お嬢様のペットはドラゴン

ミナモト

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20 魔法学園入学

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 柔らかな風が吹き、はらはらと白い花びらが舞い散る。この国の春を告げる花だ。
 深紅のドレスに身を包んだお嬢様の腕に抱かれ、私は馬車から降りて目の前の建物を見つめる。
 王立セドローザ魔法学園。
 この国の上流階級の子女達は、この学園に通い、魔法やその他の学問を学ぶ。
 王侯貴族だけではなく、魔力が一定以上あれば平民の子でも入学することが出来る。とは言え、生徒のほとんどは貴族である。
 王都の、貴族街と中流階級層の居住区のちょうど間に建てられ、警備は貴族街と同様に厳重だ。部外者は近づけないように強力な結界魔法が張られ、護衛の兵士が周辺を見回っている。
 建物は豪奢かつ歴史を感じさせる重厚な造りで、銀色の大きな門は来訪者を歓迎しているようにも、拒んでいるようにも見える。
 玄関前は、馬車や人で混雑している。
 しかし、お嬢様の姿を見た生徒達は道を開ける。
 同じように向こうの人垣も割れているなと思ったら、そちらからはルーファスが歩いて来た。舞い散る花と同じく、真っ白な詰襟の服を着ている。
「やあ、エミリア、サディアス。おはよう」
「おはようございます、ルーファス殿下」
 お嬢様と、その後ろに控えていたサディアスが頭を下げる。
 婚約破棄系王子に、人類滅亡系魔王。お嬢様の前も後ろも敵だらけである。
「クインも、おはよう。やはり一緒に来たんだね」
 ルーファスが私を覗き込んで来たが、当然無視である。尻尾を揺らすこともなく、そっぽを向いてやった。
 お嬢様は学園に許可を取り、ここでも常に私をそばに置いてくださるようだ。私の体は、大分調子が良くなってきたとは言え、急に体調を崩す日もある。そういう時には、お嬢様の呪術がなければどうにもならない。
 ゲームのスチルでも、お嬢様は常に私を腕に抱いていたが、ゲーム通りでこれだけは良かったと思う。学園でも、一番近くでお嬢様をお守り出来るのだから。
 お嬢様と私には、とにかく敵が多い。ゲームの攻略対象者達は、隠しキャラを除いても七人もいる。それに加えて、ヒロインも……。
 そうだ、ヒロイン!
 私は、人垣の中を見回す。ヒロインは、ゲームのスチルでは金茶色の真っ直ぐな髪だった。だが、目かくれ没個性気味の外見の主人公だったので、それ以外の詳しい特徴まではわからない。
 さすがに、人波の中からヒロインを見つけ出すのは不可能だった。
 ゲーム通りにイベントが起こるのだとしたら、あとで嫌でも会うことになるのだろうが……。
 私がキョロキョロしていると、お嬢様が落ち着かせるように背中を撫でてくださる。うむ……気持ち良い。
 この魑魅魍魎が蔓延る、謀略に満ち満ちた学園も、お嬢様がおられるだけで春風が吹く光溢れる花の園に見える。そこの野次馬共よ、お嬢様の春の女神のような麗しきお姿を、ありがたく目に焼きつけるが良い。ただし、必要以上に近づいたら許さぬ。
 お嬢様とルーファスは、共に入学の式典が行われる大広間に入る。サディアスは、遠慮したのかやはり後ろに控えている。
 大広間は、春らしくあちこちに色取り取りの花が生けられていて、豪華絢爛に飾りつけられていた。
 集まった生徒達は、和やかに挨拶を交わしている者もいれば、緊張した面持ちで固まっている者もいる。後ろの方で、場に馴染めずにオドオドしている集団は、きっと下級貴族か平民だろう。
