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21 ヒロイン半殺計画
しおりを挟む洗練された所作が好まれる、貴族の子女達が集まるこの学園で、廊下を走った上に豪快にすっ転ぶというヒロインの暴挙を見て、お嬢様は眉をひそめた。
ヒロインは、目の前に立っているお嬢様の腕の中にいる私を認めて、
「ひっ!?トカゲ!?気持ち悪い!」
と、あたふたと後ずさった。
なんと無礼な小娘だ。
お嬢様の眉間に、さらに皺が寄る。
「貴女、大丈夫ですか?お怪我がないようでしたら、そこを退いてくださいますか」
「あっ……は、はい。すみません……」
ヒロインは立ち上がると、お嬢様達が通りやすいように廊下の端に下がった。
「ドレスの裾が乱れていますわ。直した方がよろしいかと……」
それだけヒロインに注意して、お嬢様はさっさと通り過ぎようとする。
しかし、ヒロインはお嬢様のお言葉に耳を傾けることもなく、
「あっ!貴方は、あの時の!」
と、ちょうど後ろの教室から出て来たルーファスに、嬉しそうに駆け寄って行った。
「さっきは、ありがとうございました!おかげで、教室に遅れないで行けました。上級生かと思ったけど、同級生だったんですね。あっ、老けてるとかじゃなくて、学園のことに詳しかったから、てっきり……。ふふっ、すみません、本当に助かりました」
一方的に話しかけて、ペコリとルーファスに頭を下げる。
仮にも、この国の王子に対しての、不恰好なお辞儀に、雑な言葉遣い。お嬢様だけではなく、周りの貴族達もヒロインの行動に眉をひそめている。
「ああ、君は先ほどの……。無事に着けたようでなによりだ」
ルーファスは、少し驚いた顔をしたが、すぐに優しげに微笑んだ。
お嬢様は二人をチラリと見ただけで、速やかにまた歩き出した。ご友人達は、ルーファスとヒロインのやり取りを何事かと見ていたが、廊下の先を行くお嬢様を見て取り、慌ててついてきた。
お嬢様が早々に場を後にしてしまった為、見ることは出来なかったが、本当はゲームではこの後、前庭で会った時点では、ルーファスが第一王子だとは気づいていなかったヒロインが、それを知り驚くという会話が繰り広げられていたはず。
そして、王子と知らなかったとは言え、ルーファスに親しげに話しかけていたヒロインの無礼な態度を、お嬢様が婚約者として注意する、というイベントだったはずだ。
私は、振り向きもせずに廊下を歩くお嬢様を仰ぎ見る。お嬢様の手は、私の体を気遣うように、優しく背を撫でてくださっている。
私が怪我をしたから、お嬢様は一刻も早く家に帰り、手当てをすることを最優先にしてくださったのだろう。
おお、お嬢様……。なんとお優しい……。
私は、ブンブン尻尾を振りかけたが止めた。折角、お嬢様が私の体を気遣ってくださっているというのに、さらに怪我を悪化させるかもしれないことをしてはいけない。しばらく、尻尾は安静にさせよう。
代わりに、目を細めて精一杯愛らしい表情を作る。すれ違った生徒が、ギョッとして私を見ていたが、おそらく私のあまりの愛らしさに驚いたのであろう。
それにしても……。ヒロインは、前庭の出会いイベントで、本当にルーファスが王子だとは気づかなかったのだろうか。
第一王子の絵姿は市中にも出回っているだろうし、今日のルーファスの白い服には、金糸や宝石などで煌びやかな装飾が施されていて、どう見てもとんでもなく高級な物だ。おまけに、ガッツリ護衛も引き連れている。
平民出とは言え、現在はヒロインとて貴族のはしくれ。普通ならば、間違いなく相手はやんごとなき地位の人間だと、気がつきそうなものだが……。
まあ……ヒロインはゲームでは、ドジっ娘で恋愛に関することには鈍感という設定があった。鈍感にもほどがあると思うが、現実でもゲーム通りの粗忽な性格だということなのだろう。
恋愛以外にも鈍感であってくれれば、抹殺は容易そうだが……。
私が、そんなことを考えている間に、お嬢様は玄関ホールに着き、ご友人達に見送られて公爵家の馬車に乗り込む。サディアスも一緒に帰るようで、馬車に乗り込んで来て、お嬢様の隣に座った。
そうだ!サディアスといえば……先ほどの場には、サディアスも共にいた。
ゲームでは、サディアスはあの場にはいなかったはずだ。ヒロインとサディアスとの出会いイベントは、もっと後に個別に用意されていたはずなのだから。しかし、先ほどもうヒロインとサディアスは出会ってしまって、ゲーム通りではなくなってしまったが、良かったのだろうか……。
