お嬢様のペットはドラゴン

ミナモト

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22 お嬢様のライバル

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 うーむ……困った。
 麗らかな昼下がり。
 私は、昨日の夕食と、今日の朝食を食べ過ぎて若干胃もたれ気味だったが、困っているのはそこではない。
 お嬢様の今日の昼食は、胡桃入りのパンで私の好物だが、胃もたれ気味の私を気遣ってくださって、あまり食べさせて貰えない……ということにも困ってはいるが、それは私の体の為なのだから仕方ない。
 一番困っているのは、お嬢様が私を離してくれないことだ。
 勿論、お嬢様の愛情を一身に受けている私は、普段ならばその愛にお応えする為に、おそばを離れることはほとんどない。
 しかし、今日は隙を見てヒロインの様子を、私だけで調べに行こうと思っていたのだ。
 だが昨日、私が自分の尻尾を窓に打ちつけるという、自傷行為にも似た馬鹿な行いをしてしまったせいか、お嬢様は少し過保護になっておられるようだ。私が一人でどこかへ行こうとすると、止められてしまう。
 ヒロインの行動パターンを調査して、毒を盛れるタイミングを計らなければいけないのだが……。
 どうすべきかと、ソワソワとお嬢様の膝の上で体を動かす。
「クイン様、今日はなんだか忙しなく動いておられますね」
 お嬢様と昼食を取っていたティナ嬢が、私を覗き込む。
「ええ、どうも学園に来ると、落ち着きがなくなってしまうようで……。やはり家に置いて来た方が、良かったのかしら」
「突然新しい場所へ来て、戸惑っていらっしゃるのかもしれませんね。学園は人が多いですし。その内、慣れてきたら落ち着かれるのでは」
 ティナ嬢の言葉に、ウンウンと頷いておく。家で留守番をさせられたのでは、お嬢様をお守りすることが出来ない。
 昼食をいち早く食べ終えたお嬢様が、私を腕に抱いて立ち上がる。
「次の授業が始まるまで、学園内を散歩してまいります。そうすれば、クインも学園の空気に少しは馴染んでくれるかもしれませんし」
「私達もお供いたしましょうか?」
「いいえ、皆様はどうぞごゆっくり食後のお茶をお楽しみください」
 ティナ嬢達の随伴を笑顔で断り、お嬢様は私だけを連れて食堂を出る。まだ昼食を取っている者が多いのか、人通りもまばらな廊下を進み、やがて学園の広い裏庭へと続く扉を通り、暖かな春の陽射しを直に体に浴びる。
「今日は、天気が良いわね」
 お嬢様は、私を撫でながら、煉瓦敷きの園路をゆっくりと歩く。園路沿いの花壇は、様々な花が色鮮やかに咲き誇っており、散歩する者を飽きさせない造りになっている。
 しばらく花壇を眺めながら進んで行くと、前方に背の高い生け垣に囲まれた、小さな東屋が見えてきた。東屋の中にはベンチが置かれ、広い庭を歩くのに疲れた人、あるいは陽の光や雨粒を避けたい人が、休憩出来る場所になっているようだ。
 東屋の中には人影があり、先客がいた。お嬢様は、中に入ることなく東屋の前を通り過ぎようとされたが、ちょうど中から出て来た人間と鉢合わせてしまった。
 栗色の柔らかな髪が風に揺れ、怜悧な灰色の瞳がジロリとお嬢様を射抜く。
「ロイド様……ご機嫌よう」
「エミリア様でしたか……ご機嫌よう」
 春の陽射しとは真逆の、凍てつくような雰囲気を漂わせた男は、ニコリともせずに挨拶をし、お嬢様に道を開けることもなく、その場で腕を組んだ。
「エミリア様。学園内にペットを持ち込むのは、感心いたしませんね」
「それについては、学園の許可は得ております」
「いくら許可を得ているからと言っても、ここは学びの場です。ペットを持ち込むことが、本当に必要なことなのでしょうか」
「個人的な事情なので恐縮ですが、私にとっては必要なことなのです。それに、私以外にもペットや、使い魔として契約獣を連れて来ている方もおられますし……」
「それは、上級生の話ですよね。我々はまだ、使い魔を使役出来る立場ではない新入生です。新入生の中でも、ルーファス殿下の婚約者として、または公爵令嬢として模範となるべき貴女が、特別扱いを望むのはいかがなものでしょうか」
 お嬢様は笑顔を崩されていないが、私を撫でる手のペースが若干速くなっている。二人の間の空気は、ピリリと張り詰めている。
 このイチャモンつけ男は、ロイド・オルクライヴ。貴族院の現議長であるオルクライヴ侯爵の孫であり、あのゲームの攻略対象者の内の一人だ。
 つまり、敵である。
 ゲームからしてもそうであるし、家同士でもハーツシェル公爵家とオルクライヴ侯爵家は、それぞれの派閥に分かれて、長年議会で議論を戦わせてきたライバル関係である。
 現在は、オルクライヴ侯爵が中立的な立場を求められる議長を務めていることもあり、表立って対立はしていないが、ライバル関係が解消された訳ではなく、どちらの当主もお互いを常に意識し合い、競い合っていることは社交界では有名である。
 それぞれの家の孫同士であるお嬢様とロイドの間にも、こういう風に微妙な空気が流れている。
 しかし、お嬢様のライバルというには、ロイドは力不足である。噂で聞く所によると、多少は頭の出来が良くて、多少は魔法の腕も良いようだが、なにしろお嬢様は世界一素晴らしいお方なのだ。お嬢様に並び立てる者などそうそういない。