 お嬢様とルーファスは、当然最前列に立っている。周りは、服装から見ても上級貴族ばかりで、列の並びにもさり気なく階級が現れている。
 お嬢様の肩に顎を乗せて後ろを見ると、攻略対象者達の顔がちらほらと確認出来た。お嬢様のご友人達も近くにいる。公爵家のバーバラ嬢と並んで一緒にいた、侯爵家のティナ嬢が私に向かって優雅に手を振ってくれた。
 うむ。バーバラ嬢もティナ嬢も、淡い色合いのドレスが良く似合っている。お嬢様には及ばぬが、とても可憐だ。伯爵家のマリッサ嬢は、背が低い方だからかここからは発見出来ないが、きっと近くにいることだろう。
 お嬢様のご友人達に尻尾を振り、攻略対象者達を睨んでいたら、いつの間にか教師達が登壇していたらしく、学園長のスピーチが始まった。
 ううむ……眠い。
 どこの世界でも、こういう場での権威者のスピーチは退屈なものだ。
 最前列にいる為、欠伸はしないように気をつけていたが、瞼は自然と重くなってしまう。
 コクリコクリと船を漕いでいると、周りからパチパチパチと拍手の音が聞こえ、やがてお嬢様が歩き出した。どうやら、入学の式典が終わったらしい。
 私は、慌てて目を開ける。ルーファスはどこかにいなくなっており、お嬢様はサディアスとご友人達と談笑しながら、廊下を歩いている。
 これはいけない。
 もしかしたら、もうゲームのイベントが始まっているかもしれない。ルーファスとヒロインの出会いイベントが。
 私がその場に行ったとて、どうなるものでもないが、ついソワソワと体を動かしてしまう。
「あら、クイン、どうしたの?お手洗いにでも行きたいのかしら?」
 いえ、お嬢様、そうではなくてですね……。破滅の原因達が、春の陽気で浮かれまくったような出会いイベントを繰り広げていたら、後ろ足で砂でもかけてやろうかと……。
「皆様、どうぞお先に向かってくださいませ。私は、クインをお手洗いに連れて行ってから参りますので」
 お嬢様は、サディアスとご友人達を先に行かすと、来た道を引き返した。
 学園内は、広くて入り組んでいる。さすがにお嬢様も少し迷われてしまったようだが、無事手洗いらしき部屋のドアが前方に見えて来た。
 そこに特に用はなかったのだが、不思議なもので中に入ると、用を足したいような気分にもなってくる。
 折角、お嬢様に連れて来て頂いたのだし、ちゃんと手洗いを利用させて貰い、またお嬢様に抱かれて廊下を進む。
 ふと、廊下の窓の外を見ると、木々の間から、向かい合っている白い人影が二つ見えた。
 一陣の強い風が吹き、白い花吹雪が目の前を覆う。
 風が止み、そっと目を開けると、そこには運命の人が……。チャ~チャララ~パッパ~♪恋は~きっと突然心に舞い降りて~♪
 ……ハッ!いかんいかん!この光景の既視感に、つい頭の中でゲームのオープニング曲を口ずさんでしまったが、そんな場合ではない!
 あれは、出会いイベントだ。
 窓の外の、学園の前庭に見える人影は、金茶色の髪を持つ、まさしくヒロイン。反対側には、ルーファスが立っている。
 ここからでは、ヒロインの顔はよく見えないが、まるでルーファスとお揃いのような真っ白のドレスを着ている。
 お嬢様の腕の中でジタバタと暴れ、異変をお知らせする。
「どうしたの、クイン」
 私は、必死で尻尾で窓の方を指し示した。お嬢様は、私の意図を察してくださったのか、窓に近づき外を見る。
 白い人影が二人、見つめ合ってなにかを話している。
「あら、ルーファス殿下ですわ。もう一人のお方は、どなたかしら?」
 奴めこそは、お嬢様を破滅へと追い込む悪鬼でございます。すぐに抹殺した方が良いです!