サディアスはヒロインには無反応だったし、言葉も交わしていないから出会いイベントにはカウントされていないのかもしれないが……。
のちの二人の出会いイベントは潰れたのか、ちゃんと発生するのか……。
うーむ、考えてはみたものの、結構どうでも良いことだな。サディアスとヒロインがどうなろうと、どこで出会おうと、お嬢様と私にはあまり関係がない気がする。二人共、いずれ抹殺するのみであるし。
当のサディアスは、現在馬車の中で、私がどこを怪我したのかと、私の体をジロジロ見てきている。
お嬢様に尻尾だと教えられて、顔を近づけて尻尾をじっくり見てきた。別に心配している風ではなく、興味本位のようだ。私の体は黒いこともあって、目視では怪我の箇所がわかりにくい。
私は、お嬢様の膝の上で体の向きをクルリと変えて、サディアスの目から尻尾を遠ざけてやった。ふんっ、むざむざ敵に弱っている部分など見せられぬ。
サディアスは、怪我の箇所を見つけることを諦めたのか、ようやく私の尻尾から目を離した。
ほどなくして、馬車はハーツシェル公爵家に到着した。
お嬢様は、すぐに薬を作ってくださった。幸い、そこまでひどい怪我ではなかったようで、私の長くしなやかな尻尾は、すぐに元気を取り戻した。
喜びを表現する為に、軽やかに尻尾を振りつつ、私は明日からの学園生活のことを考えた。
ゲームでは、これからヒロインには、攻略対象者達との出会いイベントが次々と起こる。その合間合間に、“悪役令嬢”に嫌味を言われるという、小イベントがあったが……。
お嬢様に代わって、私が罵倒してやりたいくらいだが、しかし、そんなことに時間をかけるよりも、やらなければいけないことがある。
それは、ずばりヒロインの暗殺……いや、半殺!
あの乙女ゲームには、時々戦闘イベントがある。バトルに勝利しないと、ストーリーを先に進められない。勝つ為には、ステータスを上げてヒロインを強くしておかなければいけない。
順調にステータスを上げていくことが出来れば、ストーリー終盤にはラスボスの魔王をも倒せるほど、ヒロインは無敵になるが、物語序盤では当然まだ低ステータスだ。
つまり、学園入学直後である今のヒロインの戦闘力は、丸っきりの雑魚。平民レベルのはず。抹殺……いや、半殺するのならば、今がチャンスなのである。
半殺を邪魔してくるであろう攻略対象者達も、ヒロインと知り合ったばかりの今の時期ならば、それほど好感度は高くなっていないだろうし、さほど弊害にはならないだろう。
実は、私はこの日の為に、お嬢様の研究室にあった毒薬をちょっとくすねて……いや、少しお借りしておいた。
悪い子だと叱らないで欲しい。これも全て、我が麗しきお嬢様の御身をお守りする為なのだ。
お嬢様は薬の管理には厳しい為、バレないようにほんの少ししか持ち出せなかったが、強力な毒薬のようなので、今のヒロイン相手にならば十分効いてくれるはず……。
効き過ぎて命に関わってしまっても問題なので、強力ではあるが致命傷は与えないような毒薬を選んでおいた。なにかと言うと、いつぞやお嬢様が、全身から血が吹き出す毒薬を作る過程で生み出した失敗作である、全身から毛が生え出す毒薬である。
女性にとっては、これはとてもキツいことだろう。ヒロインも、人前に出られなくなるであろうことは必至。人前に出られないと言うことは、この毒薬の呪いが解けるまでは、学園にも来られず、“悪役令嬢”とぶつかり合うイベントもこなせないと言うことだ。命の危険なく、ヒロインを社会的に半殺出来る。
ただ、どうやってこれを飲ますのかが問題だ……。
毒薬は粉末状の物で、今は紙の切れ端にくるんで、研究室の空の鉢植えの底にこっそり隠しておいてある。学園に持って行くのまでは、私の首に巻いてあるスカーフの中に隠せば、なんとかなるだろう。
あとは、ヒロインの飲み物などに、こっそり盛れる隙を見つけるしかない。学園は人目はあるが、始めのうちはヒロインは馴染めずに孤立しているので、一人でいる時間が多いはず。チャンスはきっとある。
頑張れ、私。いかにこの手を汚そうとも、お嬢様のお命をお守りすることが出来れば、それで良し。
目指せ、ヒロイン抹殺……いや、社会的半殺!目指せ、お嬢様と私の処刑阻止!
明日からの聖戦に向けて、英気を養う為に、私はたくさん食べてたくさん眠った。
そして、一夜明け、学園生活二日目がやって来た。
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