 だから、そこを退くが良い、小者よ。
 私は、フンッと鼻を鳴らした。
 お嬢様は、怯むことなくロイドの嫌味に立ち向かう。
「私がクインを連れて来ているのは、私のそばに置いておくのが一番安全だと判断したからです。黒鉛大蜥蜴という希少動物保護の目的もあることを、学園には説明いたしました。お望みでしたら、ロイド様にも学園へ提出した説明資料と同じ物をお送りいたしますが」
「では、是非お願いいたします」
 これ絶対、説明資料を見てから、重箱の隅をつつくようにまた嫌味を言ってくるつもりだな。
 だが、以前お茶会でロイドと遭遇した時も、似たような嫌味を言われたことがあったので、お嬢様は涼しい顔をなさっておられる。
 派閥の違うハーツシェル公爵家とオルクライヴ侯爵家の子女が、貴族の子の集まりの場で一緒になることは珍しいが、全くのゼロという訳ではない。以前、お嬢様と共に会った時は、小生意気な小僧だとしか思わなかったが、前世のゲームの記憶を思い出した今は違う。
 ゲームではロイドは、ルーファスの取り巻きの一人であり、お嬢様を処刑に追い込むことに積極的に加担していた。
 お嬢様が、聖女であるヒロインを害したという罪の、学園での証拠集めをしていたのは、主にこのロイドだ。
 ロイドは、政敵であるハーツシェル公爵家やお嬢様を追い詰める隙を、常に伺っていたのかもしれない。油断のならない奴である。こやつにこそ、一番用心するべきか……。むしろ、こやつこそ今のうちに始末しておくべきか……?
 そう考えていた時、突然バシャンッと激しい水音が聞こえた。
 近くに水場は見当たらなかったが、ロイドは音の聞こえた方へと生け垣を回り込み、その裏にあった小さな池を見つけた。
 池の中には、水浸しのヒロインが呆然と座り込んでいた。
「なにをしている」
 ロイドは眉根を寄せつつも、ヒロインが池から上がって来やすいように、紳士的に手を差し出す。
 ヒロインはハッと身を起こし、池の底からハンカチを拾ってから、ロイドの手を借りて地上に上がった。
 それほど深い池ではなかったが、勢い良く落ちたのか、ヒロインは髪の毛までびっしょり濡れている。
 桃色の薄っぺらい生地のドレスが水に濡れ、薄っすら透けてしまっている。ロイドは、そこから目を逸らしながら、自分の上着を脱いでヒロインの肩へとかけた。
 お嬢様は、ご自分のハンカチを取り出し、
「大丈夫ですか?これで、ひとまずお顔だけでもお拭きください」
 と、ヒロインに渡す。
「ありがとうございます」
 ヒロインは、お嬢様とロイドに礼を言い、受け取ったハンカチで顔を拭く。
 私は、ゲームの記憶を思い出していた。
 これは、ヒロインとロイドの出会いイベントだ。
 そのイベントでは、ぼっち飯後に裏庭をさ迷っていたヒロインは、歩き疲れて汗を拭こうと取り出したハンカチを、風に飛ばされて池に落としてしまう。
 どうしようかと池を覗き込んで困っていた所、ロイドが現れて、お得意の水魔法を使い、ハンカチを見事に池から取り出してくれるのだ。
 勿論、その場所にはお嬢様はいなかったはずだが……。
 私が、落ち着きなくソワソワしてしまったせいで、お嬢様は予定にはなかった散歩に出て、その結果ロイドにばったり会い、しばらく話し込むことになってしまった。
 もしかしたら、それでロイドが池へ行くのが遅れて、ヒロインは待ち切れずに、自力で池底のハンカチを取ろうと試みたのかもしれない。
 よく見れば、池の中には長い木の枝が落ちていた。水魔法が使えないヒロインは、おそらくあれでハンカチを掬い上げようとしたのだろう。しかし、失敗して池に落ちてしまったという訳か……。
 図らずも、出会いイベントは随分と変わってしまったようだ。ロイドが格好良い所を見せつけるシーンは、ヒロインがドジっ娘っぷりを見せつけるシーンになってしまった。
 まあ、どちらでも私にはどうでも良いことだが……。ヒロインとロイドが、どういう出会い方をしようが知ったことではない。
 それよりも、ヒロインに毒を盛れる隙はないものか……。喉とか乾いていないだろうか、ヒロインは。
 せっかくヒロインと会えたことだし、隙があればこのスカーフの中に隠した毒を盛りたい所だが、お嬢様も一緒にいる時に盛るとお嬢様が疑われてしまう。ちっ……今はまだヒロインには手は出せないか……。
 ロイドは、水魔法を使い、ヒロインの髪や衣服から大まかに水を吸い出し、それを池へと戻した。しかし、全ては吸い出せないようで、ヒロインはまだしっとりと濡れている。おまけに、ちょっと生臭い。
「エミリア様、あとは貴女にお任せしてもよろしいでしょうか?」
「はい、服を着替えなければいけませんし、私が教員室まで付き添います」
「では、よろしくお願いいたします」
 ロイドは、上着だけヒロインに貸したまま、さっさと行ってしまった。
 着替えが絡むことなので、同性であるお嬢様に任せた方が良いと判断したのだろうが、面倒事を押しつけられた気がしてならない。
 後に残されたのは、ゲームでは“悪役令嬢”扱いされているお嬢様と、“聖女”扱いのヒロイン。そして、トカゲ扱いの私。
 ヒロインとロイドのイベントが少し変わったことで、ゲームにはない展開となり、少し不安になってくる。
 さて、なにも起こらなければ良いのだが……。
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