眺めていた頃、手を繋いで微笑む家族が描かれた本があった。私とは全く関わりのない、遠い世界のどうでもいい物語だと、パラパラと適当に眺めるだけだった。
家族なんてよくわからない。母のことは記憶にないし、父の記憶は怯えた顔ばかりだ。
だけど、もしもあの絵のように、彼女が私と手を取り合って笑ってくれるのならば……。よくわからないが、なんだかとても良いことの気がする。胸に込み上げてくるこの気持ちは、むず痒いものがあるが、悪い気分ではない。
私は彼女の弟で、このハーツシェル公爵家の人間なのだ。
そうとなれば、もっと頑張らねばなるまい。とにかく彼女は、いつも勉強に習い事に呪術にと、常に忙しく熱心だ。彼女の弟ならば、彼女に劣らないくらいには出来ないといけないだろう。
とは言っても、魔法ではとても彼女に追いつけそうはないので、その分、私は体術や剣術の習得に励んだ。勿論、魔法の練習も、老魔道士の元、以前よりも厳しく教えて貰っているが。
魔力制御の腕輪をつけて、それに慣れてきたせいか、私の中のなにかは幾分大人しくなった気がする。
そのおかげか、以前は自分の中の魔力を抑えることに精一杯で、自分の魔力しか見えていなかったが、今は周りの魔力を感じとる余裕も出てきた。
そして、一つのことに気がついた。
姉が飼っているトカゲは変だ。
見かけも不格好で変だが、問題はそこではなく、魔力の方だ。体も小さく、魔力も小さいが、トカゲと言うには“色”が違う感じがする。
その辺の動物の魔力とも違うし、人間の魔力とも違う。人間の中では異常な私の魔力とも違う。
正体はわからないが、ただのトカゲではないと感じた。
正体不明の者が、姉のそばにいるのは大丈夫なのだろうか。なにか、姉に危険が及んだりはしないだろうか……。
そう思い、トカゲ(?)をしばらく観察してみたが、姉に甘えて食っちゃ寝食っちゃ寝しているだけで、あまり危険そうな生物には見えない。
それに、トカゲを撫でている時、姉はいつも幸せそうに微笑んでいる。トカゲも、姉に撫でられている時、いつも幸せそうに目を細めている。
その光景を見ていると、少なくとも姉に害をなすような生物ではなさそうに思える。そう監視の目を緩めた頃、トカゲが私の部屋に入り込み、悪戯をしている所を見つけた。
姉に害を与えることはなさそうだったが、私に対しては別らしい。
開き直ったトカゲに、噛みつかれそうになった。動きも鈍く、弱々しい攻撃だったので、なんなく防ぐことが出来たが、さて……こいつをどうしたものか。
ここで始末してしまうことも出来るし、姉に告げ口をして叱って貰うことも出来る。
ちょうど、姉が私を部屋まで迎えに来てくれた。
姉にトカゲを渡すと、やはり姉は幸せそうにトカゲを撫でる。正直、私はなぜ姉がこんな怪しげなトカゲを、それほど可愛がるのか、全く理解は出来ないが……。だけど、姉が幸せそうならば、それで良い気がする。
姉がトカゲを撫で、姉もトカゲも目を細めて微笑んでいる。公爵家ではよく見かけるこの光景を、私はいつの間にか結構気に入っていたのかもしれない。気持ちが和むとは、こういう気持ちを言うのかもしれない。
昔、絵本の中に描かれた家族を見た時は、なんの感情も湧かなかったが、あの絵のように笑い合い、心を許し合う姉とトカゲのこの光景は、好ましいと思うし、羨ましいとも思う。
私は、心が和むこの光景を守っていきたい。
この光景がずっと続いていくように、そして私も、もっと姉に笑いかけて貰えるように。私の中のなにかには、このままずっと大人しくしておいて貰いたい。
私には、初めて壊したくない大切なものが出来た。
自分以外の誰かを守りたいと思うなど馬鹿げている、と私の中のなにかが言うが、人間とは馬鹿げた生き物だと思う。私も人間なのだから、馬鹿げたことをしてみるのもまた一興だ。
これからは誰かを……姉を、この公爵家の家族を守る為に生きてみることにした。仕方がないから、悪戯者のトカゲもどきも、私の守るべき家族に入れてあげよう。
勿論、次に同じ悪戯をしたら、しっかり姉上に言いつけさせて貰うがな。
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