 牙を剥いて、遠くの二人を窓越しに威嚇していると、お嬢様が私の背中を撫でてくださった。
 ああ、私に遠距離攻撃魔法さえ使えれば……。ここから放ち、さらっとあの二人を葬り去って、お嬢様をお守りすることが出来るのに。
 窓の外では、ヒロインがルーファスに不恰好なお辞儀をし、慌てたように走り去って行く。
 イベント通りに、学園内の入り組んだ道に迷ったヒロインに、ルーファスが道を教えてあげたのだろう。
 お嬢様は、道に迷っても自力でなんとかされて、私を手洗いまで連れて行ってくださったというのに。ヒロインは、迷子になってものん気に花に見とれながら歩いていたら、王子様と運命を感じちゃう出会いですか……。おのれ、乙女ゲーム。
 怒りと憤りのあまり、思わず尻尾でベチッと思いきり窓を叩いてしまう。
 い、痛い……っ!
「クイン、なにしてるの!大丈夫?」
 ジンジンと痺れている尻尾の具合を、お嬢様が見てくださる。
「帰ってすぐに薬を塗らないと……。とりあえず、これを飲んで」
 お嬢様が、ドレスのポケットから小瓶を取り出し、中に入っている痛み止めの薬を飲ませてくださった。
 即効性のある薬なので、尻尾の痛みが徐々に引いていく。
「教室で明日からの授業の説明を受けたら、すぐに家へ帰るから、それまで少し我慢して頂戴ね」
 お嬢様は、私の頭を撫でて、急ぎ足で教室へ向かう。淑女であるお嬢様は、ヒロインのように走ったりはしない。しかし、私を撫でてくださる手つきは少しペースが速く、焦っていらっしゃるようだった。
 教室へ入り、サディアスやご友人達と合流する。少し経ってから、ルーファスも教室へ入って来た。
 ヒロインは組み分けが違うようで、この教室内には見当たらない。
 やがて、教師と上級生数名が入って来て、学園内の設備や明日からの授業について説明を始めた。
 尻尾の痛みは、薬のおかげですっかりなくなっていたので、またウトウトしていると、お嬢様が動き出した。教師の説明が終わったらしく、家へ帰れる時間となったようだ。
「エミリア様、上級生のジェシカ様が学園内を案内してくださるそうですわ。ご一緒にいかがですか?」
 バーバラ嬢がそう聞いて来たが、お嬢様は首を横に振った。
「折角ですが……クインが、少し怪我をしてしまったようなので、私はお先に失礼させて頂きます」
「まあ、そうなのですか!それはご心配ですわね。残念ですが、クイン様の具合が良くなったら、また今度一緒に学園をお散歩いたしましょうね」
「はい、是非」
 バーバラ嬢達と上級生のジェシカ嬢は、玄関まで見送ってくださるらしい。ジェシカ嬢が、玄関までの最短の道を案内してくれるようだ。
 ルーファスに別れの挨拶をして、お嬢様がサディアスやバーバラ嬢達と教室を出ると、白い影がこちらに向かって突進して来た。
 どこに足を取られたのか、目の前で勢いよくズベッと転んだそれは、
「いたた……」
 と、呻きながら顔を上げた。
 金茶色の髪に、瑠璃色の瞳。小振りの唇と頰は、薔薇色に染まっている。
 ドレスは、春を告げる花のように真っ白だが、近くで見ると生地や装飾は薄っぺらで安っぽい。髪の毛も、走ったせいか少し跳ねていて、形が崩れてしまっている。それでなくとも、飾り気のない流行遅れの髪型なのに、余計にみっともないことになっている。
 ただ、垢抜けないドレスや髪型でわかりにくいが、顔の作りだけを見れば間違いなく美少女……と、言えなくもないかもしれない。
 これが、ヒロイン……。
 そしてこれが、ゲームで“悪役令嬢”のお嬢様と、“主人公”のヒロインの出会いイベント。
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